『ブラシェリで十のお題』サイドストーリー
女神は詠ふ・9
「女神殿は本当に凄いの〜。」
ガッシュはテクテクと仮想空間の中のモチノキ町を散歩していた。女神曰く、ガッシュの望みを叶え
るには装置の設定をいくつか変更しなければならないらしく、それが終わるまでにしばらく時間がかか
るのだそうだ。ガッシュが王の特権として、即ち女神への願い事として望むのは、平たく言えば、今回
の魔界の王を決める戦いで傷つき、失われたものを元に戻すこと。この願いならアースを蘇らせること
もウォンレイの身体を元に戻すことも、そして犠牲となった人間を救うことも可能ではないかとガッシ
ュは考えた。けれども元に戻すことは何もなかったことにするのとは違うとも考える。そういう形にし
てしまうのは違うと感じた。だからそれもガッシュはきちんと女神に伝えたのだ。
「うん、その方がいいね。“なかったこと”にするのは律を書き換えるのにリスクが高すぎるもの。し
かも魔界と人間界の両方が範囲だものね。絶対に“歪み”を起こすよ。」
一回り小さくなった体で女神は肩を竦める。そう、彼女の現在は年齢が人間で言うと十四、五歳の少女
の姿になっていた。ガッシュがしばしば出る彼女の堅苦しい態度がどうにも耐え難く、もっと、例えば
友人同士のような話し方をしたいと言ってみたのだ。女神が何たるかを知る大人にはとてもできない恐
れ多い発言である。彼女は少し困惑した表情を浮べたものの、ガッシュに何度も念を押して、そして姿
を変化させた。彼女の話によれば、形態変化により性格が変化するらしい。本質的な部分は一緒だが、
この姿は全体的に明るく、友好的なタイプになるそうだ。
「前の姿は母上殿のようだが、今の姿は姉上殿のようなのだ・・・。」
変化した女神に驚いていろいろ質問してしまったガッシュであるが、話をした分親しみやすさがアップ
した。新しい友達ができたようで何だか嬉しい。目下の心配事も解消されたことで、すっかり能天気さ
が戻ってきたガッシュである。
「いつかわたしも女神殿のように羽で飛んでみたいのだ。」
初めて見た彼女の翼は白くて天使のようだったが、別に羽の色は自由に変えられるらしい。そもそも翼
がなくとも宙に浮くことができるとか。全ては気分だと彼女は語った。姿を変える前、女神は本当に別
人同然だと念を押したが本当にそのようである。ガッシュとしては知り合いが一度に二人できたようで
楽しかったりするのだが。
「そして清麿と一緒に空を飛ぶのだ〜♪」
そんな夢をみるガッシュであった。彼はパートナーのことが大好きである。今目の前に広がっているの
がモチノキ町の光景の為か、ガッシュの気持ちも過熱気味だ。
「おお、そうだ!もちろんバルカンも一緒に飛ぶのだぞ?」
ガッシュの手の中にあるのは、お菓子の箱と割り箸で出来た“はいぱぁぼでぃ”を持つ、素敵な友達バ
ルカンである。清麿の勉強机の上に鎮座していた彼を持ってきたのだ。そうしてガッシュは女神の準備
が整うまで仮想空間モチノキ町をバルカンと一緒に散歩しているのである。
「それにしても静かだの〜、バルカン。誰も歩いておらぬのだ・・・。」
そう、建造物といった町並みは確かにガッシュの記憶にあるものと同じモチノキ町だったのだが、そ
こには人が誰もいなかったのである。清麿の部屋から出た後、一応探してみたのだが、家には清麿もそ
の母である華もいなかった。学校にも鈴芽達はいない。ついでに言えば公園にナオミちゃんもいなかっ
た。というか、清麿がいなくてナオミちゃんだけがいるモチノキ町なんて夢でも嫌だろう。ガッシュに
とっては悪夢以外の何物でもない。号泣必至だ。
「本当に、誰も、おらぬのだな・・・。」
ガッシュはバルカンに話しかける。その顔は寂しそうだった。初めはあちこち見て回るのが楽しかった
のだ。まるで自分がモチノキ町に帰ってきたような気がして。けれども誰もいない、命の気配がない町
はこんなにも空虚で寂しい。
「寂しいのだ・・・。」
ここはガッシュの帰りたい場所ではない。どんなに同じ建物があっても、どんなに同じ道があっても、
清麿も華も鈴芽もナオミちゃんもいないそこは、やはり彼にとって“モチノキ町”ではないのだ。この
町はガッシュにとって似て非なるモノでしかない。
(もう、帰るのだ・・・!)
