そんな黒崎家に一台の牛車が戻ってきた。何故“戻ってきた”なのかというと、その車は黒崎家の物
だからである。どうやら宮中に参内していたこの家の息子一護が帰宅した模様。屋敷内が一気に慌しく
なった。
「一兄!おかえり・・・て、冬獅郎様!?」
そんな騒ぎを聞きつけてきたのか、一人の少年(?)が孫廂を駆けてきた。今まさに邸内へと上がろう
としていた一護と彼の隣にいた冬獅郎はやってきた人物に目を見開いた。
「な!?お前・・・カリン!何だその格好は!!」
「え〜、いいじゃん一兄。この方が動きやすいし。」
「へえ、カリンはまた男装してるのか。」
「あ、お久し振りです冬獅郎様。今日はどうされたんですか?」
そう、この人物の正体は少年ではなく少女。男装をしているが、この家の娘カリンである。カリンは怒
鳴る一護を無視して冬獅郎に話しかける。冬獅郎も平然とそれに応じる。冬獅郎にとってカリンの男装
は見慣れたものなのだ。カリンは昔から活発で、貝合わせといった女の子の遊びより、
「カリン・・・お前は女の子なんだぞ!」
「だって、一兄!」
「まあ、いいだろ、一護。カリンだって
「流石冬獅郎様!理解がありますね。そうだ!冬獅郎様はしばらくうちに滞在するんですよね。ぜひ笛
聴かせてください。合奏しましょう!」
「あ、おい、カリン。」
「カリン!冬獅郎!」
冬獅郎の久々の訪問が余程嬉しかったのか、カリンは冬獅郎の手を引くとそのまま駆け出した。咄嗟
に止めようと一護が手を伸ばしたが、それは空振りに終わる。見る間にカリンと冬獅郎の姿は遠くなっ
た。
「あ〜、行っちまった・・・。」
行ってしまった二人に一護は溜息をつく。一護と冬獅郎は幼馴染で、従兄弟同士だ。時折黒崎家へと訪
れる冬獅郎とは一護の妹達とも面識があり、第二の兄のように思っているようなのだ。しかも最近は一
護も含め、彼の友人達は冬獅郎を除いてすでに元服を迎えていたため、カリンの好きな男子の遊びはな
かなかできなくなっている。いわば冬獅郎が最後の砦なのだ。
「仕方ねえな。」
冬獅郎の言ったようにカリンが男の子のように振舞えなくなる日は遠くない。一護はもうしばらく大目
に見ることにしたのだった。
諸事情により一ヶ月程黒崎家に滞在することになった冬獅郎の部屋の準備は屋敷に仕える者に任せ
て、一護は一先ず自室に戻ることにする。その後、妹達の様子を見に行く予定だった。
(明日は冬獅郎連れてどこか行くか・・・。)
そもそも冬獅郎が黒崎家に滞在する許可が出たのは、宮中に押し込められ退屈していた冬獅郎を連れ出
し、気晴らしをさせるのが目的である。冬獅郎は一護の家族にも可愛がられているので、もしかしたら
文句が出るかもしれないが、できるだけ様々な経験をさせてもらいたいと東宮直々の言葉をもらってい
るから、仕方がないと諦めてもらおう。
「一護様・・・。」
「何だ。」
そんなことを考えていたところに、家人が一護の名を呼ぶ。
「実は・・・朽木家のルキア姫から御文が届いております。」
「ルキアから!?」
知らされた名前に一護は驚いた。朽木家といえば、昔からの権勢を今も誇る大貴族。黒崎家も上流貴族
の一つだが、それでも朽木家には及ばない。そんな朽木家の娘ルキアと一護はある事情から知り合いだ
った。
「できれば早い内にお返事が欲しいとのことでして・・・。」
「わ、分かった。」
それだけ聞くと、一護は足早に自室へと向かった。
(一体、何の用だ。ルキアの奴・・・。)
一護とルキアはある意味幼馴染といって差し支えない間柄だった。しかし、一護が現在彼女に苦手意
