*第三話後編*

 

 

 

(ああ、私死んだのかしら。天才だ何だと言われてた割にはあっけない最期だったわね。ディックには悪いことしちゃったなあ。もう少しお姉さんらしいことしてあげればよかったかな・・・。)

 ぼんやりとした思考でキティは考える。

「間一髪だったわね。」

「キティ姉さん!!」

(ディックの声が聞こえるなあ・・・。)

「あの、大丈夫、か?」

「!!」

耳元で聞こえた声にキティは眼を見開いた。数秒後驚異的な状況判断力で彼女は自分に何者かが覆い被さっている事を認識する。

「チ、チルドレンジャー・ブルー・・・。」

「あ、意識はあるんだ。頭打ってないか?咄嗟のことだったんで受身の方まで考えが回らなくて・・・。」

「あ、貴方が助けてくれたの・・・?」

どうやら天井が落ちてくる直前にブルーが彼女に飛びついて位置をずらしそのまま倒れる形でコンクリートの固まりを回避したらしい。ブルーに助け起こされフラフラと立ち上がるキティ。そして駆け寄ったディックが彼女の顔を見て叫んだ。

「キティ、マスクが!」

「あ・・・?」

いつの間に外れたのか、先程までキティの目元を覆っていたマスクがなくなり彼女の素顔が晒されている。一同に衝撃が走った。

「あれ?あの子どこかで・・・。」

 まず口を開いたのはピンクだった。キティの顔に何となく見覚えがあったのだ。しかしどこで見たのか思い出せず首を傾げている。ピンクの疑問に答えるかのように続いて言葉を紡いだのはブラックだった。

「キャサリン・ウォーカー・・・。」

『!!』

彼の言葉にキティとディックは身を震わせる。

「それって何年か前に話題になったあの天才少女!?」

グリーンもまたブラックの発言を受けて声を上げた。わずか十歳にしてアメリカの某有名大学に飛び級で入学した少女は当時日本のメディアでも話題になった。

「でも何でそんな奴がこんな所に?」

レッドの素朴な疑問。キティは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる。

「しょうがないじゃない・・・大学クビになったんだから!」

「姉さん落ち着いて!!」

自棄になって暴れだすキティをディックが後ろから羽交い絞めにする。

「姉さん・・・てことは君はリチャード・ウォーカーですか。彼女の双子の弟の。」

ブラックの指摘にディックが黙り込む。どうやら図星のようだ。当時キティが話題になった理由の一つには双子で飛び級入学を果たしたということがあったのだ。

「一体何でこんなことに・・・?」

ブルーが問いかける。かつて天才と呼ばれた人間が何故こんな悪の組織の一員となっているのか。キティはブルーを見、ディックを見、しばし逡巡した後、徐に話し始めた。

「あれはまだ私が大学の研究室にいた頃だったわ・・・。」

 

 

 

 

 

 その頃のキティは日々が充実していた。好きな研究の没頭し、最新技術の情報もすぐに手に入る。学会の都合上定期的に論文を手掛けなければならなかったが、機材の使用もほぼ自由で、かなり幅広い方向で研究ができた。大人達の間に自分一人きりなら多少居心地が悪かっただろうが、同じ研究室には弟がいる。例え同年代の人間と異なる生活を送っていようと彼女は平気だった。そしてこれからもそんな日が続くと思っていた。あの事件が起きるまでは・・・。

「さあて、今日も研究頑張ろう〜♪」

その日キティがパソコンの電源を入れると反応がおかしかった。

(接触が悪い・・・訳じゃないわよね。画面が変だし・・・まさかバグ?)

「どうかしたのキティ?」

「ディック。何かパソコンの調子が変なのよ。」

「そのパソコンいつのだっけ?替え時なんじゃないの・・・て、あれ、こっちも何か変だよ。」

同じように別のパスコンに電源を入れたディックが首を傾げる。キティはとりあえず少しキーボードを弄ってみた。

「な、何これ!?」

画面中に広がる黒い染み。それがどんどんプログラムを喰い尽くしていく。

「何でウィルスが・・・!?」

ここの大学のセキュリティシステムには自分も構築を携わり自画自賛ながらかなりの自信があったというのに、だ。

「この!」

次々とデータが荒らされていくのを何とか食い止めようとキティは必死で抗う。しかし結論から言えば彼女の完敗であった。ハードディスクに収められていた全ての研究記録が失われ、保存用ディスクに移植がまだだった過去のデータも消えた。大学としては恐ろしいまでの損失である。

