『ブラシェリで十のお題』サイドストーリー
女神は詠ふ・13
迸る金色の電撃、唸る黒い重力。近所迷惑・自然破壊などという言葉は異次元レベルで遥か彼方の力
と力のぶつかり合い。実際にテラスから見える庭や森は可哀相なことになっていた。森の生きる生物の
皆さんに対して謝れと誰かが叫んでもおかしくないくらいに。幸い館にはまだ被害がないようだが、窓
から見える力の波動とも言うべき輝きはその威力を物語っているようだった。そしてまた一つ雷光が上
がる。
「今のはテオザケルかなー。」
「ブラゴ!?」
イセーは平然と術の分析をしているが、シェリーの方はそうではない。やはり何だかんだ言ってもパー
トナーであったブラゴが気になるのか、ガッシュよりも彼の方を心配しているようだった。改めてテラ
スへとやってきてみれば、未だにブラゴとガッシュは対峙していた。流石にガッシュも術なしでブラゴ
の攻撃をかわし続けるのは難しいらしく、防御ついでに反撃もしていた。
「良かった・・・ブラゴ・・・・・・。」
「二人とも強いねー。朝から元気だなー。」
「そんなのん気な・・・。」
初めはレイスやザケルといった威力の低い術を使用しているようだったが、いつ殲滅クラスの術が出て
くるかは分からない。元々ガッシュもブラゴも潜在能力は高いのだ。互いの大技がぶつかったら危険す
ぎる。
「シェリーさんはあとどれくらいで終わると思います?」
「貴女、何を・・・。」
すっかり観戦モードに入っているイセーに流石に眉を顰めるシェリー。もう少し彼らの安全を気にかけ
るような態度が取れないのだろうか。ちょっと薄情ではないかと思ってしまったのだ。いくらイセーが
魔物であっても、彼女が人間に近い形態であったからかもしれない。
「本当に危険なようならあたしだって止めますよ?でもあの子達、丈夫そうだし。たまにはこうやって
闘うのもストレス発散になるのかもしれないでしょ?」
「それは・・・。」
「可愛い王様、最近運動不足だったし、そっちのお兄さんも一緒に修行する相手がいなくて消化不良だ
ったみたいだし?」
「・・・貴女、どこまで知っているの。」
「黒いお兄さんに関しては噂話程度だからご心配なく♪」
底知れぬ深い微笑みを浮かべたイセーにシェリーはコクリと喉を鳴らした。何だかその気になればあり
とあらゆる情報の収集ができるとでも言っているような気がして。それに心を読まれているような気が
して少しだけ怖かった。
「さて、どーしたものですかねー。」
相変わらずガッシュとブラゴの戦闘は続いている。今は術を使わず肉弾戦のような形になっていた。
本来ならば二人とも随分と強くなったものだと感心の一つでもするべきだろうが、始まったきっかけが
きっかけだけに情けない。しかもいつの間にか二人とも戦闘行為に集中しているようにも見える。もし
かしたら彼らにとってこういった行為は柔道やレスリングの試合といったものとあまり大差がないのか
もしれない。
「可愛い王様はねー、戦いは好きじゃないけど、修行とかで身体を動かすのは嫌いじゃないみたいなん
ですよー。」
「・・・ブラゴは戦いが好きだと思うわ。」
「だからクリーンファイトなら、たまにはこんな喧嘩もありかな?・・・て、思うこともあるんですよ
ね。特に今は可愛い王様お城に缶詰だし。」
実際ガッシュは新王として就任するまでもしてからもいろいろあって、忙しい身の上である。現在も皆
に助けられながら、政務や勉強に励んでいた。そのせいか自由に王城から外に出ることもできず、癒し
の時間といえば、友人らとの会話か人間界(正確には清麿)ウォッチングくらいである。
「可愛い王様の友達もね、ガッシュちゃんが大変なのに自分達ばかり楽できないって、こういう言い方
も難だけど、子供らしく遊んだりしなくなってるんですよ。でもこの調子じゃみんな揃って限界がきそ
うで・・・あたしとしてもちょっと、ね?」
「確かに子供の教育上、“遊び”は大切なことだと思うわ。」
「だからまず可愛い王様を遊ばせてあげることで、他の子もお休みを取りやすくなるかと思いまして。
まー、ゼオンちゃんは怒るんだけどね。それでも王様か!?って。」
ゼオンの剣幕を思い出したのかイセーは肩を竦めた。
「あの子、この間可愛い王様が寝坊した時、目覚まし代わりに電撃出したんですよ?」
イセーは苦笑を浮かべているが実際は笑い事ではない。シェリーも困惑した表情を浮かべている。
