1、黒い魔本





 魔界にある王立歴史博物館に学校行事の一環として子供達がやってきたのは人間界でいうところの 金曜日に当たる日のことだった。父親譲りの黒い髪と赤い瞳、母親譲りの肌の色と美貌と髪質を持つ 少女リーラ=ベルモントは魔界を象徴する施設である王城に付属する博物館の扉を興味深げに見つめ ていた。

(ここに魔界の歴史は詰まっていると言っても過言じゃないのよね・・・。)

古めかしい外観は魔界の長い歴史を伺わせる。リーラは生まれてからずっと王都で暮らしているが、 この博物館に来るのは初めてだった。何故ならば貴重な品が数多く保管されているので一定の年齢に 達しないと入館することが許されないのだ。ただし、学校行事の一環としての見学は例外の一つとして 許されている。

(一体どんな物があるのかしら?)

リーラは期待に胸を膨らませ博物館の門をくぐるのだった。





「魔界の歴史は伝えられる所によれば・・・。」

 博物館の職員がとうとうと魔界の歴史について語っていく。ある時はレリーフ、ある時は生活用品と いった展示品を指し示し解説を加えていく。それらの話についてメモをとったり、あるいはあらかじめ 学生に配布されてあった資料に目を通したりと様々な反応を学生らは示す。その中でリーラ展示品に目 を奪われかけながらも職員の解説に耳を傾けるよう努めていた。何故ならば、この博物館の見学が 終われば学生は帰宅できるものの、続く休日明けにはレポートを提出しなければならないからである。 内容は主に施設や展示に関する感想を記述するのが普通だが、彼女の場合は人間界で言う所の進学 クラスに所属しているため、それなりに考察をしなければならない。下手なものを提出すれば学校での 評価に響く可能性もあった。そんな訳でリーラは比較的真面目に博物館見学に取り組んでいた。

「今から十年前に千年に一度行われるこの魔界を治める王を決める戦いがありました。当代の王を 決める戦いでは・・・。」

 やがて職員の説明はまだ遠い過去のことではない魔界の王を決める戦いについてのものとなった。 自分の生まれる前の出来事であるが、例の戦いにおいては身内・知人が参加したという生徒達も少なく なく、何より若い王は民の多くから畏怖と伴に憧れといった感情を向けられていた。厳格な采配を 振るうこともあり、戦闘となれば絶大な力を振るう王であったが、その治世は決して酷いものでは なかった。民から搾り取るような真似はせず、治安も大分安定している。そのせいもあり、民からの 支持は厚く、人気もあった。

「王は元々この戦いにおける有力な王候補として見なされており、またそれだけの実力をお持ちであ られたのです。」

リーラは息を詰めて職員の話を聞いていた。何故ならば、リーラの両親は件の王を決める戦いの関係者 だったからである。人間界に一冊の魔本以外はほぼ身一つで王の候補として選ばれた各種族百名の魔物 の子供達は送り込まれる。そして人間のパートナーを見つけ出し、相手と協力しながら最後の一人に なるまで戦い抜くのである。特に今回行われた戦いは例年にないトラブルづくしの戦いであった。
 例えば前回・・・千年前に本ごと石にされ魔界に戻ることのできなかった魔物が元の姿に戻りある 魔物の下に従わされたり(通称ロード事件)、魔界から魔道巨兵ファウードが転送されなおかつその 封印が解かれる事態に発展したりと、後世に語り継がれるに相応しい戦いが展開されたのである。この 二つの戦いで名を馳せた魔物も何人かおり、その中でガッシュ・ベルと呼ばれた魔物はパートナーと 共にまさに英雄と称されるべき獅子奮迅の戦い振りを見せていた。