 その後彼女はこの責任を取らされ研究室を追放されることになったのである。まさに青天の霹靂、キティにとっては信じがたい屈辱的な出来事であった。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――回想終了

 

 

 

 

 

「あとで必死に調べたらようやくウィザードの仕業だってことが判明したのよ。」

 ウィザード、それは知る人ぞ知るハッカー界のカリスマである。正体不明、神出鬼没、その大胆な手口と決して尻尾を掴ませない手際の鮮やかさは芸術の域に達していた。被害にあった側はまるで魔法をかけられたかのように為す術が無い。どのように強固なブロックも彼の人物の前では無力である。それ故に付いた仇名がWizard―――――魔法使い(この単語は天才とか鬼才という意味もあります)。他にも黒猫・13・666といった俗称があるが、一般的なのはウィザードという呼び方だ。一説によれば某諜報機関の闇工作員の一人であるとも言われている。

「あいつのせいであいつのせいで私は・・・!!」

当時の悔しさを思い出したのか打ち震えるキティ。システムで負けて、さらに正体は暴いたものの追跡して尻尾を掴むことは出来なかった。なまじ高いプライドを持っているだけにそれを打ち負かされたショックは大きい。レッド達は彼女に同情の視線を向けた。そんな時である。

「そういえばそんなこともありましたね・・・。」

注意していなければ聞き逃してしまいそうなほど小さな声でブラックはポツリと呟いた。

「お、おい、ブラック・・・。」

「何ですか、ブルー。」

「ウィザードって確か・・・。」

「・・・。」

ブルーには視線を逸らしたのがわかった。

「お前か!お前のせいか!?お前のせいで前途ある若者の未来が駄目になったんだぞ!!?」

「さぁて、何のことやら・・・。」

ブラックの両肩を掴みガクガク揺さぶるブルーにブラックはつれない反応を返すのであった。

(そもそも僕はウィザードなんて名前で活動したことは一度もありませんし・・・。)

シレッとそんな事を思っている辺りが彼の怖い所である。確かにウィザードというのは周囲が勝手に付けた呼称だ。しかし彼が元凶であるのは動かしがたい事実なのであった。

「何をやってるのかしら、あの二人?」

「何かブルーの奴その内首でも絞めそうな勢いだぜ?」

「何であんなに怒ってるのかな、ブルー?」

ブルーとブラックの遣り取りを見て事情の知らない三人は首を傾げるばかりである。

「とぼけるなー!ていうか少しは反省しろよ!?」

「ちょっと流石に苦しいんで離してください、ブルー。」

「あ、悪い。」

ブラックに言われブルーが彼を解放する。

「大体彼女がクビになった原因ですけど、僕は教授を撲殺しかけたからって聞きましたけど。」

『はあ!?』

他の四人が驚きのあまり奇声を上げる。

「正確にはキティが頭ごなしに責めてきた教授を蹴り飛ばして、その教授が頭ぶつけて脳震盪起こして病院に搬送されちゃったんだよね。まあ、これは大したことなかったんだけど、教授が倒れた時に机を引っ繰り返して、その上に乗ってた機械が落ちて壊れたんだよ。それがまたあの大学が何年もかけてバカ高い金を注ぎ込んでようやく完成させたっていうのの試作品でさ〜、学長も資金援助してた企業の連中もカンカンだったから・・・。」

「何ベラベラ話してるのよ、あんたは!!」

真相をペラペラと口にするディックをキティは殴り飛ばした。即ち、鉄拳制裁である。

『・・・・・・。』

沈黙するチルドレンジャー達。

「えーと、でも、さ?実際こうしていろいろ凄い物を作れる技術がある訳だし、ブラック・サンダー(こんなところ)に居なくても充分にやっていけると思うのよ。」

グリーンが建設的な意見を提示する。

「そうだね、まだ若いんだしきっとやり直せるよ!」

ピンクもグリーンの意見に同意しキティ達を励ました。どうでもいいけど君達の方が若いんですけど一応・・・。

「他の所からスカウトされるかもしれねーぜ?」

レッドが楽天的に言う。さらにブラックが続けた。

「まあ確かに折角技術があるのですからもっと世の為人の為に活用すべきでしょう。」

貴様が言うな、犯罪者め。本を糺せば全ての元凶は君だよ、君。

「やり直す・・・?」

「生まれ変わるつもりでやってみるのもいいんじゃないかな。きっと大丈夫だよ。」

ブルーの言葉。

「・・・うん、じゃあ、やってみる・・・・・・。」

「キティ・・・。」

キティの言葉にディックは拳を握った。

「じゃあ、オレ達は行くぜ!」

「そうだな、人質の人達を早く助けないと・・・。」

「じゃあね、キティさん。」

「頑張ってね〜。」

Good luck.

