さて、魔物の子供達の間でも王候補と名高い重力を基本の術とする魔物の子がフランスにいた。彼の
名前はブラゴ。黒い髪、薄黒い肌、そして赤い瞳。そんな彼を象徴するかのように魔本まで黒い表紙で
ある。そんな彼のパートナーであるシェリーはある日ブラゴの魔本が光っていることに気づいた。
「まあ、新しい呪文かしら?それとも・・・。」
魔本が光を放つのは大抵術を発動させている時か新しい呪文が浮かんだ時である。もしくは心の力を貯
めているような場合だろうか。
「・・・本日からヒノヤシンオにつき三十日間戦いを中断すること――――――――――て、何よこれ
は!?」
「どうかしたのか、シェリー。騒がしいぞ。」
「あ!ブラゴ、丁度良かったわ。」
シェリーの予想を裏切る文章に驚いていた時、タイミング良くパートナーの魔物であるブラゴが部屋に
入ってくる。シェリーはこれ幸いとばかりに彼を手招きした。一方ブラゴの方も、彼女の意図を分かっ
ているわけではなかったのだが、本を持っている所からして自分か王を決める戦いについてのことだろ
うと判断し、特に警戒することなくシェリーに近づいた。そしてまず口を開いた彼女の言葉はこうだっ
た。
「ヒノヤシンオって何?」
「・・・は?」
単に聞き覚えがないのか、それともシェリーの発音が悪かったのか、たっぷり数秒間をおいて、ブラ
ゴは聞き返していた。その表情からは普段の冷静で厳しい印象は消えて、随分と少年らしい素朴さが浮
かんでいる。
(こうして見るとブラゴもやっぱり子供なのよね・・・確か十四歳だったかしら。)
そもそも魔界における『子供』の定義を人間界のそれと当てはめること自体間違っているのかもしれな
いが、ともあれそんなことをふと思ってしまったシェリーである。
「おい、シェリー。その目は何だ。何かムカつくぞ。」
「え?別に・・・それより、ブラゴもヒノヤシンオって何のことか分からないの?」
ブラゴが自分を子供扱いされるのがあまり好きではないことを思い出し、ボロが出ない内にとシェリー
は話を進めることにした。
「本にさっき文章が浮かんだのよ。以前、残りの魔物の数の通知があった時みたいに・・・。」
「何と書いてあった。」
「ええと・・・“本日からヒノヤシンオにつき三十日間戦いを中断すること。なお術を使用することは
できるが、いかなる手段を用いても本を燃やすことはできない。またラグナより特殊監査員を派遣し、
違反者には厳重注意とする。その際、どのような損害が生じたとしても当管理局では一切の責任を持た
ないものと心得ること。”・・・と書いてあるわね。」
ブラゴはこの時頭を抱えて座り込みたい気分であったと後に語ったという。
「何よ、ブラゴってば珍妙な顔つきしちゃって。」
「珍妙言うな。・・・全くよりによってラグナの連中が監視にくるのか。しばらくは鍛錬で時間を潰す
しかないな。」
「え?どうしちゃったのよ。珍しいわね。いつもの貴方ならとりあえず本だけ奪っておいて後で燃やす
とか言いそうなのに・・・。」
「お前は俺を何だと思っている・・・まあ、相手がラグナの連中じゃなければそうしたかもしれないが
な。」
「ラグナって?」
「魔界にある特殊監査機関の一つだ。歴史もある上、王でも簡単に手を出すことのできない存在だな。
本当かどうかは知らんが、ラグナを潰そうとした王が逆に返り討ちにあったという話も残っている。権
限がそう多い訳ではないらしいが、その分絶対的な権威を誇っていると聞いたことがあるな。少なくと
も俺が以前魔界で見たラグナの奴は恐ろしく強かった・・・。」
「そうなの?ブラゴよりも強いのかしら。」
「ああ、まだ勝てそうにない・・・。」
「え!?そう・・・ブラゴよりも。」
「逆らう奴は武力行使してでも叩き伏せる集団だからな。暴れたら人間の街一つ位簡単に壊滅させられ
るぞ。お前も他人を巻き込みたくないし巻き込まれたくないだろ。」
