そんな冬獅郎は今年で御歳十三となられます。皇室は何かと早々に元服を行うものですが、父君が冬
獅郎をできるだけ長く側に置きたいと願っているせいか、なかなか話が進みません。貴族の平均では十
二から十六の間に元服するものなのですが・・・。
「暇だ・・・。」
そんなわけで、未だに元服を許されず『子供』の立場にある冬獅郎は暇を持て余しておりました。才に
恵まれた冬獅郎は知識も芸事も大変優秀で、いつ公の場に出てもおかしくない教養の持ち主です。敢え
て言うならば、まだ『子供』でありなおかつ『皇子』であるということで、世間から隔離され人生経験
の少ないことが足りない部分でしょうか。
「暇すぎる・・・。」
宮中に与えられた自室で冬獅郎は唸っておりました。三日前に与えられた漢詩の本はもう内容を暗記し
てしまったので、読む気がおきない模様。
「お〜い、冬獅郎。いるか〜?」
「・・・一護!?」
そこへ聞き覚えのある声が冬獅郎の耳に届きました。床に大の字になって横になっていた冬獅郎は、
慌てて飛び起き、声のした孫廂へと顔を出します。
「よお!久し振りだな、冬獅郎。」
そこにいたのは黒崎一護という名の貴族でした。黒崎家はそれなりに上流の血筋なのですが、特に一護
は冬獅郎と幼馴染で元服を迎える前はよく行動を共にしていたのです。それもそのはず、冬獅郎と一護
は従兄弟同士なのですから。彼らの母君は同腹の姉妹同士であらせられるのです。
その証拠に眉間に皺を寄せているところなんかそっく・・・
ゲフンゲフン
(不自然な咳払い)
・・・いえ、何でもありません。
「一護!何でここに!?」
「何でって・・・遊びにきてやったんだよ。どうせ退屈だったんだろ?」
驚く冬獅郎に一護は笑いかけました。冬獅郎は皇子という身分であることと、兄弟達とは歳が離れてい
るため、親しい友人が少なかったのです。お忍びで出かけた際の知人を除けば、宮中で友人と言えるの
は一護くらいでした。しかし、一護が元服し参内するようになってから、冬獅郎と会う機会が減ってし
まい、冬獅郎はいつも一人で過ごしていたのです。
「い、いきなり押しかけてくるなよな。驚くだろ。」
「ああ、悪かったな。あんまり会いにこれなくて。」
本当は一護が訪ねてきてくれて嬉しいはずなのに、冬獅郎は素直になれず素っ気無い態度を取ってし
まいます。しかし一護にはそれが分かっているため、気を悪くはしないのです。それどころか、遊び相
手もいないのに宮中に押し込められている冬獅郎を常々気にかけていました。そもそも一護が殿上童と
して宮中に通うようになったのは、冬獅郎の遊び相手として抜擢されたことがあるのです。兄弟のよう
に親友のように共に育った二人ですから、何気ないことでもお互いを理解しあえるのです。
「・・・全く、一護は元服してから顔見せなくなるし。俺も早く元服したいぞ。そしたら、もっと出歩
いたりできるようになるんだろ?」
「う〜ん、お前の場合皇子だから俺達とは少し違うかもしれないけど、まあ、そうかもな。でも主上が
なあ・・・。」
外の世界に夢を馳せる冬獅郎だが、彼を溺愛する父君のことを思い出し、一護は苦笑いを浮かべ
ました。
「そうなんだよ!あの親馬鹿な父上のせいで、というかあの親父仕事サボってまで俺の所に菓子持って
来るんだぞ!?俺は甘いのあんまり好きじゃないって何度言っても聞かないんだ。帝の
くせに!!」
「あ〜、冬獅郎はどちらかといえば苦手だったな・・・。」
「一護が一緒にいた頃はまだ良かったんだ・・・。お前は甘いの平気だし、妹達の土産にもできたし。
