黒雛様のお気に入り

 

 

 

 雛森桃は世間様から見て、かなり女の子らしい女の子であった。可愛いもの・綺麗なもの・甘いものが大好きで、いつも笑顔を絶やさない。本人自身も愛らしい容姿の持ち主で、仕事には真面目で一所懸命、部下以外の人にも優しい。そして上司である藍染惣右介を一途に尊敬している、そんな少女であった。純情可憐、そんな言葉を体現したかのような美少女。それなのに鬼道の達人で、副隊長も立派に務めている。そういったこともあり、雛森にはファンが多かった。憧れだけでなく、恋心を抱いている者も少なくない。

 だがしかし、一部の者達は知っていた。彼女が世間の評判通りの乙女ではないことを。そしてそんな彼女が異様なまでに愛情を注いでいる存在があることを・・・。

 

 

 

 

 

「どうしよう・・・。」

 ここは十番隊執務室。そして室内で何とも困惑した面持ちで溜息をついているのは松本乱菊。この隊の副隊長である。因みに隊長である日番谷冬獅郎は現世任務のため、ここ三日程留守にしていた。予定では後二日は帰ってこないだろう。山のように積まれた書類の束が目に痛い。しかし、乱菊の悩みの原因はそれだけではなかった。彼女の手には数枚の写真。写っているのは上司である日番谷の姿。初めに断っておくが、乱菊は日番谷に対して恋愛感情を持っていない。ましてや欲情もしない。母性本能のようなものはあるかもしれないし、結構姉御肌なので姉のような世話を焼くことはあるが、特殊な感情は今の所、特にない。死神は長命であるため、日番谷が心身共に大人らしくなればまた違うかもしれないが、とりあえずぶっちゃけて言うと、今現在押し倒す気はない。

「これ、やっぱり処分すべきよね・・・。」

写真の内容は、昼寝でもしているのか草の上で丸くなっている日番谷。そしてその横には同じような体勢でやっぱり体を丸くしている真っ白な子猫。はっきり言って無防備でかなり可愛い。そして別の写真には着替えている最中の、露出度がなかなか高い日番谷の姿。首筋・肩・腰がしっかり画面に収まっている。その他に風呂上りらしく髪型が普段と違い前髪が下りている日番谷、先程の写真にあった猫を膝に乗せて背を撫でている日番谷(穏やかな微笑つき)といったものがあった。

「それにしてもどうしてこんな写真が出回っているのかしら・・・?」

 乱菊は日番谷が猫にこっそり餌をやっている光景は目撃したことがあるものの、見られた日番谷は顔を赤くして怒ってきた。別に乱菊は怖くなかったし、むしろ可愛かったが。それにしたって、近づけば日番谷はすぐに気がついたし、日番谷自身、こうした行動を他の者から隠しているようであった。それなのにこんな写真が出回っている。

(望遠レンズで撮った後、画像処理?一種の合成写真とか?)

乱菊は考える。彼女の元にある写真は同じく十番隊の部下達から没収した代物である。こんな隠し撮りしたような写真が出回っていると日番谷に知れたら大変だからである。そしてそれ以上に例の人物に知られるわけにはいかなかった。

(そんなことになったらうちの隊が大変なことになるじゃない!)

考えるのも空恐ろしくて、慌てて乱菊は首を振り、そんな考えを振り払った。

(ああ、どうかばれませんように・・・というかばれる前に隊長が帰ってきますように!)

乱菊はそう祈らずにはいられないのには理由がある。乱菊がこの事実を知られることを危惧している某人物は日番谷の前では天使もかくやとなるのだ。しかも無意識に。従って、日番谷がいれば一先ず安心なのである。他の隊に出回っている分は知らないが、とりあえず十番隊の平和は守られるという寸法だ。薄情というなかれ。誰だって自分の身が可愛いのだ。そして他人より身内なのである。

「ら・ん・ぎ・く・さ〜ん?」

ひぃいい!?

