初めに・・・

*この話に出てくる雛森は純情可憐な心優しい乙女ではありません。

*むしろ腹黒です。

*でも日番谷君のことは大好きです。

*笑顔で問題発言連発してます(オイ)

*そんな設定でも構わないという方はこのままスクロールしてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒雛様のお気に召すまま

 

 

 

 五月某日、木々の緑が眩しい、そんな季節である。十番隊副隊長を務める松本乱菊は、同僚である五番隊副隊長雛森桃に話しかけた。

「ねえ、雛森。あんた、来月誕生日だったわよね。何か欲しい物ある?」

「え?もしかして、乱菊さんプレゼントくれるんですか。本当に?うわぁ、ありがとうございます〜。」

乱菊の言葉に雛森はニッコリ笑って礼を述べた。そう、来る六月三日は、この雛森の誕生日なのである。

「いいのいいの。あんたと私の仲じゃない。」

「でも、そんな・・・やっぱり嬉しいですよ。」

同じ副隊長の地位にある女性同士ということもあるが、それ以上に乱菊と雛森には接点があった。それは乱菊の直属上司に当たる十番隊隊長日番谷冬獅郎が雛森と幼馴染同士ということである。機会を見つけては、雛森が十番隊の執務室に足を運ぶので、乱菊とも自然と親しくなったのだ。

「それで?何が欲しいの?何でもいいわよ。」

乱菊が珍しく太っ腹な所を見せて雛森に言う。もちろん、大豪邸が欲しいとか徳川の埋蔵金が欲しいとかそういった不可能なお願い事は無しなのが、こうした場合の暗黙の了解である。

「本当に何でもいいんですか?」

乱菊の方が雛森より背が高いので、自然と雛森に見つめられると上目遣い状態になる。並みの男なら、これでイチコロ(死語?)であろう。何せ、雛森の容姿は可愛い。ただファン層の関係で、美人系が好きな男には一般的な程度の効果しかないが。逆に言えば、雛森に反応しないタイプは乱菊に弱かったりするのである。そう、乱菊もまた美人なのだ。さらにいえば、体型も女性的で悩ましい。

「ええ、いいわよ。」

遠慮がちに問いかけた雛森に、乱菊は快く頷いた。そしてこの安請け合いを、彼女は数秒後に後悔することになる。

「・・・じゃあ、日番谷君の貞操が欲しいです

「へ?」

 ニッコリと、とてもにこやかな笑顔で雛森は言った。その内容を聞いた当初、脳が理解を拒絶しているのか、乱菊は反応ができなかった。

(ええと・・・今、この子は何を・・・・・・?)

「え、ええと・・・ごめんね、雛森。ちょっと良く聞こえなかったみたい。もう一回言ってくれるかな?」

「あ、いいですよ〜。あたし、シロちゃんの貞操が欲しいんです。」

やっぱり乱菊の聞き間違えではなかったらしい。可愛らしい笑顔で何てことを言い出すのだろうか。

「あ、あの・・・あんた、今、“貞操”って言わなかった?」

「? 言いましたよ。」

恐る恐る尋ねる乱菊に、雛森はキョトンとしながらも頷く。

「て、貞操ってあの“貞操”よね?」

「多分そうだと思いますよ。」

さも当然というように答える雛森。そんな彼女に乱菊は本能的な感覚であるが“黒さ”を覚えた。

(前々から薄々そんな傾向があったような気がしたけど・・・気のせいじゃなかったのね。)

時折、雛森が日番谷に恋心を抱いているらしき女性隊員に対して冷たい目を向けていることがあったのだが、もしかしたらそれも乱菊の杞憂ではなかったかもしれない。

「本当にあんた、隊長のそれ・・・欲しいの?」

「欲しいっていうか・・・シロちゃんの初めてはあたしが貰うって昔から決めてはいたんですけどね。」

「え゛?」

何か今物凄く不吉なセリフを聞いたような気がした。乱菊は思わず雛森を凝視してしまう。

「でもあの当時は、あたしもシロちゃんも子供だったし、具体的にどうすればいいのかもよく分かってなかったから、そういうことってしたことなかったんですよ。」

純情可憐、そんな形容がぴったり似合いそうな少女の口から飛び出る言葉はあまりにも容姿とのギャップが激しい。というかあの当時とはどの当時のことだろうと乱菊はツッコミを入れたかった。しかし、怖くてそれができない。何かとんでもない答えが返ってきそうで。

