「アースー!ウォンレイがまた一人連れ帰ってきたわよー!」
「かたじけない、ティオ。それで様子は・・・。」
「かなり衰弱してるわ。後でサイフォジオね。」
王城では多くの魔物が慌しく走り回っている。防御と回復の術を持つティオは城の一室で書物と睨め
っこ状態だったアースに報告書を押し付けた。彼は言わばガッシュ政権の頭脳班の一人である。そして
城が落ち着かない状態であるのは、ガッシュが王の特権である願い事を叶えた時に起こった弊害故での
ものだった。そのせいで人型の魔物、特に人間に近い形態の魔物が大忙しだった。ティオも彼女の話に
出てきたウォンレイもその一人である。何故なら・・・
「本当にいくら魔界に戻ってきたからって、これまで一緒に戦ってきたパートナーを見捨てるなんて、
みんな信じられないわ!」
「そう、言うな。我々のように絆を感じる方が本来稀なのだ。」
「でも・・・。」
「それより人間達の治療を頼むぞ。それから明らかに魔物といったタイプの者は病室に入らぬよう気を
つけてくれ。」
「分かってるわよ。だからウォンレイ達だって魔界中を駆け回って、こっちで再生された人間達を保護
して回っているんだから・・・。」
魔界にいる人間達の存在。彼らの保護がティオ達を多忙にしている理由である。そう、ガッシュの願い
により魔物とパートナーが復活した際、肉体が人間界に残っていなかったパートナーは何故か人間界で
はなく魔界で再生復活を果たしてしまったのだ。
「全く何でこんなことになったのかしら・・・?」
「さあ・・・私には分からぬ。ガッシュもよく分かっていないようだった。」
「でもブラゴがパートナーと一緒に城へ現れなかったらこの事態に気づかなかったかもしれないわね。
そうしたらガッシュの願い事の意味が半減しちゃってたかも・・・。」
「そうだな。せっかく蘇らせたのに魔界で命を落としてしまっては元も子もあるまい。」
「あ、そういえば。ブラゴのパートナーの・・・シェリーさん、だったわね。あの人どうしてるか知っ
てる?城の救護室にはいないし・・・。」
魔界に来る羽目になってしまった人間達は現在城の部屋で保護されている。一応、体調によって治療目
的の部屋と単なる保護目的の部屋があり、救急治療室&保護室ということで救護室とその部屋があるエ
リアは呼ばれていた。そして彼らの精神に余計な負担をかけぬよう、世話をする魔物はできるだけ人間
に近い形態の魔物が選ばれている。捜索部隊にも必ず一人はそういったタイプの魔物を入れるようにし
ていた。魔界に取り残された人々を保護する説得をしやすくするために。
「ああ・・・確かシェリー嬢はブラゴの元にいるらしい。」
「ブラゴの所に!?」
「他の人間達と違って集中治療が必要ではないし、魔界とはいえ知らぬ人間に囲まれているよりはパー
トナーと共にいた方が彼女も安心できるのではないか?」
「うん、でも・・・ブラゴが誰かを保護しているっていう事実が何か違和感・・・・・・。」
「それだけパートナーとしての絆が強いということだろう。私は良い傾向だと思う。互いが互いにとっ
て光となる・・・それが真のパートナーではないか?私にとってエリーがそうだった。」
「私にとっては恵がそうだった・・・ううん、今でもそうよ。」
「そして、ガッシュにとっては・・・。」
「ええ、清麿。」
「そして彼らは我らだけでなく全ての者の光となった。」
ロード事件のゾフィス、ファウード事件のゼオン、そしてクリア・ノート。ガッシュと清麿を中心に集
った光が希望を紡いだ。細い、細い希望を絶望の中紡ぎ上げたのだ。だからこそ、ガッシュは今、王と
して、魔界の頂点に立っている。
「きっと、彼らも上手くやっているだろう。」
「そうだといいんだけどね・・・。」
どこか達観した様子でコメントするアースにティオは複雑な表情を浮かべるのだった。
「ねえ!ブラゴ!ブラゴってば!?」
魔界某所にて呪文乱発により生じる騒音に負けぬようシェリーは声を張り上げた。彼女の視界ではブ
ラゴが己の能力である重力の術で森の木々を薙ぎ倒していっている。見事なまでの自然破壊行為だ。こ
こが魔界なので人間界のそれとは意味合が同じだとも言い難いが。
(もう、何なのよ!?)