 考え事をしていて注意がおろそかになっていたのか、乱菊は突然耳に入った声に悲鳴を上げる。猫なで声とでもいうのだろうか、とても可愛らしい、それでいて媚びるような響きを持つ声だった。

「どうしたんですか?」

慌てて顔を上げれば、戸口に五番隊副隊長である雛森が立っていた。その口元を一枚の書類で隠している。恐らく、それを届けに来たのだろう。

「あ、あら、雛森・・・ごめんなさいね。ちょっと考え事してたから、驚いたわ。それで、用件はその書類のことかしら?」

書類の束に隠れてこっそりと写真を裏返しながら乱菊が尋ねる。

「はい、そうですよ・・・表向きは。」

(う!?)

ニッコリ笑って言う雛森に乱菊は声を詰まらせた。書類の受け渡しが表向きの用件ということは当然裏の用件があるということである。乱菊は冷や汗とも脂汗ともつかない何かが背筋を流れるのを感じた。

「じゃあ、とりあえずはこれどうぞ。」

笑顔を崩さないまま、雛森は乱菊の方へと近づく。乱菊も立ち上がって、慌ててそれを受け取ろうとした。机には例の写真があるので彼女に近づいてもらいたくなかったのだ。

「そういえば、乱菊さん知ってます?最近、護廷十三隊を中心に珍しい写真が出回ってるって・・・。」

書類が乱菊の手に触れると同時に雛森は言った。ギクリと乱菊の表情が強張りそうになる。それでも乱菊は戦いで鍛えた鉄の精神力(注:書類仕事での忍耐力には役立っていない)で貼り付けた笑顔を維持した。

「さ、さあ?私にはちょっと・・・。ここ数日隊長がいなくて忙しかったし。」

「そうなんですか?」

「そ、そうよ。」

小首を傾げてみせる雛森に乱菊はそう言い張る。

「本当ですか?何か隠してません?あたしのシロちゃんに関することなんかで。」

雛森は相変わらずニコニコしている。乱菊はその顔を見て確信した。雛森は乱菊が隠そうとしていることをすでに知っている。それでいてこちらの手札を見せろと要求しているのだ。それは彼女の黒さを垣間見たことのある乱菊にとっては脅迫と同等である。

「わ、私は何もしてないんだからね!ちゃんと隊長のこと考えて動いてるわよ!?」

 とりあえず乱菊は自己弁護をすることにした。一応例の写真は乱菊が好きで集めた物ではない。猫と一緒に昼寝しているのなんかは可愛いと思ったことはあるけれど。没収したのは日番谷のためと自分の安全のためと隊の平和のためにだ。

「そうですよね。乱菊さんは日番谷君の信頼を裏切ったりしませんよね〜。で、例の写真の出所は?」

何となく雛森の後ろに黒いオーラがドクロを巻いている気がする。そして笑顔で手を差し出した。

「え、え〜と、雛森・・・この手は何かしら?」

「誤魔化しても無駄ですよ。出してください。」

乱菊はとぼけてみたものの、雛森の笑顔は崩れない。

(ああ、やっぱりこうなるのね・・・。)

乱菊は心の中で涙を流し、机の上に伏せておいた写真を取りに行った。

 

 

 

 

 

「ああ、本当シロちゃんって可愛くっておいしそう・・・。」

 乱菊からさらに没収した写真を眺め、雛森はうっとりと呟く。その呟きは乱菊の耳にも入っていたが、その問題発言は聞かなかったことにした。黒さを出している雛森には突っ込まない。いや、突っ込むべきではないと、本能が告げている。

(これで本当に食べられちゃったら・・・隊長、どうなっちゃうのかしら?)

彼の前では白いので、もしかしたら普通の男女交際に発展するかもしれないが、万が一変な方向に捻じ曲がってしまったらと思うと怖い気もする。乱菊は何だかんだ言っても日番谷のことは好きなので、その辺のところは心配だった。

「本当にこの写真誰が流したのかな?シロちゃんのこんな可愛い姿が他の人の目に晒されているなんて許せないかも・・・。」

雛森は笑顔だった。口調も穏やかだった。けれども纏う雰囲気だけは異様に黒かった。それを目の当たりにした乱菊が一緒の部屋にいたくないと思ってしまうくらいに。

「乱菊さんもそう思いません?」

「え!?わ、私は偶然とか悪意がない場合は許してもいいかな〜とか時々思ったり?」

そんな中、話を振られて、慌てながら乱菊は答える。

「も、もちろん盗撮は駄目だと思うわよ!?たまたま、通りかかって目撃したとか景色の写真を撮ってたら偶然写りこんでただけとかそういう意味だからね!」

雛森から何か怖い眼を向けられたため、乱菊は必死で自己弁護に励む。

「・・・まあ、そうですよね。それくらいなら見逃してあげてもいいかもしれませんね。」

満面なのに酷薄に見える雛森の笑み。乱菊は正直、今、彼女が怖くて仕方がなかった。

(お願い!隊長カムバック!!)

