「ガッシュがいない・・・?」
「そうよ。貴方、心当たりないかしら。」
王城の一室で資料をチェックしていたゼオンに話を持ちかけてきたのはレイラという魔物だった。今
ゼオンは王になったガッシュに必要な知識を身に着けさせる為の参考書を選んでいる最中である。彼は
元々王族であり、疎遠であったがガッシュと双子の兄弟という間柄であった。誤解の果てにいろいろと
あったゼオンとガッシュだが、人間界で互いの意見をぶつけ合ったおかげか、何とか和解することがで
きた。こうして教育係の真似事をしたり、新王となったガッシュを手伝ったりしているのも、ガッシュ
が少しでもゼオンと親しくなりたいと願った結果である。ゼオンとしては今更恥ずかしくて兄弟らしく
振る舞うことは難しいと思っていたのだが、現実としてはこうして何とかやっていってる訳である。た
だし、ガッシュ以外のメンバーとは関係がまだまだ微妙だ。
「どうして、俺が知っていると思う。」
「だって王としてのガッシュと行動を共にしているのは貴方が一番多いでしょう?だから何か知らない
かと思って・・・。」
そしてゼオンの剣呑な睨みに臆せず答えるレイラはこう見えて千年前の魔物。ガッシュやゼオンが参加
した一つ前の王を決める戦いの参加者だ。詰まる所、ガッシュとゼオンの父親と戦う可能性があったか
もしれない相手である。ただし、彼女はゴーレンという魔物に魔本ごと石版に封じられ、千年という時
を石の中で過ごすことになったのだが。ともあれ、千年後、石から元に戻れたレイラは同じく千年振り
に蘇った魔物達の後始末をガッシュ達と済ませ、自ら魔界へと戻ってきたのだった。今ではゼオンと同
様ガッシュをサポートする立場にある。
「知るか。俺はずっとこの部屋に来た。こんな本だらけの部屋、あいつは好んで入って来ないだろう。
見かけたら教えるが当てにするな。」
ゼオンはそれだけ言うと手元の資料に目を落とす。まだ難解な内容が無理なガッシュの勉強に使えそう
な物を吟味しているのだ。そして選び抜いた学習資料をガッシュに渡し、決められた時間に勉強・・・
もとい叩き込むのである。ゼオンの教え方は何気にスパルタだった。それでもガッシュは怒られている
最中はビクついたり、勉強が嫌だと文句を言うことはあるものの、ゼオンを教育係から外れるようにす
ることはないし、勉強を放棄することもない。結局は兄弟水入らず(?)で過ごすことに何かしら得る
ものがあるのだろう。それに勉強は苦手だが、王として魔界を変えていく為に必要だと思えば学ばない
訳にはいかないのである。ちょっとした愚痴くらいは容認すべきだ。
「それなら、見つけたら王の間まで連行してきてちょうだい。私室だと数が多すぎて捜すのが面倒だか
ら。」
「ああ、見かけたら・・・な。」
「進んで捜す気は・・・なさそうね。」
「どうせ腹でも減れば自分から戻ってくる。俺は時間を無駄にする気はない。」
見つけたらではなく見かけたらと答えているということは、ゼオンの視界の中にガッシュが入ったらそ
うするのだということ。つまり彼がこの部屋から動かなければ、ガッシュがこの部屋にやってこない限
りゼオンがガッシュを王の間に連れてくることはない。
「頑固ね・・・そういう所はガッシュと似てるわ。」
「レイラ・・・。雷を喰らいたくなければ消えろ。」
「はいはい。本当に見かけたらちゃんと連れてきなさいよ。見なかった振りは認めないから。」
「別に貴様に認めてもらおうとは思わん。」
肩を竦めて立ち去っていったレイラの背中をゼオンはきつく睨みつける。そして彼女が部屋を出て行き
完全に扉が閉まった後、忌々しげに舌打ちした。
「・・・千年前の連中は食えない奴が多すぎる。」
食えない所か、ほとんどの意味で理解不能な個体までいる。怪しさ大爆発の某Vの字魔物とか。まさし
く親の顔が見てみたい・・・いや、見たくないけど育て方については物申したい、そんな感じである。
それからするとレイラはずっとまともなタイプだ。
「全く、どこをほっつき歩いてるんだ、あの馬鹿は・・・。」
王になったばかりのガッシュはしなければならないこと、学ばなければならないことが多すぎて余分な
時間はないのだというのに。ただでさえ、今は予想外の事態が起こっていて余計な手は割けない状況だ
というのに。
「この俺の手まで煩わせる気か・・・。」
そう言いつつも手元の作業は動きが速くなってきていた。どうやら文句を言いつつもキリが良くなった
らガッシュ捜索に加わるつもりらしい。素直じゃない奴である。
「ゼ〜オ〜ン〜・・・。」
けれども約十分後、ゼオンは意外な形でガッシュを目撃した。それもそのはず、ガッシュ自らが彼の
前に現れたからだ。しかもメソメソ涙を流して。この場にやってきたことも意外だが、泣いていること
も意外である。ゼオンはつい驚きと共にガッシュを凝視してしまった。確かにガッシュは涙腺が弱い面
があり、ティオに首を絞められて泣いて謝るといった事態もよくあった。王としての威厳はないが、親
しまれ安いという意味ではいいかもしれない。
(何でよりによって俺に泣きついてくる・・・!?)
