『ブラシェリで十のお題』サイドストーリー
女神は詠ふ・2





 ターゲットは黒髪の女。見た目は人間で考えると中学生程度。瞳は赤と青のオッドアイ。肌は象牙。 人懐こく初対面でも警戒されにくい印象を他者に与える空気を持つ者。けれどもその印象に騙されては いけない。彼女は王にすら場合によっては逆らい難い特殊監査機関ラグナから派遣されてきた者だ。城 に出入りする面々からは主に『派遣官殿(もしくは様)』と呼ばれている。ラグナに所属する者は相当 の実力者であるので、敬称を付けられるのも彼女に皆が一目置いている証拠であろう。もちろん中には そうでない者もいるが。

「・・・本当に城にいないようだな。どこまで出歩いている?」

ブツブツと文句を漏らしつつ城の廊下を歩いている銀髪の子供、ゼオンもその一人だ。いや、正確には 彼女の能力の高さを認識しているが敬語を使うような真似はしていないとでも言うのか。そんな彼はこ の度新しく魔界の王となったガッシュの兄弟であり、現在はガッシュの頼みを受けて例の派遣官を捜索 している最中だ。

「クソ!あの寝惚け女神が・・・いっそのことまた千年眠っていればいいものを・・・。」

苛立たしげに呟くのは一向に見つからない相手に向けられた恨み言。とりあえず思いつくままに漏らし ているようなので、内容がおかしかったりする。まあ、上記のセリフはあながち間違ってもいないが。 けれども事情の知らない者からすれば頭上にクエスチョンマーク効果となること請け合いなセリフでも ある。

「大体ガッシュもガッシュだ。あの女が見当たらないくらいでメソメソ泣きやがって・・・。人間界の 様子が分からないくらいであんな風になるか?」
「へぇ〜、やっぱり可愛い王様あのホームシック治ってなかったんですか〜。」
「ホームシック?ああ、少し前にそんなこともあったな。パートナーが大怪我する夢を見ただ何だで人 間界に帰りたいと大騒ぎした・・・。」
「ガッシュちゃん、相棒君のこと大好きですしねー。友達兼家族というか、ある意味兄弟?しかもまだ まだあっちの家が家族みたいですし。」
「育った家で冷遇されたらしいことは理解するが・・・あいつは本来魔界の者だ。」
「でもせっかく和解したんだから、君も家族としてやり直す努力しなさいよー?」
「余計なお世話だ!大体・・・て、うおおおおお!?」
「何驚いてるんですか・・・。」

反射的に後ろを向いて、いつの間にか一緒に会話していた相手に驚くゼオン。これだけ会話しておいて 相手の気配とかそういったものの自覚がなかったらしい。人はそれを阿呆、もしくは平和ボケという。 ともあれ思わず声を上げてしまったゼオンであるが、側にいた相手はあっさりとしたものだ。むしろ何 故ゼオンが驚いたのか不思議そうにしている。

「い、いきなり出てくるなー!?」
「な〜に言ってるんですか。空間移動なんて君だってできるでしょーに。」

 怒鳴りつけてきたゼオンに相手は両手を腰に当ててそう主張する。黒髪にオッドアイの少女は己の行 動に非を感じていない模様。けれどもゼオンは捜していた張本人がいきなり登場したこともあり、内心 結構驚かされていた。まあ、彼女相手ならそれもアリだということを納得できてしまうのがどうにも悔 しい。幸い、見える範囲で廊下を歩いている者はゼオンと彼女以外いないらしく、ゼオンの大声を聞き つけて誰かがやってくることもない。

「まー、そんなに驚いたんなら謝ってあげてもいいですけど・・・ゼオンちゃんはこういう理由で謝ら れるの嫌でしょ?」
「チャン付けするなー!!」

ゼオン、怒りの猛抗議も少女はどこ吹く風である。流石ラグナ派遣官といった所か。それ以前に伝説の 女神様だ。大物具合なら王族以上である。幸い有り難くも彼女自身の主張で変に敬わなくとも良いとい うことになっているが。そして仮の立場故に彼女自身は時折敬語を使う。

「それで可愛い王様泣いてたって本当?」

少女がゼオンに問いかける。『可愛い王様』というのは彼女がガッシュにつけた呼称の一つだ。ついで に言えばガッシュは『女神殿』と彼女を呼ぶ。彼女の正体は創成の女神。魔界の様々な事柄に置いて、 突き詰めていけば彼女が絡むといっても過言ではない存在だ。とてもそうは見えないが。

「・・・ああ。約束の時間に貴様が現れなかったとビービーな。高嶺清麿に会いたいとそればかりだ。 餓鬼にも程があるぜ。」
「ひょっとして・・・また、夢でもみたのかな。前に可愛い王様がホームシックになってどうしようも なかった時、本当に相棒君交通事故だかで大怪我してたらしくて。安心させるつもりで人間界の様子見 せたのに逆効果になっちゃったからさー。悪夢が正夢になったって。」
「そんなこともあったのか!?」
「あったのです。」