ガッシュは清麿の家に戻ろうと駆け出した。そこに戻って彼女に告げよう。もうこんな“夢”は要らな
いと。この町で独り時間を過ごすのは今のガッシュにとって寂しすぎた。お帰りなさいと言ってくれる
誰かがいるから、そこは帰りたい場所になる。ただいまを言える誰かがいない場所はきっと帰りたい場
所にはならない。だからこの町は違うのだ。
「バルカン!近道をするのだ!!」
人が誰もいないということは道路に自動車も走っていない訳で、ガッシュは道路を突っ切ることを選択
した。良い子も悪い子も真似しないように。道路は横断歩道か歩道橋、できれば信号がある場所をきち
んと通って渡りましょう。例え車通りがなくても危険です。
「うぬぉおおおおおお・・・!」
激しい勢いでひたすら全力疾走するガッシュ。道路を横切り、
他人様の家の敷地を通り抜け、時にフェン
スをよじ登り、勢い余って塀に顔をぶつけ、それでもガッシュは走り続けた。そしてようやく見えてき
た清麿の家。少しだけガッシュの表情が緩む。
「女神殿・・・女神ど・・・ふぐぉ!?」
ビタンと景気のいい音をさせて、ガッシュが玄関先ですっ転んだ。靴を脱いだりするあの段差部分に
足を引っ掛けてしまったらしい。階段の上から転がり落ちるよりはマシかもしれないが、フローリング
の板だってそれなりに痛い。顔面強打で、目から火花が出そうだ。一瞬、意識も遠ざかったような気が
する。
(い、痛いのだ・・・。)
戦闘のダメージとはまた質の違ったジンジンとした痛み。後を引くのはそれだけ勢いよく転んだ為だろ
うか。それでもヨロヨロとガッシュは立ち上がった。出血はないが、ぶつけた場所が赤くなっている。
かなり派手にコケた割には被害は少ない方か。
「女神、殿、は・・・。」
気は急くもののまた転ぶのも嫌なので、今度は注意して階段を上り始める。
(そういえば清麿にも危ないから走るなと怒られたことがあったのぅ・・・。)
ここで怒った顔でも本当の清麿が現れてくれればどんなに嬉しいだろうかとガッシュは思う。でも現実
にはそれはありえないこと。
「女神殿・・・もう・・・・・・?」
清麿の部屋にガッシュは戻ってくる。けれどもドアを開けた先に目当ての人物はいない。
「・・・いないのだ。」
ここに戻ってくれば会えると思ったのに、彼女の姿は部屋のどこにもない。
「女神殿?女神殿!一体どこにおるのだ!?」
窓の外、机と椅子の間、ベッドの下。あちこち覗いてみたものの、彼女はいない。彼女がいなければ、
どうやってこの仮想空間から出られるかも分からないのに、一体どうすればいいのだろうか。ガッシュ
は困った。
「女神殿〜・・・。」
仕方なく他の部屋を探そうとドアに手をかける。独りになるとガッシュはどうしても思い出してしまう
のだ。まだ人間界に来たばかりの頃。そしてゼオンに記憶を奪われてしまった時のことを。誰もいない
し、誰も分からない、そんな孤独感。清麿に出会い、友達が増え、魔界に還ってからも皆に囲まれて、
いつの間にか忘れかけていたその感覚を、この誰もいない空間は思い出させた。
「バルカン・・・女神殿・・・ここは寂しい・・・寂しいのだ・・・。」
けれどもその呟きに応えてくれる者は誰も・・・
「可愛い王様・・・?」
「!?」
いないはずだったのに、突然後ろで気配が生まれた。ガッシュは慌てて声がした方へと振り返る。
「め、女神殿・・・!!」
「あー、ごめんなさい。待たせちゃった?」
そこには申し訳なさそうにした、でも口元は笑っている少女がいた。
「め、女神殿・・・。」
「一応準備できたよ。あとは発動させるだけ。」
「うぬ!?では、いよいよ・・・。」
「行きましょう、新王ガッシュ・ベル。」
女神がガッシュへと手を差し伸べる。そしてガッシュは迷わずその手を取った。その瞬間、眩いばかり
の光が生まれる。思わず目を瞑ったガッシュが再び目を開けると、そこは宣誓の間であるドーム天井の
部屋に戻っていた。
ガッシュは己の魔本がすでにセットされた白い台を見下ろしていた。短くも長い間、パートナーであ