「そして最後の戦いは皆さんも良く知るブラゴ様とガッシュ様の戦いとなり・・・。」

そしてとうとう物語のような魔物達の戦いの佳境でありクライマックスでもあるブラゴとガッシュの 戦いの解説が始まった。ブラゴもガッシュも魔物達の間では有名で、人気が高い。特に人間界と魔界 への往来の規制緩和を推進したり、文化交流との名目で元魔物のパートナーが魔界に招待されると いったことが実現したのはガッシュと彼が人間界にいる時に掲げた『優しい王様』という思想に共感 した魔物の強い主張の結果だった。その真意は [ガッシュ] 曰く『だって清麿に会いたかったのだー!』ということらしい(笑)

「以上でこちらからの説明は終わります。何か質問のある場合は私を含めた博物館の職員に聞いて 下さい。また、貴重な品も多いのでくれぐれも迂闊に触れることのないようお気をつけ下さい。」

 さて、館員からの説明が終わればいよいよ自由行動である。リーラは意気揚々とノートを片手に気に なっていた展示品の近くへと向かった。

「ブラゴとガッシュの初めての戦いの図・・・か。」
(うわ、嘘っぽーい。)

ある画家が描いた戦いの想像図を見て、リーラは思う。赤い本が金色の輝きを放ち、ブラゴと同じ位の 身長のガッシュの背後には金色の龍の姿(バオウ・ザケルガのつもりらしい)があった。対するブラゴ の傍らにはフレイルと黒い本を胸に抱いた髪の短い女性の姿がある。

(間違い探しみたいね・・・。)

リーラは知っていた。初めての戦いの時にガッシュばバオウ・ザケルガを放ってはいないし、ブラゴの パートナーの髪は短くないし、何よりガッシュの背がブラゴより低かったことを。当時を知る者が 見たらツッコミ所満載の笑い話のような絵である。

「構図とかは上手なのに・・・。」

何も知らなければ迫力満点な絵で感動できたかもしれないけれど。

(でもそういうツッコミはレポートには関係ないのよね・・・。)

いろいろ思う所はあるけれど、とりあえずリーラは前後関係等の記されている説明板を目で追い、気に なった部分をメモに取る。そして必要な情報を手に入れたらまた気が引かれる展示品がある場所へ移動 していった。





 そしてリーラはある部屋へとやってきた。ここは特に貴重な品々が展示され、展示品の管理も厳重に なる。そして彼女は一つのガラスケースの前へとやってきた。その中に入っていたのは黒い魔本。歴代 の王の本が展示・保管されている部屋で当代の王とパートナーの絆の証でもある魔本がそこに あった。

「は〜、これが例の・・・。」

興味津々にまじまじとリーラは魔本を見つめた。それこそ穴が開いてしまいそうな様子で。

「ひょっとして・・・リーラちゃん?」
「え?」

リーラが魔本に目を奪われている最中、後ろから声を掛けられた。振り向いた先にいたのはまだどこか 少年のような雰囲気を残した青年だった。眼鏡をかけ、帽子を被ったその姿はまるで学者のようで ある。

「・・・キッド博士?」
「久しぶりだね、元気だったかい?随分大きくなったね。」
「博士は相変わらず背が伸びてませんね。」
「う・・・それは言わないで欲しいな。」

リーラが博士と呼んだ青年の名はキッド。この博物館の職員であり魔界と人間界の関係を研究している 学者でもあった。キッドもまた当代の王を決める戦いの参加者であり、リーラの両親とも顔見知りで あった。その縁もありリーラはキッドの顔を知っていたのである。

「そうか。今日来た学校がリーラちゃんの所だったんだね。」
「そうみたいですね。」
「どれくらい術が使えるようになった?」
「あ、はい。レイスは確実に発動するようになりましたよ。」

リーラとキッドは和やかに会話を進めていく。

「凄いね。もうできるんだ。」
「そ、そんなことありませんよ!だって、ガッシュさんとかだって王を決める戦いに参加した時は私と 同じ位の年齢だったって聞きましたよ?」
「でも、君は・・・あ、ごめん。」
「いいえ。確かに私は母の血を強く引いているようですが、父の性質も十分受け継いでいますから。 絶対に弱いなんて言わせません。私は両親のことを誇りに思っているんです!」