「そうね・・・大人しくしていた方が無難かしら。向こうから手を出してきたら正当防衛だと弁解でき
ても、こちらから攻めては・・・ね。」
大抵の魔物はブラゴを恐れてか近づこうともしないので、シェリー達から倒しにいかないと戦いが起こ
らないのだ。そういう意味では前評判のせいで望まなくとも魔物が襲ってきたガッシュ達は楽である。
もっとも彼らも襲撃者のほとんどを倒してきたせいで(一部例外あり)最近では実力がある者と判断さ
れつつあるようだ。本当にコンビプレイ・チームプレイの力は偉大である。
「じゃあヒノヤシンオっていうのは?この戦いを中断するようなものなのよね。」
「さあ、それはどうかは分からんが・・・ヒノヤシンオというのは一種の祭典みたいなものだな。確か
魔界全土で長年起こっていた戦乱がようやく収まり、平和条約・・・のようなものが締結されたことを
記念して三百年に一度行われると書物にあったぞ。」
「平和条約・・・ねぇ?つまりこの期間は争いは止めましょうってことなのかしら。子供集めて人間界
で争わせてるってのに・・・分からないわね。」
「俺が知るか。時代錯誤の慣習の一つや二つどこにだってあるだろうが。」
「そうかもしれないわね・・・。」
ブラゴとシェリーは揃って溜息をつくのだった。
そんな通知がもたらされた数日後の午後。程よい陽気と緑に包まれて、シェリーは親友であるココと
一緒にお茶を飲んでいた。
「たまにはこういうお茶も良いものね。」
「ええ、日本のお茶よ。お菓子もそれに合わせて用意したわ。」
「緑色って何だか健康に良さそうよね。」
「紅茶とはまた違った香りが新鮮なのよ。」
緑茶と和菓子をテーブルに広げ、のんびりとした雰囲気を少女二人は楽しんでいる。傍目に見ても心が
和む光景だ。
「大学の調子はどう?」
「楽しいわ。担当教授が当たりだったみたいでね、講義が凄く面白いの。」
「まあ・・・どんな内容なの?」
「ええと、そうね〜。」
にこやかにシェリーとココの会話は続いた。そこへ・・・
「お嬢様。」
「あら、爺。」
シェリーの付き人である老人がやってきた。そしてココにも会釈をし、おもむろに話し始める。
「お楽しみの所、申し訳ありませんお嬢様。実は、先程よりお電話が入っておりまして・・・。」
「電話?」
「はい、ドクター・ナゾナゾからお電話です。」
「ドクター・ナゾナゾ・・・から?」
老人が述べた電話の相手にシェリーは眉をひそめた。彼の人物はココを魔本の持ち主として心を操り
連れ去ったゾフィスという魔物が、千年前の戦いにおいて事情により魔界に帰れなかった魔物を利用し
て魔界の王になろうとし、あまつさえ人々の心を操ってパートナーとして千年前の魔物にあてがってい
たという事実を掴み、ゾフィスの野望を阻止し、人々を解放しようと動いていた。二、三組で徒党を組
む魔物とそのパートナーはいたが、何組もの、もしかしたら顔を合わせたこともない魔物を一緒にしよ
うと考えたのは彼が初めてではないだろうか。それもゾフィスのように上から支配するのではなく、お
互いが対等である形で。
「シェリー?」
その整った顔に複雑な色を浮かべているシェリーにココが
「・・・いいえ、何でもないわ。それより、悪いんだけど、ココ・・・。」
「ううん、気にしないで。電話出てきてちょうだい。」
これまでにもシェリーにはココに説明し辛い内容の電話があることは少なくない。名門と呼ばれたベル
モンド家の令嬢には上流社会独特の付き合いなるものが存在した。それはシェリーとココに間にあるよ
うな心の通ったものではなく、義務的な、格式を重んじて、それでいて欲望の渦巻く世界の産物。だか
らこそ、シェリーはそういったものにココに近づけたくないと思っていたし、ココもそんな彼女の思い
を分かっていたから、知らない振りをするのがいつものことだった。
そしてココに見送られ、彼女を呼びに来た老人と共に彼女は屋敷内を移動する。考えるのはドクター