神妙に頷く少女をジト目で見つめるゼオン。彼女がガッシュを可愛がっているらしいことは認識してい たが甘やかしすぎではないだろうか。けれども思い出すことがある。彼女曰く『ホームシック』に陥っ た頃のガッシュの様子を。新王になったばかりでストレスが蓄積したのか、それとも王になれなかった 種族から呪いでもかけられたのか、ガッシュは体調を崩した。夢見が酷く悪くなり、ずっとよく眠れず うなされ、さらに食欲までが減退した。王を決める戦いは時に導かれ、時に導く対等の立場である本の 持ち主がいた。けれども王になった今、ガッシュと同じ位置に立ち、支え導く者はいない。王の下で支 える者はいても。

(いや、心では他の者も対等なのかもしれないが、最後の責任という立場だけはどうにもならん。しか も新政の最初は何かとこの“責任”というのが絡んでくるからな。ガッシュの奴ならこれくらいで心が 折れると思わなかったが・・・フォローのタイミングを見誤ったのは俺や他の連中のミスだ。)

いくら心が強いといっても、王であるといっても、ガッシュが子供であることは事実で、心の拠り所や 疲れた精神を癒す時間、そういったものが全く必要のない訳ではないのだ。きっと、様々な要因が重な り、バランスを崩したガッシュが最後の支えとして求めたのがパートナーだった清麿。

(そういえば・・・王として治め、良い形に変わった魔界をいつか高嶺清麿に見せるのだと、あいつは 言っていたな。)

王族として政治に近い場所で育ったゼオンや英才教育を受けた者と違い、ガッシュは魔界の法律にすら 疎い、普通の子供だった。それが王として立っていくのだ、苦労は想像を絶するものだろう。

(ある意味では即物的で、基準が分かりやすい目標かもな・・・。)

頭の固い保守派に立ち向かうのも、理想に向かい努力するのも、己の信念を果たすと同時に清麿と再会 することを夢見てのことだ。彼と再会した時、彼に恥ずかしくない、共に誓い合った『優しい王様』に なっていることを示す為に。そんな状況であるから、清麿が事故で死に掛けた夢を見たことで彼が心配 で堪らなくなったのかもしれない。

(しかもガッシュのパートナーは本当に一回死んでるからな・・・あれがトラウマになっているのかも しれん。)

正確には一度心臓が止まった後、いろいろあって奇跡の生還を果たしたのだが。ともあれ、ガッシュの 清麿依存症は深刻だ。

「大体魔界に人間がいるから影響されてガッシュの調子がおかしくなるんだ・・・!」

 そんな回想を経て、ゼオンは忌々しげにそう漏らした。これは事実である。ガッシュは王の特権であ った願い事について、魔界の王を決める戦いで犠牲となった者を五体満足の身体に戻すことを望んだ。 それは魔物・人間・生死・怪我の程度を問わず対象となることを願った。その結果として、戦いで身体 の一部を失った者や魔界に帰る前に命を落とした者も無事復活再生と到った。ところが魔物と一緒に消 滅したりした人間のパートナーも何故か魔界で蘇ってしまったのである。

「多分原因は魔本だと思うんですよねー。あれ、物凄く特殊製法だし。心の力に反応する・・・つまり 魂の結びつきができちゃってるから、人間界に肉体が残ってないせいで一緒にくっついてきちゃったの かもしれません。流石に予想外でした。やっぱり範囲が人間界と魔界と両方になると微調整が大変です ね〜。千年休眠してたから、それぞれの元素バランスも調べる暇なかったですし・・・。」
「下手くそ。」
「そういう生意気な口を利く子は口に塩詰めて縫い合わせちゃいますよ♪」
「・・・言葉のアヤだ。忘れろ。」

笑顔で恐いセリフを吐く少女にゼオンは明後日の方向を見つつ冷や汗を流してそう言った。下手に術を 使って脅すより原始的で逆に恐い。相手が万能タイプなだけに敢えてその方法を選んだ意図とかを考え ると余計に。

「とにかく城に保護した人間共がいる以上、ガッシュの奴がパートナーを思い出す材料になる可能性は 否定できない。とっとと人間界に送り返すべきだ。」
「確認作業と治療が終われば・・・ね。流石にどこに再生復活したかまではあたしにも分からないです から。初めから可愛い王様の願いに場所が指定されていれば良かったんですけど、ガッシュちゃん自身 にもそういった意味での具体的なイメージがなかったみたいだし・・・。」