申し訳なさそうな顔をするキッドにリーラはきっぱりと告げた。

「・・・そうだね。人間は決して弱くない。魔物と優劣をつけるなんて方がおかしいんだ。むしろ心は ずっと素晴らしいと思えるくらいにね。それを君のお母さんやガッシュのパートナー・・・それに “博士”が教えてくれたんだっけ・・・。」
「当然です。」

得意気にリーラが答える。彼女はそれだけ両親のことについて自信を持っているのだ。

「そういえば、キッド博士は今度人間界へ行かれるそうですね。私、一度ナゾナゾ博士や清麿さんに 会ってみたいと思っていたんですよ。」

 今度は話題を変えてリーラがキッドに話を振る。するとキッドの表情が子供のようにパアッと明るく なった。そして嬉しさを滲ませた声でこう語る。

「うん、そうなんだ。ようやく許可をもらえてね。一週間位あっちに行く予定なんだよ。久しぶりに 博士に会えるから僕、今から凄く楽しみで・・・。」

その瞳は生き生きと輝いて、本当に彼は嬉しそうだった。余談になるが、人間界に行く場合は申請後も 魔物のこれまでの素行が調査され様々事柄において十分検討された上で許可が下りる。キッドの場合は すでに以前に許可をもらっているリピーターであったが、長期滞在を希望していたため手続きに時間が かかったのであった。なお、仕事との調整もその原因の一つだったりする。

「特別にナゾナゾ博士とは文通させてもらってるんだけど、やっぱり直接会って話したいことも たくさんあるんだよ。それに頻繁に行き来できるわけでもないから、行く機会がある時はできるだけ 知り合いの様子を見に行くようにしてるんだ。魔界にいるみんなも知りたがってることだしね。」
「確かウォンレイさんという名前の方が人間界に定住なさっているんですよね。」
「うん、ウォンレイはパートナーだったリィエンと一緒に住んでいるんだよ。」
「私も聞いたことがあります。魔物と人間で夫婦になった組み合わせの一つだって。」
「そうだよ。君の両親と同じさ。」
「他のパートナーの方のお話も良く聞かせていただくのですけど、会ったことはないんですよね・・・ 人間界に行ったことないから。」

溜息混じりにリーラは言う。彼女は人間界に行ったことがなかった。母から聞かされた友人の話や知人 の魔物が語るパートナーの話。そんな話を聞くたびにぜひその人に会ってみたいと思うのだが、生憎 リーラは魔界から出れない状態だった。まだ子供ということもあるのだが、許可が下りないのだ。

「前に頼んだんですよ。許可証くださいって。せっかくガッシュさんから同行させてもらえるよう言質 取ったのに、父が反対したんですよ?ガッシュさんと一緒なら危なくなんてないのに・・・。」
「それはまた無茶な・・・。」
「絶対王様が見なくちゃいけない書類でもなかったからいけると思ったのに・・・何で私が申請出した 日に限って王に回すかなあの部署!?」
「それは・・・やっぱりガッシュを外に出す訳だから王の許可は必要になるよ。リーラちゃんも 知ってるはずだよ。ガッシュの立場は・・・。」
「あう・・・それは盲点だったかも。」

苦笑するキッドにリーラは肩を落とした。ガッシュは王を決める戦いを最後まで戦った者であり、民 からの支持も多い。ロード事件で千年前の魔物(比較的善良)の心を掴み、ファウードの事件による 活躍は魔界にも伝わり人々に感銘を与えたという。そういった魔物であっても王の下にいるものだと 世間に示すためにも変に格式を重んじる傾向にあるのだ。ただ、当の本人であるガッシュと王である ブラゴはあまり気にしていないようだったが。しかしまだ若い王である故に苦言する年長者が多いのは 事実である。力で黙らせることも可能だったが、それは王妃でもある妻から止められたため今の所は 無事である。妻が年上なせいかは定かではないが、なかなか頭は上がらないことは確かなようだ。 しかもそれは結構な昔からであるという。