・ナゾナゾこと、ナゾナゾ博士からの用件。彼も元々はある魔物の子のパートナーであったが、千年前
の魔物を巡る戦いの中で彼の本は燃えてしまった。それでも彼はこの戦いを良い未来へ導こうと動き続
けている。私利私欲で弱者を
(もちろん私達は負けるつもりはないけれど・・・。)
ただ言えることはゾフィスのような魔物だけは王にしてはいけないということだ。ゾフィス自身は魔界
へ返したものの、残っている魔物の中に性悪極まりない者がいる可能性はある。そういった者に負ける
訳にはいかないのだ。
「それにしても一体何なのかしら・・・。」
もしかしたらゾフィスのように何か善からぬ企みを持って動いている魔物を見つけたのだろうか。事と
次第によっては、自分達も彼らに協力すべきであろう。以前の戦いの時は自分達の力で成し遂げたいと
いう気持ちが強かったから、共に動くことはなかったものの、千年前の魔物の一部を彼らに相手しても
らったのは事実で、後で聞いた話によればかなり強い魔物もいたという。結果的に彼らにそちらを任せ
たおかげで自分達はゾフィスとの戦いに集中できたのだ。
(全くどうして性根のまともな魔物とパートナーは少ないのかしらね。)
思わず溜息の一つもつきたくなるといものである。
「あら?でも、今は確か・・・。」
そこでシェリーはあることを思い出す。
(今って戦闘禁止期間・・・なのよね。)
少し前に魔本に現れた通知。約一ヶ月の間、戦いを中止せよという指示であった。
(一体どうする気なのかしら・・・。)
そんなことを思いつつも、シェリーは受話器を手に取った。
「もしもし、ドクター・ナゾナゾ?・・・え?はい・・・ええ、そうです。それが?」
電話越しに聞くナゾナゾ博士の声に、シェリーは努めて落ち着いた対応を見せる。因みにに電話線の向
こう側では『シェリー君は相変わらずつれないな〜』とか『もう少し面白い反応をしてくれると楽しい
のに・・・』などとナゾナゾ博士が思っていたりするのだが、そんなことは彼女が知る由もない。
「はぁ・・・良い事?ですか。それで一体何を・・・はい?ぇえ?えええええ!?」
電話の向こうの人物の言葉にシェリーは珍しく目を丸くして声を上げた。傍に控えていた世話人でもあ
る老人も珍しい彼女の反応に驚くくらいに。そんな彼女の反応に電波の先の人物がようやく満足そうな
笑みを浮かべた。そしてナゾナゾ博士の言い出しである意味前代未聞のイベントが敢行されようとして
いた。フランスにいた黒本コンビを巻き込んで(ぇ?)
その日も空は晴天で、風も涼しく穏やかだった。ここフランスの某空港に各地から集まった数人の男
女+αが降り立つ。若いながらも理知的な光を瞳に宿した少年や金髪で黒い衣装を纏った男児。髪の長
い可愛らしい姉妹のような少女達は妹と思われる方の髪がピンク色をしている。さらに恋人同士のよう
な夫婦のような男女は中国系の民族衣装を身につけており、他にも馬のような犬のような生物や某イタ
リアのスターによく似た青年がいたりする。まあ、例によって例の如く例のメンバーが集まった訳だ。
そんな彼らは仲間内で会話を楽しんだり空港の時計と自らの腕時計を見比べたりしている。
「お〜い、清麿!ガッシュ!それにみんな!」
そこへ一人の少年が手を振って足早に近づいてきた。
「アポロ!」
やってきた少年に清麿が笑顔で応える。
「こんにちはなのだアポロ!」
ガッシュも笑顔で挨拶した。
「久し振りだね、みんな。会えて嬉しいよ。」
「いや、こちらこそ。いつも感謝してる。」
そして清麿とアポロは固い握手を交わした。
「時間通りなら、もう表に車が着いているはずだよ。さあ、行こうか。」
「? 今日はアポロの車じゃないのか?もしかしてナゾナゾ博士が何か・・・。」
「いや、今回はそういうことじゃないんだよ。僕も車を出すと言ったんだが、彼女が自分達で何とかす
ると主張してね。だから、多分彼女の家の車が回されると思うよ。」
『彼女?』