何が理由で涙を流しているのかは知らないが、いわゆる『友達』の多いガッシュのことだ。聞き上手で
慰め上手な相手はゼオン以外にいるはずである。それなのに彼の元へくるとは一体どうしたのだという
のか。単に最初に見つけた相手が彼だったというのならまだ分かるが。
「ゼオン・・・のだ!」
「は?」
泣いているせいかガッシュの言った言葉が聞き取れず、ゼオンは怪訝そうな眼を向ける。
「いな・・・だ。・・・が、いな、い・・・のだ。」
「おい・・・?」
「めが、みどの・・・が、いない・・・のだ。捜して、も、どこにも・・・いないのだ!」
「ガッシュ?ちょっと落ち着け、それからもう少しはっきりと・・・。」
「だって!女神殿がどこにもいないのだ!?わ、わた、わたしと約束したのに、見つからないのだ!ゼ
オン!」
机を挟んでゼオンがガッシュを見つめる。ガッシュは泣きながらバンバンと机を手で叩いていた。魔界
製なので人間界のそれと比べれば丈夫だが、壊れないだろうかと頭の片隅でゼオンは思う。
(なるほど・・・。)
けれどもガッシュがゼオンを頼ってきた理由は分かった。ガッシュが言う『女神』とはある特殊な能力
を持つ魔物で、ラグナという特殊監査機関から派遣されてきたということになっている立場の者。けれ
どもその実態は魔界に大昔から存在し、いくつもの伝説を残す『創成の女神』の分身にして、力の端末
でもある相手だ。ある意味では創成の女神本人とも言える存在である。そのことを知っているのは歴代
の魔界の王とラグナの長官、そして一部の例外に当たる者のみ。ゼオンはその例外に当たる。父と弟が
王になったことで、身内の縁でたまたま知ることになっただけだ。まあ、家族水入らずの食事会の際、
うっかりガッシュが口を滑らせただけなのだが。
「あの女がどうかしたのか?」
その後父親からしっかり口止めをされ、女神の正体は父子の間だけの秘密ということになっている。と
はいえ、ガッシュは性懲りもなく『女神殿』と呼ぶ為、ゼオンは事あるごとに頭を抱えたくなったもの
だ。とりあえず、当の女神が名乗っているのが『創成の女神』の伝説にある異名の一つである為、一種
のあだ名であると周囲から取られているらしい。
「ううう・・・清麿に会いたいのだ〜・・・。」
「はあ?」
相変わらずグスングスンと泣き言を口にしているガッシュだが、ゼオンの方は正直言って訳が分から
なくなっている。女神を捜して見つからなくて嘆いているのかと思えば、次に出てきたのはかつてのパ
ートナーの名前。一体何が望みなのか。
「貴様はあの女と何を仕出かすつもりだったんだ・・・?」
言い方は悪いが、片や一人は魔界の王、もう一人は伝説の女神。やろうと思えば魔界中を混乱に陥れる
騒動を巻き起こすことも不可能ではないだろう。
「何をって・・・清麿に会うのだ。」
「だから何でそこで貴様のパートナーの名前が出てくる。高嶺清麿がいるのは人間界だろうが。」
魔界と人間界を自由に行き来することができず、会えるはずがない。言外にそう告げてゼオンは涙に濡
れたガッシュの顔を見遣った。
「だって、女神殿と約束したのだ。今日のこの時間、人間界の様子を見せてくれると・・・。」
しょんぼりとガッシュが言えば、ゼオンは目を丸くした。恐らく今の魔界で唯一人間界と自由に行き来