「それに君はお姫様なんだから、もし何かあったら大変じゃないか。」
「でも、それにしたって横暴だと思いませんか。絶対駄目だの一点張りですよ?」
「う〜ん、だったらシェリーさんに頼んでみたらどうだい?彼女だって里帰りすることもあるはず なんだし、その時同行させてもらえばいいんじゃないかな。」
「母は私が生まれてから人間界に行ってないと思いますけど・・・あ、もしかしたらまだ赤ちゃんの時 行ったのかもしれないですけど、私は覚えてませんし。」
「じゃあ、一回頼んでみると良いよ。シェリーさんとリーラちゃんでお願いすればきっとブラゴ・・・ 様も承諾してくれるんじゃないかな。」

キッドの提案にリーラは少し考えた後、コクリと頷いてみせた。

「・・・そうですね、今度試してみます。もし上手くいったらぜひナゾナゾ博士や清麿さんにもお会い してみたいので、キッド博士が人間界へ行かれた暁にはよろしくお伝えくださいね。」
「うん、分かったよ。上手くいくといいね。」
「上手くいったら報告に・・・はこれませんよね。入館許可出ないし。」
「ははは・・・大丈夫だと思うよ。君の場合は、誰か大人が一緒なら。」
「そうですか〜?」
「うん、きっとね。」

笑顔で告げるキッドにリーラもまた笑顔を返した。二人の間に和やかな空気が流れる。やがて二人の 談話は知人同士というよりは博物館職員と学生のものへと変化した。その後リーラはキッドから聞いた 話も盛り込んでレポートを記した所、学校側からなかなかの好評価を得たという。





 それから一ヶ月程経ったある日、無事人間界訪問も終え、向こうの知り合いと楽しい時間を過ごした キッドは、また日々の業務に勤しんでいた。

「キッド博士♪」
「お久しぶりね、ドクター・キッド。」
「!?」

そこへやってきたのはリーラと金髪碧眼の美しい女性。キッドは二人の姿を認めると慌てて近くまで いき、その場に跪いた。

「よ、ようこそおいで下さいました!シェリー様、リーラ様!」

そう、金髪の女性の正体はシェリー。その肩書きは王妃である。

「そんなに畏まらなくても宜しくてよ、ドクター・キッド。今回はプライベートで来たのだから。」
「そうそう。人前じゃないんだし、敬語は無しね。キッド博士☆」
「は、はい・・・。」

シェリーとリーラに促され、キッドは膝を上げる。本来このように傅かなければならない相手だった が、リーラやシェリーの希望もあって、一部の親しい魔物達とはできる限り畏まらない関係でいよう ということになっている。流石に公の場ではできないことだが、内輪だけのお茶会といった類では割と 気軽に会話することもしばしばだ。ただし、キッドの場合、昔ブラゴよりも怖いという印象を持って いたせいか、未だにシェリーに対しては固くなっていたりする。

「それで、本日は館内の見学ということで宜しいですか?」
「まあ、そんな所ね。」
「あと、成果報告〜☆」
「成果報告?」

リーラの言葉に目を丸くするキッド。

「ふっふっふ、実は・・・とうとう人間界へ行く許可を父からもぎ取ったのであります!」
「え?じゃあ・・・。」

何故か軍隊式敬礼の仕草を取るリーラにツッコミは入れず、とりあえず彼女の発言に驚きを示す キッド。

「博士のアドバイスのおかげです〜v 母様の里帰りに付き合う形で、人間界行けることになったん ですよ。」
「そうなんだ・・・良かったね、リーラちゃん。」
「うん!」
「そうなのよね・・・。ブラゴったら心配性なのか、リーラだけじゃなくて私が人間界に行くのも時々 反対するのよ。まあ、その場合は不穏分子がいるとか理由は分かるからいいんだけど・・・。」
「そうだったの母様!?」
「まあ・・・ね。でも丁度良かったわ。私も久しぶりにココや爺に会いたかったもの。」
「渡りに船ね!」