アポロの後に従いながらも、彼の言葉に疑問を覚える一同。
「あの、アポロさん。」
「何かな?」
「今日って、ナゾナゾ博士が主催のお茶会・・・なのよね。何か見せたいものがあるとかで。」
「う〜ん、多分そういうことになると思うよ。」
『多分?』
恵の質問に対するアポロの答えに彼らはますます不思議そうな顔をする。その中で清麿だけが、嫌そう
な顔をしていたが。
「そんな顔しなくても大丈夫だよ。ただ、サプライズはナゾナゾ博士の得意技だからね。」
「・・・そういうアポロは何か知っているのか。」
「知っているといえば・・・そうなるかもね。別に悪いことじゃないはずだよ?」
微笑むアポロに清麿は溜息をつく。正確には、今自分が頭を悩ませてもどうにもならないと諦めたのだ
が。ナゾナゾ博士と意思疎通を図るのは冗談と本気の見極めが難しいのである。下手に悩むと馬鹿をみ
る。残念ながらこれまでの経験で清麿はそう悟ってしまった。
アポロを先頭に彼らは空港を歩き出す。清麿達はこれから待ち受ける出来事に不安と期待を覚えつつ
も彼に従った。ガッシュ達はやはり物珍しいのかキョロキョロと周囲を見回していた。そしてやってき
た空港出入口。
「おおおおお!」
「長〜い。」
「フォルゴレ、この車も大きいよ!」
「これは、また・・・。」
「メルメルメー!?」
彼らを出迎えたのは黒塗りのリンカーン。因みに形式はもちろんリムジンで、値段にして軽く五百万円
を越す高級車である。
「高嶺清麿様の御一行でいらっしゃいますか?」
『!?』
その運転手席から姿を現したのは背の高い初老の男。彼が発したのは外国人とは思えない程綺麗な発音
の日本語だった。そして一見穏やかに見えるが、その瞳はこちらを見極めんとしているのか、鋭い光を
宿している。
「はい、そうですよ。彼が高嶺清麿。こちらの子がガッシュ・ベル。」
「アポロ?」
「そうですか、ではお乗りください。」
どう反応すべきか清麿が悩んでいる間に、アポロは老人に清麿達を紹介した。
「この度はお世話になります。」
「いえ、お嬢様がお決めになったことですから・・・。」
車のドアを開けて乗車を促す老人に笑顔で対応し、早々にアポロはリンカーンへと乗り込む。
「ほら、清麿達も早く。待たせすぎるのは悪いよ?」
「あ、ああ・・・。」
そして戸惑っていた清麿達もアポロに促されてリンカーンへと乗り込んだ。
「おおお!この車は大きいのだ。」
「これ、本当にアポロの車じゃないの?」
「ナゾナゾ博士が用意してくれた車じゃないのかい?」
「メルメルメ〜。」
「イスがふかふかだよ、フォルゴレ!」
車に乗ってからも歓声を上げている子供たち(一部例外あり)。そして落ち着かない様子の本の持ち主
達。アポロの言葉にしろ、運転手の老人にしろ、謎は少なくなかった。
「なあ、アポロ。この車はどこへ向かっているんだ?」
その中で意を決した清麿がこの中では一番事情を知っていそうなアポロに話しかけた。もっとも一番
目的地を知っていそうなのは運転手の老人だろうが、初対面の人間に迂闊に話しかけるにはどこか気後
れしてしまう。必要とあればそれなりの態度が取れると自負している清麿だったが、まずは攻めやすい
方へと向かうことにした。
「う〜ん、別にそんな風に警戒するようなことはないはずなんだよ。」
清麿の真剣な眼差しにアポロは苦笑いを浮かべる。
「いいから答えろ。」
清麿の瞳は偽ることは許さないと伝えていた。別に悪気はなかったが、彼にはいろいろと意味深に隠さ
れた事象がお気に召さないらしい。そんな清麿の様子にアポロは肩を竦めて苦笑した。
「ベルモンド家の別荘だよ。」
口元に笑みを
「別荘・・・?」
「自然の綺麗な所だよ。郊外にあって、喧騒とは程遠い。別荘の一帯がベルモンドの私有地だからね。
その分買い物には車が必要だけど、良い所だと思うよ。」
「へえ、それはまた随分と・・・。」
「ベルモンド家ってアポロさんの知り合いアルか?」
