5、蛍

 

 

 

 死者の魂魄は大抵死神に魂葬されてソウル・ソサエティに辿り着く。彼らは流魂街で寄り添うように生活し、時折霊力を持った者が壁を越えて瀞霊廷に入り、主に死神として生活を送るようになるという。壁の内と外では認識・生活の格差が著しい場合も多々あるが、中には先入観なしにお互い交流を持つ者もいる。一方、生前深く罪を犯した魂魄は地獄に引きずりこまれる。地獄への門を潜った魂魄がどうなるかは死神ですら知らない者も多いという。ただ、ろくな末路が待っていないことだけは想像に難くなかった。そして、ソウル・ソサエティにも地獄にも行かない魂魄というものも中には存在する。それはこの世に生を受けることなく死んでしまった胎児の魂魄だ。

 彼らの魂魄はソウル・ソサエティでも地獄でもない別の世界に導かれる。その世界への門は周期としては年に数回ほど開く割合だ。胎児の魂魄は本能に導かれるかのように門の開く時期に門の出現する場所に集まってくる。このような魂魄は霊力も低く、蛍の光のように儚い。否、実際に霊感の強い人物の目からは彼らの彷徨う姿は蛍のそれのように見えるという。

 そして今夜、もう一つの世界への門が開かれるのである。すでに形のない光としか形容のしがたい魂が恐らく門が開かれるだろう地域に集まってきている。

「多いな。」

「うん・・・。」

そんな小さな魂を見守るのは一組の男女。一人は白い髪の少年、もう一人は黒い髪の少女。背は少女の方が高い。彼らは死神だった。胎児の魂魄は弱弱しいが、この時期一箇所に集まる。一つ一つは小さくとも集まればそれなりの量だ。それを狙って動く虚がいる。プランクトンを一気に飲み込む鯨のように。だから、集まった魂が無事門を潜れるように、死神が派遣されるのである。

「こんなにたくさんの子が生まれてこれなくて死んじゃったんだね。」

「向こうに行けばその分早くまた生まれ変わってこれるさ。」

「う、うん・・・。」

泣き出しそうに声が震えている少女に少年は言う。息を潜めて、彼らは幼い魂が無事に渡っていくのを願う。

『!?』

 突然二人の間に緊張感が走る。真剣な顔つきで二人は立ち上がった。お互いに目配せして、腰の刀に手を掛ける。

「この霊圧・・・。」

「虚だな。」

少年が判断を下した。

「行くぞ、雛森。虚が近づく前に討って出る!」

「うん!」

二人は一斉に駆け出した。虚を門に近づけさせてはいけない。幼い魂が襲われる前に自分達が防ぐのだ。

「日番谷君、三体いる!」

「一体は任せる!」

「分かった!」

少年と少女は死神としての責務を果たすため、虚へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 少年の名は日番谷冬獅郎。死神を束ねる十三隊が内、十番隊の隊長。そして少女の名は雛森桃。同じく五番隊の副隊長だ。本来なら彼らが出向くような仕事ではない。割と下位の死神が担当する仕事だ。何故彼らがこの場にいるのか。それは護廷十三隊のシステムにも関わることである。

 この、胎児魂魄保護任務は各年で担当する隊が違い、十三年で一巡するのである。例えば一番隊が一年間担当して、その翌年は二番隊、その次の年は三番隊と続いていくのだ。因みに去年は九番隊の面々が役割を果たしてきた。そのため、今年は十番隊が担当である。ところが・・・。

「全治一ヶ月だと!?」

「す、すみません隊長・・・。」

「騒がないで下さい、患者の傷に響きます。」

「あ、悪い。」

救護室で思わず叫んでしまった日番谷に身を竦める隊員と冷静に注意する四番隊隊員。今回派遣されるはずだった死神が直前の仕事で負傷し、入院を余儀なくされてしまったのだ。

「自分が油断していたせいで・・・。」

「いや、無事で良かったよ。少し驚いただけだ。」

「裂傷その他は一週間ほどで鬼道治療を併用すれば塞がりますけど、骨折はそうはいきませんので。それに日々患者が運ばれてきますから、どうしても重傷者の処置を優先せざるを得ないのです。」

つまり四番隊の隊員は余計な霊力を割くことはできないと言っているのだ。

「仕方ないですよ。固定してれば、その内、骨はくっつきますし。」

「ああ、分かっている。一先ず代わりの奴を派遣するから、お前は治療に専念してろ。」

「はい、隊長。」

「では、証明書等が必要の際はご連絡を。」

「ああ。」

 そういった訳で代わりを探すことになったのだが、丁度良く手の空いている者が見つからない。大体、いつも皆忙しいのを何とかやりくりしているのだし、しかも急なことなのだ。すぐさま代役というのは難しいのだろう。

「こうなったら、いっそ俺が出向くか?」

隊員の責任は隊長が取るのが自然な流れかもしれないと考える。別に代役を引き受けてくれる相手を探すのが面倒臭くなったとかそういうわけではない。そしてその意図を十番隊副隊長である松本乱菊に伝えた所、こんな答えが返ってきた。