「まあ、あれから大分経つし、そろそろいいかなって思って

まるでそろそろ林檎の狩り時だとでも言うような、軽い調子で雛森が告げる。

(ど、どうしよう・・・。)

 笑顔のままの雛森を見つめて、乱菊は頭を抱えたくなった。雛森の欲しいものはお金を出して買えるようなものではない。というか物じゃない。仮に金を積んだとしても逆に斬られてしまうだろう。

(私、まだ命捨てたくないし、隊長の信頼を失うのもちょっと・・・。)

乱菊は悩んだ。何でもいいと言った手前、断りづらい。ついでに言えば、雛森の笑顔が有無を言わさずな黒さを発している。非常に断りづらかった。

(ううん、ここで負けたら駄目だわ。勇気を持つのよ!)

乱菊はそう自分に言い聞かせると、雛森に向き直った。

「あ、あの・・・雛森!」

「何ですか、乱菊さん?」

一度意識してしまうと何気ない雛森の仕草にも黒さを感じてしまう乱菊。心なしか、声が震えた。

「え、え〜とね、その手のことはやっぱり・・・無理というか何と言うか、とりあえず副隊長としては隊長の許可なしにはできないかな〜とか、思っちゃったり?」

できる限り明るい調子で乱菊は言おうと努めたが、やはり笑顔が引きつっている気がした。

「別に心配しなくても日番谷君もちゃんと気持ちよくしてあげますよ?いくら誕生日だからって、あたしばっかりよくても後々困りますし。」

そして返ってきた言葉は乱菊的には空恐ろしい内容だった。最早誕生日云々の問題ではない気がする。

「と、とにかくそれは私には無理!」

「え〜?簡単ですよ。ちょっと半日位執務室に他の誰も来ないようにしてくれれば・・・。」

「駄目なものは駄目!お願いだから別のにしてちょうだい!」

乱菊は拝み倒すような勢いで両手を合わせた。

「・・・じゃあ、別の物でも構いませんよ。」

 しばらくして、雛森は乱菊の頼みを承諾した。というか、もし承諾してもらえなかったら、今後の日番谷の身の上が大ピンチである。現状でもなかなか末恐ろしい展開だが。

「本当に!?」

暗闇の中に一条の光を見つけたかの如く、乱菊の顔が輝く。

「本当ですよ。それに、そもそも貞操云々って冗談ですから。」

「はい?」

そしてサラリと告げられた一言に、乱菊は固まりかけた。

「だから、本気じゃないってことです・・・今は。」

言い回し的に何だか不安を残すが、とりあえず無理な要求を突きつけられることはないらしいと分かって、乱菊は一先ず胸を撫で下ろした。

「そうですね〜。あ、そうだ!乱菊さん、あたし現世の服着た日番谷君が見たいです。」

そんな時、雛森が何やら代わりのリクエストを思いついたらしく、嬉々としてその内容を告げた。

「現世の服を着た隊長?そんなことして、どうするのよ。」

「ええと、何か前読んだ雑誌で、シツジって人が女の人にご奉仕したりするって書いてあったから、日番谷君にご飯食べさせてもらおうかと思って☆」

乱菊の疑問に雛森が答える。

「ちょっと赤ちゃんみたいかもしれないけど、物凄く大事にされている感じがして素敵よね。お嬢様って呼ばれたり。まあ、日番谷君に敬語を使われるのは何か変だからそれはなくてもいいんだけど♪」

そう語る雛森はまるで夢見る乙女のようである。それでも乱菊は雛森の言葉の裏に二言、三言何かあるような気がした。突っ込む勇気はなかったが。

「というわけで、あたしの誕生日には、ぜひ日番谷君に至り尽くせりで甘えさせてもらえたらな〜って思うんだけど、乱菊さんからもお願いしてもらえるかな?きっと乱菊さんが日番谷君の分まで仕事をしてくれたら、いっぱい一緒にいられると思うんだよね

詰まる所、雛森のリクエストは『執事シロちゃんに一日ご奉仕☆』というものであるようだ。

「ええと、つまり・・・私は隊長の分の仕事を肩代わりして、雛森とデートする時間を捻出するのがプレゼントってこと?」

「う〜ん、ソフトに言うとそういう感じだと思います。」

ここでハードだったらどんな言い方だと突っ込んではいけない。精神衛生上お勧めできない返答をされる危険性があるからである。

「・・・仕方ないわね。善処してみるわ。」

溜息混じりに乱菊が言う。

「はい、お願いしますね。あたしの方は藍染隊長に押し付けてでも非番をもぎ取りますから、三日くらい。」

「は?」

「乱菊さんは気にしないでくださいね。それより日番谷君のことよろしくお願いします。」

「え、ええ・・・。」

一瞬何だか怖いセリフを聞いたような気がしたが、これ以上雛森の黒さに晒されたくなかった乱菊は深く考えないことにした。触らぬ神に崇りなし、黒雛森には突っ込まない。それが長生きの秘訣なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 そして時は流れて、暦の上では六月三日。どんな裏工作が働いたのかは知れないが、日番谷は急遽二日間の非番を手に入れた。

