1、おはよう
「・・・ん、ふぁああ。」
その日の朝、雛森桃は小鳥のさえずりに目を覚ました。見覚えのあるような無いような天井が目の前に広がっている。まあ、木造住宅の天井なんて似て非なるものと言えるかもしれないが。
(何か、体がだるい・・・かも。)
ぼんやりとした頭の中でそんなことを思う。仕事の疲れが取れていないのだろうか。
(風邪とかかも・・・。何かお腹の辺りが気持ち悪いし。)
雛森は下腹部に妙な違和感を感じていた。
(もうちょっと寝てようかな・・・?)
そう思い、寝返りを打つ。
「!?」
その瞬間、目の前に広がった光景に雛森は絶句した。雪のように白く、そして鋭い印象を持つ髪、幼いながらも精悍さを醸し出す容貌、その閉じられた瞳は開かれれば宝石のように澄んだ翠で・・・彼女にとっては見覚えがあってありすぎる程の相手がそこ――――即ち雛森のすぐ隣で眠っていたのだから。
「え・・・あ・・・う・・・?」
(ひ、ひひひ日番谷君!?)
驚きのあまりまともに言葉を紡ぐことできない雛森。
(な、何で日番谷君が私の横で寝てるの〜!?)
雛森はそう叫びたい衝動に駆られた。彼、日番谷冬獅郎は雛森の幼馴染にして、彼女の恋人でもある。姉弟のように育った二人は紆余曲折を経て、現在の関係へと鞘を収めた。その日番谷が雛森の隣で寝息を立てている。雛森はあっさりとパニックに陥った。
(そ、それは確かに小さい頃は一緒のお布団で寝たりしたこともあったけど、でもそれはやっぱり小さい頃のことだし。でもでも、みんなで宴会した時とか揃ってゴロ寝しちゃうことがないわけじゃないし!ああ、だけどやっぱりその・・・。)
そこで雛森は自分の体が妙にスースーする・・・もとい、肌寒いことに気付いた。何となく、そんな予感はしていたものの、恐る恐る布団に覆われた自分の姿を確認する。何も着ていなかった。
「ふにゃあああああああああああ!?」
そして雛森は朝から近所迷惑な悲鳴を上げたのだった。
『日・・・番谷・・・く・・・。』
『好きだ、雛森。』
間近に感じた熱い吐息、浮かび上がる汗と融け合うように寄せられた肌。絡み合う視線が、熱が、追い立てられて、甘い痛みが身体を貫いた。
思い出した途端、雛森は爆発する勢いで頬を紅潮させた。寝惚けていて気付かなかった自分が恨めしい。何故、日番谷が雛森の隣で眠っているのか。答えは簡単だ。昨晩は二人はそういう関係になったのだから。幼馴染で姉弟のように育った(一応)二人が恋人という関係に落ち着くまでもそれなりにいろいろあったのだが、さらに一線を越える前でにはゴチャラゴチャリラゴチルレロとでも形容したい(それはどんな形容だ)くらい、とにもかくにも大変だったのだ。彼らの仲を見守りつつも面白可笑しく混ぜっ返していた松本乱菊でさえも『いい加減にくっつけや、ゴルァ!』(やや語弊あり)とたまたま目が合った阿散井恋次に八つ当たりして締め上げたくらいである(恋次はいい迷惑だ)。もちろん単に隊長と副隊長としての激務により、なかなか二人きりで過ごすのが難しかったこともあるのだが。そんなこんなで二人は昨晩めでたく一夜を共にしたのであった。
(どどどどどうしよう・・・!)
ようやく現状を理解した雛森は傍目に見ても愉快なくらいワタワタとした意味のない動きをしている。
「と、とりとりあえず・・・何か着る物!」
雛森は慌てて自分の周囲を見回す。そしてとりあえずすぐ近くにあった着物を羽織った。
一方日番谷は雛森が悲鳴を上げたことにも気付かず、ひたすら眠っているようである。日番谷は昔から寝起きが悪く、なかなか布団からでようとしない。そのくせ、緊急時には普段のそれが嘘のように俊敏な動きを見せる。まるで野生の獣のようだ。雛森は気付いていないが、警戒心故にいつも眠りが浅いため、その結果寝起きが悪いという循環になっているらしい。それでも彼はそんな眠り方でも疲れが取れる術を手に入れている。もっとも安全だと分かっている場合は深く眠ることもあるようだが。
「日番谷君、まだ寝てるんだ・・・。」
雛森の目には日番谷はぐっすりと眠り込んでいるように見えた。普段眉間に寄っている皺がなくて、歳相応(といっても尸魂界の住民の寿命その他は現世のそれとはかなり異なるのだが)の少年の寝顔のようである。
「えへへへ・・・。」
大好きな相手が側に居ることの喜びに、雛森の頬が自然と緩んできた。幸せだけど、何だか照れくさい。そういった気分である。
「・・・ん。」
日番谷が寝返りを打った。眉間にまた皺が寄っている。無意識だろう、腕で眼の部分を隠した。どうやら眩しいと感じているらしい。丁度窓の格子から日番谷の顔の部分に陽光が降り注いでいる。
(あ、起きちゃう・・・かな?)
