「ねえ、日番谷君、いいの?」

「いいんだよ。」

 日番谷と雛森の二人は海水浴場から少し離れた海岸線沿いの場所に来ていた。洞窟のような通路を抜けると、そこには誰も居ない入り江が広がっている。

「うわ〜、凄い。ここだけ海の色が違うよ、日番谷君!」

雛森が眼を輝かせて海水を手ですくう。入り江の水は海水浴場のそれよりずっと透明度が高いものだった。

「ありがとう、日番谷君。」

「別に・・・適当に泳いでたら見つけたんだよ。」

笑顔で礼を言う雛森に照れ臭そうに日番谷は答えた。二人でコッソリと抜け出し、半ば強引に雛森を連れ出す形になってしまったが、彼女が嬉しそうなので日番谷は良しということにする。

「ねえ、せっかくだしここでも泳ごうよ、日番谷君。」

「俺は良いって。お前だけで泳げよ。」

「やだもん!二人一緒の方が楽しいよ。ね、いいでしょ?」

雛森が日番谷の腕を引っ張る。

「・・・つか、そんな引っ張んな、雛も―――――――!?」

バシャアアアアンッ

 派手な音がして、バランスを崩した二人は揃って海水にダイビングを果たすこととなった。当然頭から水を被ってびしょ濡れだ。

「い、いきなり何しやがる雛森!」

「あははは!ごめんごめ〜ん!」

怒鳴る日番谷に笑って謝る雛森。

「水浸しだね〜、日番谷君。」

「誰のせいだと思っている・・・つか、お前もだろ。」

「そうだね。」

手でお互いの顔についた水滴を拭うようにして、自然と二人の距離が縮まる。

「なあ・・・。」

日番谷の手がそっと雛森の頬に触れる。濡れているせいか、いつもよりもしっとりした感触。

「雛森・・・。」

「日番谷君・・・。」

誘われるようにお互いの顔が近づいていき、唇が触れ合うか否かのその刹那ともいえるわずかな瞬間。

ドゴォオオオオオオオオオオオン・・・!

とてつもない爆音が起こり、地面を揺るがせた。

『!?』

キス寸前で、二人の動きが停止する。

「・・・ふ、ふぁあああ!」

そして雛森が我に返ったかのように慌てふためきつつ日番谷から距離をとった。

(あ、あと少しだったのに・・・!)

あと一歩の所でチャンスを逃がしてしまった日番谷は顔にこそ出ていないが、内心は悔しくてたまらない。

「な、何だったんだろうね!さっきの!じ、地震・・・かな?」

(くっそ〜、地震だか何だか知らねえが、邪魔しやがって・・・。)

顔を赤くしながら誤魔化すように早口で言う雛森に、こっそりと舌打ちする日番谷だった。

(まあ、いい。まだ時間はあるんだ。こっちに来ている内、何とかもう少し・・・。)

そんなことを思いながら、気を落ち着かせていると、日番谷は妙な気配を感じとった。

「おい、雛森。」

「な、ななな何!?」

ドモっている雛森とは違い日番谷の表情は真剣だった。

「この気配、虚じゃねえか。」

「え!?・・・ああ!!」

 慌てて二人が入り江から飛び出し、落ち着いて周囲の様子を探れば、大気が震えるような巨大な霊圧が感じられた。反射的に空を見上げる。空間が裂けて、そこから抜け出そうとするように身動きしているそれは、霊力のない人間には分からないであろう、巨大な虚。

『め、大虚・・・!!?』

異口同音に雛森と日番谷が驚愕の声を上げる。

「ひ、日番谷君・・・!」

「しかも一匹じゃねえぞ!」

先程までの甘い空気は吹っ飛んで、二人の間に緊迫したそれが生まれる。

「戻るぞ、雛森。他の奴らと合流する!」

「う、うん!」

二人は全力で元来た道を走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃の他のメンバーの様子は以下の通りである。まず、剣八・やちるの十一番隊ペアは自殺の名所のような崖の上で虚圏から出ようとしている大きな虚を確認した。

「剣ちゃん、あれ・・・。」

「ああ、メノスだな。」

「あれも報告書出さなきゃ駄目なのかな〜。」

「チッ、面倒くせぇ・・・。」

どうやら彼らは戦う気満々のようである。

 続いて、市丸・吉良・恋次・乱菊の四人組はと言えば、驚愕する副隊長勢を尻目に市丸が小躍りしそうなテンポでのん気に歌を歌っていた。

「あ〜大虚や〜で〜、ほんま〜、ギリアンがいっぱい〜♪」

「何よ、その歌・・・。」

「というか、変な歌、歌わないで下さいよ!?」

訝しげに市丸を見遣る乱菊に歌に対してツッコミを入れる恋次。

「え〜、でも、ここまで来ると景気ええよぉ、もっといっぱい出たらおもろない?」

「面白くありません!」

笑顔でとんでもないことを言う市丸に青ざめた吉良が悲鳴交じりのツッコミを叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから八人は合流すると、義骸を脱いで虚退治へと乗り出した。ワザと霊圧を解放して、現世の人々にできるだけ被害を及ばないよう、人気のない場所へ虚を誘導していく。

「はははははは!腕が鳴るぜ!!」

「剣ちゃんやっちゃえ〜!」

「行くぞ!」

「うん、日番谷君。」

「了解、隊長。」

「吉良、俺達もやるぜ!」

「分かってるよ!」

「しゃあないな〜、僕もやりますか。」

霊圧計測器で測ったら間違いなくメーターが振り切れそうな膨大な霊圧が周辺一帯でぶつかり合うという世にも珍しい光景がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間の戦闘を経て、八人で協力し虚を撃退し終わった頃には、とっぷり日も暮れて星が空に瞬いている。こうなってしまってはもはや海水浴はできないだろう。

「結局まともにレジャーできなかったじゃねえかぁあああああ!!」

「隊長、散々文句垂れてた割には楽しみにしてたんですね。」

「喧しい!!」

日番谷のいろいろと鬱憤の混じった叫びに、乱菊がいつものようにツッコミを含んだ指摘をする。こうして彼らの現世におけるバカンスは幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

 

終わってしまえェ・・・

 

 

 

<後書き>

 カウンタ1100番を踏まれた斎条彩様が代理リク(100番)という形でリクエストしてくださった『日雛ギャグ』です。リクエストから完成まで、本当に時間が掛かってしまい申し訳なく思います。思った以上に難産でして、五つ位ネタを出して書いていったのですが、どれも途中で詰まってしまい、それでも何とか完成させたのがこの作品です。日雛というよりは『オールキャラギャグ日雛風味』みたいな感じで大変恐縮であります。いや、本当、ギャグは難しいです。だって日番谷君がボケてくれないんですよ!?彼はツッコミキャラです、絶対。少なくとも自分の中ではそんな気がします。でも今回はちょっと天然入っているような気がしないでもないです。

 原作ではいろいろとありえないキャラのやりとりもありますが、まあ、ギャグってことで笑って流してくださると嬉しいです。というか、これってギャグなの?(自分で聞くな)タイトルにも偽りありです。本当は多少海で遊ぶシーンも考えてありましたが、どう考えてもダラダラ長くなりそうなので自主カットです。こんな作品ですが、楽しんでいただけたら嬉しく思います。

 

 

2006/06/13 再UP(初掲載は2005/07/15

 

 

 

*改めまして、斎条彩様、リクエストありがとうございました!