昼寝談義

 

 

 

 

 

 その日、十番隊隊長日番谷冬獅郎は仕事をさぼっていつもの昼寝スポットへやってきた。屋根の上だが木陰がかかり、程よく日差しを遮ってくれる良い場所である。今日は特に天気が良い。ぽかぽか陽気もあいまってきっと寝心地の良いことだろう。因みに日番谷はここでよく寝過ごし、副隊長の松本乱菊に怒られたりしている。そんな彼お気に入りの場所に今日は先客が居た。

「こいつは・・・確か十三番隊の・・・朽木家の養子とか言う・・・・・・。」

先客の正体は朽木ルキアだった。これが男で自分よりも下位の死神だったら遠慮なく屋根から蹴り落としている所だが、流石に女相手に昼寝場所を取られた腹いせの八つ当たりはどうかと自分でも思う。

「さて、どうすっかな・・・。」

 日番谷は顎に手を当て思案する。ルキアはとても気持ち良さそうにすやすやと眠っていた。これを起こすのは憚られる気がする。日番谷は何となくルキアの寝顔を眺めた。これまで間近で見る所かろくに話したこともない相手だったが、小柄な体を丸めて眠るその様子は彼の幼馴染を思わせた。

(何か、寝方が桃に似てるな・・・。)

 

『うぅん、シロちゃ・・・むにゃむにゃ・・・。』

 

それと同時に寝呆けて自分に擦り寄ってくる幼馴染―――――――雛森桃を思い出し、日番谷はボンッと音を立てて顔を真っ赤にした。

(うわー!うわー!うわー!何考えてるんだよ俺!?)

寝顔と匂いと温もりのトリプルカウンター。フラッシュバックする記憶に動揺する日番谷。頑張れ青少年!

 そんなこんなで日番谷がしばらく動揺した後、我に返るといつの間にかルキアがうなされていた。

「うおおぉ・・・チャッピーが・・・チャッピーが・・・面白眉毛に・・・・・・。」

「・・・?」

日番谷には彼女の寝言の意味は分からなかったが、あまりのうなされ具合に起こしてやった方がいい気がしてきた。

「お、おい、朽木・・・。」

「おのれ恋次(と書いて『野良犬眉毛』と読む)、その白玉餡蜜は私の物だ!」

ガッツン

【いったぁあああああ!!】(注:『痛い』の意)

 日番谷は額を、ルキアは頭頂部を、手で押さえて二人はその場で悶え捲くった。傍目に見ると酷く怪しげな光景である。結論から言えば、日番谷が声を掛けるのとルキアが飛び起きるのがほぼ同時に起こり、頭突きという状態が見事成立していた。お互いかなりいい所に入ったらしく、滅茶苦茶痛い。平和なはずの昼寝スポットが一転して地獄絵図と化していた(二人の精神的に)。

 

 

 

 

 

 さて、ようやく痛みが沈静化すると、今度はお互い気まずかった。特にルキアにいたっては、何故日番谷がここに居るのか分からない。ただ、先程の衝撃と痛みの理由はおおよその見当がついた。

「ひ、日番谷殿・・・。」

「な、何だ・・・。」

「・・・その、申し訳ない!」

ルキアが頭を下げる。流石に朽木家の人間だけあって礼の仕方が綺麗だった。ここが屋根の上でなかったら土下座と言っても差し支えないくらいである。しかし日番谷はいきなり謝罪されて面食らってしまった。

「日番谷殿?」

何の反応もない日番谷にルキアが顔を上げると、眉根に皺を寄せている日番谷が居た。

「どういうことだ。」

「は?」

日番谷から漏れた声は少年が発したとは思えないほどドスが効いたものであった。いかにも不機嫌そうな様子であるが、ルキアには彼が何故そうなっているのか理解できない。

「だから、何で謝ってるんだよ。」

「いえ、あの・・・だから、額を・・・・・・。」

「額?・・・ああ、なるほど。」

日番谷はルキアが先程ぶつかったことに対して謝罪してきたのだと納得する。

「別に謝ることじゃねーよ。つぅか、痛み分けだろ、お互い。」

申し訳なさそうに正座しているルキアに日番谷は言った。ぶつかって痛い思いをしたのはお互い様である。日番谷の言葉にルキアは緊張が解けたのかホッとしたかのように表情を緩めた。