どこか楽しげな母子の会話である。

「それでね、キッド博士。今日は母様とまた黒い魔本を見に来たんですよ。」

 そしてリーラが次の話題を提供する。今日の彼女は母親と一緒にいるせいか、いつもより様子が子供 っぽい。キッドにはそれが微笑ましく感じる。元々彼女の両親は所謂上流階層の出身で、そういった家 の苦労も知っていたから、子供にはできるだけ自由に育って欲しいと考えていた。王族には責任と義務 があるから仕方がない部分もあるけれど、“普通”の経験をしてもらいたくて、身分を偽り、態々母方 の姓を名乗らせて学校に通わせているといった事情があったりする。

「魔本・・・ですか。」
「そうなの。リーラの話を聞いてたらちょっと懐かしくなって・・・久しぶりに見てみたく なったの。」

魔本はパートナーと魔物にとっての絆の証。十年前の彼女にとって目的を果たす手段であり武器であり 思い出であり誓いであったもの。

「そうですか。では、ご案内しますね。」

こうしてシェリーとリーラはキッドの後に従い、魔本が安置された部屋へと向かった。

「こちらになります。」

 キッドの手が指し示した先には例のガラスケース。そこへカツカツとした靴音と共にシェリーが 近づく。彼女の後を追うようにしてリーラが続いた。シェリーは瞳を細めてじっとケースの中の本を 見つめる。そんな彼女と魔本を何度も見比べながら、ふとリーラが口を開いた。

「母様はこの本を手に父様と一緒に戦ってきたのよね。」
「そうよ。でも、本当懐かしいわ・・・ねえ、手にとっては駄目かしら?」
「え?あ・・・でもシェリーさんなら多分構わないと思います。」

シェリーの申し出にキッドは少し逡巡したものの、王妃でありかつての本の持ち主である彼女ならば 問題ないだろうと考え、ポケットから鍵を取り出した。普通の鍵に加えあらかじめ登録された職員の 魔力を感知して開く二段階式の錠である。キッドはケースを外し、それを一先ず床へと置いた。

「ブラゴの・・・魔本ね。」

かつてはほぼ肌身離さず持っていた本である。シェリーはそっと本の表紙に指を這わせた。静かな時間 が部屋を流れる。リーラもキッドも沈黙してシェリーを見つめていた。魔本の展示している部屋には 王族の来訪に博物館側が気を使ったのか、他の来館者が姿を見せることはない。

「あの頃は魔界に住むなんて夢にも思わなかったけれど・・・。」

当時のことを思い出しているのであろう。シェリーの瞳はどこか遠い何かを見ているような 色合いで。

「ブラゴ・・・爺・・・ココ・・・。」

脳裏に浮かぶのはパートナーのこと、協力者のこと、親友のこと。そして・・・

「ゾフィス・・・!」
『!?』

過去を思い出すついでに嫌なことを思い出したらしく、シェリーからは憤怒の気配が感じられた。 思わず後すざるリーラとキッド。かつてブラゴよりも恐ろしいと言わしめた憎悪溢れるシェリーが今、 再び。はっきり言って怖かったりする。

「と、当時は母様がこの本を読んで父様の術を発動させていたのよね。今でも使えたりするの かしら?」

 この場の空気を何とかしたくて、リーラが焦って口を開く。余程動揺しているのか、声が引っ繰り 返っていた。

「まさか・・・もう読めないわよ。きっと。」

しかし愛する娘への反応は、先程の気配が嘘のように穏やかなものであった。リーラはホッと胸を撫で 下ろす。キッドも安堵の息を吐いた。

「でも私、ガッシュさんに聞いたことあるわ。母様の戦う姿はとても格好良かったって!」
「まあ、ガッシュ君たらそんなことを?」

さらに畳み掛けるように話題を変えていく。まあ、生身の人間でありながら魔物を(フレイルも使って) ブチのめすことのできた女性である。その戦い振りはさながら戦女神であろうか。

