「・・・ガッシュ!!」
現王との謁見を終えて扉の前で一人考え込んでいたガッシュの耳に聞き覚えのある声が飛び込んでき
た。ハッとなり顔を上げれば、同じ『優しい王様』を目指して何度も共に戦った一人の少女がいた。彼
女の生み出す楯に、回復の術にどれだけ助けられたことだろう。
「ティオ!」
「ガッシュ!」
瞳を潤ませティオはガッシュに飛びついた。それに対しよろめきながらも何とか受け止めることに成功
したガッシュ。
「おめでとう、ガッシュ。そしてお帰りなさい・・・!」
「ありがとうなのだ・・・。」
「みんな集まって、ガッシュのこと待ってたのよ?キャンチョメもウマゴンもキッドも、それからレイ
ラにパティにピョンコにモモンも、えっと、それからそれから・・・とにかくたくさん!あんたの知り
合いって子達が集まってるんだからね。」
「そうなのか!?」
ティオの言葉にガッシュは眼を輝かせる。魔界に還っていた友達らのことはずっと気になっていたのだ
から。そんな彼らが自分に会いに来ているのだという。嬉しくないはずない。
「ガッシュが戻ってきたって連絡貰ったから、わたしが代表で呼びに来たのよ。さあ、みんなに会いに
いきましょ!」
「うぬ!」
今度はティオに導かれ、ガッシュは城の中を移動することになった。また廊下を走り、階段を下り、ま
た絨毯の上を駆け抜けて、そして辿り着いた一枚の扉。
「ここよ!さあ、ガッシュ。心の準備はできた?」
「・・・う、うぬぅ!」
「それじゃあ、開けるわよ。みんなー!わたし達の優しい王様、ガッシュの登場よー!?」
ティオの紹介と共に扉が開かれれば、懐かしい面々がガッシュの視界へと飛び込んできた。
『ガッシュ!!』
「み、みな・・・!」
こうして、ガッシュは多くの友と再会したのであった・・・。
部屋の中の盛り上がりは相当なものだった。ガッシュに抱きつきワンワン泣き出す者あり、彼の武勇
伝を聞きたがる者あり、自分のパートナーの近況を聞きたがる者あり、どれくらい強くなったか確かめ
てやると主張して戦いを挑む者あり、普通に握手と会話を交わす者あり、彼の勝利を労って胴上げを企
画する者あり、といった具合にそれぞれがそれぞれの反応を示してくれた。彼らにもみくちゃにされな
がら、できる限り応えていたガッシュに一人の少女が近づく。明るいピンク色の髪をした小柄な少女。
それは・・・
「ガッシュ・・・。」
「お、おぬしは・・・コルル?コルルか!?」
ガッシュが『優しい王様』を目指すきっかけとなった少女。以前より髪を伸ばしたコルルがガッシュの
前で微笑んでいた。
「久し振りだね、ガッシュ。約束守ってくれて、ありがとう。」
コルルの頬を涙が伝っていく。
「コルル・・・!」
ガッシュもまた涙を浮べながらコルルの手を両手でギュッと握った。
「ちょ・・・ちょっと!?あなたガッシュちゃんに何して・・・はぅっく。」
「はいはい、大人しくしてなさいな。」
そんな様子を見咎めて、暴れそうになったパティの首の辺りを拘束してズルズルと引きずっていくレイ
ラの姿があったりしたのだが、それはあくまで閑話休題ということで。
「コルル・・・わたしはきっと、優しい王様になるのだ。まだ、本当に踏み出したばかりで、まだ何も
できていないが・・・必ず、魔界をよい世界にしてみせる。清麿に出会ったこと、皆に出会ったこと、
けして無駄にはしないのだ!」
『ガッシュ!』
ガッシュの宣言に周囲から歓声が上がる。それは紛れもない『優しい王様』誕生への祝福だった。
懐かしい顔に囲まれて、嬉しい言葉をかけられて。中には手荒い歓迎もあったけれど、ガッシュはそ
れでも嬉しかった。けれども、ふと気づいてしまった。一人だけ見覚えのある顔がないことに。それを
