『ブラシェリで十のお題』サイドストーリー
女神は詠ふ・5
魔界の中心、王都にある城は王と王族の住まう場所。そしてその城にある書庫は魔界の歴史が詰まっ
ていると言っても過言ではない。その場所は広く、果てしなく、どれだけの書物が収められているかは
誰も知らないとまで言われていた。そんな大書庫に挑むのはこの度魔界の王を決める戦いで晴れて勝者
となったガッシュ・ベルとその知人十名。求めるのは魔界の王の特権についての真実、そして友を救う
術。書庫に入る許可が取れなかった面々も両親や一族の長老に話を聞くなど、それぞれが動いていた。
それはまさに結束の力。新王ガッシュの力の象徴とも言えるものだった。
「うぬぬぬ・・・難しいのだ。」
書物を開いてみたものの、英才教育を受けたわけでもなければ、本好きでもないただの子供として生活
していたガッシュには絵本レベルの本以外は内容がさっぱりである。けれどもウォンレイの身体を治す
為にも頑張って調べなければならなかった。
「うぬぅ・・・読めぬのだ。どうすれば・・・。」
「“其は姿なき者、名なき者。太陽の娘、月の母。光と闇、生と死、創と滅、全ての対極を孕みし者。
我は汝をこう呼ぼう、偉大なる愚者。全ての律を知り得る者よ。自ら契約に縛られし、他者に審判を託
す者よ。其は世界と朋にあり。力を捨てるは汝の意思か、それが世界の理か。万物は眠り、汝、何を見
守る。詠い記せ、偉大なる愚者よ。其こそ真の預言者たり。”・・・随分と古い文書だな。古代文字中
の古代文字だぞ。」
「ゼオン・・・?」
「貸せ。どうせ貴様には読めんだろうからな。」
頭を悩ませていた所に現れたゼオンにキョトンとしつつも、一先ず彼の指示に従い手にした書物を渡す
ガッシュ。
「題名は・・・“嘆きの書”、著者は・・・オージリス=イザギリーア=ラグ=アダッタ、か。どこか
で聞いたような名前だな・・・確か、あれは・・・そうだ、ラグナの初代長官だ。」
「お、おじ?らぐ・・・?」
ゼオンは何やら一人納得しているがガッシュにはさっぱり分からない。
「の、のぉ、ゼオン・・・わたしには何が何やらさっぱりなのだ。」
ガッシュはゼオンの腕を引っ張り困った様子で尋ねてくる。このまま無視しても構わないが、下手にし
つこく食い下がられても後が面倒臭い。それにこれから王になる人物がどうしようもなく無知だという
のも後々困るのではないだろうか。そんな思考がゼオンに働き、仕方なくガッシュに解説を施すことに
する。これが後にガッシュの教育係となるゼオンの第一歩だったとは、本人は夢にも思っていなかった
だろう。
「貴様も王になるなら知っていた方が身の為か。まずラグナというのは・・・。」
ゼオンの説明を真面目な顔をしてガッシュが聞き入る。予備知識がない為、分からないことだらけで
あったが、ガッシュが何度も質問して、またゼオンが何度も説明をし直して、ようやくある程度呑みこ
むことができた。その間にも他の者達は書庫を調べ続けていることだろう。
「ゼオンは・・・本当にいろいろなことを知っておるのだな。」
「まあ・・・いろいろあったからな。」
「・・・すまぬ。」
「別にいい。もう、今更だ・・・。」
兄弟でありながら違う環境、違う出会い、違う生き方をしてきた二人。人間界での邂逅がなければお互
い歩み寄ることもなかったかもしれない。