「何で急にこんなことになったんだ・・・?」

一応、幼馴染である雛森の誕生日を祝うために、少なくとも定刻に上がれるよう元々調整はしてあったのだが、いきなりの事態に日番谷も戸惑っている。何せ、朝起きて、身支度を済まし、執務室に向かっている途中で、地獄蝶から知らせが来たのだ。当然服装は死覇装で、隊長の証である羽織も身につけている。

「困った・・・することがないぞ。いや、早くから準備すればいいのか?」

(松本の話だと、雛森は今晩の夕飯を俺に作ってもらいたいってことらしいから、料理の下ごしらえは昨日の内にしておいたし。ケーキは他の副隊長仲間が予約してあるっていうから必要ないしな。でも何で現世の服なんだろう?)

日番谷はとりあえず乱菊からの聞いた雛森の頼みなるものを承諾したものの、それに隠された意図はさっぱり分かっていなかった。因みに乱菊が用意した礼服は彼の私室に置かれている。仕事の後で着替えようと思っていたのだ。

「とりあえず、松本達の様子でも見てくるか。」

することもないが、せっかく仕事着に着替えたので執務室に顔を覗かせることにした。

「おい、松本・・・。」

 日番谷が十番隊執務室の戸を開ける。特に断りを入れなかったせいか、中で仕事をしていた乱菊が[]ねるように顔を上げた。

「悪い、驚かせたか?」

珍しく彼女が集中しているのを邪魔してしまったのだろうかと、少々申し訳なさそうに日番谷は言う。とはいえ、傍目にはいつものしかめ面である。しかし副官として彼と接する機会の多い乱菊は、日番谷の気遣いを感じ取ることができた。

「あ、隊長・・・何で?」

単語を連ねたような発言だったが、日番谷は乱菊が非番のはずの自分がここにいることを疑問に思っているのだろうと判断する。

「ああ、ここに来る途中で地獄蝶から今日のことを聞いたんだ。急に暇になって、することもなかったから、ちょっと様子見に来たんだよ。」

「はあ・・・。」

「でも、何でいきなり二日も休みになったんだろうな。今日の分は少ないはずだが、松本も無理すんなよ。」

日番谷が乱菊を気遣うような言葉をかける。それもそのはず。元々この日を早く上がれるようにするために、一週間前から怒涛の勢いで仕事をこなしていたのだ。しかも乱菊もそれに巻き込まれていたりする。だから、乱菊もここ数日ハードワークだったのである。それなのに、日番谷が二日も休むのでは後で大変なのではないだろうかと考えたのだ。こうした部下に対するフォローも上司としては必要である。

「え、ええ・・・私も近い内に有給いただく方向なんで、その時は隊長、お願いしますね。」

「ああ、分かった。」

 日番谷は返事をすると、そのまま執務室に入ってきた。そして自分の机の前にやってくると引き出しを漁りだす。何か必要なものでもあるのだろうか。

「あの・・・隊長?何をしていらっしゃるんですか。」

「あ〜、急に暇になったから、本でも読もうと思ってな。確かこの間、買った後引き出しに入れたままにしておいたのを思い出して・・・。」

「え!?」

日番谷の答えに乱菊は内心焦る。結構ギリギリのタイミングだったので、日番谷への非番の連絡が出勤途中になってしまったが、今回の休みは雛森の誕生日を共に過ごさせるためである。すでに雛森が休みという話は乱菊の耳に入っており、こんな所で日番谷にのんびり読書をされていては困るのである。