五人は一気に駆け出す。

「あ・・・待って!」

キティが呼びかける。

「助けてくれてありがとう、ブルー!」

彼女の言葉にブルーは手を振って応えた。

 

 

 

 

 

「人質の場所は六階の会議室のようです。」

「会議室!?どれだよ、一つじゃないからわかんねーぞ。」

「構造上市長室から繋がっているみたいなんですが・・・。」

「じゃあ市長室の隣?」

「多分そうなんじゃない?」

「・・・て、いうとここだな。」

 彼らは市長室というネームプレートと第三会議室というネームプレートが付いた扉の丁度真ん中で停止した。

「いくぞ。」

「おう。」

『ブラック・サンダー覚悟!』

バタンッ

レッドとブルーが会議室の扉を蹴破る。そして彼らの眼に飛び込んできたのは異様な光景だった。それは猿轡とロープで拘束された人質の面々と何故か鉄の檻の中に閉じ込められているキング・ジョーカー達だった。他の四人が硬直する中、ブラックはすたすたと室内へ入っていく。そして周囲をあちこち確認すると、人質の拘束を外しにかかった。レッドやブルー、そしてピンクも我に返り慌てて人質救助に向かう。そしてグリーンは檻の中の人々に対して話しかけた。

「えーと、一応聞かなきゃいけないような気がするのでお尋ねしますけど、何で檻の中に入ってるんですか?」

かなりの棒読み口調である。

「一応答えなければいけないような気がするんで説明しますが、君達用に設置したトラップがスイッチを押してないのにいきなり発動したんですよ。その結果、檻が天井から落下してきてこの通りです。」

それに答えるジャックもやはり棒読みだった。

『・・・・・・。』

「ねえ、ブラック。」

「何ですか、グリーン。」

「さっきから気になってたんだけどあんたが持ってるそれ何?」

「超薄型の電子端末みたいなものです。」

「何でそんなものが・・・。」

「ああ、これは先程リチャード・ウォーカー君から掏らせていただいたものですよ。」

「い、いつの間に・・・。」

「何ですって!?」

ブラックの発言を聞き咎めたのはミラー。

「それはここの電子システムと全てリンクしてるのよ!」

「そうですね、おかげでアクセスが凄く楽でした。人の配置からトラップの操作まで全部わかるんですから。」

「さてはこの檻落としたのもあんたね!?」

「鋭いですね。正解です。」

ミラーが突っかかってくるがブラックはサラリとそれを流す。ミラーは悔しさのあまり声にならない声を上げた。

「こうなったら〜。」

そう言って彼女はウェストポーチからシガレットケース大の物を取り出す。そこには一つ赤い大きなスイッチがあり、横に文字が『スクランブル』とあった。そして彼女は大して躊躇うことも無くスイッチを押した。

ボンッ

そんな音を立ててブラックの持っていた端末が爆発を起こす。するとミラー達を閉じ込めていた檻が一気に天井へと跳ね上がった。

「総帥、脱出しますよ。」

「お、おう・・・わかったわ。」

ブラック・サンダーの面々が一気に駆け抜ける。そして窓を大きく開くとそこから飛び降りた。

「ちょ・・・ここ六階!」

慌てて窓際に近寄るグリーン。下には嫌な感じに潰れた死体が?

「・・・て、何よあれ。」

「逃げられましたね・・・。」

ミラー達は背中に背負った機械で空を飛んでいた。ジェット気流か何かが出る装置らしい。

「はーはっはっはっは!今回はワシの負けのようだな、チルドレンジャーの諸君。だが次回こそ勝利を我らが手に!我こそが世界の支配者・・・。」

ゴン

「うわー!総帥しっかりー!?」

キング・ジョーカーは口上の途中で大人しくなった。グリーンが投げた文鎮が頭に命中したからである。彼女は喧しいとばかりにこう叫んだ。

「いいからとっとと帰れー!!」

 

 

 

 こうしてチルドレンジャーは市役所からブラック・サンダーを追い出すことに成功したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

第四話に続く!

 

 

 

2007/06/04 UP