「ガッシュ・・・ごめんね。わたし達、結局役に立てなかった・・・。」
ティオが悲しそうに悔しそうにガッシュに告げる。時は満ち、いよいよガッシュは宣誓の間へ向かう
ことになった。その前に集まった友人達と正式な王になる前の最後の会話を交わす。そんな中でのティ
オの言葉だった。
「そんなことはない、ティオ。他のみなもよくやってくれたのだ。」
最後まで明確な方法が見つからなかったことに、そしてガッシュの心情を思い、彼女は辛い顔をする。
そんなティオにガッシュは首を横に振った。
「みながいなければ、わたしは途中で諦めてしまったかもしれぬ。それどころか、ウォンレイやアース
のために努力することすらできなかったかもしれぬ。レイラやゼオンがきっかけをくれなかったら、わ
たしはどうすることもできない自分を責めるばかりだったかもしれぬのだ。みなにはとても感謝してい
いるのだ。」
「ガッシュ・・・。」
「わたしは最後の最後まで足掻いてみせようと思う。今回が無理だったとしても・・・二人同時に助け
ることが叶わなくとも、わたしは諦めぬ。それにウォンレイは生きているのだ。今でなくとも魔界中を
探してみれば治す方法が見つかるかもしれぬだろう?」
「それは・・・。」
「この一ヶ月できる限り探したが、はっきりしたことは分からなかったのだ。だがあともう一ヶ月、二
ヶ月と調べてみれば善い方法が見つかるかもしれぬ。医者殿は何十年もかかると言っておったのがずっ
と早く治るかもしれぬだろう?」
ガッシュの言葉はティオに言い聞かすと同時に自分へも言い聞かせるもののようだった。
「・・・そうね。分かった、ガッシュ。わたしも諦めない。ウォンレイの身体が治るまで、何度だって
サイフォジオをかけてやるわ。ううん、もっと凄い回復の術を使えるようになって、絶対元のように動
ける身体に治すの。」
「ティオ・・・ありがとうなのだ。」
「・・・あら、お礼なんて要らないわよ。ガッシュもウォンレイも友達なんだから!」
共に命懸けで戦った戦友。裏切られ他の誰も信じられなくなった自分を変えてくれた出会い。何よりも
代えがたい大切な仲間なのだから。ティオは笑顔を浮べる。ガッシュが諦めないなら自分も諦めない。
共に優しい王様を目指すと誓った時のように。友を救うことを諦めないことを誓う。
「それなら私達も諦める訳にはいかないわね。」
「レイラ・・・。」
「書庫の蔵書に関しても、また一から調べ直してみよう。」
「アシュロン・・・。」
「いっそのこと新しい術を開発するのもありじゃねぇか?」
「バリー・・・。」
「そうだな・・・俺の術がウォンレイにも使えたら身体なんてすぐに治るぜ?」
「ダニー・・・。」
口々に皆が告げる言葉にガッシュの目頭が熱くなる。人間界での出会いはこんなに多くの素晴らしい友
を自分に与えてくれた。けれどもパートナーが清麿でなかったらこうはならなかったかもしれない。彼
の判断と行動もまた、ガッシュの人間界での軌跡に大きく関わっているのだ。
「み、みな・・・本当に、本当にありがとうなのだ・・・!」
「・・・んもう、ほらほら、泣かないの。ガッシュはこれから王様になるんだから。本当にいつまで経
っても泣き虫ね。」
涙を落とし始めたガッシュにやはり同じく泣きながらすぐ側にいたティオが背中をさする。
「相変わらず涙腺が弱いのね。」
「チッ、男がメソメソ泣くんじゃねぇ・・・。」
「感動屋なのよ。」
「他者の為に泣けるのは懐が深い証拠だ。」
皆に見守られて、ガッシュはしばし泣き続けた・・・。
「おい、そろそろ時間だぞ。」
やがて部屋にゼオンが姿を見せる。一ヶ月前、謁見の間にガッシュを案内した時のように今回も彼が
宣誓の間へ導く役を請け負っていた。タイムリミットは迫っている。
「う、うぬ・・・今、行くのだ。ティオ、みなも、ありがとうなのだ。」
「ええ、行ってらっしゃい。」
「今度会う時は本当に王様なんだね。」
「メルメルメ〜。」
人間界で特に付き合いが長かったティオ、キャンチョメ、ウマゴン(本名シュナイダー)と最後に抱擁
を交わし、ガッシュは部屋を出て行った。そしてまたゼオンと共に歩き始める。
「ゼオン、ついてきてくれてありがとうなのだ。お城は広くてまだ時々迷ってしまうから、とても助か
るのだ。」
「別に・・・どうせこれが王族としての最後の義務だ。」
「うぬ?最後・・・?わたしとゼオンは兄弟なのだから、わたしが王になってもゼオンは王族ではない
のか?」
「・・・そういえばそうだったな。」
キョトンとして言ったガッシュに少し考えてからゼオンがコメントする。王の息子という立場ではなく
なるが王の血縁であることは変わらない。
「これからも家族として一緒に・・・て、何で急に歩くのが速くなるのだ、ゼオン!?」
「貴様の言うことはイチイチ聞いていて恥ずかしいんだ!」
「恥ずかしくないのだ!ゼオンが照れ屋なだけではないのか?」
