線路は続くよどこまでも

 

 

 

 

 

 その日は目茶苦茶暑かった。とにかくどうにもこうにも暑い日だった。故にか否かは不明だが、唐突にルキアは言った。

「海に行きたい。」

「は?」

一護は『いきなり何言い出しやがる』といった目でルキアを見た。現在彼らは部屋に出した小さなテーブルで向かい合い、連休用に出された宿題を片付けている最中だ。一護はともかく現世の常識がさっぱりのルキアに英語やら数学やらは荷が重い。ほとんど一護が家庭教師状態で自分の宿題の傍ら面倒を看ていた。

「海に行きたいと言っておる。」

そんな学生としての本分を分かっていないのか、ルキアが再度繰り返す。

「・・・あ〜、とりあえず海開きはまだだぞ?」

少なくともここ空座町から一番近い海岸はそうであったはずだ。黒崎家は毎年夏には海に行く。もちろん言い出しっぺは父親の一心だ。ルキアの主張に一応答えてやってから、一護は彼女の顔を見遣る。しかしルキアの表情は真剣そのものであった。その様子に少し考え込む一護。何か理由があるのだろうか。

「ひょっとして、指令か・・・?」

一護が思いついた理由はそれだった。ソウル・ソサエティからの指令。虚の出現ポイント。それが海なのだろうか。ならば急いで死神化をしなければならない。彼の言葉にルキアはキョトンとした表情でこう言った。

「いや、違うぞ。」

ドンガラガッシャン

一護がずっこける。しかしそんな彼の反応も何のその。ルキアは一護に掴みかかりそうな勢いで自分の意見を主張する。

「とにかく私を海に連れて行けー!!」

「何でそうなるんだー!?」

その日、一つの部屋で現役女子高生兼元死神と現役男子高生兼現死神の喧嘩の幕が切って落とされた。

 その後、結局一護はルキアに押し切られる形で海に行くことになってしまったようである。

 

 

 

 

 

 

 

 連休二日目、場所は海。その日は昨日と打って変わり涼しかった。否、むしろ寒いくらいである。しかしルキアは嬉しそうにはしゃいでいた。因みに周囲に出歩いている人はいないようである。

(まあ、最近悩んでたみてえだし、ルキアの奴[あいつ]もいい気分転換になるだろ。)

波打ち際で戯れるルキアを見守る一護。

「おーい、一護。見てみろ、カニがいるぞ!」

何がそんなに嬉しいのか分からないが、ルキアは笑顔である。

(いつもこうなら結構可愛いのにな・・・。)

何となくそう思う一護。脈拍も心持上昇中だ。しばらくはそんな微笑ましい雰囲気が続いた。コンビニで買った昼食を採り、二人でのんびりと過ごす。しかし、どういう展開でそういうことになったのか、この浜辺で修行をすることになってしまった。まさにムードぶち壊しである。

「さあ、一護!あの夕陽に向かって走るのだ!!」

「お前、また変な漫画でも見たのか・・・?」

一応ツッコミを入れつつもルキアの指示に従う一護。どうでもいいが、まだ夕陽と言える時刻ではなかったりする。

 ところが特訓中またもやトラブルが発生した。ルキアのポケットに入れてあった伝令神機が鳴る。特訓を一時中断し、ポケットからそれを取り出すルキア。

「ん・・・?一護、指令だ。出現は・・・一分後!?」

「おい!それなら急がねえと・・・どこで出るんだ!?」

「落ち着け!ポイントは――――――――ここだ。」

ルキアがそう告げた途端、虚の霊圧が感じられた。二人がそちらを向けば少し離れた所に今まさに虚圏[ウェコムンド]から虚が出現しようとしていた。二人はすぐさま周囲に他人のいないことを確認すると、死神化した後の一護の体が隠せる場所に移動。戦闘準備は整った。

「いくぞ、一護!」

そう言ってルキアが例の手袋を装着する。

「おう!」

一護は死神化を果たした。そして二人はいつものように虚に立ち向かうのである。

 

 

 

 

 

「くそ!」

 一護が斬魄刀を振るう。しかし相手は動きが素早くなかなか捕捉できない。ルキアが所々で指示を出し、鬼道で援護射撃をするのだが、思った以上に敵は手強かった。

「何で海まで来て虚と戦わにゃならん!?」

「何をゴチャゴチャ言っとる!来るぞ!!」

一護は何だか切なくなってきた。割り切れるように努力はしていたが、自分とて健全な青少年。いろいろと遊んだりしたい時だってあるのだ。それでもルキアと一緒なのは気苦労も多いが彼女との的外れな遣り取りを密かに気に入っていたりもする。特訓のおまけ付きでも二人きりということには嫌な気はしない。学校と違い周囲を気にすることなく過ごせていたというのに、この状況。

(せっかく、二人きりだったのに〜・・・!)

