『ブラシェリで十のお題』サイドストーリー
女神は詠ふ・7





 ガッシュは先の見えない長い廊下を歩いていた。テクテクとひたすらに。歌を歌ってみたり、これま での思い出を頭に浮べてみたり、思いつくままに暇つぶし対策オンパレードをやってみた。けれども未 だに廊下は果てしない。一体どこまで続くのか。流石のガッシュもちょっと不安になってくる。今日は 弁当だって持ってきてはいないのに。

「どこまで歩いたのかの〜・・・。」

何となく後ろを振り返ってみれば、やはり先の見えない廊下が続いている。ゼオンと別れたこの廊下の 入口もすでに見えない。自分がどこにいるのかさっぱり分からなくなってしまいそうな場所だった。こ んな無駄に長い廊下を造る意味がガッシュには理解できなかった。けれども現在は延々と続く長い廊下 を進んでいる最中である。いつまでも振り返って立ち止まってはいられない。下手したら目的地に辿り 着く前に日が暮れてまた昇ってまた暮れて・・・などという展開にもなりかねない。

「少し急がねば・・・て、ぉおおおおお!?」

少し歩くスピードを上げようと思い、再びガッシュが前を向いた途端、目の前に広がった光景に彼は目 を剥いた。驚きのあまり素っ頓狂な声を上げたくらいである。何故なら振り向いた先には先程まであっ た果てしない廊下はどこにもなく、人間界でいう所のヴェルサイユ宮殿なんかにありそうな立派な手す りのついた階段がドドーンと鎮座していたのだから。流石は魔界、一般常識を覆すミラクルワールド振 りである。

「び、びっくりしたのだ・・・。」

胸の辺りを押さえてみれば心臓がバクバクいっているのが分かる。ナオミちゃんとの遭遇とどっちが驚 きか判断に迷う所か。

(・・・やっぱりナオミちゃんなのだ。)

そうですか、ナオミちゃんですか・・・。まあ、アレは一種の恐怖でしょうし。バリーが魔物と勘違い する凶悪さですからね。モチノキ町ってそう考えると変な人多いよなぁ・・・失礼、話がそれました。 それでは改めて物語を進めましょう。

「階段があるということは・・・これを上るのだな。」

 ガッシュの後ろに広がっているのは相変わらず果てしない廊下だったが、前には突然現れた階段しか なくなっている。これは即ち、先に進むには階段を上らなければならないということだろう。ガッシュ は階段へ足をかけるとゆっくり上へ上り始めた。緊張しているのか、それとも違う理由からか、一段一 段足を進め、そして途中の踊り場へと辿り着く。そこから見た限りではさらに階段を上りきった先に、 また廊下が続いているようだった。

(またあの廊下があるのかの〜。)

あの果てしない廊下を歩くと思うと流石にちょっと嫌だなと思ってしまうのは仕方のないことだろう。 それに先が見えないという状態は何となく不安になるものであるし。

「うぬ!?」

そんな時だった。ガッシュは左手に熱を覚えて、咄嗟に手を開き、その中を確認した。 火傷[ヤケド]する程ではないが、ジリジリと伝 わってくる熱。その発生源はどうやら手の上に置かれた金の鍵であるらしい。それは人間界で見た魔本 の輝きのような強烈な光を発していた。

「これは・・・。」

ガッシュがその輝きに目を奪われる中、やがて光は収束し、一つの直線となった。その一条の光はガッ シュの進行方向、階段を上がった先へと繋がっている。恐らくはここから先はこの光こそが道しるべ。 ガッシュは光に導かれるままに残りの階段を駆け上がった。そして廊下の奥。今度は目で確認できる先 に小さく見えた一つの扉。鍵からの光は真っ直ぐにその扉へと続いているようだった。

「あそこが・・・宣誓の間、なのだな。」

彼なりに神妙な顔つきとなって光の先に向かい歩き出す。けして振り返ることはない。だからガッシュ は気づかなかった。彼が上ってきた階段がゆっくりと空気に溶けていくように消えていったことを。そ して彼の後ろにはまた無限回廊のような果てしない廊下が現れていたことを・・・。