自覚した途端、ガッシュの胸が不安に襲われる。何だか嫌な予感がした。けれども胸に秘めておくこと
もできなくて、ティオを捜して尋ねてみた。
「の、のぉ・・・ティオ。」
「何よ、ガッシュ。ジュースのお代わり?」
笑顔で振り返ったティオに躊躇いを覚えながらもガッシュは聞く。
「ウォンレイは・・・おらぬのか?」
彼の言葉にティオの笑顔が凍りつく。そして彼女の手から滑り落ちたグラスがガチャンと大きな音を立
てて割れた。その瞬間、部屋の空気もまた、凍りついた。突然訪れた沈黙にガッシュは一人オロオロす
る。
「な、なんなのだ・・・!?」
けれども彼の疑問に答える者はいない。皆、複雑そうな顔で視線を逸らしたり、俯いたりした。
「ティオ・・・みなも・・・一体・・・・・・。」
ウォンレイの名前を出したことで急に変化した場の空気。それはけして良いものでないことをガッシュ
は悟った。一体彼に何があったというのか。嫌な予感が蘇る。
「ま、まさか・・・あの、ファウードのこと、で?ウォンレイも・・・ウォンレイもなのか!?あ、ア
ースのように、魂だけの存在になってしまったのか・・・!?」
ウォンレイがどうなったかはティオ達に聞かされてすでに知っていた。それでも生きて魔界に還ってい
るのだと信じていた。それなのに・・・。
「・・・ティ、ティオ!本当なのか?どうなのだ!?教えてくれなのだ!!」
ガッシュは凍りついたように固まって動かないティオの肩を掴み大きく揺すった。けれどもティオは何
の反応も示さない。
「ティオ!!」
「止めろ、ガッシュ!」
「そうだぞ、落ち着け!」
なおもティオに詰め寄らんとしたガッシュにテッドとダニーが流石に引き剥がしにかかった。両側から
彼らに引っ張られ、ガッシュはティオから引き離される。そしてティオを庇うかのようにチェリッシュ
が横に着いた。
「一体ウォンレイはどうなったのだ!?誰か教えてくれなのだ!!」
悲鳴のようなガッシュの叫び。それが部屋に響き渡る。誰もが気まずい表情を浮かべ、どうするべきか
悩んでいた時、真実を告げる声が上がった。
「ウォ、ウォンレイは生きてるよ!」
「キャンチョメ・・・。」
キャンチョメが苦しげな様子でガッシュを見つめる。
「ウォンレイは生きてる・・・生きてるけど・・・・・・。」
「待って、キャンチョメ!大丈夫、わたしが話す・・・から。」
言葉を濁して俯きかけたキャンチョメにティオは言った。
「ウォンレイの容態をこの中で一番知っているのはわたしだもの。だから、わたしから説明する。ごめ
んね・・・。」
「ティオ・・・。」
「・・・いい話じゃないよ?きっとガッシュ、辛い思いする。それでも、いい?」
「うぬ・・・お願いするのだ。」
そして周囲が見守る中、ティオはガッシュにウォンレイのことを話し始めた。
「わたしね、魔界に戻ってきて、怪我が治ってからすぐ人間界で知り合った子を訪ねて回ったの。みん
な元気でやってるのか気になったし・・・特にウォンレイは、あんな別れ方だったから。」
ティオはガッシュと並ぶように椅子に座って、自分が魔界に送還されてからのことを話した。どこに
住んでいるかも分からない相手だったけれど、いろいろな人に聞いて回り、一人ずつ捜していったのだ
という。その途中キッドやレイラといった知り合いとも再会し、彼らとも情報を交換しあった。
「キッドがね、結構他の子のこととか調べていてくれてたの。何だかナゾナゾ博士みたいでしょ?だか
らね、他の・・・ガッシュが縁で知り合った子達にも協力してもらってね、いろいろ情報集めたんだ。
こうしてみんなでガッシュのこと迎えられたのも、その時の