「この本に書かれておるのは・・・古代文字と言っておったな。ゼオンはこういったものが好きである
のか?その、歴史とか遺跡といったものが・・・。」
「・・・嫌いではない。」
「そうか!清麿もこういった古い物が好きなのだ。いつか・・・見てもらいたいのだ。」
どこか寂しげに懐かしげにガッシュが口にする。けれども嬉しそうに見えるのはガッシュがとても清麿
のことが好きなのだろうということが感じさせられた。
「・・・ゼオンは他にどんなものが好きなのだ?わたしはブリが好きなのだ。」
「はあ?」
いきなり話がそれたガッシュにゼオンは怪訝顔になる。
「わたしはゼオンのことをもっと知りたいのだ。ちゃんと仲良くなりたいのだ。」
「な!?」
直球勝負なガッシュに驚きと恥ずかしさで慌てるゼオン。自分だったらこんなセリフを本人の前で正面
きって言えない。ある意味照れ臭さでデッドボールだ。因みにガッシュの楽しい(?)家族団欒は例の
調査を含む忙しさのせいで果たされていなかったりする。
「それから父上殿とも、その・・・家族として話をしてみたいのだ。父上と母上とゼオンのことを、も
っとちゃんと知りたいのだ。大切な家族になりたいのだ・・・!」
「な、何て恥ずかしい奴・・・。」
「うぬぅ!恥ずかしくないのだ。これは大事なことなのだ!」
ガッシュの訴えに答えに困るゼオン。結局悩んだ果てに出した答えは・・・
「・・・そ、その内、だ。俺だって心の準備がある。」
「準備?何で準備が必要なのだ?」
「貴様にはなくとも俺にはあるんだ!」
何ともお茶を濁した内容だった。問題の先送りとも言う。
「ほら、続き読むぞ。古い書だからな、本当にヒントがあるかもしれないぞ。」
「う、うぬ!」
そうして書庫の片隅で並んで座り、一冊の本を読む姿は、仲の良い兄弟の図と言って差し支えなかった
りする。当の本人達は全く気づいていないのが残念だが。
「何だか・・・詩、というものが多い本だのぅ・・・。」
「記録によればオージリスは未来を予見する能力があったという。それを詩の形で書き残したそうだ。
その為、解釈が難しいとされている。奴の予見詩をまとめたものを『オージリスの予言書』と一般的に
は呼ばれているが・・・これもその類かもしれんな。」
首を捻っているガッシュにゼオンが自分の考えを含めて説明する。有名であるが、それと同じくらい
謎の多い組織ラグナ。特殊監査機関であるそこは王ですら迂闊に手の出せない数少ないものの一つであ
る。所属する魔物は精鋭達ばかりであり、いわゆる万夫不当のレベルである。一説によれば魔界の影の
支配者は彼らだとか。そんな機関の初代長官だったというオージリス。未来が分かるという能力者なら
ば、当時の王にとってどれだけ脅威となる存在だったのだろうか。もしかしたら迂闊にラグナに手を出
せなくなった原因の一つが彼の存在なのかもしれない。
「さて、次は・・・其は姿なき・・・て、これはさっき読んだ文だな。ここは飛ばすぞ。」
「ゼオン、この詩はどういう意味なのだ?」
「さあ、な。とりあえず予言とは違うような感じだが・・・祈りの言葉に近いか?」
「祈り?」
「オージリスは女神信仰者だったらしい。予見能力が女神に授けられたものという説があるくらいだか
らな。というか、ラグナ自体女神の名の下に存在するから、多分その辺が関係しているんじゃないか?
