今も昔も魔法を解くのは乙女の役目?
2011年6月6日 「ロキルーの日」記念DLF小説
by夏初月
前編
「ロキ…?」
「おねえちゃん、だれ…?」
きょとんと見開かれた瞳は微塵の曇りもなくて…。
「…というわけで、レオ様はすっかり記憶を失われていらっしゃるのです。」
カプリコーンが眉間の皺をいつもよりも3cmばかり余計に寄せてルーシィに説明した。
「つまり、戦闘で頭を打ったせいで、一時的に記憶がなくなったと、そういうわけ?」
「ええ姫、お兄ちゃんはおそらく今、人間で言えば5歳程度までの記憶しかないと思われます。」
一方バルゴはいつもと微塵もかわらない鉄壁の無表情で補足する。
ルーシィはベッドの上で無邪気に飛び跳ねるロキをまだ信じられない思いで眺めた。
どう見ても、見かけはいつものロキなのだ。しかし星霊本来としてのレオの姿ながら、いつものサングラスもなく、ラフなTシャツにハーフパンツ姿、何より色気も下心も微塵も感じられない今のロキは、何だか初めて会う人のようで。
あたしのことも忘れちゃうなんて…。
共に戦った日々も。
築き上げた絆も。
星霊王の前で誓った言葉も…。
-同じ顔、同じ瞳…それなのに、あたしの記憶は何一つ持たない彼-
言いようのない寂しさに、ずきんと胸が痛む。
…でも待って!!これは星霊魔導士として滅多に無い大チャンスかも!
5歳から教育すれば、ロキの女癖の悪さも直せるし、そうよ、ルックスはいいんだし、あたしが理想の星霊に育てれば…。
光速で立ち直ったルーシィは腹の中でにんまりとほくそ笑んだ。
「ねえ、今5歳ってことは、いつものロキまで成長するのにあとどの位かかるわけ?」
「レオ様は獅子座ですから、大体あと2年ほどで成年に達すると思われます。」
カプリコーンが淡々と説明する。
「星霊って星座によって換算年齢が違うの?」
「はい。一般的に魚座や蟹座、獅子や山羊などは早く、オリオン等のヒト系は人間と同じ、蛇などの爬虫類系はもっと長くかかります。」
「じゃあ、時計座や南十字座なんかは?」
「それらマニュファクチュア系は、生まれたときから成年であることも珍しくありません。」
「へぇ〜。ともかく、ロキはあと2年ね、OK!ロキはあたしが預かるわ。あたし一人っ子だったから、弟って欲しかったんだあ!」
「ルーシィ様、大丈夫ですか?これからレオ様は思春期等も経験されるのですが…」
「大丈夫だって!ロキの扱いならこのルーシィ様に任せなさーい!」
目先の楽しさに気を取られ、心配そうなカプリコーンを尻目に全く根拠の無い自信を漲らせて「レオの育ての親」という大役を引き受けたルーシィにバルゴがずいっと顔を寄せる。
「では姫、食事は日に2回、散歩は一日1回、各種予防接種は全て済み、蚤取りは不要です。」
「りょうか〜い」
「それから姫」
「なに?」
「去勢はしておりませんので、お気をつけください。」
「きょ…て、それ、むしろしてあったら怖いし…」
まるで犬並みの説明が済むと、バルゴとカプリコーンは各色の粒子と化して星霊界へ戻っていった。
(ふふん、2年たったらあたしは19歳、それまでにロキをあたしの理想の男性に育てるんだから。)
まるで『たま○っち』。育成ゲーム気分でルーシィはウキウキである。
「おねーちゃーん、僕、おなかすいた。」
ロキがベッドで飛び跳ねるのに飽きてルーシィの傍で躊躇なく手を握る。
「はいはい、おねえちゃんが今、おいしいご飯を作ってあげますからね〜。何がいい?」
「ハンバーグ!」
「おっけー♪」
子供らしい答えに微笑が零れ落ちる。
犬猫鳥蛇ハムスター昆虫を含めて、何かを飼…ではなく育てるなんて初めて!今日からあたしのペッ…もとい、弟となったロキに、ルーシィはいそいそと夕飯の支度を始めた。
「おねえちゃんのごはん、おいしい!!」
「うーん、素直なロキってかわいい〜♪」
思わず抱きしめてすりすりすると、ロキは照れくさそうに頬を染めて俯いた。
「お夕飯終わったら、お風呂入ってきたら?」
無垢なロキは見ているだけでも癒される。ルーシィは机に両肘を突いて組んだ手の甲に顎を乗せ、とろりと微笑んだ。
だが、その笑顔は続く一言に思わず凍結した。
「おねーちゃんもいっしょにはいろ?」
「………え………?」
「だって、ぼく、ひとりであたまとかせなかとか、あらえないもん。」