識を覚えていた。そう、それは一護が元服を終えて数ヶ月程経った頃のことである。朽木家の宴に招待
されていた一護は共に参加していた友人から朽木の姫君の噂を聞いた。その友人浅野曰く、とても美し
い姫らしい。まだ女性にあまり興味のなかった一護であったが、その姫を見に行こうという友人に引き
ずられて、屋敷の奥へ忍び込むことになってしまった。
途中浅野ら友人とはぐれてしまい、しかも広い朽木の屋敷の中で迷ってしまった一護は、ふと廂から
満月を見つめている少女に目を奪われた。それはまさに生きた芸術品を目にするような美であった。艶
やかな黒髪、紫がかった瞳。憂いを秘めた横顔に心臓を
「天女・・・?」
呆然と呟いた一護の声は、思ったよりも周囲に響いたらしい。彼の声に少女はハッとしたように顔を上
げた。そしてまじまじと一護を凝視する。天女と見違えるくらい美しい少女に見つめられて、一護は顔
の方に熱が集まっていくのを覚えた。そして少女は開口一番こう叫んだ。
「い、一護!?何故貴様がこんな所におるのだ!このたわけが!!」
彼女の叫びに一護は唖然とする。何故彼女は自分の名前を知っているのか。いや、それ以前にこの声と
口調に覚えがないだろうか。それを確かめるために一護は彼女に近づく。月明かりの中、一護ははっき
りと彼女の顔を見た。そして一護は思い出す。かつて自分が殿上童として参内していた頃、同じ立場の
友人がいたことを。
「る、ルキア!?お前いつから女装する趣味が・・・。」
「わ、私は初めから
「何ぃいいいいいいい!?」
そう、その友人の名はルキア。今の今まで一護は男だと思い込んでいたのだが、れっきとした姫君であ
る。友人がいなくて退屈している皇子の遊び相手として一護同様宮中へと通っていたのだ。わざわざ男
装してまで。
「だ、だって、お前・・・その髪は!?もっと短かっただろ?一年でそんなに伸びる訳ない
だろ!?」
「当たり前だ。これは着け毛に決まっている。」
動揺する一護に対し、ルキアは扇を広げて顔を背けた。因みにルキアは一護より一つ年上で、彼が元服
を迎える一年近く前に殿上童を止めた。一護は単純に元服したのだと思っていたのだが、実際は裳着が
行い実家で過ごすようになった。まあ、今でも時折男装して外を出歩いていたりもするのだが、その辺
のところは今の一護は与り知らぬ話である。
「・・・本当にルキアなのか?」
「私でなければ何だというのだ。他人の空似だとしても貴様の名まで知っていると思うのか?それとも
貴様の恥ずかしい秘密をいちいち暴露してやらねば気が済まぬか?」
「いや、それは勘弁してくれ・・・。」
その物言いに一護は彼女が紛れもなくルキア自身であると確信する。それでもいきなりの展開について
いけない頭が痛みを覚えていた。男だと思っていた友人が実は女だったとか、その姿に見とれてしまっ
たとか、後悔だか何だか分からない葛藤が確かに彼の心に渦巻いていた。
<後書き>
あははは・・・続きます。日雛が多いかもとか言ってた割にいきなりイチルキですよ。この話でも分
かるように宮中において冬獅郎と一護とルキア(男装)は幼馴染です。三人とも仲が良かったので、ル
キアが宮中に来なくなったのを一護はとても残念に思っていました。
実は自分も元服して参内するようになったら会えるかも・・・という淡い期待をしてたりもしていた
んですよ、一護は。でも予想外の再会に、混乱しています。この再会が後を引いて、ルキアと会いにく
くなってしまうのですよ。一護は。そりゃ、男友達だと思っていた人が実は女だったなんて、気まずく
もなりますよね(笑)