まだ彼の可愛らしい寝顔を見てみたい気もするが、長年の勘でそろそろ日番谷が覚醒に到りそうな予感のする雛森。
「・・・んぁ。」
そして日番谷の瞼がゆっくりと開いた。しかしまだ半開きな状態で普段強い意志の光を宿すその瞳は未だ虚ろである。
「日番谷君・・・?」
「ん・・・。」
雛森の声に反応してか、日番谷は生返事をした。しかしやはりボーッとしている感じは否めない。
「朝だよ〜?」
唐突に日番谷がムクリと半身を起こした。それでもまだ、半分以上寝惚けているようで、このままだと上半身を起こした状態で夢の世界に旅立ってしまいそうな様子である。
「日番谷く〜ん?」
「・・・。」
雛森が声をかけると、日番谷はもう舟をこぎ始めていた。
(何だか、シロちゃん可愛いv)
雛森はそんな日番谷を微笑ましく思う。元々大人っぽい言動(でも雛森に対しては子供っぽいことも多い)を取る日番谷であったし、死神になって隊長に就任してからは威風堂々な風格を漂わせるようになっていた。そんな彼が自分に対してはこうして微笑ましい姿を見せてくれている。やはり信頼されている証なのだろう。雛森は嬉しく思う。
(普段のシロちゃんも格好良いけど、こういうシロちゃんもいいな〜。)
幸せいっぱいの雛森は表情も緩みっぱなしである。
「それに昨日なんて格好良いというより色っぽくて・・・男の子にこういう言い方って変かもしれないけど・・・て、私ってば何考えてるんだろ、やだ〜!?」
昨夜の日番谷の様子とそれに伴う出来事を思い出し、雛森は顔を真っ赤にしてブンブン頭を横に振る。
「ん〜。」
雛森の声に反応してか、日番谷は猫が顔を洗うかのように瞼の辺りを擦った。
(・・・そろそろ、ちゃんと起こしたほうがいいかな。シロちゃんだってお仕事あるんだし。)
基本的に隊長格の仕事は年中無休だ。実際に仕事をしているかどうかは別にして、緊急事態にすぐ対応できるよう非番でも招集されたときは動けるようにしておかなければならない。
「シロ・・・じゃない、日番谷君。」
「ん。」
「日番谷君ってば。」
「んー。」
「朝だよ。起きなきゃ。」
「んん。」
「駄目だよ〜。起きてよ、ちゃんと〜。」
雛森が日番谷の肩を軽く揺さぶるが一向に起きそうにない。
「もう!日番谷君ってば。起きないとキスしちゃうぞ?」
(・・・なんてね。)
こう言えば日番谷が驚いて目を覚ますのではないかと思い、雛森は言ってみたのだが、効き目はないようであった。
「本当にしちゃうよ?」
そう言って雛森はいまだ寝惚けている日番谷にそっと顔を寄せる。
(うわ〜、顔小さい、肌綺麗、睫毛長〜い。)
改めて間近で眺めると、日番谷の整った顔に雛森はドキドキしてしまった。
(えい!)
そして雛森は日番谷の頬へ唇を押し当てた。
「!?」
その瞬間パチクリと日番谷の眼が開く。慌てて視線を動かせば、雛森と目があった。
「おはよう。」
雛森はニッコリと微笑む。そんな彼女に日番谷は眼を丸くした。余程動揺しているのかいつもの強気な物言いも出てこないようである。
「・・・っ、お、前・・・なぁ。」
「日番谷君は?」
「・・・。」
ニコニコと笑顔を向ける雛森に日番谷は悔しげな表情を浮かべる。どうやら先程の雛森のキスで一気に覚醒状態に到ったらしい。
「きゃ!?」
そしてしばらく黙っていた日番谷はいきなり雛森の腕を引っ張った。油断していた雛森はあっさりとバランスを崩し、布団に倒れ込む。さらにすかさず日番谷が雛森の肩を掴むと身体を反転させ、一気に引き倒した。
「ちょ・・・日番谷・・・く・・・。」
日番谷に抗議をしようとした雛森の言葉が途中で途切れる。否、日番谷によって途切れさせられたと言った方が正しいだろう。
「・・・ん、ふぁ・・・駄・・・目ぇ・・・。」
日番谷は雛森を押し倒すと強引に唇を重ねた。そして『キスなんてのはこうやってやるんだよ!』と言わんばかりに濃厚な口付けを与える。
(し、シロちゃん・・・!?)
口内を犯す熱い物に雛森は心臓が破裂してしまいそうだった。正直何度してもこういった行為に慣れない、いつだっていっぱいいっぱいな雛森である。
「・・・ふぁあ・・・。」
ようやく口が開放されたときには目を回してもおかしくないくらい雛森は真っ赤な顔をしていた。
「・・・おはよう。」
「!?」
さらに耳元で甘く囁かれる。ゾクリとした何かが背筋を走り、身体に力が入らなくなった。
「・・・ひ、日番谷君・・・ずるい・・・・・・。」
雛森が呟くと口の端を上げて笑う日番谷と眼が合う。
(かなわないな〜・・・。)
そんなことを思いながら雛森は胸の内で白旗を振るのだった。
<後書き>
何と言うか、とりあえず―――――――――初っ端から何書いとりますか自分〜!?・・・と突っ込んでみる。何が恥ずかしいって書いてる本人がだよ!でもネタ帳のメモに『押し倒した後そのままHまでもっていくのもあり?』とか書かれていました(爆) 何考えてたんだ、当時の自分は!?・・・まあ、朝からそれはどうよ?とか思ったのでやめましたけどね。
一応、甘い話を目指したつもりです。日番谷の可愛らしさが強調されすぎてしまったような気も・・・。それにしてもこの日番谷寝起きが悪すぎです。半分くらい狸寝入りじゃないかと疑いたくなりますね。てことはわざとですかい、日番谷君?雛森さんは乙女フィルター発動中(笑) 日番谷の色気にノックアウト寸前(爆) どうでもいいことですが、シリアスでいける話にいちいち笑いの要素を放り込みたくなるのは水無月の悪い癖です(根っからのコメディ体質?)
2005/06/03 UP