(そ…そっか、ロキはまだ5歳だもんね…)
だが、さすがにそれは…。
ロキはルーシィが答えに窮しているので、不安そうに顔を曇らせた。上目遣いで覗き込む。
「…ダメなの?」
(ロキは5歳、5歳、5歳…)
呪文のように言い聞かせるが、17歳、青春真っ盛り、花も恥らう乙女であるルーシィにとって、やっぱりどう頑張ってもこればっかりは了承できそうにない。
だって、本当に5歳の子供だったらともかく、目の前のロキは精神年齢は5歳でも身体は立派な大人。
(ってことは、一緒にお風呂に入ったら、ぜ、全部見られちゃうだけじゃなくて、その、…あたしからも見えちゃうってことよね…ぜんぶって、その…あわわわわわ…)
想像しただけで恥ずかしっくて茹でダコのように脚の先からツムジまで真っ赤っか。体中熱くてどこかの滅竜魔導士みたいに火を噴きそうになったルーシィはもうどうしたらいいかわからなくなってバタバタと手足を振り回して悲鳴を上げた。
「………ややややっぱりだめー!!いくら何でもそれはできないわ。」
「やあだあー!いっしょにはいるぅ!」
「いや、…あたしだって嫁入り前だし、さすがにヤバイって…」
「おねえちゃん、僕が嫌いなんだ…。うっ…ぐ…ひっく…」
ロキは部屋の隅でひざを抱え、体育座りで泣き始めてしまった。
赤金色の髪の隙間から覗く長い睫毛がみるみる溢れてきた雫に覆われる。
ルーシィは思いっきり動揺した。
目の前で涙で顔を出しぐしゃぐしゃにして泣いているロキは何とも脆くて母性本能が擽られる。例え今の今まで母性本能なんてもの持ってたのかと聞かれても定かじゃないが、擽られるものは擽られる。
「ああーー、全くもう!甘え上手な所は天性なのね?わかった、わかった!」
「やった〜!」
途端に無邪気な笑顔を見せるロキにやられたような気がしないわけでもない。
「但しあたしは水着だからね?」
「ええー!」
「これでも出血大サービスなのよ?花の乙女とお風呂なんて、普通はありえないんだからね!」
相手はなんと言っても可愛い自分のペッ…もとい弟。思い切って水着でバスルームに入れば、ロキは大はしゃぎだ。
一方のルーシィは覚悟を決めたとはいえ、やっぱり目のやり場に困る。真っ赤な顔でもじもじするルーシィと違ってロキは大喜びでルーシィに飛びついてきた。
「ち…ちょっと、ろろろロキ!!」
自分を抱きしめる力は大人の男のもので、密着した素肌にくらりと眩暈がする。首元に埋められた頭が胸を覗き込む気配にズキンと身体が反応したその時、
「おねえちゃん、なんでこんなにむねが腫れてるの?」
発せられた言葉に一気に現実に引き戻された。
「へっ?…えーっと、それは、男と女の違いで…」
「ねえ、こどもってどうやって生まれるの?」
「そ、それはこうのとりさんが運んでくるのよ」
「あー、おねえちゃん○○○○がない!ねえ、見せて見せて!」
「ききききゃあー!!だめだめーーー!!」
5歳児の「なぜなぜ攻撃」にホウホウのテイでぐったりとして入浴を済ませ、適当なシャツを着せてベッドに突っ込む。
「もう寝なさーい!」
「いっしょにねようよ。こわいよう。」
「もう!わかったわよ。」
(あー、疲れる〜!!育児がこんなに大変だとは思わなかったわ)
だが一緒に布団に入ればお風呂で温まった身体は心地良く、洗い立てのフワフワの髪は頬に触れる感触が擽ったい。ロキは嬉しそうに身体を摺り寄せてくる。
その引き締まった筋肉にどうしようもなく胸がときめく。
ロキの長い指が甘える様に背中に回されぞくりと身体が震えた。
だが今のロキに下ゴコロがないのはわかっている。ルーシィは溜息をついて力を抜き、自分もその心地良さに身を委ねた。
よく眠れるように背中をとんとんと叩いてやる。
ふわりと2人を包む石鹸の香り。
「おねえちゃん、やわらかいなあ。ぼく、おねえちゃんだいすき。」
ふにゃんとしたその力の抜けた笑顔はいつものロキで、間近に見るそれにキュンと胸が音を立てた。
「おねえちゃんも、ロキが大好きよ。」
いつのまにかすーすーと寝息を立て始めた無防備な寝顔。
大人でもない、子供でもない、今のロキ。
あたしが「守っている」筈なのに。
傍の温もりに心が休まるなんて何年ぶりだろう。
(ふふ、あたしのロキ…)
ルーシィはいつしか自分も眠りに引き込まれていった。
(後編へ続く)