黒雛様の事件簿?

 

 

 

「今日の差し入れはお煎餅〜♪ 日番谷君喜んでくれるかな?」

 鼻歌混じりに今にもスキップしだしそうな軽やかな足取りで廊下を歩いているのは雛森桃。温厚と評判だが、人によっては腹黒という説もあったりする、そんな少女である。彼女が向かうのは幼馴染である日番谷冬獅郎のいる十番隊執務室。知っている人は知っているが、雛森は日番谷が好きである。ちょっと異様なくらい愛情を注いでいたりもするが、その辺は一部の人しか知らないことなので、詳細は述べないことにする。

「今日は、雛森副隊長。」

「今日は

今の雛森は随分と機嫌が良いらしく、擦れ違う隊員達の挨拶にも明るい笑顔で応えた。そんな彼女に悩殺されて、雛森信奉者がまた一人増えたりしたのだが、そんなものは雛森の知ったことではない。現在、彼女の頭にある関心は日番谷のそれのみだ。

 そしてやってきた十番隊執務室。強風があるわけでもないから、髪の乱れは特になし。口実である書類も持っている。ついでに藍染から三時間ほど休憩をもぎ取った。ここまで条件が揃えば、問題はないだろう。雛森は上機嫌のまま部屋の戸に手をかける。

「・・・ま、松も、とぉ。」

「あら、隊長、もう抵抗しないんですか?」

開きかけた戸の内側から聞こえてきた二人の声。一つは日番谷のものだ。しかも涙声というか、震えた声をしている。もう一方は日番谷の副官である松本乱菊の声で、どこか面白がっているような口調だ。

「ば、馬鹿ヤロ・・・てぁ、止め・・・ろ!」

「え〜、だって日番谷隊長のこういう情けない姿って滅多に見れないから新鮮なんですよね。」

「だ、だからって、んぁ、どこ触って・・・!?」

声だけ聞くとちょっと危ない内容のように聞こえなくもない。雛森の笑顔がビキリと音を立てて凍りついた。

「・・・。」

雛森の動きが止まっている。彼女は無言である。乱菊は自分の小柄な上官が気に入っているらしく、時折面白がってセクハラ紛いのこともしたことがあった。もしかしたら弟のように思っているのかもしれない。それは雛森も見たことがあるので知っている。でも今の遣り取りの意図は何だろうか。もしかしてもしかしなくてもそういうことなのだろうか。雛森の胸に何かドロドロとしたものが渦巻きだす。何か黒いオーラが効果として見えそうだ。

「ま、松本・・・も、もう、やぁ・・・止め・・・!」

 日番谷のその声が聞こえた瞬間、雛森はカッとなり、勢い良く戸を開いた。そして雛森の視界に飛び込んできたのは上半身裸で乱れた死覇装姿の日番谷と彼に覆いかぶさっているような体勢の乱菊。

「ば、縛道の九十九!禁!!」

「きゃ!?」

ほとんど条件反射と言って良い程の速さだった。雛森が縛道を掛け、乱菊の両腕を後ろで拘束する。

「あ、あたしのシロちゃんに触んないでよぉ!」

そして乱菊を突き飛ばすような勢いで日番谷の身体を奪い取った。

「ひ、雛森・・・?」

日番谷にギュッと抱きついている雛森に日番谷は少なからず驚いていた。そして彼女と密着しているという事実に顔に熱が集まるのを覚える。

「い、いきなり何なの・・・?」

突然腕を封じられ、バランスが取りづらいのか、身体をふらつかせながら立ち上がる。そして、雛森の顔を見ると、しまったとでも言うかのように表情を引きつらせた。抱きつかれている日番谷からは見えないが、雛森は非常に乱菊を冷たい眼で睨んでいたのだ。

「そ、そうだ!松本、大丈夫か!?雛森!お前、何をやって・・・。」

「ふぁあ!ご、ごめんなさい!」

そこで日番谷が我に返ったのか、上司らしく乱菊を心配する言葉を発し、雛森は慌てて乱菊に掛けた縛を解除した。

「だ、だって・・・日番谷君が乱菊さんに押し倒されてるように見えたんだもん・・・。そう思ったら、頭の中、真っ白になっちゃったっていうか・・・その、ごめんなさい。日番谷君、怒った?乱菊さんも。」