無理だと分かっていてもそう願わずにはいられない。

「それで・・・ここの隊ではどれくらい出回っているんですか?」

「え!?いや、その・・・。」

 さらに怖い笑顔のまま乱菊に自白を迫る雛森。当然下手に話して写真を没収した相手がシメられれでもしたらいろいろ問題である。乱菊は焦りつつも頭の中で現状打開策を検討していた。そこで彼女はふとあることに気づく。

「そういえば、雛森。うちの隊ではって言ってたけど、他にもかなり出回ってるの?」

「そうですよ。日番谷君が人気者なのは分かるんですけどね〜。流石にそういう趣味のおじさんのオカズにされかけてると知った時は飛梅開放しようかと思いましたよ。」

雛森によるさらなる問題発言。

(そ、そういう趣味ってやっぱりそういうこと・・・よね?世の中にはいろんな性癖の持ち主がいるっていうし・・・。)

それを受けて乱菊はまたもや心の中で葛藤する羽目になる。むしろ葛藤通り越して現実逃避に入っているかもしれない。

「とりあえず、いろいろ圧力かけて回収してるんだけど、出所が分からないんですよね。どうやら仲介者がいるらしくて。」

雛森は右手を頬に当てたポーズで溜息をつく。

「ちゃんとネガも処分したいし・・・もし乱菊さんが協力してくれるなら、十番隊は乱菊さんだけに調べるのやってもらおうと思うんですけど?」

「う!?」

どうやら黒雛様には乱菊の思惑はお見通しだったらしい。

「それでどうしますか?」

「ぜひ、全面的に協力させてもらうわ・・・。」

乱菊はガックリと肩を落としつつもそう雛森に告げた。とりあえず十番隊が守れればいいやと、何だか投げやりに考えてしまったりする。対黒雛秘密兵器・・・もとい、救世主がいない以上、従うしかない乱菊だった。

 

 

 

 

 

 一週間後、写真の出所がある意味予想通りに技術開発局の某人物であることを突き止めた雛森達は隊長格の面々に言葉巧み(?)に協力を要請して、シメた。そりゃあ、もう、雑巾絞りよろしくギリギリと。因みに日番谷を含む一部の人々にはオフレコだったりする。

「それでは、探査機の試験運用で偶然集めた映像が事の発端だった訳ですね。」

「そうなんですよ!隊長格の写真は男女問わず人気があるからって、現像して口コミでオークションするって流したって言うんですよ!?」

「それがお得意様特典で際どい写真まで流すようになったみたいですね。一番人気が日番谷隊長っていうのがある意味笑えるんだかどうなんだかって感じですけど。」

甘味処で結果報告をするのは雛森に乱菊、そして四番隊隊長の卯ノ花烈。隠し撮り写真を販売している人物がいるということで、倫理的な意味でも女性死神協会の全面協力で行われたガサ入れだった。もちろん、雛森や乱菊といった女性の写真も密かに売りさばかれていたが、先程の乱菊のセリフのように一番売り上げが良かったのが日番谷だったというのは、ちょっといろいろ複雑である。買い手に女性が多かったこともあるのだろう。一部特殊な趣味故に購入した人物もいたようだが。

「日番谷隊長は人気がおありのようですね。流石に隠し撮りはどうかと思いますが。」

「そうですよね〜。お風呂場はやりすぎですよね。」

「プライバシーの侵害です!日番谷君のあんな姿、写真に撮るなんて・・・。」

因みにヤバ目なアングルの物は男女関係なく処分された。

「ストーカー被害って女性ばかりだと思ってましたけど、ある意味隊長もストーキングされてたみたいなものですよね。あの中年の部屋、隊長の写真とかポスターとかあって、かなりヤバかったし。」