できる者がいるとしたら彼女において他にない。『女神』の力をもってすれば、人間界の様子を探るこ
となど造作もないだろう。
「この間も見せてもらったのだ。水に清麿や鈴芽の姿が映っていて・・・皆、元気そうで安心した。清
麿達の様子を見ているとわたしも頑張ろうという気になれるのだ!」
「貴様が最近行方不明になる原因はそれか・・・。」
実はガッシュがどこに行ったのか分からず、城の魔物が捜索して走り回るような事態は今日だけのこと
ではなかったのだ。大抵はしばらくすればちゃんとガッシュが戻ってくるので誰も問い詰めることをし
なかったのだが、今回はたまたまガッシュを尋ねてきた相手がいた為、レイラが捜しに来たらしい。因
みにその相手はバリーだったりする。幸い知らぬ相手でもなかったので、待たせても政権を揺るがす大
事的事態には発展しないが。
「女神殿がいなければ清麿の様子を知ることが出来ないのだ・・・。」
「まあ、あの女の力がなければ魔界と人間界を繋げるなんぞまず無理だがな。」
そもそも王を決める戦いで魔物の子供達を人間界に送ったこと自体に創成の女神の力が関わっているの
だという。伝説に語られる時代に『女神』が与えた力の結晶が巡り巡って、人間界への転移に利用され
たり、願いを叶える魔界の王の特権になったりしたそうだ。伝説には創成の女神はありとあらゆるもの
を創造し、また消滅し得る能力を持つとされている。要はガッシュやゼオンのように雷撃を生み出そう
が魔界と人間界を繋げようが何でもありだということだ。全盛期の彼女ならば。
(やれやれ・・・。)
確かに伝説級の存在ではあるものの、妙に開き直っている見た目並のテンション持ちな相手を思い返
し、ゼオンは心持ちげんなりする。どこまでが演技でどこまでが本気なのかさっぱり分からない相手な
ので、ふざけているのか真面目なのか判断に困ることもしばしばなのだ。その為、会うと疲れる相手で
もある。
「ガッシュ。貴様は一先ず王の間に行け。レイラが捜していた。」
「なぬ?レイラが・・・。でも、女神殿・・・。」
「あの女は俺が見つけたら貴様の所に引っ張っていく。だから貴様はもう戻れ。見っとも無いから顔を
洗ってからな。」
「ゼオン・・・!」
ゼオンの言葉にガッシュが眼をパッと輝かせる。
「別にすぐ見つかるかどうかは知らんぞ。」
「ありがとうなのだ、ゼオン!」
ガッシュは嬉しそうに礼を述べる。ゼオンは照れているのか視線を逸らした。
「今度女神殿に頼んでデュフォーの様子も映してもらうのだ。その時はゼオンも一緒に見よう!」
「は!?い、いきなり何を・・・。」
「いろいろな人の様子を見ると一人を映していられる時間が短くなってしまうそうだから、わたしとゼ
オンで半分ずつにするのだ。うぬ、それがいいのだ!」
戸惑うゼオンを余所にガッシュは一人納得していた。ゼオンとて元パートナーのことが全く気にならな
い訳ではないが、彼なら大丈夫だろうと思っていることも事実である。つまりわざわざ様子を見なくて
も平気といえば平気だった。
「デュフォーのことは別にいい。とにかく貴様はさっさと顔を洗ってこい!」
「分かったのだー!」
結局ゼオンが怒鳴って、ガッシュを部屋から追い出したのだった。
――――――――――以上、こんな感じで流れていくのが新王ガッシュと周囲の日常である。