「そんな訳だからあまり長引くとゼオンちゃんの怒りも買うし、かえって可愛い王様が行動不能になり
かねないんですよね。だから程々に切り上げた方がいいんでしょうけど・・・自然に止まりますかね、
あれは。」
「・・・難しいと思うわ。」
ガッシュとブラゴの争いはまだ続いている。やっていることは派手だが、実質は子供の喧嘩と大差ない
それ。見ている女性陣としては溜息をつきたい。そんな時だった。
「バベルガ・グラビドン!」
「うぬぅ!ラウザルク!!」
ブラゴの放った広範囲型の術が発動する。ガッシュは咄嗟にラウザルクを発動させ、スピードアップ
し、バベルガ・グラビドンの有効範囲から脱出することに成功した。本当に紙一重の僅差であったが。
けれども無事で済まなかった部分がある。彼の放ったそれは僅かに館の一部にまで効果がかかり、外壁
から出っ張った部分にあるそれらはかかる重圧に耐え切れず、削げ落ちるように崩れた。即ち、窓のテ
ラス部分である。そう、当然シェリーとイセーがいたそこも・・・
「きゃあ!?」
「危ない!」
いきなりの負荷に耐え切れず窓から外の部分から折れるように崩壊した。実際に重圧がかかっていたの
は手すり部分なのにテラスが付け根から折れてしまったのだ。相当の威力があったのだろう。その直後
イセーが背中に翼を出現させ、シェリーの腰に抱きつく。宙に投げ出されたせいで術の有効範囲に入り
込みかけていた為、さらに球形のシールドで自分達を包み、術の効果で強制的に加えられた重力を遮断
した。
「お兄さん、ちょっと熱くなりすぎ・・・。」
流石にこちらまで被害が来たとなるとイセーも傍観している訳にはいかなくなってきた。それにイセー
は大丈夫でも人間であるシェリーに危険が及ぶようでは見過ごす訳にはいかない。現在魔界にいる人間
の安全を確保するのは王を筆頭とした政府とラグナの総意でもあるのだから。
「シェリーさん、大丈夫ですか?」
「た、助かったわ・・・。」
「シェリー!」
「女神殿!シェリー!」
そして気がつけばガッシュとブラゴの戦闘は中止されていた。ブラゴがシェリーの悲鳴を聞き、彼女を
巻き込みかけたことを悟ったからである。ガッシュに憤りをぶつけることよりシェリーの安否を気遣う
ことを優先した結果だ。
「女神殿!大丈夫なのだ!?」
「直撃はしてないから平気。シェリーさん、今から降りるけど、いい?」
「え、ええ・・・。」
ガッシュの問いかけに答えた後、イセーはシェリーを抱きかかえたままゆっくりと降下し始めた。
「怪我はないようだな、シェリー。」
シェリーが地面に足を着けると、今度はブラゴが彼女の腰を抱くようにして彼女を引き寄せた。シェ
リーはややふら付いたもののしっかりと自分の足で立っている。バベルガ・グラビドンが直接与えたダ
メージはないようだった。それにブラゴは内心胸を撫で下ろす。自分の術でシェリーに大怪我を負わせ
るなんてシャレにならない。
「ええ、大丈夫よブラゴ。」
「・・・すまん、俺のミスだ。」
「私も戦場を前に油断していたのよ。迂闊だったわ。」
ブラゴの腕の中でシェリーは彼と会話する。珍しく非を認めたブラゴに彼女は安心させるように微笑み
を浮かべた。その後もしばし二人の間で囁きのような言葉が交わされる。それは傍目には睦言のように
見え、彼らの周囲を別世界にしていた。残されたガッシュとイセーは居た堪れなかったが。
「一応、これにて一件落着?」
「わたしには分からぬのだ。」
一先ず彼らは彼らで話を始める。
「可愛い王様、怪我大丈夫?」
「・・・本当は身体のあちこちが痛いのだ。疲れたのだ。ブラゴは睨むと怖いからあんまり睨んで欲し
くないのだ。それからブラゴもシェリーを支えているのと逆の手が痺れているみたいなのだ。」
ガッシュはイセーの問いかけに思ったことをそのまま口にしていく。
「お互いダメージがあったってことか・・・。治療した方がいい?」
「だ、大丈夫なのだ!女神殿の手をあまり煩わせる訳にはいかぬのだ。」
「別にあたしはいいよ?」
「これくらいすぐに治るから平気なのだ。」
顔や手に擦り傷を作っているが、表情は明るそうなのでガッシュの状態も本当に大丈夫なのだろう。と
いうか、あれだけ闘っていて目立った傷跡がないこと自体すでに凄い。やはり王になる戦いを勝ち抜い
たガッシュの強靭さは並じゃないということだろう。
「何にせよ、シェリーに怪我がなくて良かったのだ。あのような高さから落ちたら人間は怪我をしてし
まうのであろう?」