 モジモジしながら理由を話す雛森に日番谷と乱菊も唖然とする。自分達の言動はそんな不順異性交遊を思わせるような怪しいものであったのかと。

「あ、あのね、雛森。これ、何だか分かる?」

「メジャー・・・ですよね?」

「そうよ。これでね、隊長の身体のサイズ測ってたの。でも、隊長ってば凄くくすぐったがっちゃって・・・。」

「仕方ないだろ。それにそのメジャー、端の所なんか冷やっこいんだよ。」

クスリと笑う乱菊に日番谷が不貞腐れたようにそっぽを向く。

「いちいち反応してくれるから面白くてつい調子に乗ってあっちこっち測ってみちゃったわ☆ でもそんなに隊長の声、喘いで聞こえてた?」

「ま、松本!」

「乱菊さん!」

乱菊のからかうような物言いに日番谷と雛森は顔を赤くして抗議した。そんな二人の様子を見て、乱菊はやっぱり二人とも可愛いなと思ってしまう。

(というか、雛森って、隊長が側にいると、本当に普通の恋する乙女っぽいのよね。)

彼女の黒さを垣間見たことのある乱菊はこの豹変振りに感心してしまう。しかも聞くところによると無意識でのことらしい。

(隊長を独り占めはしたいけど、事を急いで嫌われるのは困る。ちゃんと可愛い女の子とも思われたい・・・そんな所かしら?)

それでも乱菊が仕方ないと思ってしまうのは、雛森の黒さが怖かったこともあるが、結局の所、日番谷が雛森のことを好いていることが大きいだろう。

(まあ、私はとりあえず隊長達がお互いそれで幸せだって言うなら敢えてツッコミは入れないけどね。)

一応、それが乱菊の見解だった。

「おい、松本。話、聞いてんのか?」

「ああ、はいはい。それじゃあ、測ったサイズを元に死覇装は直しておきますんで、もうしばらくそれで我慢してくださいね。」

「おう、早くしろよ。この格好だと動きにくくて仕方ねえ。」

 乱菊と話を着けた日番谷は乱れきった装束を整えだす。しかし、どうにもサイズが合っていなくてブカブカだった。緩々[ゆるゆる]の衣装に袖を通した日番谷の姿はどこか小動物的で可愛らしい。雛森は抱きついて頬擦りしたい衝動に駆られた。しかしいきなりそれをやっては痴漢(いや正確には痴女?)かセクハラである。

「雛森?」

「ふぁあ!?な、何でもないよ!!」

「いや、何を?」

挙動不審に手をバタバタさせたり、首をブンブン横に振ったりしている雛森に日番谷が声を掛けると、何故か物凄く驚かれた。

(いや、いつものことか?)

彼女の反応に内心逆に驚きつつも日番谷はそう考え直す。

「そ、それはそうと、日番谷君の着物、いつもより大きいよね!何で?」

一方雛森は話題を逸らそうとするかのように、少し前から疑問に思っていたことを口にした。

「・・・着る物がないから。」

すると日番谷は微妙な沈黙を挟んでこう答えた。

「何で?」

当然雛森は疑問に思い尋ねる。日番谷は決して不精者ではない。部屋の片付けや洗濯だって必要ならするはずだ。どうしても忙しかったら専門業者・・・現世でいうところのクリーニング店にでも頼めば良い。それだからといって、着替えがなくなるということはあるのだろうか。しかも普段着である死覇装を。

「日番谷君?」

「盗まれたから。」

「へ?」

「だから、盗まれたんだよ。全部。」

日番谷の回答に雛森は目を丸くする。そんなことが本当にあるのだろうか。

「多分、空き巣・・・の一種なんだろうと思う。」

「空き巣・・・。」

 日番谷の話によれば、十番隊の平隊員が掃除用に汲んだバケツの水を引っ繰り返してしまったらしい。それが運悪く日番谷にかかり、上はともかく下の袴部分がびしょ濡れになってしまった。まだ使う前の水だったので、乾けば問題ないだろうが、この状態で執務室に入るわけにはいかない。そこで一度自室に戻り着替えることにしたのだ。

「そしたら死覇装入れてある棚が空だったんだよ。でも朝着替えた時は普通にまだあったし。」

「お、お金とかは大丈夫だったの?」

一般的に空き巣が狙うのは貴重品の類のはずである。

「ああ、そっちは平気だった。」

「そう、良かった。」

「まあな。でも下着とかの入れてあった場所も何故か荒されていて・・・初めはそういうところに財布とか隠しているとでも思って漁ったのかと思ったんだが、貴重品が無事で衣装が盗まれるっていうのも・・・なあ?」