「うぬ・・・?」

鍵から発せられた光に導かれるままに辿り着いた扉。銀色と灰色の中間くらいの色に見える扉には魔本 の表紙と同じ模様が刻まれている。そして鍵の光は扉についている鍵穴と結びついているようだった。 きっとこの鍵穴こそが金の鍵により開かれる錠なのだろう。一度しか使えない鍵。これを差し込めば後 戻りすることはできない。いや、元々ガッシュはするつもりもないだろう。この扉こそ運命の扉。名実 共に魔界の王となる最後の関門。

「この鍵を・・・。」

ガッシュは鍵を右手に本を左手に持ち替えた。思い出されるのは人間界で出会い、戦った魔物達、そし て友となり仲間となった魔物とそのパートナー、そして・・・

(清麿・・・。)

ガッシュ自身のパートナーである清麿。

(わたしは・・・優しい王様になる!)

そしてガッシュは金の鍵を銀の鍵穴へと差し込んだ。慎重にそれを回す。カチリとした錠が開く手ごた え。

「あ・・・!」

次の瞬間、手の中の鍵が幻のようにスゥーッと消えていった。さらに直後、ズズーッと音を立てて銀の 扉が横へと移動していく。引き戸タイプの扉が自動的に開いていく中、ガッシュは自分の身体ごと抱き 締めるかのように胸に魔本を抱いていた。

「おおお・・・。」

 完全に扉が開ききると、ガッシュを誘うかのように明るく照らされた空間が目の前に広がっていた。 例えるならば、白い飴色の輝きを持つタイル張りの床。不規則な長さで細長い金属の板を張り合わせた ような壁。しかもドーム状の造りになっているらしく、天井を形成する板の流れはまるで幾何学模様の ようだ。部屋の中央には白い大理石のようなものでできた台。ファウードにあった装置のような直方体 のそれには魔本の大きさと同じ窪みが存在している。

「これは・・・一体・・・・・・。」

そして白い台からは大小様々なコード・・・いやケーブルと呼んだ方がいいかもしれない、そういった 線が伸びていた。その先にあるのは透明な結晶。その内にいるのは人間で言えば二十歳前後であろう女 性。そう、まるで琥珀に閉じ込められた生物の化石のように、水晶を思わせる結晶体の内に女性が一人 眠っていた。

「誰・・・?」

呆然としたまま、それでもガッシュの足はフラフラと部屋の中へと進んでいく。台から繋がっている線 は床を這い、壁を伝い、天井のドーム部分に差し掛かる直前の高さに吊り下げられた結晶体を支えてい るようだった。いや、結晶体そのものが絡んでいるケーブルに持ち上げられていると言うべきか。

「人・・・形・・・?」

どうやって作ったかはガッシュには想像もつかないが、生きている者とも思えない。そして何より彼女 は人あらざる美しさを持っていた。左右対称のパーツが揃った精巧さはまさしく人形。といっても、そ こはガッシュなので美しさ云々ではなく生きているかいないかの方が気になった訳だが。

「何で・・・こんな・・・。」

言葉にならない呟きが無意識の内にガッシュの口から零れ落ちる。ガッシュは結晶から目が離せなかっ た。波打つように広がった黒く長い髪、胸元でクロスさせた両腕、固く閉じられた瞼の下にある瞳の色 は分からない。意識が吸い込まれるような存在感。泣いて縋りたくなるような衝動。祈りを捧げたくな るような神秘性。ガッシュは知らず知らずの内に身を震わせていた。

(一体これは何なのだ・・・!?)

分からない、何もかも。どうして目が離せないのかも、身体が震えているのかも、胸に去来する感情や 衝動も。何もかもが、分からない。ただただ混乱が彼を襲っていた。そう、敢えて言うならば、彼は目 の前にある絶対性の存在に呑まれていたのだ。全ては本能的に・・・。



 どれくらい時間が経っただろうか。唐突に、ガッシュは自分の状態が元に戻っていることに気がつい た。まるで混乱していたのが嘘のように心が落ち着いている。まるで夢でも見ていたかのようだ。けれ ども結晶体の中で眠る女性は変わらずそこにあり、室内を見下ろしているかのようである。いつの間に か入ってきた扉も閉まり、現場は密室になっていた。けれども窓もないはずなのに息苦しさを感じるこ ともなく、山のように爽やかな空気が広がっていた。