「じゃあ、私も一緒に出向けばいいんですね?」

「は?」

ウェーブがかった金髪を掻き揚げて言う乱菊に日番谷が聞き返す。

「だって、私は隊長の副官ですし。出来る限り行動を共にするのが通例でしょ?」

「それはそうだが・・・。」

「大丈夫ですよ。ちゃんと手続きましておきますから。」

「なら、いいが・・・。」

そんな会話をしていたのに、当日現場に姿を現したのは雛森だった。

「何で雛森がここにいるんだ。この辺で仕事でもあったのか?」

「ううん、乱菊さんの代理なの。」

「へ?」

 尋ねる日番谷に雛森は首を横に振る。

「俺は松本に・・・結構近い所で仕事が入っているから、それを済ませてから現場で合流すると聞いたんだが・・・。」

「えええ!?私、日番谷君が一人で行っちゃったから代わりに様子見てきてって頼まれたんだよ?」

「はあ?」

「一隊長が副官も無しに動いているのを放っておくわけにはいかないって。でも自分は報告書の期限が近くて手が放せないからって・・・。」

「ま〜つ〜も〜と〜・・・。」

驚いて挙動不審になる雛森を横目に日番谷は自らの副官に怒りを覚える。

(帰ったら倍返しだな。)

日番谷はそう決心した。

 

 

 

 

 

 こうして日番谷と乱菊と代理としてやってきた雛森は幼い魂を虚から守るため、門が出現すると推測される地点に控えていたのだが、虚が近づいたのを察知し、迎え撃ちに出たのである。

「巨大虚三体か・・・。新人に無理に押し付けなくて正解だったな。」

実戦経験が乏しい死神では返り討ちにあう可能性がある。日番谷一人でも苦もなく倒せることは確かだ。しかし、今この地に集っている魂が死神の霊圧ですら毒になるか弱いものだ。斬魄刀を解放したら、自分達の霊圧で傷つけてしまうかもしれない。だから、極力抑えて戦わなくてはならない。

「これ以上先には行かせない!」

 雛森が叫んで虚の一体に切りかかる。お人好しとも言える程優しい雛森にとって、抵抗する手段すらない胎児の魂魄を喰らわんとする虚は最も嫌悪すべき部類に入る虚なのだろう。

「おい!てめえらの相手は俺だ!!」

日番谷もまた二体の虚を相手に俊敏に動き回り撹乱させる。力加減を考慮するのは難しい。虚相手に手加減する気はないが、これも新しい世界に旅たつ無垢なる魂のためだ。

「たあ!」

「ぐは!?」

日番谷は飛び上がり、虚の側頭部に蹴りを入れる。バランスを崩し倒れる虚。ついでに隣の一体もドミノ倒しの要領で引っ繰り返った。

「もう!日番谷君目茶苦茶だよ!!」

雛森の声が飛ぶがこの際無視である。

「森が可哀想でしょ!?」

「知るかよ!」

虚と一緒に薙ぎ倒された木のことを言っているようだ。確かに自然破壊は良くない。皆さん自然は大切にしましょう。

「雛森こそ、そいつ自分で何とかしろよ。任せたんだからな。」

「分かってるよ!」

日番谷の言葉に奮起したのか雛森は鬼道を放つ。そして・・・

「これで最後だ!」

「これで終わりよ!」

 二人はほぼ同時に虚を倒した。二体の虚はその罪が清められ浄化していく。因みに日番谷が初めに切った虚は生前重い罪を犯していたようで地獄の門へと消えた。

「終わったね、日番谷君。」

「ああ・・・。」

「あ、見て。門が開くよ。」

雛森の指差す方向には薄い緑色や青・・・オーロラのような薄い光の幕を思わせる光がゆらゆらとしている。これは間もなく、もう一つの世界への門が開かれる兆候だ。

「俺達も行こう。」

「うん。」

彼らには幼い魂達の旅立ちを見届ける義務がある。

「・・・綺麗だね。」

「ああ。」

 雛森の言葉を日番谷が肯定する。魂が天に昇っていく様子は魂葬の時にどこか似ていて、まるで蛍のようだ。

「今度はちゃんと生まれてこれるといいね。」

「そうだな・・・。」

二人は肩を寄せ合ったままこの世に生まれてくることなくその命を終えた胎児達の魂魄を最後まで見守り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

<後書き>

 いろいろ捏造設定の多い今回です。構想を作った時には胎児だけではなくて産まれたばかりの赤ん坊、つまり嬰児も当てはまるはずだったのですが(ネタ帳参照)、原作で否定されちゃいましたからね。緋真さんがルキアと別れたのはルキアが赤子の時。即ち赤子もソウル・ソサエティに来るということになりますから。急遽設定変更です。別に話の流れが変わるわけじゃないですから、いいんです。

 

 

2005/11/01 UP