俺だけじゃ処理できないんだよ!仕方ないから乱菊の所に持っていってあいつの女房なんかに配っても
らってるけどさ・・・。」
「乱菊・・・?あ、それって東宮妃の!?」
「そうだよ。お前知らなかったのか?」
「いや、冬獅郎の知り合いだとは・・・。」
意外そうな顔をする一護に冬獅郎は苦笑しました。
「あ〜、あいつも宮家の姫だしな。松本家はお前も知ってるだろうけど、今上の弟宮・・・つまり、俺
から見て叔父になるから、従姉弟同士なんだよ。一応、お前とも血の繋がりあるだろ?」
「でも俺は話に聞いただけで、会ったことも話したこともないし・・・。」
「まあ、そうかもな。兄上が元服してすぐに嫁がされたらしいし。俺は兄上に引っ張られてよく乱菊の
相手させられたんだよ。まあ、向こうは逆のつもりだったんだろうけどな。」
「へえ・・・。」
「あ〜、でも元服したら、乱菊達とはあまり会えなくなるな。後宮自由に歩き回るわけにはいかないだ
ろうし・・・近道使えなくなるな。」
「冬獅郎、お前って奴は・・・。」
御簾の中にまだ入ることを許されていることをいいことに、後宮内の部屋を近道代わりに使用する冬獅
郎。その状況に一護は唖然としてしまったのです。もしかしたら冬獅郎は人情の機微に多少鈍感なのか
もしれません。言い方を変えればデリカシーが足りないと言った所でしょうか。
「それはそうと、聞いたぞ、一護。お前、女達に“琥珀の君”とか呼ばれているんだってな?」
「げ!?冬獅郎まで知ってんのかよ!!」
そして冬獅郎は話題を変えることにしました。因みに『琥珀の君』とは一護が周囲から呼ばれている
あだ名のようなものです。髪が橙色に近い琥珀色をしていたことからよういった通称が広まったのだと
いいます。余談ですが、冬獅郎は銀髪であることから『白銀の皇子』と密かに呼ばれていたり
しました。
「結構、女との噂も聞くし・・・ユズとか妬いてるんじゃないか?」
「ば、馬鹿野郎!何言って・・・。」
ユズとは一護の妹のことです。冬獅郎は何度も黒崎家の屋敷に行ったことがあるので彼の妹にも会った
ことがあるのです。その時のユズは大変一護を慕っていたため・・・
というかぶっちゃけブラコ・・・
ゴホゴホ
(またもや唐突に咳払い)
・・・いえ、何でもございません。ともあれ、兄君に随分とお懐き
になられた妹姫でいらっしゃいました。もう一人の姫君は彼女程表立ってはいらっしゃらないようです
が、やはり兄君を好いておられるようです。
「本命ができたらちゃんと教えろよ〜。」
「と、冬獅郎!」
ニヤリと笑う冬獅郎に一護は顔を赤くするしかないのでした。
これは昔々の物語。とある世界のとある国に生きた人々の出来事を綴った物語なのであります。
物語の核を担うのは、二人の少年。一人は白銀の皇子と呼ばれた冬獅郎。もう一人は琥珀の君と
呼ばれた一護。この物語は彼ら二人と二人の想い人となる二人の少女の徒然なる日々描いたものなので
あります。
<後書き>
BLEACH平安(?)パラレル設定の物語の始まりです。でもあくまで平安テイストであり、多少
時代考証を無視している部分はあります。資料の問題もあるのですが、食べ物とか、文化面とかある程
度は大目に見てもらいたいと思います。
カップリングは当然日雛&イチルキです。多分、日雛の方が多くなるような気がします。若干日番谷
の性格を子供っぽくしてあります。そして雛森の方はすでに裳着を終えています。というか、正確には
終えたばかりという状況です。
なお、次回から本文は敬語ではなく普通の砕けた言葉遣いにする予定です。