「うぬぅ・・・。」

いろいろ不思議に思うことは多々あれど、基本的に喉元過ぎれば熱さ忘れるタイプであるガッシュは、 気を取り直してこの部屋にやってきた本来の目的を実行に移すことにした。即ち、それは魔本を台に収 めるということ。そうするとどんなことが起こるかは分からない。新しく本に文字でも浮かぶのか、謎 のスイッチが出現するのか、一体どうなるのか予想もつかなかった。

「と、届かないのだ・・・。」

しかも何ということか、ガッシュの身長が低くて台の穴に上手く魔本をはめることができない状態だっ たりする。魔物の子を集めて王を決めるのなら、当然背の小さい子供が王になった場合の考慮をするべ きではないだろうかというツッコミが入りそうなサービス不徹底振り。ピョンピョンとその場で飛び跳 ねる様が哀れを誘う。とりあえず王としての威厳はない。そしてガッシュは飛び跳ねるのに夢中で全く 気づいていなかった。台の下の方に小さなスイッチがあることに。ついでに言えばこのスイッチを押す とタイルの一部が上昇して、丁度踏み台代わりになる仕掛けになっていることに・・・。

「つ、疲れたのだ・・・。」

 ゼエゼエと呼吸を荒げて、ガッシュはグッタリを膝を突いた。何とか台の上に本を乗せることができ たのだが、入れるべき場所に本はまだはまってくれていない。激しく前途多難だ。そして例のスイッチ にも未だ気づいていない。この猪突猛進なまでの一所懸命さもある意味ガッシュらしいと言えばそうな のかもしれない。事情が分かっている第三者から見ればかなり間抜けな光景ではあるが。

「うぬ・・・?」

ふと上の結晶を見上げると、内の女性の様子が変わっているように見えた。見る角度が変わったからだ ろうか。思わず目を擦って、もう一度確認してしまう。

(さっき・・・中の者の目が少し開いていたような・・・。)

うっすらと女性の瞼が上に上がっていたような気がしたのだが、見直してみると違うような気もする。 やはり勘違いだったのだろうかとガッシュは首を傾げた。

「それよりこっちを何とかせねばならぬのだ・・・!」

改めて台の上を見据え、勢いをつけてジャンプする。そして本の端をトンと押し、ようやく経込み部分 にはまったという感触を得ることができた。

「や、やったのだ!」

反射的に歓声を上げるガッシュ。そしてカチカチウィーンとパソコンが起動しているような音がして、 設置された本が淡く光を放ち始めた。それと同時にケーブルから光が流れていく。まるで本から発せら れるエネルギーを繋がった先へと送り込むかのように。

「うぬ?な、何なのだ・・・!?」

強くなる光、そして音。透明なチューブのようになっているコードからは光が流れていくのがよく分か る。そしてその光が流れ込んだのか女性の埋め込まれた結晶体もまた光を発し始めた。

「ぬおお!?」

眩しく光を放つ本と結晶体に思わず目を細くするガッシュだったが、驚きのあまりに声を上げることは 止められなかった。彼の表情からは驚愕がありありと窺える。何故なら、彼の目の前で結晶体の内にい る女性がゆっくりと目を開き始めたからだ。一体どういう原理なのかとか、結晶の中身か固体じゃなか ったのかとか、本当に生きてたのかとか、それ以前に何者なんだとか、何でこの部屋に置かれていたの かとか、清麿だったらいろいろ考えそうなことも、ガッシュの頭に中は真っ白になってしまい浮かんで こない。ただ唖然とするのみだ。

「なななななななな・・・!?」

輝きが増す。人形に魂が吹き込まれたかのように彼女が目覚める。バリンと音を立てて結晶が砕けた。 パラパラと散っていく欠片達が宝石のように輝いている。それを見て場違いにもガッシュは綺麗だと思 った。

「羽・・・?」

以前人間界で見た本にある天使のような白い翼を広げ、足元まで隠れる長いスカートのドレスの女性は 儚げな面差しで微笑んだ。心持ち伏せられた睫毛の間から見える瞳は金色と銀色。烏の濡れ羽色の黒く しっとりした髪は腰より長く、動くたびにシャラリシャラリと音がしそうな質感を持っていた。