まあ、一種の象徴だろうが。」
ガッシュの問いかけにゼオンが答える。そしてまた湧き起こる疑問。
「女神?」
「“創成の女神”・・・この世界の伝説だ。昼も夜もなかった頃、太陽から女神が降臨し、月を生み出
した。やがて女神を中心に太陽と月が回り始め、昼と夜が世界にやってくるようになった。そういう作
り話があるんだよ。だからこの文面にある“太陽の娘、月の母”というのはその女神のことを指すと考
えられる。分かったか?」
「う、うぬぅ・・・。」
「気になるなら後で昔話の本でも読め。女神の伝説はいろいろあるからな。まあ、一説によればこの創
成の女神のモデルになった魔物がいるらしいが・・・俺は信憑性が薄いと思っている。大体、俺達の術
系統を考えてみろ?雷を使う奴は雷が基本だし、重力を使う奴は重力、氷を使う奴は氷。他にも特殊能
力があったりもするがな。だが、創成の女神の伝説では女神はありとあらゆるものを生み出し、変化さ
せ、そして消すことができるとされている。これは全系統の術が使えるとも捉えられることだ。そんな
魔物が存在するはずがない。」
「でも、そのような者がいたら凄いのだ。」
「だから伝説の女神なんだよ。信仰の対象。万能の象徴。想像・夢の産物だ。子供が信じて憧れる分に
は丁度いいがな。」
「わたしもゼオンもまだ子供ではないか。」
「・・・。」
キラキラと眼を輝かせ始めたガッシュにゼオンが呆れたように言う。けれどもすぐに切り返ってきた言
葉に絶句する羽目になった。確かにガッシュもゼオンもまだ年齢的には子供だったから。
「ゼオンはその女神殿を信じておらぬのか?」
「・・・昔、女神のように様々な術使えたらいいと思ったことはある。」
顔を覗き込んでくるガッシュから懸命に眼を逸らしつつ、ゼオンはポツリとそう漏らした。例えば人間
の子供が物語に出てくる何でもできる魔法使いに憧れるように、ゼオンもまた幼心に思ったのだ。女神
のようにいろいろなことができたらいいと。
「そうなのだな・・・女神殿のようにわたしが何でもできたなら、ウォンレイの身体を治して、皆が哀
しい、辛い涙を流さぬようにもできて、清麿にまた会うこともできるのかもしれぬな。」
「ガッシュ・・・。」
「・・・大丈夫なのだ。王の特権のこともそうだが、アシュロンが言っておったように、書庫を探せば
ウォンレイの身体を治すような凄い方法が見つかるかもしれぬしな!」
例えばファウードの回復液のもっと強力な物とかがあるかもしれない。健気に明るく振舞うガッシュに
ゼオンは何か苦いものを覚えた。
「無理しやがって・・・。」
「うぬ?何か言ったか、ゼオン。」
ほとんど言葉になっていない口の中での呟きだったが、すぐ横にいたせいで多少ガッシュにも聞こえた
らしい。
「別に・・・貴様に女神の祝福があるよう祈ってやっただけだ。」
「女神の祝福?」
ゼオンが顔をしかめて答える。実際は誤魔化したかっただけだが、思ったよりも上手く出てこなかった
代わりの言い訳に彼は内心舌打ちしたくなった。けれどもガッシュがじっと見つめてくるので、仕方な
く話を続ける。
「き、決まり文句みたいなものだ。さっき言った創成の女神は祝福を与えた奴の願いを何でも一つだけ
叶えてくれるんだとさ。だからだ。」
そう言ってゼオンはまたそっぽを向いてしまう。つまりは慣用句で、“良い事がありますように”とい
ったような意味で『女神の祝福』は唱えられるのだ。けれどもゼオンは使う言葉としてはあまり似合わ
ないわけで、それ故に彼は失敗したと思ったのである。
「それより余計な話はこれまでだ。時間が足りなくなるぞ。」
「う、うぬぅ・・・続きを頼むのだ。」
最終的には強制的にゼオンが話を切り上げ、素直かつ単純なガッシュがそれに流されるということで一
先ず彼らの問答は終了した。引き続き兄弟読み聞かせの図が展開される。それはきっと『嘆きの書』が
読み終わるまで続くだろう。
『嘆きの書』はオージリスが神話の終わりの時代、創成の女神が世界から去っていくことを嘆き、ま