クリア・ノートに破れ、シェリーは己がブラゴと共に消えたと認識していた。彼を王にする誓いを果た
せず破れることが己が消失することよりも悔しかった。胸が千切れるような感情を今でも覚えている。
そして次に気がついた時、シェリーは倒れている所をブラゴに起こされた。再び彼に会えたことは夢で
も嬉しいと思った。けれども申し訳ない気持ちもほぼ同時に湧き上がった。
「でも、私のせいよね・・・。」
実際は夢ではなく現実で、二人生きた状態でそこにあった。不思議なことに服まで元通りである。さら
にその後、ここが魔界で王になったガッシュの願いで自分達は再生されたのだと知った。シェリーはブ
ラゴの主張により彼の実家に身を寄せることとなり、魔界でも彼と行動を共にしている。現在も修行を
するというブラゴに付き合わされてこんな森へと足を踏み入れていた。
(あれは半分くらい拉致よね・・・。)
起き抜けで少々ぼんやりしていた所、いきなり腰を掴まれて抱かれ、そのまま走って彼の修行の場に連
れてこられたのだから、シェリーの印象もあながち間違いではないだろう。その後簡単に理由を説明さ
れ、彼女はこうして彼を見つめている。
「ブラゴ・・・。」
王になるという夢が破れた後も、彼はこうして強くなろうとしている。初めこそ敗北によりもたらされ
た自己嫌悪で狂いそうな痛みを互いに支えあうようにして乗り切った。けれども今はどうだろう。先に
進もうとしているブラゴに対し、自分は彼の世話にならなくては魔界で生きていけない状態だ。まあ、
人間界にいた時は散々シェリーの家に世話になっていたのだから、ある意味ではお互い様である。さら
に言えば、王城で他の人間と同じように保護してもらうことも不可能ではなかった。けれども彼女は何
故か彼と離れようとは思わなかった。
(離れたくなかったのかもしれない・・・。)
もう魔本はなくて、ブラゴの戦いのパートナーではなくなってしまったけれど。それでもまだ敗北から
立ち直り切れていなかった自分達にはお互いが必要だったのかもしれない。ふとそんな思考がシェリー
の中で働く。けれどもブラゴは再び強くなる為に動き出した。今度は王になる為ではなく自分自身の為
に。シェリーとて誓いを果たせなかった心痛を忘れることはないだろうけれど、少しずつ気持ちを整理
し出している。王にはガッシュがなった。味方である仲間も多い。彼は善い魔物だ。むしろお人よしと
言っていい程に。そして真っ直ぐだ。きっと優しい王様として魔界をより良く治めてくれるだろう。こ
れは人間の感覚なので魔界全体としてはどうなのかはよく分からないが。
「私は・・・どうなるのかしら。」
ガッシュ達の説明によれば、魔界で再生されてしまった人々を全員保護した後、改めて人間界へと送
り返すつもりらしい。けれどもどれだけの人が魔界に来てしまっているかが不明の状況では調査と保護
を優先しなければならず、再生されてすぐブラゴと共にいたシェリーは他の人々のように衰弱すること
もなかった。つまるところ、ブラゴに護られていたようなものである。
(魔界の今後は赤い本の子が王になったのなら大丈夫でしょうし・・・ブラゴも前に進み始めている。
きっと私がいなくても平気。でも、私は?心の整理はできてきてる。ブラゴに支えてもらわなくても、
ちゃんと、立てる・・・はず。それに人間界に帰ればココや爺だっている。)
シェリーは自分にそう言い聞かせた。ブラゴによる森の破壊行為はまだ続いている。もしかしたら没頭
して彼女の存在を忘れているかもしれない。
「ブラゴ・・・貴方は何を考えているの?」
最早シェリーは魔本を扱うことはないのだから、こうして修行に付き合う必要はない。ブラゴの様子を
ただ眺めているだけ。こんな行為に何の意味があるのだろう。そうだというのに、ブラゴは何度も彼女
を連れて修行に出る。有無を言わせず彼女を連れて行き、鍛錬の場に置く。シェリーには彼の意図が分
からなかった。シェリーには何もできない。ブラゴの為に何もすることができない。自分がいかに役に
立たないか見せ付けられるような気がして、彼には何度も助けられたのに、その分を返すことができな
かった己の不甲斐なさが思い出されて、シェリーは苦しくなる。
(今更遠回しに私を責めているというのもおかしいし・・・本当に分からないわよ。)
人間界では出会った当初と比べたらブラゴのこと理解できるようになったという自負があったものの、