女神の力を持つ少女は右手を頬に当てて溜息をつく。結果として各自バラバラに再生は果たされてしま った。パートナーと一緒の場合はセットになっていたが。そしてある魔物とそのパートナーがガッシュ を訪ねてきたことで初めてその事態が明らかになったのである。

「あと記憶もいじる方針らしいですよ。忘れたいって人が多いみたいだし。大体、パートナーに見捨て られて魔界で一人で過ごす羽目になったのはあたしや可愛い王様のせいじゃないのにー・・・。」
「大抵は利害の一致と欲望のままに力を振るっている連中だ。パートナーとの絆なんてあって無いよう なものだ。」
「その辺、盲点ですよね。可愛い王様は絆がある子達のことよく知ってたから、多分そっちの認識がお 願いの方にも働いちゃったかもしれません。可愛い王様自身がパートナーにまた会いたい、一緒にいた いって気持ちがあったようですし。今更突き詰めるのも面倒だからあたしはしないけどー。」
「しろよ。元は貴様の力だろ。」
「したい子がいるからそっちにお任せー。」
「何だそのご都合放任主義は・・・。」

少女の態度にゼオンは頭痛を覚えた。

(だからこの女の相手をするのは嫌なんだ・・・!)

だが、ガッシュに頼まれたからには彼女を連れて行き約束を果たせなければならない。

「そうそう、今日でようやく例の調査終わったんですよ。シェリーっていう別口で保護されている人物 にもアンケート取り終わりましたから。なかなか賢い子達で好感持てますし。」

 どうやって彼女に話を切り出そうかゼオンが頭を悩ましていると、思い出したかのように少女が話し 出した。それは彼女がラグナ派遣官として行っていた調査で、魔界で復活再生してしまった元魔本の持 ち主である人々を対象にしていた。現在魔界にいるほとんどの人間は発見され次第王城にて保護されて いたが、シェリーという女性はかつてパートナーであったブラゴという魔物の元に身を寄せていたので ある。

「・・・どうだった?」
「可愛い王様には良かったことだと思いますよ?また魔界に来ても良いって答えてくれましたから。一 人でもそういう人がいれば魔界と人間界を定期的に繋げる説得材料になりますし。」
「ガッシュは人間と魔物の哀しい別れをどうにかしたいと思っている。」
「可愛い王様自身も本当は垣間見るだけじゃなくてちゃんと相棒君に会って話したいだろうしね〜。ゼ オンちゃんも知っているでしょ?反対してる子達が出した条件。」
「今魔界にいる人間どもが一人でも魔界に対して好意的でないのなら人間界との境界を繋げるべきでは ない・・・とかいうふざけた内容のヤツか。阿呆らしい。俺達魔物相手に情を持って付き合っていた連 中はほぼ全員が人間界だ。参考にもならん。」
「ゼオンちゃんは・・・可愛い王様の意見に賛成なんだ?」
「別に・・・。」

満面の笑みで覗き込んでくる少女にゼオンは顔をしかめた。

「そんなことより貴様は早くガッシュに会いにいけ。そして約束を果たしてこい。あいつに人間界の様 子見せるんだろう?それであの泣きっ面を何とかしてこい。」
「ゼオンちゃんはいい子だね。」
「な!?」
「今の子達は心がいい感じの子が多くて、あたしは嬉しいよ?可愛い王様やゼオンちゃん達が、世界を 変えていくの、期待してる。」

少女は優しい微笑みをゼオンに向けた。瞳に憂いの色を湛えて。

「あたしは立場上、不必要な干渉ができないから・・・、良くも悪くも、あたしはもう世界を導いてあ げることはできない。だから今を生きる君達が変えなさい。女神の力すら利用して・・・変えて、みせ なさい。」

彼女には彼女なりの考えと事情があり、世界の律に縛られている。ゼオンはそう感じていた。彼もまた 己の知ることは少ないと悟っている。そして本来知る資格がないことを。それがあるのは王であるガッ シュだ。

「・・・それは俺じゃなくガッシュに言うべきだろう。もっともあいつは“利用”なんて器用な真似が できるとも思えんがな。」
「それは言えてるかも・・・。」

ゼオンの答えにクスリと少女は笑った。ガッシュの優しさもゼオンの気遣いも響くように感じ取ること ができたから。成長した我が子を喜ぶ母親のように、女神は静かに微笑む・・・。



――――――――――以上、こんな感じで展開されたのがゼオンのある日の一幕である。





To Be Continued・・・?




<後書き>
 これ、ひょっとしてゼオンがメイン?書いていてそんな風に思い始めた水無月です。そしてガッシュ は清麿が大好きです。むしろ命です。清麿が兄でガッシュが弟だったらガッシュはブラコン、みたいな ノリです。そして女神様はガッシュだけでなくゼオンも結構お気召されている模様(爆)



2007/05/19 UP