「販売用の見本の意味もあったのでしょうね。本当に日番谷隊長にはお話しなくて良かったですよ。」

「そうですね〜。思わず廃炎でも唱えようかと思いましたよ。犯人ごと証拠を抹消してやりたかったですね。」

「まあ、雛森副隊長。そんなことをしたら建物が火事になってしまいますよ。他の方の迷惑になりますから。」

 三人は口々に言い合う。特に雛森は件の出来事を思い出すだけでムカムカするらしい。何気に黒発言をしていた。さらにそれを卯ノ花が綺麗に流したので、一緒にいた乱菊は一人溜息をつきたくなる。ちょっと会話のテンポについていけないかもと思ってしまったのだ。それでもちゃんと時折口を挟む辺り、彼女も逞しい。

「顧客名簿も手に入れましたし、これから買った人達にしっかりお灸を据えてあげないといけませんよね。もし変なことに使っていたら、あたし抜刀しちゃうかもしれないんですよ〜。」

「あらあら、それは困りましたね。」

にこやかに会話を続ける雛森と卯ノ花。乱菊の目には雛森だけでなく卯ノ花の後ろにも黒いものが蠢いているように見えた。何かもう非番(午前中仕事で午後から休み)だったけど、仕事してもいいからここから去りたいという気持ちが湧いてくる。そこへヒラリとやってきた地獄蝶。それは日番谷から乱菊への呼び出しだった。

「ええと、すみません。隊長が呼んでるみたいなんで、私はこれで。」

「ええ、構いませんよ。」

「じゃあ、乱菊さん、またね。」

渡りに船とばかりに乱菊は席を立つ。それを笑顔を崩さないまま見送る雛森と卯ノ花。そして乱菊は足早に店を出た。だから彼女は知らない。この後、この店でどんな会話がなされたかということを。

 

 

 

 

 

「本当に困るんですよね、日番谷君を邪な眼で見る人が多くて・・・。」

 口直しの緑茶に目を落としながら、雛森は言う。日番谷は昔からどれだけ自分が他者を惹きつけるのか分かっていないと雛森は考えていた。特に無防備な表情がどれだけ欲情とか劣情とかそういったものを煽るということを。

「そうですね。彼はそういった意味での理由には気づいていらっしゃらなくて、それがまた微笑ましいと思いますが・・・。」

「そういう所も可愛くてそそるんですけどね。でも日番谷君も卯ノ花隊長や乱菊さんには気を許しているみたいですから、ちゃんと守ってくださいね。この間も四番隊から睡眠薬持ち出して日番谷君に盛ろうとした人いましたし。」

「ごめんなさいね、雛森副隊長。どうも、脅されたらしくて。犯人が今度救護室に運ばれたら、できるだけ痛みのある治療して、吐き気がするくらいまずくても栄養だけはある食事をお出ししますよ。」

「まあ、卯ノ花隊長ってば、ご冗談を・・・。」

「ふふふ、大したことではありませんよ。」

笑って話はしているものの彼女らの周囲には黒いものが渦巻いている。いろんな意味で近づきたくない状況だった。

「でもいくら卯ノ花隊長でも、あたしのシロちゃんに手を出したら潰しますから

「心配しなくても日番谷隊長から望んでこない限りはいたしませんよ。」

その瞬間、雛森の手にしていた湯呑み茶碗にヒビが入り、卯ノ花の横に飾ってあった花が急速に枯れ始めたという。因みにほぼ同時刻、十番隊執務室では日番谷が突如悪寒を覚えたとかそうでなかったとか。

 

 

 

<後書き>

 黒雛様再び。そして乱菊さんごめんなさい。水無月、乱菊さんのことちゃんと好きですよ?日番谷君の方がもっと大好きですけど。雛森さんも嫌いじゃないんですよ?ただ、ブリーチは愛情を注いでいる比率の高いキャラがいるだけで・・・。

 なお、この話は当初考えていたものとオチが変わっていたりします(爆) だって初期設定では卯ノ花さんの出番なかったですから。

 

 

2006/06/19 UP