フォルゴレとリィエンによるコメント。
「フランスでは名門とされる家だからね。僕も知らないわけじゃないけれど・・・君達も多分会ったこ
とがあるはずだよ?少なくともナゾナゾ博士はそう言っていたし。」
「私達の知り合い・・・?」
恵が首を傾げる。このメンバーの共通点は魔物とそのパートナーということだ。アポロも今は本が燃え
てしまったためいないが、ロップスという魔物のパートナーであったし、彼らに収集を掛けたナゾナゾ
博士もキッドという魔物のパートナーだった。一部ナゾナゾ博士の部下(?)であるマジョスティック
12の面々のように、魔本の持ち主ではないけれど協力者という形で事情を知る場合もあったが、基本
的には魔物とパートナーのことはこの戦いの当事者しか分かりえない部分があるのである。
「あれ?ひょっとして違うのかい??ベルモンド家はシェリー・ベルモンドさんて言う女性の実家なん
だけど・・・。」
『しぇ、シェリー!?』
アポロの発言に清麿達は異口同音に驚きの声を発した。
「そ、それってまさか・・・。」
「黒い魔本の持ち主の・・・。」
「あ、あのブラゴの・・・。」
「パートナー・・・アルか?」
口々に言う清麿達の声が震えているのは気のせいか。
「そうなる・・・のかな?」
「そ、そうなるって・・・アポロー!?」
あっさりと爆弾発言をしてくれたアポロに清麿は頭を抱えたくなった。シェリー・ベルモンド、そして
ブラゴ。彼女らは恐るべき脅威であり、見習うべき一つの戦いの形である。
「こ、これ・・・ナゾナゾ博士が主催のお茶会・・・なんだよね、清麿君。」
「ああ、俺は確かにそう聞いたはず・・・なんだけど・・・・・・。」
心なしか清麿に尋ねてきた恵の顔色が悪い。フォルゴレも何だか蒼褪めているし、リィエンは不安そう
に隣にいたウォンレイの服の裾を掴んでいた。因みにサンビームはウマゴンやガッシュ達の相手をして
いたので会話には参加していなかったものの、ブラゴとシェリーの話題が出た時点で石化しかかってい
た。もちろんガッシュ達も車の豪華さといったもので高揚していた気持ちは遥か彼方・・・要はビビリ
モードに入っていたわけで、闘う前・・・もとい、お茶会なるものに参加する前から気合負けしそうだ
った。
「で、でも・・・何であの二人・・・が?ナゾナゾ博士が説得したのか・・・?」
それともお茶会という名目で彼らを集めたという意図を考えるとブラゴ達の力が必要な事態なのだろう
か。確かに彼らの助力があれば、またゾフィスのような魔物がいた場合、達成率は上がることだろう。
清麿はアポロが言っていた『悪いことではないはず』という言葉をすっかり忘れて、生真面目に考え込
んでしまっている。ナゾナゾ博士の悪ふざけという発想も今は思いつかないらしい。清麿の頭の中にお
いてのみ、特に事態は深刻だった。周囲の面々も何だか複雑な顔つきだったが。笑顔を崩さないアポロ
と顔の見えない運転手の老人を除いて。
「お礼ですよ。」
すっかり石化したように表情が固くなってしまった清麿達を見かねたのか、これまで一度も口を開い
ていなかった運転手が唐突に言葉を投げかけた。
「え・・・?」
「あまりはっきりとおっしゃいませんでしたが、シェリーお嬢様はココ様の一件で皆様の助力を感謝し
ておいでです。ですから、場所を提供するという形ですが、ナゾナゾ博士の提案に協力することを承知
されたのです。」
「はあ・・・。」
運転手の言葉に清麿は気の抜けた返事を返す。
「滞在期間の三日はご自由にお過ごしください。お嬢様も時間があれば様子を見に来られるとおっしゃ
っておりました。」
とりあえず老人の話によると、シェリーは用事があって清麿達と同じように三日間別荘にいることはな
いらしい。そうなれば、恐らくブラゴもパートナーであるシェリーに同行するだろう。いや、同行して
いなくとも、代わりに清麿達と一緒に過ごすということはしないはずだ。黒本組と和解し、協力し合え
