『ブラシェリで十のお題』サイドストーリー
女神は詠ふ・3





 出会いは突然だった。一言でいうなら急襲。大鷲に掴まり、突如部屋に乱入してきた金色の小さな電 撃爆弾。その子供は少年の常識をぶち壊し、日常を激変させる破壊力を誇った。そして芽生える感情。 時に導き、導かれ、引っ張り引っ張られ、振り回し振り回され。一般人からすれば非日常な日常を彼ら は送った。戦い、傷つき、支え、励まし。友がいた、仲間がいた、好敵手や許し難い者もいた。生まれ た絆と託された多くの想いを力に換えて、彼らは戦い抜いた。

「ガッシュ・・・。」
「清麿・・・。」

千年に一度の魔界の王を決める戦い。最後の最後で勝者になったのはガッシュと清麿だった。それは己 の力のみによる勝利ではなかった。心ある魔物とそのパートナー達が自らを犠牲にしてくれたからこそ の勝利だった。全ては魔界を変える為に。多くの命を守る為に。『優しい王様』を誕生させる為に。そ して彼らはその礎となったのだ。いや、初めからそうだったのかもしれない。ガッシュの力は術だけで はなく心の力こそ要となっている。それは結束の力。優しさを友情を、彼が大切にしていたからこそ、 絆が生まれた。他の魔物とそのパートナー、そして何より魔本の持ち主であった清麿との間に。この結 びつきの強さが多くの者の心を揺さぶり、全てを変えていったのだ。

「わたしが・・・本当に魔界の王様になるのだな。」
「ああ。お前が優しい王様になるんだ・・・。」

そして訪れる必然の別れ。出会いのように突然ではないことを喜ぶべきなのかもしれないが、それでも 別れは痛みを伴う。たとえそれが仕方がないとすでに分かっていたことだったとしても。もしかしたら 二度と会えないかもしれないと思えばなおさらに。

「清麿・・・わ、わた・・・わたし、は!必ず、かな・・・ず、優しい王様になるのだ!」
「ああ・・・。」

涙を堪えきれず、ガッシュはボロボロと大粒の涙を落とした。清麿もまた、涙を浮かべている。けれど も彼は泣きたくなかった。泣くことで視界が滲み、ガッシュの姿がはっきりと見えなくなることが嫌だ った。大事な友達の姿を、しっかりと眼に焼き付けておきたかったから。

「こ、コルル、の、ように、哀しい涙を流す者が・・・出ぬよう、魔界を変える・・・のだ。」
「ああ、そうだな・・・。」
「レイラやパムーン・・・千年前の者達の、居場所・・・も作って、みせる・・・。」
「・・・友達になると約束したものな。」
「あ、アース、のこと・・・も、ちゃんと、助け・・・るの、だ。そして、他の者も・・・。」
「ああ・・・みんなを頼むぞ。」

二人は向かい合い、互いの姿を見つめ続ける。

「き、清麿・・・!わたしは・・・わたしは・・・優しい王様になる!ティオやキャンチョメ、ウォン レイにウマゴン・・・共に闘ってくれた者達にけして恥じぬ、王になる!清麿がわたしを王にしたこと を誇りに思えるような立派な王様になってみせるのだ!!」
「ガッシュ・・・!」

ガッシュの宣言。それは新たなる誓い。清麿の眼から堪えていた涙が一筋、流れ落ちる。その後はもう 止まらなかった。胸に込み上げる熱いものを代弁するかのように、言葉にならない想いが涙となって溢 れていく。

「だ、だから・・・清麿・・・また、会うのだ。絶対、会うのだ。ちゃんと優しい王様になったわたし を、清麿に見せるのだ!」
「ああ・・・また、絶対逢おう。あんまり時間かけたらこっちから行って発破かけてやるよ。遅すぎる って思い切り叱ってやるからな・・・!」
「うぬぅ・・・怒った清麿は怖いのだ・・・!」

そう言って少しだけ二人は笑い合う。

「胸を張れ、ガッシュ。誇りを持って、王になれ。」
「うぬぅ!」
「魔界に帰ったらきっと大変だと思う。古いモノを壊して新しいモノを作り上げ、尚且つそれが全体に 浸透するには物凄く時間がかかるだろう。だが、諦めるな。お前は一人じゃない。魔界にいるお前の友 達がきっと手伝ってくれる。人間界[こっち]に いる俺や恵さん達、他のみんなもガッシュを応援している。みんなお前の味方だ。忘れるな。」
「清麿・・・!」

それぞれ同じように手の甲で涙を拭いながら二人は会話を続けた。本当は離れたくない。もっと一緒に いたい。もっといろいろなことを経験して、同じものをたくさん見て生きたい。けれどもそんな望みは 口に出さず、努めて明るく振舞おうとした。