今は全く分からない。ただ、彼女に対し恨みや憎しみを抱いているなら、彼はもっと態度で示していた
だろう。はっきりとそう告げているだろう。だからこそどうしていいか分からず、いつも立ち往生して
彼の後姿を見つめていることしかできない。
(かと言って問い詰める勇気はなし・・・か。)
「弱いわね・・・私は。」
シェリーはブラゴから目を逸らし、無意識の内に嘆息した。
いつの間にか、森を揺るがせていた轟音は鳴りを潜めていた。シェリーの視界の中にブラゴの姿はな
い。それもそのはず、彼女は本人も気づかぬ内に眠りの淵へと沈んでいたのだから。木の幹に背を寄り
掛からせ、立ったまま眠っている。これもかつてのサバイバル生活で身につけたものだろうか。
「シェリー・・・?」
そこへ鍛錬という名の自然破壊を終えたブラゴが戻ってくる。その赤い瞳がまず捉えたのは立ったまま
寝ているシェリーの姿。人間にしては器用なものだとブラゴはこっそりと思う。けれども差し向ける眼
差しは以前のブラゴを知る者からすれば驚くほど優しい。不本意な結果に終わってしまったけれど、人
間界での経験は確かに彼に変化をもたらした。少なくともこの元パートナーに対する彼のアレコレはそ
の変化を如実に現していると言えよう。
「完全に寝ているな。」
寝入ってしまっているシェリーの状況を冷静に分析する。それと同時に危機管理が足りないとも思う。
こうして己が・・・即ち他者の気配が近づいても気づかないというのはどういうことだろう。敵が近づ
いて攻撃を仕掛けた場合避けられるのだろうか。特にここは人間界ではなく魔界なのだ。肉体的強度の
低い人間は常に危険に晒されてもおかしくないはずである。
「俺が傍にいる時ならまだしも、この地で油断は死に繋がるぞ。」
人間であるシェリーにとって魔界で安全なのは王城かブラゴのテリトリーくらいだろう。なお、彼の家
ではシェリーに危害を加えることは禁じられている。正確にはブラゴの元パートナーで、さらに王であ
るガッシュの知人であるから、下手なことをしたら王と周囲の魔物の反感を買うという風に匂わせてお
いたのである。即ち、客人として丁重にもてなせと。まあ、ブラゴの命令だけでも充分従うだろうが、
ガッシュ云々は保険というやつだ。シェリーの安全の為には念には念を入れておいて損はないだろう。
しかも王城ではなく自分が彼女を保護すると言い出した手前、万が一のことがあったら彼と実家の信用
問題に発展しかねない。
(久々に鍛え直してやるか・・・。)
ブラゴはふとシェリーにかつて施した特訓を再開することを思いついた。別にシェリーは暇だったから
寝た訳でもないだろうに、いろいろと酷い男である。
「シェリー、起きろ。」
ブラゴはシェリーの名前を呼んだ。けれども彼女の返事は穏やかな寝息。とてもすぐには覚醒に到り
そうにない。耳元で怒鳴ったりすれば違うかもしれないが。金の髪が木漏れ日の中風に揺れている。そ
の光景は物語か何かのように美しい。
「シェリー。」
再度ブラゴが彼女を呼ぶ。けれどもやはり彼女は目覚めない。ブラゴはこっそりと溜息をつくと、おも
むろにシェリーへと手を伸ばした。彼に力を加えられたことでシェリーの身体はあっという間にバラン
スを崩し、彼の元へと倒れ込む。それでもなお、彼女は深い眠りにあるようだったけれど。
(やれやれ・・・。)
そう思いつつもブラゴはふっと笑みを浮べた。それも嫌味な嘲笑タイプではなくて親愛に近いそれ。彼
女を快く思っていないのならとてもではないができない表情だ。この顔を見ればシェリーもいくばくか
安心できるだろうに、現在の彼女は眠りから覚めることなく、そんなブラゴを瞳に映すこともない。彼
の肩を枕代わりに、身を委ねたままだ。
「・・・帰るか。」
首筋に当たるシェリーの吐息にゾクリとした何かが湧き上がる。それを極力気にしないようにして、ま
た意識を切り替えるようにそうブラゴは呟いた。けれども彼女から目を離せなくて、しばし見つめ続け
る。共に戦い、共に消え、そして共に蘇った相手。魔物と人間だというのに何とも不可思議な縁を結ん
だものだろう。恐らく精神面においては彼女以上のパートナーはどこにもいない。
「手放せなくなっているのは俺の方かもな・・・。」
そしていつかのようにシェリーの身体を背負うと、ブラゴはゆっくりと歩き始めた。彼女から伝わる温
もりに感じる胸の疼きを今は無視して。