「ねえ、母様。ちょっとやってみてよ。どんな感じで術を使ってたの?」
「どんな感じって・・・確かこうして手に取って・・・本は開かなくても発動させられることもあるの よね。」

ワクワクと瞳を輝かせながら自分を見つめる娘に、シェリーは苦笑を浮かべつつもかつての戦いを思い 起こし、本を構える。昔取った杵柄という表現がこの場合適切であるかはどうか定かではないが、彼女 の持つ雰囲気が凛々しく厳しさを帯びたものになる。

「それからこんな感じで・・・。」

そしてシェリーは大きく息を吸うと声高に叫んだ。

「ディオガ・グラビドン!」

その迫力に心なしが部屋の空気どころか部屋自体が揺れたような気さえした。

「キャー!母様格好良い!!」

リーラは歓声を上げて母親に拍手を贈る。そこへ・・・

「シェリー王妃!リーラ姫!ご無事ですか!?」
『・・・!』

牡山羊のような角に黒の上下の衣装で、白衣を身に着けた眼鏡の男性・・・人間で例えると三十代と いった所の魔物が、部屋に顔色を変えて駆け込んできた。

「館長?どうかされたんですか。」

 どうやらこの魔物はここ王立博物館の館長を務める存在であるらしい。キッドは内心慌てて彼の側に 寄る。一体何があったというのだろうか。

「どうかしましたの?」

シェリーも彼に話の続きを促す。

「じ、実はですね・・・先程、地震がありまして。ここは他の部屋よりも強力な術をかけてあります から安全なはずですし、もしかしたらそれ程揺れを感じなかったかもしれませんが、万が一ということ もありましたので、様子を見にきた次第でありまして・・・。」

まだ落ち着いていないのかしどろもどろになりつつも館長が事情を説明する。

「まあ、そうでしたの。」
「別に・・・特に揺れてないと思うけど。」
「僕は単なる気のせいかと思っていました。」

もしかしたら先程部屋が揺れたような気がしたのは実際にそうだったかららしい。

「そうだ!館長、他の展示品は無事だったのですか!?」

この部屋が大丈夫だからといって他もそうであるとは限らない。キッドが館長に尋ねた。

「ああ、それは大丈夫だ。館内に展示してある分はね。修復作業中だったレリーフはせっかく繋ぎ 合わせた物が台無しになってしまったが・・・。また一からやり直しだ。」
「へ〜、大変なんですね。」
「いいえ、リーラ姫。運が悪ければ驚いた職員がレリーフ自体を粉々に砕いていたかもしれないのです から、それと比べれば随分とマシなんですよ。」
「そうよね・・・魔物の力があれば勢いあまって握りつぶしそうなこともありそうだわ・・・。」

館長の言葉にシェリーがポツリと呟く。

「ともあれ、無事で何よりです。あ、そうです。申し訳ないのですが、倉庫の収蔵品についても無事を 確認したいので人手が必要なのです。ご案内をしていたキッドをお借りしてかまいませんか?」
「ええ、かまいませんわ。お忙しいのでしょう?」
「大丈夫ですよ。私、この前学校でここ見学したばかりですし。」

館長の申し出をシェリーとリーラは快く承諾した。

「では・・・。」
「大変です!突如王の手からディオガ級の術が暴発して執務室より上の城の天井と床をブチ抜いたそう です!!」

そして館長が話を切り上げようとした瞬間、タイミング良く一人の男が飛び込んできた。服装から どうやら博物館の関係者でなく城からの使いのようである。

『・・・。』

そのあまりといえばあんまりな内容の報告にその場にいたシェリー達は絶句した。

「どうやら先程感知した揺れも地震などではなく、その術の影響のようで・・・。」
「確かにここは城と繋がっておりますが・・・。」

さらなる報告に館長も困惑した様子である。なお、これまで説明する機会がなかったが、博物館は王城 のすぐ隣に建っていて、渡り廊下で移動できたりする。これは王城の一部の区画を開放し、王族が所有 している宝物等を含めて来館者に一般公開しているからである。