「コルル・・・笑ってくれるといいな。」
「うぬ。」
「ダニーやヨポポ、ロップスにキッド・・・みんな元気だといいな。」
「うぬ、魔界に帰ったら会いにいくのだ。」
「レイラやパムーンのこと、ちゃんと助けてやれよ。」
「分かっているのだ。」
「ビクトリームに会ったら・・・とりあえず他人の振りかな?」
「う、うぬ・・・。」

ちょっと遠い目をしつつ某変体魔物を思い出してしまった清麿とガッシュ。ベリーメロンは話の腰を折 る破壊力だ。

「ぱ、パティやビョンコとも・・・仲良くな。」
「うぬ!?が、頑張るのだ・・・。」

答えるガッシュの眼が泳いでいるのは怒りモードの彼女を思い出したからか。

「レインやリーヤ、モモンにも会いに行くんだろ?」
「うぬ。元気だといいのだ。」
「テッドとチェリッシュも仲良くしているといいな。」
「テッド達ならきっと大丈夫なのだ。」
「ウォンレイ・・・怪我治っているといいな。」
「うぬ・・・きっと無事だと・・・いいのだ。」

心を交わし、そして別れ、今は魔界にいる仲間達。

「ウマゴンやカルディオって魔界に帰ったら喋れるようになったりするんだろうか・・・。」
「さあ・・・?」
「バリー・・・また強くなっていたりしてな。」
「王様としてちゃんと頑張らないと殴りにきそうで怖いのだ。」
「・・・確かにありそうだ。」
「魔界に帰ったら・・・ゼオンと、また、ちゃんと話してみたいと思うのだ・・・。」
「・・・そうだな。兄弟としてまだきっと話すべきことは多いんだろうな。」
「仲良くなりたいのだ。」
「ガッシュにならできるさ。」

どれだけ言葉を交わしてもまだ足りないような気がする。けれども時間が許す限り話していたかった。 お互いの声が離れてもすぐ思い出せるように。

「アシュロンは協力してくれると言っていたな。」
「うぬ、約束したのだ。」
「ティオやキャンチョメにもよろしくな。」
「ちゃんと伝えるのだ。」

清麿の言葉に何度も何度もガッシュが頷く。やはり涙は拭ってもまた溢れてきてしまったけれど。

「・・・ありがとう、ガッシュ。」

清麿がガッシュに向かって手を差し出す。

「清麿・・・。」

ガッシュもまた彼に手を伸ばした。そして二人は握手を交わす。

「清・・・麿・・・。大好き・・・なのだ。大好きなのだ!ずっとずっと・・・。清麿はわたしの一番 の友達なのだ!魔界に帰っても絶対変わらないのだ・・・!!」
「ああ・・・ガッシュ。俺もお前が大好きだ・・・!」

もう一度逢える、そう信じて。ガッシュと清麿は泣きながら笑いあった。いつまでも・・・そう、いつ いつまでも・・・・・・。



 強い光に思わずガッシュは眼を閉じる。光の中、落下しているのか上昇しているのか分からない浮遊 感を覚えた。ガッシュは己の腕の中にある魔本を抱き込むように身体を丸める。しっかりと手にした本 だけが確かな感覚のように思えた。

(清麿・・・!)

時間にして十数秒だろうか。実際は違うのかもしれない。けれども次に気がついた時には、ガッシュは 硬い何かに足をつけていた。恐る恐る眼を開ける。

「う、うぬぅ・・・ここは・・・?」

開かれた視界に映ったのは重厚そうな石造りの間だった。白い石畳を敷き詰めた一段高いステージのよ うな場所にガッシュは立っていた。これが部屋の中央にあるようで、あとの床は壁や天井と同系色の暗 い青緑色をした四角い岩が敷き詰められているようだった。部屋は広く、百人くらい集まってもまだ余 裕がありそうである。

「よぉ、還ってきたか。」
「ゼオン!?」

呆然としていたガッシュはいつの間にか開いていた正面の扉から姿を現した相手に眼を見張る。そこに いたのはガッシュよりも早く魔界に戻っていたゼオンだった。

「還って早々悪いが、上で王がお待ちかねだ。他の連中もな。」
「王?それに他の者も・・・?」

動こうとしないガッシュにゼオンは密かに溜息をつくと、スタスタとガッシュのいる場所に近づいてき た。そんなゼオンをガッシュはポカンとした様子で見つめている。こんな形の再会になるとは夢にも思 わなかったせいだろうか。彼の思考は麻痺しているらしい。