何故だか悔しくて仕方がない一護であった。

 不平不満は多々あれど、虚との戦闘は待ってはくれない。イライラが募る中でそれでも一護は戦った。しかし精神的な部分が影響したようで、彼に隙が出来てしまった。それを虚は見逃さず攻撃してきた。

「危ない!一護!!」

咄嗟にルキアが一護を突き飛ばす。

「ルキア!」

「くっ。」

虚の一撃がルキアを襲う。小柄な体は見るも無残に吹き飛ばされた。それでも何とか受身は取ったらしく、テトラポットにぶつかる前に着地する。その時ルキアの表情が一瞬苦痛で歪んだ。それでも視線は虚から外さない。

「ルキア!?」

一護が叫ぶ。

「大丈夫だ!それより虚を・・・!!」

こちら側に駆け寄ってきそうな一護を制し虚へ向かうよう促すルキア。

「だけど・・・!」

「この・・・たわけが!さっさと片付けてこんか!?」

「どわ!?」

 ルキアがとっさに落ちていた空き缶を掴むと一護に向かって投げつけた。それは一護の鼻面に鈍い音を立ててヒットする。目から火花が飛び出しそうな痛みに思わず蹲る一護。空き缶には液体は入っていなかったが、その代わり何故か砂が一杯詰まっていた。

「・・・ルキア、てめえ!後で覚えてやがれ!?」

ルキアに対して吼えつつも虚が繰り出す鉤爪はしっかりと刀で受け止めている辺り、一護も経験値を積んでいる。

「貴様ら・・・儂を馬鹿にしとるのかぁあああああ!!」

そんな二人の遣り取りに虚も逆切れだ。

「うお!何かいきなり切れたぞ、この虚!?」

「短気な奴め。」

そして理由に気付いていない二人。ある意味いいコンビなのかもしれない。

「ああ、確かに短気そうな顔してるな。」

「うむ、そうだろう。」

「き、貴様ら絶対食ってやるわぁあああああ!」

勝手に納得しあう一護とルキアに怒り狂った虚が襲い掛かる。それでも負傷しているらしきルキアの方に向かう辺りは小賢しかった。

「・・・っく!」

ルキアは辛うじて攻撃をかわすが、バランスを崩してその場に倒れる。虚の爪が側のテトラポットの一部を抉り取った。コンクリートの破片がルキアに降り注ぐ。

「・・・てめぇえええ!!」

そして激昂した一護の一閃が虚の後頭部を捕らえた。

 

 

 

 

 

 

 

 全ての戦いが終わってみれば、空は夕暮れ。海と空が橙色に染まる。一護は身体に戻り、ルキアは足を海に浸していた。気温が下がってきているので冷たいが、熱を持った肌には心地好い。ルキアは先程の戦いで一護を庇った際に、右足首を痛めてしまったのだ。一護の見立てでは捻挫であろうと思われる。

「ルキア、あと一時間以上次の電車来ないぞ。」

「そうか・・・。」

最寄の駅に時刻表を確認しにいった一護が戻ってくるなりそう告げた。海水浴シーズンには賑うこの場所も、現在は閑散としている。海岸沿いに走る線路もどこか寂しげだ。

 とにかく、あと一時間は電車は来ない。しかし電車が来るのを待っていては帰りが遅くなる。そうなればあのハイテンション親父を筆頭に家族に質問攻めにされるのは目に見えていた。かといってこの状態のルキアをそのままにしておくのは酷だ。

「チッ、仕方ねえな・・・。」

一護は舌打ちして、頭をガシガシ掻いた。

「おい、ルキア。」

「何だ。」

一護に声を掛けられてルキアが彼の方を向けば、一護がしゃがみこんでルキアに背を向けている。

「ほら、乗れよ。」

そう言って一護はルキアに背に乗るように促した。どうやらおんぶをしてやろうということらしい。

「いや、いい。私は歩いて帰る。」

「何言ってるんだよ。ろくに歩けないくせに。いいから乗れ。」

断るルキアになおも促す一護。

「ううううう・・・れ、礼は言わんからな!」

「あー、はいはい。」

唇を尖らせながらも、ルキアは承諾した。その顔が赤いのは夕陽のせいだけではないのかもしれない。

 そんな遣り取りを経て、一護はルキアの身体を背負った。そしてルキアもまた一護の背に体重を預ける。

「う・・・。」

「どうした、一護。」

「い、いや、何でもない・・・。」

(む、胸の感触が・・・!)

意識した途端、一気に顔に熱が集まっていくのが一護には分かった。ああ、哀しきかな、青少年。ルキアは細身で小柄で一護の妹の服でも着れてしまうのだが、こうして密着した状態になると、やはり男とは違う、女なのだと意識せざるを得ない。

「・・・それで、これからどうやって帰るのだ、一護?」

「・・・ぁあ?そうだな〜、線路沿いに歩いていけばその内着くんじゃないか。」

 ルキアに話しかけられて、ようやく一護は意識を切り替える。海岸沿いの通り。それにまた沿うように線路は敷かれている。もっと先に進めば、その内、街に近くダイヤの本数も多い駅に辿り着けることだろう。

「んじゃ、行くとするか。」

「そうだな。急がんと夕飯に間に合わん。」

「うお、ヤベッ!?」

一護はルキアを背負い直すと、線路に沿って駆け出した。

「ハイよー、一護!」

「俺は馬かっつーの!」

 

 

 

 走る走る、線路に沿って。二人共に、先を目指して。彼らの未来を示すかのように、道は、線路は、どこまでも続いていた。

 

 

 

 

 

<後書き>

 ようやく完成、初イチルキ。これ、草稿作ったのBLEACHのアニメが始まった頃ですよ?一体どれだけ間を空けてるんでしょうね、自分は。虚とのバトルシーンをほとんど考えていなかったので後々面倒でした(死)

 

 

2005/07/15 UP