「急ぎの用って一体何だよ・・・。」
自室の畳の上に座り込み、一護は家の者から受け取ったルキアからの手紙を広げる。ルキアからの手
紙は日常の些細な内容から変なトンチの入ったものまで様々である。普通世間の男女で文を交わすとい
うのは歌を贈り合い、色恋沙汰云々が絡んでくるものなのだが、一護とルキアの間にそういった雰囲気
は今の所ない。少なくともルキアは意識していないだろう。今でも男装して出歩く女なのだ。
(カリンもルキアと似たようなことしてるし・・・案外会ってみたら気があったりしてな。)
ちょっと現実逃避気味に一護は考える。こうして文の遣り取りをする分にはまだいいのだが、時折顔を
会わせる機会があると一護はルキアと会うと何だか落ち着かなくなるのである。今までずっと男だと思
っていた友人が女だったのだ。しかもすでに裳着を終えた女性。以前と同じように気安く接触するわけ
にはいかない。何気なく話をしていたりする時などは気にならないのだが、ふとしたことで彼女を女性
だと感じさせることがあって、そうすると一護は情けないくらいに動揺してしまうのだ。そんなわけで
現在一護はルキアにちょっとした苦手意識を持っている。要は女として意識しているらしいのだが、こ
れまで女性に興味を持って近づいたことのない一護には何故ルキアを気にしているのか分からない。久
し振りに会って、しかも性別が女で、まだいろいろと慣れてないからだと思い込んでいた。誠実とか純
情とか言えばそれまでだが、一歩間違えばヘタレと評されてもおかしくない一護であった。
「え〜と、なになに・・・?」
ともあれ、一護はルキアからの手紙に目を通していく。そして一瞬目を見開くと、すぐに眉間に皺を
寄せた。それは紛れも無くルキアの字だった。代筆ではない。読めないわけではないが癖のある、彼女
の書き方だ。
「・・・何で、あいつが知っているんだよ。」
手紙の内容は平たく言えば、二日後朽木家で行われる宴への招待状だった。開始予定は夕方からだった
が、早めに来てもらっても構わないとの旨が書かれている。その辺りは、まだ、いい。ルキアの兄に睨
まれそうで多少怖いが、この際はどうでもいい。問題なのは彼女の文の中にある
『冬獅郎殿を連れてこい』
という言葉だった。一護と同様冬獅郎はルキアにとって幼馴染だ。ルキアは冬獅郎に会いたいと常々語
っていたし、冬獅郎だってそうに決まっている。だが、冬獅郎は皇子であり、本来は宮中に押し込めら
れるように生活していて、外に出られない。暗殺やら誘拐やらそういった危険性があるからだ。
だから、今回冬獅郎が一護の家にやってきたのも、世間的には秘密のお忍びである。それなのに何故ル
キアが冬獅郎がここにいることを知っているのか。
(朽木家の情報網か?)
大貴族であるルキアの実家。その影響力は並ではない。だが、皇子の所在地を
(まあ、ルキアが冬獅郎に害なすことはまずないだろうが・・・。)
とりあえず彼女からどうやって冬獅郎の情報を手に入れたのか聞き出す必要があるだろう。そう考えた
所で、一護は紙に何か透けていることに気づいた。
(裏にも何か書いてあるのか?)
何気なしにルキアからの手紙を裏返してみる。
追伸:なお冬獅郎殿を連れてこなかった場合、
貴様の恥ずかしい秘密を狐にばらす。
そこにあったのは立派な脅迫文だった。因みにルキアの言う『狐』とは、現東宮のことである。彼が
なかなかの曲者だということも一護は知っていた。そして一護とルキアは幼馴染だ。当然、昔の失敗と
か、今では隠しておきたいような過去も知っているわけで、つまりルキアは宴に冬獅郎と共に参加しな
ければ、東宮に一護を売ると言っているわけだ。
「る、ルキア・・・。」
やっぱり彼女はどこまでも彼女であるらしい。一護は脱力感に襲われてその場に突っ伏して
しまった。
(まあ、いいか・・・。冬獅郎もルキアもお互い会えれば喜ぶだろうし。)
一先ずはポジティブにそう考えることにする。
「あ、そうだ。」
(どうせなら冬獅郎には内緒にしておこう。)
きっと一護と同様冬獅郎もルキアの正体が朽木家の姫とは知らないだろう。そして自分と同じように驚
けばいい。そう考え、一護は意地悪く笑った。
「あ、お兄ちゃん。お帰りなさい。」
自室を出た一護がやってきたのは妹のユズがいる対ノ屋。彼が訪れたことに気づいたユズは嬉しそう
に一護の側へと近づく。
「ただいま、ユズ。カリン達は戻ってるか?」
「カリンちゃん?ううん、いないよ。それより、お兄ちゃん。他に誰か来てるの?」
「ああ。冬獅郎が来てるんだ。しばらくウチに滞在することになるだろうから、そのつもりで
いてくれ。」
「え?冬獅郎様が!?た、大変・・・ご挨拶しなきゃ!」
一護が冬獅郎の名前を出すと、ユズが途端に慌てだす。
「いや、挨拶が後でいい。あいつ、カリンに引っ張られてどっか行っちまったんだよ。もし、カリンと
一緒にこっち来たら、俺が捜してたって伝えといてくれ。」
「うん、分かった。」
ユズが素直に頷く。
「それと・・・これ、お土産な。」
そう言って、一護がユズに手渡したのは懐紙に包まれた干菓子。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「元々、冬獅郎が主上に貰ったヤツだけどな。」
「帝は本当に冬獅郎様にお菓子を賜れるのがお好きなんだね〜。」
「冬獅郎には毎回多すぎるみたいだけどな。」
一護の言葉にユズがクスクスと笑い声を上げる。
「今夜は冬獅郎様がいるからお父さんが大喜びするね。」
「まあな。親父もかなりあいつのこと気に入ってるし。」
「私も、お話するの、楽しみだな〜。」
「そうか。でも、今日は冬獅郎も移動で疲れてると思うから、早目に休ませてやれよ?」
「分かってます〜。」
唇を尖らせるユズに一護もまた笑った。
<後書き>
冬獅郎皇子は黒崎家の皆様に愛されている設定なので、冬獅郎が泊まりに来た初日はいつも大騒ぎで
す(笑)