た神の失われし後の世を嘆いたものだった。神話を絡めた詩、魔界に住む者の荒れた心に対する悲哀、
それは懐古主義のようにも見える。心優しき者、弱き者の多くが救われず、悲しみ苦しみ涙する。そん
な時代がやってくることを予見者であるオージリスは分かっていたのかもしれない。
「偉大なる愚者・・・創成の女神・・・。」
ゼオンに『嘆きの書』を読んでもらった後、ガッシュは一先ず彼と別れた。そしてフラフラと書庫をま
るで彷徨うかのように歩く。ぼんやりとした顔をしつつも先程までゼオンに聞かされていた話を考えて
いた。難解な書物だったので許容量オーバーだったのかもしれない。
「・・・女神殿は何故世界からいなくなってしまったのだ?」
ポツリと漏らされたガッシュの疑問は、答える者なく沈黙へと溶け消えた。
『・・・猶予は一ヶ月だ。』
物思いに耽っているかのようにぼんやりしていたガッシュだったが、唐突にある言葉が思い出される。
それは魔界に還ってきてすぐ、謁見の間で現在の魔界の王から伝えられた言葉。彼の話によれば新しく
王になった者は魔界に還ってから一ヶ月以内にある場所へ行き、己の魔本をそこに納めなければならな
いのだという。そして王の特権の発動もその時に行われるそうだ。つまり魔本を所定の場所に納めた時
ガッシュは名実ともに魔界の王となるのである。
「あと、一ヶ月・・・。」
この期間は政権移行に関する調整の為の期間であると同時に王になる者の心の準備に対する猶予でもあ
る。大抵は家族や友人に報告したり何なりで半月程消費するらしいが、別に魔界へ帰ったその日魔本を
納めに行くことを禁じられている訳でもない。ガッシュはまだいつ魔本を納めに行くのかを決めかねて
いた。アースのことは早く元に戻してやりたい。けれどもウォンレイのことも助けたい。けれども書庫
を調べるのには時間が掛かりそうであり、調べ終えても望んだ内容であるとは限らないジレンマ。ガッ
シュは無意識の内に己の拳を握り締める。
(清麿・・・わたしはどうすればいいのだ?)
胸の中でガッシュは清麿に問いかける。そして思い返すウォンレイの顔、リィエンの顔、アースの顔、
エリーの顔。彼らの笑顔、そして涙。皆を助けたいと思うのはいけないことなのだろうか。無理なこと
なのだろうか。
(いや、そうではない・・・。)
かつてファウードの事件があった時、アリシエとリーヤに問われたではないか。世界か友かどちらを選
ぶか。だが、ガッシュが選んだのはリィエンの命を助け、ファウードを魔界に還すという道。そしてそ
れをやり遂げた。皆の協力があってのことだったけれど。それでも果たしたのだ。
「わたしは・・・諦めぬ。」
(ウォンレイもアースも助ける方法を見つけ出すのだ・・・!)
そう決意したガッシュの瞳に強い意志の光りが宿る。そこには先程のぼんやりとした様子はもうどこに
もなかった。
――――――――――こうして新王就任へのカウントダウンは始まったのである。
To Be Continued・・・
<後書き>
前回、王とガッシュの対面を全カットしたのはあの二人の遣り取りを上手く描写できる自信がなかっ
たからです。王のキャラが分からなくてエピソードが全然膨らんでいかなかったんですよ。これからも
きっと回想シーンとか以外に出番はないかと思われます。そして個人的には饒舌に動いてくれるゼオン
にびっくり。ティオとかも動かしやすいんですが、奴が出張る出張る(笑) このまま出ずっぱりはど
うなんだろう・・・と考える今日この頃です。
そしてようやく女神の伝説が一つ明らかになりました。それと同時にどうでもいい伏線というか裏設
定もまた増えたりしましたが(爆) 深読みしてもらっても構いませんが、外しても責任は持ちません
よ?個人的に、次かその次辺りの話でガッシュと女神の対面をやりたいんですが・・・どうでしょうか
ね〜。難しいかも・・・。
2007/06/30 UP