「何か聞きたいことはあるか。」
「・・・ここは、どこなのだ?」
「王城にある部屋の一つだ。人間界で最後まで勝ち残った奴は必ずこの部屋に転送されるらしい。それ 以外の帰還場所はランダムだそうだ。理由は聞くな。俺も知らん。」
「ここは・・・魔界なのか?」
「はあ?魔界以外のどこに魔物を送還すると思ってたんだ。馬鹿か。」

未だにぼんやりとした様子のガッシュにゼオンが呆れる。

「そうか・・・もう、魔界なのだな・・・・・・。」
(もう、清麿とは簡単には会えないのだな・・・。)

これから先のことを思い、込み上げる寂しさをガッシュは懸命に堪えた。絶対にまた逢うことができる ようにするのだと心に誓って。

「・・・ゼオンは、わたしを迎えにきて、くれたのか?」
「ん?ああ・・・そんな所だ。」
「そうか・・・ありがとうなのだ。」
「別に・・・王族としての義務のようなものだ。」

人間界でいろいろあったゼオンに対してもガッシュは笑顔で話しかける。ゼオンは複雑な気分を味わい つつも、ガッシュから眼を逸らしてそう告げた。正面から向き合うのはまだ照れくさいらしい。もちろ ん他の感情も混ざっているのだろうが。

「とにかく、その本を持って付いてこい。謁見の間に案内する。」
「えっけんのま・・・?」
「王のいる部屋だ。」
「王・・・!?そ、それはまさか―――――――。」
「そうだ。俺とお前の父だ。」

ゼオンが静かにそう告げる。ガッシュは身を震わせた。

「わたしの、父上・・・。」

魔界の王。会ったのことのないはずの父親。けれども託されたバオウ。伝わってきた想い。本当の、血 が繋がった家族・・・。


『胸を張れ、ガッシュ。』


少しだけ怯んだガッシュの中で清麿に言われた言葉を思い出した。

「・・・怖いか?」

俯いたガッシュにゼオンが声をかける。

「うぬ、大丈夫なのだ。」

そう言って顔を上げたガッシュは真っ直ぐ前を向いていた。臆することは何もない。誇りを持って、前 を見据えて進めばいい。今は遠い、一番の友に、恥じぬ生き様を刻むのだ。己が示すのは優しき王。魔 界を変える。涙を笑顔に。願わくば多くの者に幸せを。孤独に苛まれぬ日々を。

「上等だ。来い、新王ガッシュ・ベル。」
「うぬ!行こうぞ、ゼオン。」

そして衣装を翻し、踵を返したゼオンの後を追い、ガッシュもずっと立ち尽くしていた白い石のステー ジから降りた。あとは一目散に出口へと駆けていく。部屋を出ると少し先でゼオンが立ち止まって待っ ていた。最後に一度だけガッシュは部屋を振り返る。光に照らされた白いステージ。その遥か彼方にあ る人間界。

(清麿・・・またなのだ。)

ここにはいない、ただ一人のパートナーにガッシュは語りかける。そして、再び前を向き歩き始めてか らはもう振り返らなかった。



――――――――――こうしてガッシュ・ベルは魔界の王としての第一歩を踏み出したのである。





To Be Continued・・・




<後書き>
 ちょっと本格的に新王ガッシュと創成の女神の関係を掘り下げてみようと思い立ち、自分の中でガッ シュフラグが立っている内に書いておくことにしたエピソードです。何だか清麿との別れがメインぽい ですが、書いておいた方が背景が分かりやすくなるかな・・・と思いまして。でも思ったように上手く 書けなくてちょっとジレンマです。でも、何とか・・・雰囲気だけは伝わるかな、と・・・。本当難し いです。語彙力の低さが恨めしい・・・。
 あと、清麿とガッシュの会話で彼らの仲間というか友達というかそういう雰囲気だった魔物の名前を 記憶を振り絞って出してみたんですけど・・・誰か抜けちゃってたらごめんなさい。あ、でもブラゴを 抜いたのはわざとです。因みに最終決戦で誰と戦ったかは皆様のご想像にお任せします。
 そして、やっぱりゼオンが出張ってきたー!魔界に還ってきたガッシュを最初に迎えるのは誰か考え てみると凄く迷ったんですね。友達全員に迎えられるのもそれはそれでいいような気もするのですが、 王様になったとなれば、やっぱり待遇がいろいろ違うようにも思えて。それで結局王城内で送還という 形になりました。その上で誰が出迎えるかということになると、王様本人か、大臣か、それとも単なる 召使か・・・とグルグル考えて、何故かゼオンに落ち着きました。実は裏設定でゼオン自らが名乗り出 て、ガッシュのお迎え役になったという経緯があったりします。



2007/05/27 UP