「そう言ってもらえると有り難い―――――――でも、コブが出来ておるな。鬼道で治すほどではないが・・・どうされるか?」

「いや、俺は別に・・・。それよりそっちこそ頭(ぶつけた所)大丈夫か?」

「ひにゃあああああああ!?」

 日番谷がルキアの頭にピトッと手を触れると、彼女は奇声を上げた。そして彼の手を振り払い、丸くなって涙目になりながら唸っている。

「おい!しっかりしろ!?・・・四番隊呼ぶか?」

ルキアの反応に焦る日番谷。彼の言葉にルキアはただ無言でプルプルと首を横に振った。

「そ、その・・・悪かったな。まさかそんなに痛がるとは思わなくて。後で冷やした方が良いと思うぞ、そこ。」

今度は日番谷が謝る。乱菊あたりが見たら青天の霹靂とでもコメントしそうな光景だった。

 

 

 

 

 

「何か今日はいろいろとすみません、日番谷殿。」

「いや、俺こそ・・・。」

 仕事をさぼって昼寝に来たはずなのに散々な展開である。それでもお互いの痛みが治まってからは、険悪ではなく陽気の助けもあり、のんびりとした時間が流れていた。二人は特にすることもなく空をぼんやり眺めている。

「そういえば、日番谷殿。」

「ん〜、何だ〜?」

「何故貴方がこんな所に?」

唐突に何の脈絡もなく、ルキアは日番谷に問いかけた。

「ああ、それは・・・。」

日番谷はさぼった云々の事情はぼかしつつ、ルキアと頭をぶつけた所までを説明する。

「そ、それは失礼致した。」

「いや、それはもういいって。大体謝ってばかりじゃあんたも疲れるだろ。」

またもやペコリと頭を下げるルキアに日番谷が言う。彼の言葉にルキアは言葉を詰まらせた。日番谷が思うに普段のルキアは彼女の本質と異なる気がする。彼女は本来活発で、そして野生の獣のようなしなやかさを持っていた、少なくとも朽木家に引き取られる前はそうであったと、一部の人間との遣り取り、それから雛森やその友人恋次の話を聞く限りはそうだと日番谷は判断していた。こうして実際に接してみると、彼女は酷く不器用ではないかと感じる。故に本当の自分は心を許した相手にしか晒せない。

「俺も堅苦しいのは苦手だし、そっちもたまには楽にしたらどうだ?」

そう言って日番谷はゴロリと屋根に仰向けで寝転がった。今度はルキアが面食らった表情になる。

「・・・ま、昼寝仲間ってことで?」

日番谷はちょっと頭を上げておどけて見せた。

「・・・プッ。クククク・・・ハハハハハハハハ!・・・面白いな、日番谷殿は。」

少し間をおいてルキアは噴出した。

「そうか〜?」

空を見上げて日番谷は答える。ふと気がつけば、ルキアは笑い止み、彼と同じように寝転がっていた。

「いい天気だな。」

「そうですな、雲が綺麗で・・・。」

「雲?空じゃないのか。」

 二人で空を見上げながら、日番谷が言うと、ルキアは相槌を打った。その言葉に少し意外な感を覚える日番谷。そんな彼に対し、彼女は答えた。

「はい、空ももちろん好きだが、雲はいろいろと興味深くて。見ていて面白い・・・。」

「そうか。俺も好きだぜ、雲。空も風も感じることができるからな。」

大気の表情を彩る雲という存在。空の一部分として雲を見るものは多いが、雲を中心に空を捉える感覚の持ち主はそう多くはない。彼の回答にルキアは眼を輝かせた。

「日番谷殿もか!・・・やはり、恋次などとは違うな。あやつはこういった感覚が分からないから駄目なのだ。まあ、魚の形をした雲を見てタイヤキを連想するあたりは微笑ましいが・・・。」