「そ、それって・・・。」
「まさか・・・。」
「いや、そんな・・・。」

館長と使者が真剣な面持ちで会話を交わす中、館長の後方でシェリーとリーラとキッドは頭を寄せ 合わせてヒソヒソと相談をしていた。

「どうかされましたか?」
『いいえ!何でもないですから!!』

振り返って尋ねてきた館長に揃って否定的な回答をする。

「せめてギガノ・レイスにしておけば良かったかしら・・・?」
「バベルガじゃないだけマシって所かな〜?」
「そういう問題じゃないと思うよ、二人とも・・・。」

微妙に論点がずれているシェリーとリーラにキッドが脱力した。

「でも今更パートナーが唱えた呪文が発動するなんて思わないじゃない?」
「よく考えてみたら少しだけど本が光っていた気がするし・・・。」
「じゃあ、威力が少なくて大丈夫だったのかも・・・。」
「でも、天井ブチ抜きで、地震と間違えられたんだよ?」
「それもそうね・・・。」

母子は揃ってほぼ同時に遠い目をした。今頃、術を出してしまった張本人はどうしていることだろう。 ああ見えて彼は短気な所があるから、八つ当たりされるかもしれない。それ以前に犯人だし。これ幸い とばかりにいろいろ好き勝手やらかしそうである。シェリー達にいろいろ要求する口実として。

「ドクター・キッド!この事は他言無用ですよ!!」
「キッド博士!絶対秘密ですからね!!」

その可能性にやはりほぼ同時に思い当たった母子は、小声だが妙に切羽詰った顔でキッドに念を 押した。

「は、はい・・・。」

彼女らの迫力に押されて、ただ頷くしかないキッドである。

「さあ、リーラ。予定よりちょっと早いけれど、ココに会いに行きましょう。」
「賛成!」

 そして、シェリーとリーラは足早に博物館を後にするのだった。彼女らの考えは奇しくも似通って いた。これもやはり母子のなせる業なのだろうか。

(とりあえずブラゴが気づく前に避難しなきゃ・・・!)
(早い内に逃げないと父様にばれたら私よりむしろ母様が大変なことになる・・・!)

ともあれこうしてとっととトンズラこいた事の元凶が魔界の王様自らの手で捕獲されるのは約一ヵ月後 のことであったという・・・。





<後書き>
 ブラシェリなのに一向にブラゴもシェリーも出てこないお話でした。未来話で王はブラゴ、その妻に シェリー、そして一人娘のリーラという家族形成です。キッドは博物館の職員でもあり、文中にもある ように魔界と人間界のあれこれを研究中です。
 個人的には『金色のガッシュ』はガッシュとブラゴで最終決戦!・・・という展開を願って 止みません。因みにガッシュが王様という設定の話もあったりなかったり?
 全体としてはほのぼの路線で流し、最後はギャグで締めてみました。


*オリジナルキャラクターについて*

リーラ=ベルモント(リラと呼ばれることもある)
ブラゴとシェリーの娘。顔の造作はシェリーで髪は色が黒でストレート。瞳は赤。肌は白。
力を使うと肌が灰色になり、身体に刺青のような紋様が浮かぶ(ブラゴ譲り)
王族という身分を隠し、母の旧姓を名乗っている。
頭の回転が速く口達者。両親同様ゾフィスが嫌い。レイラと仲が良い。
将来的には人間界に行って爺や清麿に会ってみたいと考えている(そして今回その願望は叶った)


2007/03/14 UP