ガッシュの方を見て、ティオがクスリと笑う。けれどもそれはどこか悲しさや辛さを押し隠すような笑
い方だった。
「それでね、みんなで調べて、また仲良くなったりして、そうやって繰り返していく内にウォンレイの
居場所も分かったの。まず生きてるって分かってホッとしたわ。もし人間界と連絡できたらすぐに恵や
リィエンに教えてあげるのにって馬鹿みたいなことも思った。でも、実際は・・・。」
「実際は・・・?」
ガッシュは緊張しながらティオに続きを促す。ティオは話すのが辛いのか肩を震わせていた。けれども
彼女は口を開く。声を震わせて、涙ながらに。
「・・・ウォンレイ、動けなくなってた。ファウードの時の爆発で、全身ボロボロだったんだって。骨
も粉々で、その時、神経も傷つけたらしくて。回復の術でもちっともよくならなくて・・・。」
「そんな・・・。」
「それでも魔物は回復力が強いから、何十年もかけて慎重にリハビリすれば起き上がれるかもしれない
って言われたの。でも歩けたり、前みたいに動けるようになるかは分からないって、そうお医者様に宣
告されたのよ・・・!」
「で、では、ウォンレイは・・・!?」
「今も・・・ベッドで寝たきりよ。意識はしっかりしていて、言葉もちゃんと喋れる。でも動けない。
二度と歩けないかもしれない・・・。それなのにウォンレイは笑うの!リィエンやわたし達を守れたこ
とが嬉しいって。ガッシュが王になれて良かったって・・・!」
ティオの涙の告白はガッシュにとって衝撃的なものだった。生きている。話ができる状態にある。その
ことは嬉しい。けれども、カンフーを操り、肉弾戦に近い戦闘方法だったウォンレイが二度と動けない
かもしれない身の上であることが、どれだけ辛い状況なのか、とても計り知れるものではない。
「そんな・・・わたしにはどうすることもできぬのか・・・?」
優しき王になると誓ったのにこうして友の苦境にどうすることもできない己がいる。ガッシュ、ティオ
を筆頭にウォンレイと付き合いのあった魔物達が苦悩の色を浮べた。
「そんな状態になるくらいだったら、いっそ綺麗さっぱりその爆発とやらで肉体がなくなっちまった方
が良かったかもな。」
「バリー!」
不謹慎に思えるバリーの発言に抗議するような声と厳しい視線が飛ぶ。
「だってよ、肉体がなくて魂だけならガッシュの王になった特権で五体満足の身体になれるんじゃねー
のか?」
「それは・・・。」
バリーは実際に魔本に現れた通告文を見た訳ではないが、皆から話は聞き知っていた。何でも新しく王
になった者の特権では魂だけの存在となった魔界の住人達に再び肉体を与えることができる、もしくは
逆に肉体を与えずそのまま消滅させてしまうことも可能になるのだという。だとすれば、もしウォンレ
イもまた肉体を失っていたのなら、この特権による復活再生が可能ではないかという仮定が成り立つの
だ。
「ウォンレイ・・・。」
アースはエリーに託された願いの通り、王の特権により復活再生を果たすことはすでにガッシュも考え
ていた。けれどもウォンレイのことはどうすることもできない。重苦しい空気が室内を包む。果たして
彼を救うことは本当に不可能なのだろうか。
「本当に・・・そうなのかしら。」
そんな中、ポツリと呟いたのはレイラだった。ガッシュやティオが反射的に彼女の方を見つめる。彼
女はどこか考え深げに宙を見上げていた。何かを思い出そうとするかのように。
「レイラ・・・?」
ガッシュは椅子から立ち上がり、彼女へと近づいた。
「おぬし・・・何か知っておるのか?」
一縷の望みをかけるかのように、ガッシュはレイラの様子を窺う。
「以前・・・聞いたことがあるの。昔は王になった者へ与えられる特権が今のものとは違ったって。私