「喧しい!!」
ズンズンと先に行くゼオンを小走りで追いかけるガッシュ。どうやらこの二人、この一ヶ月で随分と仲
良く(?)なったらしい。仲良きことは美しきかな。家庭崩壊の危機に希望の光が見えてきたようにも
思える。この勢いだと兄弟ドツキ漫才が見れる日も近いかもしれないだろうか。どっちがボケでどっち
がツッコミかは推して知るべし。
「ゼオン〜、待つのだ〜。何だか、どんどん足が速くなっておるのだ〜。」
「知るか。これが俺の普通だ。」
「だって走っておるではないか・・・!?」
「・・・。」
ドタバタとせっかくの立派な絨毯が台無しになりそうな足音を立てて、彼らの進行速度はいつの間にや
ら全力疾走レベル。一体何をやっているんでしょうな、この兄弟は。
「俺が案内できるのはここまでだ。」
兄弟でジャレあいながら(?)やがて辿り着いた先はまたもや重厚そうな両開きの扉。金属でできて
いるようだが、ガッシュには素材が何かさっぱり分からない。その扉はとても大きく、小さなガッシュ
の身体では見上げると首が痛くなってしまいそうだった。
「おお〜、でっかい扉なのだ・・・。」
「ここから先に行けるのは歴代の王のみとされている。そしてこの先にあるとされているのが宣誓の間
だ。」
「うぬぅ・・・そうなのか。ところで、ゼオン。鍵穴はどこにあるのだ?」
「は?鍵穴?」
ゼオンの説明を聞きつつも扉を隅から隅まで眺めていたガッシュが尋ねる。
「宣誓の間に入るにはこの鍵が必要だと言われたのに、鍵を入れる穴がどこにもないのだ。」
ポケットの中から取り出した金の鍵をゼオンに見せてガッシュが言う。
「・・・恐らくそれは宣誓の間そのものの鍵だな。だからこの扉はその鍵を使わなくても開くというこ
となのだろう。王ならば。」
「うぬぅ・・・ではどうすればいいのだ?」
「どうするって・・・とりあえず押してみるとかでいいんじゃないか?王以外の奴は何をやっても開か
ないと伝えられているが・・・な。」
「うぬ!では、やってみるのだ。」
実はゼオンも子供の頃、本当に開くかどうか試したことがあるが、扉はビクともしなかった。それはゼ
オンがまだ幼く力不足であった為か、王以外を拒絶する術が扉に込められていた為かは定かではないけ
れど。それでもゼオンはガッシュなら難なく開けられてしまうような気がした。力ではなくその心によ
って。
「・・・うぬ?」
一方ガッシュは扉に触れ、さあ今から力を込めようと思った矢先に扉がゆっくりと動き始めてしまった
ことにキョトンとした。自分は何もしていないというのに勝手に扉が開き始めたのである。
「何なのだ、一体・・・。」
ふと視線を扉を両手で押す為に下に置いた魔本に移せば、本が淡く輝きを放っている。どうやらこの本
が扉の鍵代わりだったようだ。恐らく王になった者が扉に触れるだけで効力を発揮するのだろう。やは
り魔界の物は何かと奥が深いようである。
「うぬぅ・・・開いたのだゼオン。」
「見れば分かる。」
ガッシュのコメントにゼオンは律儀に言葉を返した。愛想に欠片も見受けられない言葉であるが、結構
付き合いはいい方らしい。
「しかも先が見えぬのだ。」
「そうだな・・・。」
「一体どこまで続いておるのかの〜?」
開いた扉の向こうは何故か果てしない廊下が続いていた。無限回廊とでも名付けるに相応しい、そんな
光景が目の前に広がっている。城の構造からするとここまで長い廊下はないはずなのだが・・・。ゼオ
ンは王城の構造とこの扉がある位置を頭に思い浮かべ、物理的には矛盾していることに気づく。ただし
ガッシュは感心したかのように先を眺めているだけだったが。
(・・・ここから先は空間が歪められているようだな。)
ゼオンは胸の内でこっそりと呟く。恐らく扉の向こうはこちら側とは違う空間に繋がっているのだろう
と彼は推測した。それが魔界にある別の場所なのかそれとも全くどこでもない閉ざされた空間かどうか
は分からないが。
「行ってこい、ガッシュ。」
「ゼオン・・・。」
眼を見張ってばかりで動こうとしないガッシュにゼオンが声をかける。感情表現が豊かなのはガッシ
ュの長所ではあるが、これから王となろうとある者がこの程度のことで
「・・・行け。ここから続いていくのは王としての道だ。」
「・・・ゼオン。最後までありがとうなのだ。わたしは行ってくるのだ!」
右手には魔本を、左手には鍵を。ガッシュはしっかりと握り、扉の向こうに続く、長い長い道へと足を
踏み入れた。これから千年間続く、永い永い王としての生を歩んでいく為に。
「新王ガッシュ・ベル。汝に女神の祝福を・・・。」
ガッシュが通ったと同時にゆっくりと閉じ始めた扉。その閉まり行く扉からガッシュの後姿が見えなく
なるまで、ゼオンはその背中を見送った。小さく呟かれた祈りの言葉と共に・・・。
――――――――――そしてこれから始まるのは歴代の王達により繰り返されてきた秘め事。