「うん、下にクッションになる植木があった訳でもないしね。あたしもちょっと焦ったもの。」
隣にいたのがイセーだったから良かったものの、一人だったらどうなっていたことか。ガッシュ達は少
し離れた場所でブラゴに寄り添うシェリーに目を向けて無事に済んだことを密かに安堵した。一方、シ
ェリー達の会話も進んでいた。
「・・・だからね、もうガッシュ君と無闇に喧嘩はしないで欲しいのよ。」
「・・・断る。」
「ブラゴ!」
「だが、今回はもう戦う気はない。それでいいだろう。」
「もう勝手なんだから・・・!」
ブラゴを窘めるシェリーだったが彼が素直に頷くはずもない。それでも譲歩した答えが引き出せたのは
やはり彼女を傷つけかけたのを気にしているせいか。
「本当に、ガッシュ君がしてしまったことは驚いたけれど無理やりされた訳じゃないのよ?だからブラ
ゴもそんな不機嫌な顔をしないでちょうだい。」
ガッシュなどの目からしたらいつも不機嫌か好戦的かのどちらかに見えるブラゴの表情もシェリーから
見れば感情の様々な機微が窺えるらしい。やっぱり嬉しい時、楽しい時、哀しい時などもあるのだろう
か。ちょっと想像がつきにくいが。
「それにガッシュ君はまだ子供なんだから変な下心がある訳ないでしょ?」
魔物の子供の中には果たして“子供”と称するべきか疑問に思える者も少なくないが、ガッシュは年齢
的にも肉体・精神の面でもまだまだ子供のカテゴリーに当てはまるだろうから、問題はないだろう。流
石にバリー辺りは子供と称するのに違和感があるが。
「五月蝿い。お前に隙があるからだ。」
「何よ、それ!不可抗力に決まってるでしょ。」
「もう黙れ。」
「ちょっとブラ・・・んっ。」
空気が犬も食わぬ何とやらに変化していくのを察したイセーはガッシュの目を塞ぐように立ち位置を変
える。
「女神殿・・・?」
「こういう時は見なかった振り、聞かなかった振りをしてあげるのが優しさなんだよ、可愛い王様。む
しろ邪魔する方が野暮ね。」
「・・・よく、分からぬのだ。」
首を傾げてひたすら不思議そうな顔をしているガッシュにイセーは苦笑するしかなかった。
さて、一段落したこともあり、ブラゴ・シェリー・ガッシュ・イセーの四者は荒れ果てた庭から移動
することにした。場所はシェリーの部屋から続く応接間のようなスペースである。きちんと四人が向き
合って座れる一番近い場所がここだったのだ。それにガッシュの来訪は公式なものではない為、あまり
彼の姿を人目に晒す機会は避けたいという意向もある。あれだけ派手に暴れておいてお忍びも何もあっ
たものではないが。
「でもお茶くらいは用意するわ。誰かに運ばせ・・・。」
「あ、シェリーさん、それ無理かも。」
シェリーの申し出にイセーが口を挟む。ガッシュ達も彼女を見遣れば、イセーが少々跋が悪そうな顔を
していた。
「可愛い王様が来たこと余分な子にばれないように結界張っちゃって・・・多分他の子達だと近づけな
いかと思います。」
彼女の話によれば、元々イセーはガッシュが皆に内緒でブラゴの館へ行くつもりだったことを知ってい
たのだという。正確にはガッシュはブラゴではなくシェリーに用があって訪ねるつもりだったのだが、
彼らが行動を共にしているという認識はあったので、どちらかに会おうと思えば両方に会えるからどち
らが目的であっても実質あまり変わらないのかもしれない。とにかく、ガッシュがシェリーの部屋に飛
び込んでから程なく、イセーもまたブラゴの館の上空へと転移して現れた。そしてガッシュの気配がす
でに館にあることに気づいた彼女は即座に結界を張ったのである。
「それで知り合い以外は可愛い王様のいる場所に一定範囲近づけないようにしちゃいまして、しかもそ
れに気づかないよう認識不可効果も付随しちゃってるんです。」
ついでに言ってしまえば、結界は館全体を覆うものであり、ガッシュの知り合い以外はガッシュの存在
及び行動、さらにそれに付随するアレコレに対しても認識が極端に鈍るようになっている。つまりガッ
シュがブラゴと派手にやっていたことも彼らは曖昧にしか認識できていないのだ。きっと結界が外され
た後で酷いことになっている森や庭を見て驚愕することだろう。
『・・・。』
ガッシュ達は三者三様の理由で言葉が出なかった。
「大急ぎだったもんで、ちょっと後の事考えてなかったかもー・・・。」
もしかしたら“イセシュリーヴ”はフレンドリーな分抜けている部分があるタイプなのかもしれない。
どこまでが本当の言い訳かも分からないのが難だが。