「た、隊長!」

「何だよ。」

「きょ、今日は天気も良いですし、読書もいいですけど、たまには外出されたらいかがですか?」

乱菊が日番谷に外出を提案する。というか雛森が自室に待機しているはずなので、それを誘いにでも行ってもらいたい所だ。

「それでも別に構わんが・・・特にすることもないし。」

「そ、そうですか!なら、雛森でも誘って遊びに行ったらどうです?ほら、あの子、今日誕生日ですし!」

そして畳み掛けるように乱菊がそう促した。

「はあ?そりゃ、確かにあいつは今日誕生日だが、俺と違って仕事だろ?」

「そんなことありません!」

「は?」

「今日は雛森も休みです!藍染隊長が誕生日だからって休みくれたらしくて・・・。」

「そうなのか?」

自隊のことならまだしも他隊に関してはあまり興味のない日番谷は乱菊ほど噂話といった事情にも詳しくない。ましてや、しばらく仕事に専念していた後とあってはなおさらである。

「隊長も休み!雛森も休み!しかも今日は雛森の誕生日!こんなこと滅多にありませんよ!?利用しなくてどうするんですか!!」

「り、利用って・・・。」

 乱菊は日番谷が雛森のことを憎からず思っていることを知っている。というか公然の秘密(十番隊内では)みたいなものだった。日番谷は本当に純粋な気持ちで雛森のことを大切にしていている一方、時々素直になれなくて意地悪をしてしまう初々しさも見られ、そんな少年的恋心が乱菊にとっては可愛くて仕方がなかった。だからからかいつつも雛森との仲が上手くいくよう応援していたのだ。先日、雛森の黒さを目の当たりにするまでは。

(で、でも・・・雛森、隊長に対してはちゃんと普通にしてるし、無理強いとか・・・しないわよね?)

少々どころか大分不安があったりするのだが、日番谷の前ではとても優しく親切、そして時々ドジな少女のようにしか見えない雛森なので、乱菊は一応希望的観測をしてみる。

(というか、隊長って雛森が黒いこと気づいているのかしら?それとも天然故にたまに際どい発言をするとか思ってるのかしら?とりあえず、隊長。まだ食べられちゃわないでくださいね!)

余程焦っているのか、乱菊の思考回路もどこかおかしくなっていた。

「というわけで!ここは一つ、雛森をデートに誘ってみましょう。一先ずは健全な方向で!」

「は?」

「ケーキは予定通り夕方届けるつもりですけど、都合が悪くなった場合は連絡してくださいね。」

「へ?」

「では、十番隊は私に任せていってらっしゃ〜い。」

「て、松本!?本返せよ、というか追い出そうとすんな。」

「はいはい、本は後で返してあげますから。隊長は今日は雛森のことだけ考えててください。」

霊圧を開放すればまだしも、何もしていない状態では日番谷と乱菊には体格差がある。力任せに追い出され、しかもピシャリと戸を閉められてしまった。

「一体、何なんだよ?」

 よく分からない内に部屋から閉め出されてしまった日番谷は首を傾げている。普段は鋭い彼の勘も今回ばかりは鈍っているようだ。もしかしたら連日の仕事の疲れがまだ僅かに残っていたのかもしれない。

「とりあえず・・・雛森の所にでも行ってみるか。」

(松本の話だと非番らしいし。)

仕事があるから彼女との約束は夕刻以降となっているが、少し位早めてもいいかもしれない。

(昼辺りに待ち合わせすればいいかもな。)

のん気にそんなことを考えながら、日番谷は廊下を歩いていった。

 因みにその頃、雛森の部屋では、彼女は鼻歌混じりに鏡台に向かい、髪を整えていた。鏡の中の彼女はどこか蠱惑的[こわくてき]な笑みを浮かべている。

「ふふふ。シロちゃん、何時頃会いにきてくれるかなぁ。」

うっとりとした表情で、雛森は櫛を手にしている。

「今日お休みにするために、すご〜く頑張ったんだから、シロちゃんにはいっぱいご奉仕してもらわないとね♪」

誰もいないせいか、さりげなく問題発言をしているらしき雛森である。その詠うように軽やかな声音から、余程日番谷の来訪を楽しみにしている模様。そして六月三日はまだ始まったばかり・・・。

 

 

 

 果たして、雛森の私室へと向かう彼が、飛んで火にいる夏の虫になるのか、健全ほのぼの系小さな恋のメロディを奏でることになるのかは、全ては黒雛様のお気に召すままなのである。

 

 

 

<後書き>

 雛森さん、誕生日祝い小説。でも、何故か黒雛森話。水無月の中の黒雛様はシロちゃん命なお嬢様です。邪魔者は潰します。というか、日番谷のためなら白くなれます。だから乱菊さんには比較的優しいのです。彼女が潰れると日番谷の仕事が大変になるから。

 

製作期間=2006/06/032006/06/05

 

 

2006/06/06 UP