「確かに・・・。う〜ん、盗む物が見つからなかったから、腹いせに持ってったとか・・・。」

「かもな。」

何とも珍妙な事件である。もし貴重品ではなく死覇装目当ての犯行だったりしたら、犯人はマニアックすぎである。

「その後、とりあえず松本の奴を呼んで調査と代えの死覇装を用意させようと思ったんだが、サイズがなくてな。よく考えてみたら、俺や草鹿の奴みたいなのって他にいないから一種の特注品だし。とりあえず一番小さいのでもこの状態だ。」

「袴なくても済みそうだもんね・・・。」

日番谷の状態に雛森は苦笑いを浮かべた。

「しかも松本の奴が荒らされた装束みんな洗濯に出しちまったんだよ。どんな奴が触ったか分からないものを身につけさせるわけにはいかないとか言って。まあ、俺もちょっと気持ち悪かったから、洗うのは構わないんだが・・・代えがないのがちょっと・・・な。」

 天気等の状況にもよるがこれで明日までに乾かなかったら、いろいろと困ったことになる。とりあえずまた水を掛けられるような事態が起こったらアウトだ。だからこそ、乱菊は日番谷のサイズを測り代用品の裾直し等を裁縫の得意な隊員に頼みにいったのだ。因みに乱菊も人並みにできるがもっと上手い人物がいるのである。そもそも乱菊も含め隊長・副隊長はいつ忙しくなっても分からない立場だから、悠長に着物を縫っている暇はない。

「あ、そうだ。日番谷君は嫌かもしれないけど、もし着るものがないなら、女の子用の死覇装借りてくるのは?あたしの袴だとちょっと大きいかもしれないけど、朽木さんとかのならまだサイズましじゃないかと思うんだけど・・・。」

「な!?ば、馬鹿か!女のなんて借りられるわけねえだろ!!」

雛森の提案に日番谷が怒声を上げる。

「う〜ん、いい考えだと思ったんだけどな〜。」

「どこがだよ・・・。」

のん気な口調で言う雛森に日番谷は脱力感を覚える。

「犯人捕まるといいね。」

「・・・そうだな。」

「五番隊も捜すの全面的に協力させるからね。」

「いや、気持ちだけ受け取っておく。」

「遠慮しなくてもいいよ?というか、もし犯人がうちの隊の人だったら泣いてごめんなさいというまでボコボコにするから。」

「は?今、何て・・・。」

「ううん、ちゃんとシロちゃんに謝らせるからねって言ったの。」

「シロちゃんは止めろっていつも言ってるだろ!」

一瞬変なことを聞いたような気がしたが、雛森のシロちゃん発言によりそれは日番谷の頭の中からすぐになくなる。

「いいじゃない、たまには。シロちゃんって呼んだって。可愛いし。」

「可愛い言うな。」

「あはは〜☆ あ、そうだ。差し入れにお煎餅持ってきたの。一緒に食べよう!お茶、入れるね〜♪」

「あ〜、分かった。」

そして雛森はパタパタと慌しく動き出し、日番谷も着物を引きずりつつも移動する。ようやく十番隊執務室に平和な時間が戻った。

 

 

 

 

 

「今から、日番谷君の部屋を荒らした犯人を刑軍より先に捕まえて吊し上げる会による、第一回作戦会議を開始します。」

「いや、ちょっとそのネーミング待て!」

 場所は五番隊会議室。集まっているのは隊長格を含む人々。議長役なのかおもむろにそう宣言した雛森に、即、阿散井恋次はツッコミを入れた。この辺りはお互い友人同士であるという気安さだろう。

「発言の際には挙手をお願いします。それで?」

「“それで?”じゃないだろうが。何だよ、その不吉感漂う会議名は・・・というか俺はそんなおかしな会に入った覚えはないぞ。」

「多数決の結果なので阿散井君の意見は認められません。」

「ええ!?」

議長役に徹するためなのか、雛森は恋次に対しても敬語を使っている。それが普段の彼の知る雛森とは違って何だか冷たい印象を受けた。

「今日の雛森ちゃんはクールやな〜。」

意見を却下された恋次を横目に感心したように言うのは市丸ギン。掴み所のない性格で副官泣かせの男だ。これでも三番隊を束ねる隊長である。因みに彼の横では雛森の友人兼市丸の部下の吉良イヅルが『凛々しい雛森君も素敵だな〜』などと思っていたりする。

「まあ、いいじゃん変眉。ヒッツーの部屋に入った空き巣を捕まえるってのは一緒なんだからさ!」

 雛森の隣に座っていた草鹿やちるがにこやかに言う。確かに恋次は日番谷の部屋が空き巣に荒らされたので犯人を捕まえるのに協力しよう、調査しようという名目の元、集められた。というか捜査メンバーの人員確保のために協力要請された。そのことに関しては問題ない。犯罪者は一刻も早く捕まえるべきだし、盗まれた物を取り戻せるなら、それはそれで良い事じゃないかと思う。しかしあの犯人の末路を掲げた会の名前はいかがなものか。

(というか、雛森の奴、何か機嫌悪くないか・・・?)