った清麿の手にあり、そしてガッシュの手にあった、彼らの運命を左右した魔本。これが見納めだと思
うと、様々な思い出が胸を去来し、まさに万感の思いである。そう、この本は王としての本来の特権、
創成の女神に願いを叶えてもらうと同時に消滅するのだ。因みに結晶体と装置と連動して共鳴作用が起
こり、王となる魔物の心を読み取って・・・云々という仕組みに関しては、ガッシュの理解力では右耳
から左耳へと抜けただけに終わった。説明の意味がない。とりあえず願いが叶うと本がなくなるという
ことだけは理解したが。
「可愛い王様〜、気分はいかが?」
「う、うぬぅ・・・緊張するのだ。」
確かに本にはいくつも思い出がある。だが、アースやウォンレイを五体満足の身体に治す為ならば惜し
いと思うほどではない。創成の女神の分身とも言うべき少女はガッシュに声をかける傍ら、装置から引
き出した端末のパネルを叩いている。恐らくは最終確認及び微調整の作業をしているのだろう。
「大丈夫だよ〜、可愛い王様はそこに手を置いて決められたセリフを言うだけなんだし。」
「うぬぅ・・・。」
「それに今度はちゃんと手が届くでしょ?」
「め、女神殿!それは・・・。」
彼女の言葉に赤くなるガッシュ。そう、この部屋に入ったばかりの頃、白い台の上に手が届かず悪戦苦
闘していたことを彼女は指摘したのだ。仮想空間から戻ってきた後、しっかり台の下・・・ちゃんとガ
ッシュの手の届く範囲に踏み台を呼び出すスイッチがあることを教えられ、何だか恥ずかしい思いをし
たものである。そして今はその踏み台のおかげで丁度良い高さになっていた。
「あ、でもちょっとピリピリするかも・・・。」
「ピリピリ?」
「ほら、この装置って元々有効範囲が魔界だけだったでしょう。これに人間界も入るとなると発動した
時のエネルギー量が半端じゃないの。流石にオーバーヒートまではしないと思うけど、ちょっと反動が
伝わってきちゃうかもしれない。」
「うぬぅ・・・。」
「一応その場合はアフターサービスで治療してあげるから。」
「が、頑張るのだ・・・。」
実際彼女がこうして調整しているのはシステム変更以外に、装置が壊れないように、そして発動後に発
生する“歪み”を最小限に抑える為なのだ。本当に詳細なアレコレや裏事情は話してもガッシュには分
からないだろうし、下手したら心配させるだけなので黙っていることも多い。けれども知らなくてもい
い過去だってあるだろう。今は未来だけを見つめていて欲しい。特に新しい王であるガッシュには。そ
んな思惑も彼女の中にはあったのだ。
「いろいろな子を見てきたけど・・・今回の子達は期待できそうかな?」
ガッシュに気づかれないくらいの小声で女神は言い、うっすらと微笑む。創成の女神は万能の象徴と
されているが、彼女は女神であって女神ではない。創成の女神としての記憶と人格を持ち合わせている
し、同一人物と捉えられる考え方もできるが、彼女自身は全く同じだとは思っていなかった。己もまた
この装置の核である結晶体と同様女神が残した遺物。世界を見守り、女神の仕事を継ぐ為に生み出され
た者。女神として全てを兼ね備えていた頃のように万能というわけではないのだ。
(でも、それはあの子達は知らなくてもいいこと・・・。)
それに他の者と比較すればやはり己の力は限りなく万能に近いのだ。ただ、万物の力を振るう為の肉体
が本来創成の女神と呼ばれた者と比べて劣っているだけであって。だからこそ、大きな力を振るうのに
別の媒体を必要としたり、力を回復させる為に千年もの間眠ったりもしたのだ。
(まあ、歪みとか世界とか他の誰かとか全て無視して自分の為だけにやってれば、いろいろと不自由も
なかったかもしれないけど・・・ある意味では女神の存在意義だし・・・・・・。)
創成の女神の本来の役目は、世界の維持。それは彼女の存在として本能の如く刻まれたものだった。神
話の時代の終わり。誰にも伝えられていない真実。女神の記憶と力を継いだ彼女だけが知っていること