「そんな訳で可愛い王様、用件を済ませて早目に引き上げましょう。すでに不在は一部にはバレている
はずですので。」
「ぬぉ!?そうなのか?」
「だから事が大きくならない内にあたしが迎えにきたんですよ。つい、二人が遊んでいるので邪魔する
のも悪いかと思って言うの忘れてましたけど。」
イセーの言葉に驚くガッシュ。朝早くでかけたのは城にいる面々にばれないようにする意味もあった
のに、それではこっそり出かけたのが台無しだ。一応本日のスケジュールでは午前の半分は比較的に時
間に余裕があり、こう言っては難だが、一日くらい後回しにしても何とかなる予定が組み込まれていた
のである。だからこそ、こうして城を抜け出したりもしたのだが。
「おかしいのだ。身代わりをちゃんと用意してあったのに・・・。」
「でも幻覚の身代わり消えた
の分かったから、あたしが来たんだし・・・。」
「うぬぅ・・・。」
因みにガッシュとイセーの会話にあるイリュージョンは触らない限りはとても精巧にできていて、本物
と見分けがつかない。けれども触ると煙のように消えてしまうのである。そう、当シリーズ十一話目の
冒頭にてキャンチョメが見たガッシュとはこれのことだったのだ。彼がガッシュを起こそうとしたこと
により消えてしまったが。なお、城に使える召使などは王を無理に起こすのは畏れ多いと声をかけるだ
けで無理に起こすことは滅多にないのである。イリュージョンはそれを見越した仕掛けだったのだが、
結果としてはああなってしまったわけだ。
「こんなに早くばれてしまうとは・・・せっかく女神殿に借りたのに。」
「ボードは壊しちゃったしねー?」
「う、うぬぅ!?す、すまぬのだ・・・。」
気落ちするガッシュにイセーの一言が追い討ち。悪気があるのかないのか。事実であることは確かなの
だけれど。ここでシェリーから助け舟が出る。
「それで、ガッシュ君の用件は?帰りを急ぐのなら早く済ませてしまいましょう。」
「うぬ、実はシェリーのお願いがあって来たのだ。」
その途端ガッシュの表情がコロッと変わった。
「私に?」
「うぬ、頼むのだ!」
両手をギュッと握った気合のこもった様子でシェリーを見つめるガッシュ。彼が待っているのはきっと
肯定の返事。それはシェリーも分かっていた。けれども頼まれる内容も聞かず承諾する程彼女は単純で
はない。見た目が小さな子供である為、無下に断ることは少々気が引けるのだが、かといってそれでほ
だされるような彼女でもなかった。
「でも、そのま・・・。」
「その前に用件の詳細を語るのが筋だろう。」
シェリーが口を開きかけたのを遮るようにしてブラゴがきっぱりとガッシュに言う。結果としてそれは
彼女の言いにくかった言葉を彼が代わりに伝えたことになった。本人は意識していないだろうが、シェ
リーはどこか胸が温かくなるのを感じる。
「おお!そういえばまだ何も話していなかったのだ。今から話すのだ。」
うっかりしているにも程がある軽いノリでガッシュがポンと自分の手を打つ。それからどこからともな
くバッサバッサと紙の束を取り出した。確かにガッシュの服というかマントというか身につけている衣
装は伸縮可能らしいが、一体どこに収納していたのだろう。手前のテーブルにドドンと積み上げられて
いく紙の束にシェリーは唖然とする。ブラゴも不審そうな目つきになっていた。イセーは苦笑を浮かべ
ている。
「これを人間界に届けて欲しいのだ!」
『は?』
至って真剣な表情でガッシュが頼み込んでくる。その頼みにシェリーだけでなくブラゴまで怪訝そうに
反応してしまった。そしてイセーは・・・
「可愛い王様・・・無謀すぎ。」
ポツリと呟き密かに嘆息する。その眉間には珍しくくっきりとした皺が浮かんでいた。
――――――――――この後、ガッシュの用件の真相が明かされるのだが、それはまた次の話。
To Be Continued・・・
<後書き>
この話は途中で何回か書き直しました。ブラゴが途中で情けないことになったり、何故かバリーが話
題の種になったりして、これは違うだろうと思い書いた文をザックリ削除。そしてまた執筆というパタ
ーンを繰り返しました。そのせいか今までになく難産です。書きたいネタはちゃんとあるのに上手く文
章にならないのが哀しいです。しかも話の流れ的にネタを変更せざるを得なかった部分もありますし。
もっとドタバタコメディっぽくしてみたかった・・・。
2007/12/17 UP