が千年前におばあ様に聞いた話だから、記憶違いかもしれないけれど・・・。」
「レイラ、それは・・・。」
「もしも・・・もしもよ?希望的観測に過ぎないかもしれないけれど、もし王の特権の内容を変えるこ
とができるなら、ウォンレイのことも助けることができるんじゃないかしら。だって、魂だけの存在に
肉体を与えることができるなら、例えば・・・何もない状態から肉体が再生できるなら、元が残ってい
る肉体組織を復元することだってできるかもしれないでしょう?」
「だが、それはあくまで聞いた話なんだろう。本当かどうか分からないじゃないか。」
「パムーン・・・。」
「でももし本当だったら・・・。」
「だが・・・。」
真偽の定かではない可能性に皆はヒソヒソと囁きあう。
「ほ、他のみんなは何か知らないの?レイラと同じ話を聞いたことがあるとか・・・。」
キャンチョメが躊躇いを含みつつも皆に問いかける。できることなら希望を持ちたかった。もしレイラ
の仮説が正しければウォンレイの身体を元に戻すことができるかもしれないからだ。けれども似たよう
な話を知っている者は他に誰もいなくて。やはりレイラの記憶違いか単なる噂話ではなかったのかとい
う風に場の空気が流れていったところで、またもや新たな人物の声がした。
「可能性がない訳ではないな。」
その声に室内の視線が一気に集中する。扉の端に寄りかかるようにいた相手は・・・
「ゼオン!!」
ガッシュを謁見の間に案内した後、いつの間にか姿を消していたゼオンだった。
「・・・一体、どういうことだ。」
アシュロンが挑むように問いかける。
「その女が言ったような話を以前書庫で読んだことがある。どうせ藁に縋るのなら調べてみる価値があ
るんじゃないか?諦めの悪さは貴様の得意技だろ、ガッシュ。」
問いかけたのはアシュロンであるのに、ゼオンはガッシュに対して答えた。その挑発するような態度。
気の弱い魔物達は怯えるように固まり、ゼオンと因縁のある魔物達は敵意を含んだ眼差しを向け、一部
の者は静観し次の動きを見守っている。
「城の書庫は貴様が望めば入ることができるはずだ。他の連中は・・・まあ、交渉次第だろうな。貴様
がいつ特権を発動させる気か知らんが、時間の限り足掻く方がずっと貴様らしいぞ。」
そう言ってゼオンはまたこの場を立ち去ろうと彼らに背を向ける。部屋の者達はゼオンの意外な言葉に
顔を見合わせた。そしてガッシュは・・・
「ゼオン!待ってくれなのだ!!」
「・・・何だ。」
去り行くゼオンを呼び止める。
「頼む、おぬしも手伝ってくれぬか。」
『・・・はあ?』
ガッシュの申し出にゼオンだけでなく他の面々も怪訝そうな顔つきになる。
「だって、レイラの言っておったことが書かれた本を見たのはおぬしだけなのだろう?わたし達ではど
んな本かすぐに分からぬのだ。だからゼオンにも協力してほしいのだ。」
「ガッシュ!こんな奴相手に無茶よ・・・。」
「ゼオン!お願いするのだ!」
「・・・王がそんなに気安く頭なんぞ下げるな。」
一所懸命に頼み込んでくるガッシュにゼオンが不機嫌そうにいう。
「貴様には人間界での借りをまだ返してなかったからな。これで手を打ってやる。」
「ゼオン!ありがとうなのだ!!」
何故借りを返す立場のゼオンの方がこんなに偉そうなのかはともかく、どうやらガッシュとの間に協力
体制が成立したらしい。展開についていけない面々が随分とポカンとしていたが。
「あのゼオンまでこうも丸くするとは・・・流石ガッシュ・ベルだ。」
ポツリと漏らしたアシュロンのコメントは他一同の心情を見事に代弁していた。
――――――――――こうしてガッシュの優しい王様としての初仕事は書庫の大捜索となったので
ある。