だ。創成の女神は誕生してからずっと世界を維持する為に律を動かし“歪み”消して、世界とそこに生
まれた命を見守ってきた。
『どこに去られるというのですか、女神よ!貴女はこの世界をお見捨てになるのですか!?』
女神は消えた。役目を果たして、世界を維持していく為に。己が使命に殉じたのだ。けれども女神がい
なくなることは、この先世界を支える者がいなくなるということ。“歪み”を消す者がいなくなるとい
うこと。何より導き救いを与える象徴がなくなるということ。多くの者がそれを嘆いた。
『いかないでください・・・イセリティス様!貴女以外の誰がこの世界を導くというのです!?』
『導くのは我ではなく王であろう。ずっと前からそうではないか、オージリス。』
『で、ですが・・・!』
女神は世界を見守りながら、存在する命達を愛していた。だからこそ、時折力を貸した。場合によって
は表立ち、または影に徹して。そうして生まれたいくつもの伝説。長い年月を経て、変化したり新しく
付け加えられたりしてはいたものの、今の彼女にとっては遠い日の出来事だ。
『我は我の代わりに律に触れ、世界を維持する者を残しましょう。』
『ああ、女神よ・・・それは・・・・・・。』
『その為にできることはもうしてきました・・・。』
『はい・・・。』
『万物の力の結晶は我の分身以外の者が正しく引き出すことはできぬ。監視せよ、オージリスよ。そし
て我が分身と共に世界を見守るがいい。』
遠い日に女神が詠ったそれは、彼女の記憶にも残っている。女神の言葉をオージリスがどのように受け
止めたは彼女には分からない。けれども彼は確かに女神の力が関わるモノをできる限り監査し続けてく
れたのだろう。そして彼女は今、ここにいる。
「よし!これで準備完了・・・の、はず!」
「うぬ!」
彼女が手を上げて合図をする。ガッシュはそれを見てしっかりと頷いた。これから目の前の子供は名
実共に王となるのだ。王の特権という名の女神の祝福を授けられ、彼の望みは叶うだろう。それは一つ
だけであるけれど。それが契約であるのだから仕方のないことなのだけれど。
(久し振りに自分から関り合いを持ちたくなっちゃうくらい、興味深いのよね。)
女神であった期間も含めて永い間存在しているが、今の時代はイレギュラーなものが多くて、王を決め
る戦いもまたそうであったことを、彼女はガッシュの中の時間記憶律を読み取って知った。そして世界
が変革期に来ていることを感じる。
(見極めてどう動くか決めるのも・・・女神から受け継いだあたしの持つ律なんでしょうね。)
そして彼女は己の意識を切り替えて、女神の力の端末としての役目を果たすべく移行させていった。ガ
ッシュの手が白い台にはめ込まれた魔本の表紙へと触れる。
「わたし、ガッシュ・ベルは、魔界の新しき王として宣誓す。わたしの願いは・・・。」
彼ははっきりと告げた。己の願いを。魔界に優しい王様が立つことを宣誓し、その権威は奇跡となって
魔界に、人間界に、広がり、示されることになるだろう。そして本と結晶から放たれた光は部屋を真っ
白に覆いつくした。
――――――――――そして女神の祝福の名の下に、魔界に優しい王様が君臨するのだ。
To Be Continued・・・
<後書き>
サックリと女神様を派遣官殿タイプへと変化させてしまいました。ああ、これでガッシュとの会話が
やっと楽に・・・超越者って、設定としては面白いんですけど、表現をするのが難しいです。やっぱり
書く本人が凡人だから・・・。
ともあれ、これで結構伏線暴露という趣旨は果たせたのではないかと思われます。ガッシュと女神の
出会いまでエピソードが思ったより長くなってしまったものですが、書いた本人としてはとりあえず書
けてすっきりしたという気分だったりします(笑) 表現力に課題を抜かせばの話ですけど。後は願い
を叶えてもらった後みんなの様子ですかね。ウォンレイとかアースとかの様子もちょっと書いてみるつ
もりです。
2007/09/01 UP