追憶、万華鏡。

(『黄昏の空』との関連話)

 

 

 

 

 

「ねえ、一護は結婚しないの?」

 石田と井上…ああ、今日からあいつも石田か、の結婚式の後で、水色が俺にそう言った。

「何だよいきなり…。」

「う〜ん、特に深い意味がある訳じゃないけどさ、何となく。一護結構モテるのにそれっぽい人居ないからさ、何でかなと思って。」

水色の言葉に俺は絶句した。

「医大卒業してさ、まだ経験浅いとは言えちゃんと成果出してるんだし。将来的には、お父さんの跡継ぐんだよね?ならさ、そろそろ結婚とか意識する頃だと思うんだけど、浮いた噂一つないからさ。啓吾だって彼女いるのに。」

それは結構痛い指摘だった。高校時代俺が吊るんでいた連中は、それなりに相手を見つけていた。水色は学生結婚したし、啓吾も彼女がいる。石田は今日結婚だし、チャドの奴も婚約者がいた。俺だけフリーということになる。

「昔は有沢さんと付き合ってるのかな〜とか思ったりもしたけど、何か違うみたいだし。ひょっとして特別な理由でもあるの?」

「特別な理由…?」

 

ドックン

 

水色にそう言われた途端、心臓が跳ね上がったような気がした。

 

 

 

『一護!』

 脳裏に浮かぶのは艶やかな黒髪に紫がかった瞳。

『この…たわけが!』

勝ち気な表情と強い意志を秘めた瞳。優しくて哀しかった一人の少女。

『私の前に立つな!見えないではないか!?』

『お前が小さいんだよ。』

『黙れ小僧!貴様がデカすぎるのだ!!』

小柄でその綺麗な顔に似合わず毒舌。マシンガンのように飛び出す悪態に青筋を浮かべたのは二度や三度じゃなかったはずだ。

『一護一護!あれは一体なんだ?』

『お前自動販売機も知らないのかよ。まあ、ストロー一つ挿せない不器用死神だもんな。』

『仕方がないではないか。ソウル・ソサエティにこんなものはないのだぞ。』

『でもあの絵のセンスは…痛!?』

『あら?どうかなさいました黒崎君。』

『…て、てめぇ、この、ミス猫被りが!人の足(弁慶の泣き所)蹴飛ばしといてそれか!?』

『あ〜ら、何の事でしょう?』

『こ、こいつ…!』

喧嘩だって山程したし、御互いに理解出来ない・付き合い切れないと感じる事も多かっただろう。それでも俺達は一緒にいた。

 

 

 

「…誰か忘れられない女性[ひと]でもいるの?」

 黙り込んでしまった俺に水色が話しかけてきたが、正直俺は別の事で頭が一杯だった。

忘れようとしても忘れられない一人の少女。俺と俺の家族を命懸けで守り、力を失った。そして紛いなりにも力を合わせて戦ってきた。それから俺を守るために自らの死を受け入れた。あいつを追ってきた俺はあいつの世界を知る事になった。

 あいつが俺の運命を導き世界を変えた。お袋が死んで…いや、殺されてから燻っちまっていた俺の世界を広げたのがあいつだ。新しい風をもたらした俺にとっては唯一無二の存在だった。

 

それが“朽木ルキア”という女だ。

 

 

 

 

 

「一護?何ボーっとしてんだよ。」

「ああ、啓吾。何か彼女いないの?とか聞いたら一護が固まっちゃって…。」

 俺達の様子に気付いた啓吾が寄ってきたが、やはり上の空だった。その時の俺は笑っちまうくらいルキアとの思い出で頭が一杯になっていたから。ルキアの髪、ルキアの瞳、笑った顔、怒った顔、泣いた顔。万華鏡のようにキラキラした記憶達。共に虚を倒した事、修行した事、授業受けて宿題やってテストなんかもあって…。屋上で食べた弁当、一緒に歩いた土手の帰り道。クルクルクルクル回る思い出達。

 

 

 

『すまぬな。』

『それのどこが“すまない”顔だ。』

そう言ったあいつは、瞳が笑っていた。

『ありがとう。』

そう言ったあいつは今にも泣き出しそうだった。

 愛を語るには幼すぎた俺と、恋をするには臆病すぎたあいつ。それでも共に在りたかった。お互いが大切な存在だったんだ。側に居たときはほとんど何も言ってやれなかったのに、今更愛しているなんてふざけている。ようやく気付いて、一歩を踏み出して、これからも二人で歩いていけると思った瞬間に、壊れた至福の時。俺達の未来は続くことなく途切れた。

 それでも忘れるにはあまりにも鮮やか過ぎる記憶。色褪せない甘やかさと苦み、そして痛みを伴う思い出。きっと俺は忘れない。あいつの存在を自分の中から消すことなんてできないから・・・。

 

 

 

「一護、本当に大丈夫?」

「ああ、何でもない。」

 心配そうに俺を見る水色。不思議そうに俺を見遣る啓吾。でもあいつらの中にルキアはいない。ただ、ルキアのことを覚えているチャドの視線が少しだけ痛かった。

「そんなに啓吾に彼女が居て自分にはいないのがショックだったの?」

「ちげぇよ・・・。」

水色から目をそらして俺は前を向く。見えるのは幸せそうな井上と娘を嫁に出す父親の如く泣いている竜貴、そして困惑しているがやはり嬉しそうな石田。今は彼らの新しい門出を祈ろう。友でもあった彼らの幸せを、ルキアもきっと望んでいるはずだから。

 

 

 

 万華鏡のようにキラキラ輝く記憶の欠片達。そんな追憶を胸に抱いて、俺は今独り生きている。

 

 

 

 

 

<後書き>

 これは黄昏の空と設定を同じくする話です。ルキアが十年くらい現世に止まったとすると、この話の一護は26か27歳って所ですね。さり気なく雨竜×織姫が入っていますが、自分は特に推奨している訳でも否定している訳でもないカップリングです。

 それにしてもこの一護は考え方が後ろ向きというか暗いというか・・・。書いてて「こんなの一護じゃない〜!」とか叫びたくなりました(笑)

 

 

2005/08/18 UP