る関係になるのは悪くないが、それでも彼らと三日間衣食住を共にするのは緊張感を強いられそうだ。
それがないと分かり、清麿達はそっと胸を撫で下ろす。
「ベルモンド家の別荘地でわざわざお茶会なんて、本当優雅なことだよ。」
アポロの言葉。でも主催者はナゾナゾ博士なんだよな・・・というツッコミを清麿は何とか飲み込むこ
とができた。一体、どんなお茶会なのか想像もできない。マジョスティック12の面々も参加するのだ
ろうか。空港でのアポロの言葉ではないが、サプライズはナゾナゾ博士の得意技である。おちょくられ
ているように思うことも多々あるが。
(ブラゴとシェリーの二人を巻き込んだだけでも十分サプライズだよ・・・。)
清麿がついた溜息は人知れず車内の空気に溶け消えた。
音もほとんどなくリンカーンは止まる。高級車であるだけに振動も少なく静かなものだった。清麿達
は、そろそろ着いたのだろうかとお互いの顔を見合わせていた。そして予想を違えず、運転手から到着
したことを告知される。
「おおお!ここが別荘というところなのだな、清麿!」
「あ、ああ・・・。」
「本当に自然が豊かな所アルね。」
「ああ、緑が綺麗だ。」
「立派なテラスハウスね〜。」
「やっぱりブラゴの本の持ち主ってお金持ちなのね・・・。」
「なかなか良い所じゃないか。」
「フォルゴレの映画に出てきた家と似てるよ!」
「風が涼しいな・・・。」
「メルメルメー。」
車から降りた面々は口々にそうコメントする。アポロやリィエンなどは実家が実家なのでそれなりに金
持ちのステータス的な要素に耐性があるのだが、一応庶民の清麿は何だか別荘の豪華さに圧倒されてし
まっていた。決して華美ではなく、四字熟語で表すなら質実剛健、そんな感じの造りである雰囲気なの
だが、とにかく建物が広い。土地代も含めたら一体建築費用にいくらかかるのか。無駄に優秀な清麿の
頭脳はついそんなことを考えてしまう。
カチャリ・・・
清麿があまり意味のない思案に暮れていると、ドアの開く音がした。ナゾナゾ博士だろうか。そう思い
別荘の玄関の扉へと清麿は視線を向ける
「いらっしゃい。ようこそ、当家の別荘へ。」
『!?』
扉を開けて姿を現したのは、金髪の美女と黒尽くめの魔物の子。ある意味この場にいることは間違っ
ていないが、いろいろと予想外な展開に清麿を筆頭に本の持ち主達の言動・及び表情が凍りつく。それ
はもう、カキンとかコキンとかカチコチとか、そんな擬音語がぴったりきそうな状態だ。魔物達の方も
ガッシュは口をパカンと開けた状態で固まり、ティオは怯えるように恵に縋りつき、キャンチョメとウ
マゴンは涙を浮かべて震え、ウォンレイはリィエンを庇うように身構えた。
「やあ、お久し振り。シェリー・ベルモンドさん。」
「ええ、アポロ社長。お元気そうで何よりですわ。」
そんな中、笑顔で手を振るアポロに優雅な微笑みを浮かべている女主人・・・シェリーが答える。そし
て二人の様子を不機嫌そうに見遣るブラゴ。
「爺もご苦労様。」
「いいえ、大したことではございません。それでは私は車をしまってきましょう。」
「ええ、お願いね。」
老人は自らの女主人に礼をして、そして清麿達招待客にも敬意を払いつつ、その場を辞した。
「ドクター・ナゾナゾはもういらしているわ。貴方達もそれぞれの部屋でくつろいでいなさい。客室に
は使用人に案内させます。お茶の用意ができたらまた連絡するわ。」
そしてシェリーはブラゴと共に扉の中へ姿を消す。それと入れ替わりにベルモンド家の使用人達が中か
ら出てきた。慇懃な態度で応対され、さり気なく荷物を取られ、屋内へと導かれる。一流ホテルのホテ
ルマンにも匹敵する対応だった。流石は名門ベルモンド家のフットマンとでもいうべきか。
ともあれ、ナゾナゾ博士主催による、シェリーの家(別荘)を舞台にしたお茶会の始まりは近い。そ
れを優雅に過ごせるかどうかは、本人達の努力と時の運次第であろう。