「お、おぬしは・・・。」
「初めまして、新しき王。」

 ベルベットに包み込まれているような柔らかな、それでいて凛とした印象を持つ声音。先程の微笑み といい、並の者なら魅入られて全てを放棄してしまいそうな、盲目的に何もかもを信じたくなるような 気分にさせるもの。

「我は力を行使する為の端末。契約に基づき、千年に一度王たる者の願いを叶える役目を担う者。さあ 王よ、貴方の望みを詠いましょう。」

女性は翼を羽ばたかせ、ポカンとした表情の浮べたままのガッシュの前へと降り立ちます。その間に女 性が少し前までいた結晶が時間を巻き戻したかのようにみるみる元に戻っていったりしているのだが、 生憎ガッシュも女性もそんな光景は目に入ってはいないので驚くこともない。

「・・・王?」

とはいえ、声をかけたのに何のリアクションも返ってこないばかりか、むしろ腰を抜かして固まってし まっているガッシュを流石に不思議に思ったのか、女性は少し首を傾げて問いかけた。彼女は知る由も ない。ガッシュの思考が今、知恵熱を起こしそうな勢いでグルグル回ってしまっているということを。 そして、混乱に混乱を重ねた頭脳がとんでもない答えを弾き出そうとしていたことも。

「お、おぬし・・・だ、大丈夫なのか!?」
「・・・はい?」

いきなり立ち上がってそう言い放ったガッシュに女性はパチクリと目を [しばたた<]かせる。

「あんな石の中に閉じ込められて・・・一体誰がそんな酷いことをしたのだ!」

女性に近寄り心配そうに見上げるガッシュ。その意外な反応に謎の女性もつい固まってしまった。

「・・・変わった、子。」

あれやこれやと大丈夫かどこか痛い所はないかと聞いてくるガッシュにポツリと女性がそう呟いた。け れどもガッシュの耳には入っておらず、それどころか彼の頭からは王の特権発動云々のことも抜け落ち ていた。

「・・・大丈夫よ、優しい子。」

女性は腰を落とし、ガッシュと目線を合わせるかのように近づけてまた微笑んだ。それは慈母を思わせ る穏やかで優しい微笑みで、ガッシュは胸が温かくなるのを感じる。

(まるで・・・母上殿みたいなのだ・・・・・・。)

頭を撫でられながらガッシュはふとそう思った。

「・・・そう、貴方はそういう子なのね。」

ガッシュが気づかない程度に鋭く目を細めて、女性は静かにそう呟いた。そして瞳にあるのは何かを悟 った者が浮べる色。

「少しお話をしましょう、小さな子。貴方の願いを聞き届ける為にも。」
「ぉおお!?」

女性の宣言と同時にガッシュの身体がフワリと浮き上がる。不安定にグラグラする状況で、いきなり無 重力状態に陥ったかのようだった。慌ててジタバタするガッシュ。

「少し、お待ちなさい。すぐに済みます。」

女性は翼を羽ばたかせ、結晶体へと近づいていった。今は内に何もない、柱のような結晶。それに彼女 はそっと手で触れた。

「我、今ここに万物の力を行使せん。来たれ、幻夢。安らぎを与えんが為に。」

そして結晶から全てを覆いつくさんばかりの強烈な光が放たれた。それはガッシュの視界を灼き、全て を白に変える。咄嗟に目を押さえて声をならない声を上げる中で、ガッシュは意識が遠ざかっていくの を覚えた。



――――――――――そして、今、世界は女神を迎え入れる・・・。





To Be Continued・・・




<後書き>
 今回いきなり宣誓の間を開けるシーンから始めても良かったのですが、結局前振りもしっかり入れて しまいましたね(苦笑) そして満を持して登場の女神様な訳ですが、やっぱり書き手の力不足のせい で荘厳さ等が今一つな描写になってしまいました。水無月の頭の中ではちゃんとイメージがあるんです けど、どれだけ伝わったかは正直不安でいっぱいです。本当に女神モードの彼女は物凄く立派で神秘的 なんですよ?
 あと、これまでが重さ爆発シリアス路線だったので、この話ではちょこちょこコミカルな要素も混ぜ てみました。これから希望のある明るい未来に向けてのエピソードにしていきたいという願いを込めて 少しでもノリを明るくしてみようという試みだったのですが・・・正直微妙(爆)


2007/08/05 UP