「そういえば雛森もこの間お碗型の雲見てお汁粉とか言ってたな・・・何で甘味なんだかな。悪いとは言わねえが。」

そして二人は空を見ながらあれこれと話し合う。次第にルキアの口調も砕けたものになり、会話の内容も打ち解けた様子を見せた。いつの間にか二人は古くからの友人同士であるかのようになっていた。

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ私は行かぬと。今日は夕刻から待機なのでな。」

 ルキアが立ち上がった。正確には午前中に書類を全てまとめることができれば、提出後は夕方まで自由というものである。ついつい話し込んでしまったが、日は大分傾いてきていた。

「仕事か・・・。」

(ヤベ、すっかり忘れてた。)

戻ったらきっと書類の山と乱菊の小言が待っていることだろう。しかし書類はやらなければ片付かないのは事実である。

(仕方ねえなあ・・・。)

「俺もそろそろ行くかな。」

「日番谷殿もか。」

日番谷のぼやきにルキアは口の端をあげる。どこか苦笑を思わせる淡い笑み。

「・・・日番谷でいいぞ。」

「は?」

唐突に言われた言葉にキョトンとするルキア。公の場ではけじめ云々の問題もあり、そうされると困るが、日番谷は基本的に友人には呼び捨て可なタイプである。草鹿やちるのように変なあだ名で呼ばれるのはどうかと思うが。

「友人なんだしな。日番谷殿じゃ他人行儀だろ。」

日番谷がニヤリと笑う。そんな彼にルキアは少し照れ臭そうに微笑んだ。

「・・・ありがとう、今日は楽しかった。今度は私の気に入りの昼寝場所に案内しようぞ―――――――冬獅郎殿。」

初めて呼ばれた名前に一瞬キョトンとした後、一気に照れがやってくる日番谷。

「私は親しき者は名前で呼ぶ主義なのでな。それでは、また・・・な。」

ルキアがスタンと屋根から飛び降りた。そしてあっという間に駆け去っていく。はっきりいって言い逃げだった。

「―――――――朽木の奴・・・上等だ。」

そう漏らして日番谷は口の端をあげた。

 

 

 

 雲は茜色が掛かりつつあった。

 

 

 

 

 

<後書き>

 ルキアと日番谷でほのぼの話です。決して日番谷×ルキアではありません。ええ、ありませんとも!水無月はブリーチキャラで特に好きなのがこの二人なんです。この二人が友達とかだったらいいな〜と思って書きましたが・・・原作ではまずありえない組み合わせ。だって日番谷君、ルキアを助けるために動いたというより雛森さんのために動いたって感じですし。本誌展開はうぎゃ〜でハラハラドキドキですが、とりあえずあちこちのブリーチ扱ってるサイトさんの先週のジャンプ感想が皆様面白いくらい同じで何か笑えました。曰く『兄様来た〜!』・・・そんな感じ。みんな注目する部分は同じなんですね。崩玉取り出されたルキアに襲い掛かる凶剣から彼女をかばうラストの朽木白哉・・・まあ、水無月も叫びそうになりましたが。あうう、続きが気になって仕方がないです、この頃のブリーチはいつも。

 このままでは本誌トークで終わってしまいそうなのでちゃんと作品についても触れましょう。とにかくルキアと日番谷です。何となく日雛&恋ルキに見えなくもない?あらどうしましょう、水無月推奨CPイチルキでしてよ?でも本当は恋ルキも好きです。正確には恋→ルキ。そしてこの『昼寝談義』、本当は続編である『空と雲』のラストがこちらの最後のシーンとしてくるはずだったのですが、このノリで流してきてその終わり方はどうよ?と自問自答した結果、そちらは別の形で書き直そうということになったわけです。実は同系統の話(ルキア・日番谷友人設定)であと一つ位エピソードがあったりするんですが、いつ形になるかは水無月にも分かりません。

 

 

 

2005/05/02 UP