彼女の様子を見ながら恋次は思う。

(でも荒らされたのは雛森の部屋じゃないし・・・何でだ?)

雛森に黒い部分があるとは思いもしない恋次には、何故彼女は怒っているのか分からない。単なる正義感だけの行動なのだろうか。

(あ、ひょっとして思い出の品とかが盗まれたのか?あいつら幼馴染なんだし、一つや二つあるかも。あと昔の仲間の形見とか・・・。)

例えば自分と幼馴染の少女が昔の仲間の形見を分け合って持っていて、それが盗まれたとしたら、何が何でも犯人を見つけ出して取り戻そうと思うかもしれない。ふと恋次はそんなことを考えた。もしそうだとしたら、雛森が怒るのも仕方がないのかもしれないと。基本的に単純思考な恋次には黒雛様が腹の中でどんなことを考えてるかなんて見当もつかないのである。まあ、知らない方が幸せに生きていけるのかもしれないが。

「現在、十番隊及び五番隊の隊員を仕事に響かない程度に総動員して、聞き込み調査に当たらせているのですが、やはり同じ隊の仲間の方が口を滑らせやすいと思われるので、会員の皆さんには自隊の聞き込みを積極的にお願いします。」

 淡々と雛森は会議を進めていく。というか有無を言わせぬ態度である。ぶっちゃけ意見を挟もうものなら破道の一つでも飛んできそうな感じである。

「報告は三日後の第二回会議の時行ってもらいますので、身を粉にしてビシバシ調査を進めてください。」

「サボった人にはちゃんとやってきた人達が気の済むまでタコ殴りだって〜。」

雛森の厳しい言葉にやちるが何やら不吉なことを付け加える。しかも三日後という期限の短さ。

「なお、犯人を見つけた場合は斬魄刀の使用を許可します。死なない程度に膾[なます]切り可能ですので、抵抗した場合は遠慮なく暴行してください。」

『えええええ!?』

そこで恋次や吉良、それからやちるに付き合わされた一角等が雛森の言葉に驚きの声を上げる。彼女はこんなに過激なことを平然と言える人物だっただろうか。そこにこれまでずっと沈黙を守っていた乱菊は口を挟む。

「あのさ・・・一応、総隊長の意向も働いてるのよ?ほら、隊長格の部屋荒らされてしかもその犯人が野放しっていうのは護廷十三隊の権威とか威厳とかに関わるって。」

「そうなんですか?」

「まあ、あのじーさん、日番谷はんのこと孫みたいに思っとる言うし、実は凄く腹を立ててはるんやない?」

「日番谷隊長・・・浮竹隊長だけでなく総隊長にも可愛がられてるんですね。」

「まあ、ヒッツーだしね☆」

乱菊の言葉に吉良が目を丸くし、市丸の言葉に恋次が感心したように述べる。そしてやちるは雛森とこっそり目を合わせるとニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべた。この辺りは流石に十一番隊と言うべきか。

「万が一ただの空き巣じゃなくてストーカーだったりしたら、二度と外を歩けないようにしてあげようね☆」

「そうだね、やちるちゃん・・・。」

こっそりと耳打ちするやちるに雛森は暗い笑顔で肯定した。かくして、本日より『日番谷の部屋を荒らした犯人を刑軍より先に捕まえて吊し上げる会』(長い!)の活動は開始される。

 

 

 

 

 

一先ず終わっとけ

 

 

 

<後書き>

 黒雛話も三つ目になります。何だか回数を重ねる毎にますます微妙な内容になっていく気がします。黒雛は雛日がコンセプトということもあって、日番谷が受属性を発動させていたり(爆) 隊長格の皆様からいろんな意味で可愛がられているシロちゃんは一種のアイドルですね☆

 それにしても黒雛なのに普通っぽい感じのシーンも多かったですね。ほら、黒雛様はシロちゃんに対しては白くなりますから。とりあえず、いろいろとごめんなさい・・・。

 

 

2007/06/03 UP