6、楓

 

 

 

 秋深し。風は涼しく、葉は色づき、虫の音が夜を演出する季節だ。ソウル・ソサエティにも一応四季というものが存在し、『秋』という季節もまたある。そして誰が言い出したのかは皆目不明だが、この時期、護廷十三隊の隊長・副隊長+αで紅葉茶会なるものが毎年行われていた。茶会と言っても、抹茶と和菓子に懐紙で袱紗なアレではなく、実質ただの宴会だ。祭好きの隊長・副隊長を中心に大いに盛り上がる、所謂親睦会の色が強い。

「十番隊隊長日番谷冬獅郎殿、副隊長松本乱菊殿が参りました!」

「おお、ご苦労じゃったな。」

 日番谷と乱菊が会場に訪れると、まず一番隊隊長でもある山本元柳齋重國の元へ案内される。この日の茶会は一番隊区画の庭園で開かれていたからだ。

「山本元柳齋重國総隊長殿、本日はお招きありがとうございます。」

日番谷が山本の前で膝を突き、頭を垂れる。そして乱菊もまた日番谷に習い、礼を取った。

「いつもご苦労じゃの。」

「いいえ、勿体無いお言葉であります。」

「今宵はしばしの骨休めとなろう。存分に楽しむが良い。」

「はい、ありがとうございます。」

畏まった挨拶を済まし、日番谷と乱菊は山本の前を辞し、会場の奥へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

「日番谷君、こっちこっち〜!」

「やあ。今年は遅かったね、二人とも。」

 会場に入った途端、日番谷達に声が掛かる。見れば、五番隊副隊長の雛森桃が嬉しそうに元気良く手を振っていた。その隣には雛森の上司である五番隊隊長藍染惣右介の姿。

「雛森・・・藍染・・・。」

「どうも、藍染隊長、雛森。」

笑顔の二人にいつものように眉間に皺を寄せたまま(むしろ若干増えている)の日番谷と、艶やかな微笑みを浮かべた乱菊が応対する。

「ほら、見てみて。これ、杏林堂の和菓子。流石山本総隊長主催だよね。凄く、良い物出してるの。」

「今年は一番隊が幹事だからね。厳選した物ばかりだよ。」

「あら、本当上品な甘さね。」

「松本、いつの間に・・・。」

気がつけば、乱菊はちゃっかり座って雛森から渡された練切を口に運んでいた。

「さあ、日番谷君も座りたまえ。」

「あ、ああ・・・。」

藍染に促されて日番谷も敷布に腰を下ろす。

「日番谷殿、松本殿、御抹茶であります。」

「ああ。」

「ありがとう。」

「僕にももう一杯いただけるかな。」

「かしこまりました。」

恐らく一番隊の隊員であろう青年が日番谷と乱菊に茶碗を運んでくる。その表情は隊長格を相手にしているせいか硬く事務的だった。日番谷達が茶碗を受け取ると同時に今度は藍染が声を掛ける。青年は一礼し、その場を退いた。

「お酒じゃないのね。」

「一応、茶会だからね。」

 乱菊の呟きに藍染が言う。前述したようにこれは茶会とは名ばかりの宴会である。一応初めの一杯は抹茶が出されているようだが、会場にはすでに一升瓶やら、フレッシュジュースの注がれたグラスやら、酒樽が置かれているというか、むしろ散乱している。

「京楽隊長や更木隊長は飲んでますけどね。」

後ろを振り向いての雛森の一言。

「まあ、それはあいつらだし。」

「日番谷君、それはちょっと失礼だよ。」

妙に納得している日番谷を雛森は嗜めるのだが・・・

「でも実際そうじゃない、雛森。」

「確かにね・・・。」

「乱菊さん!藍染隊長まで!?」

他の二人にも肯定されたので、余り効果はなかった。

「それにしても綺麗な紅葉ね。」

 乱菊が周囲の木々を眺めて嘆息する。一番隊の庭園では桜に楓、銀杏といった木々が葉の色を変えている。なかなか美しい光景だった。日番谷達はまだアルコールの摂取をしていなかったので景色を観賞する余裕があるらしい。ただし酒が入るのも多分時間の問題であろうが。

「そうですね、乱菊さん。ほら、あそこにも綺麗なモミジ。」

「は?何言ってるんだよ、雛森。あれはカエデだろう。」

うっとりとしている雛森に意外そうに言う日番谷。

「ええ?これはモミジだよ。」

「カエデだ。」

「モミジ!」

「カエデ!」

赤く色づいた葉を茂らす木を指し、日番谷と雛森は言い争う。まるで子供の喧嘩だが、本人達は気付いていないし、乱菊や藍染に微笑ましく思われていることも自覚していない。

「これは絶対モミジなの!赤くて葉っぱがちっちゃいし!!」

「そんなのが理由になるか!これはイロハカエデだろ!?」

「違うもん!カエデはこっちの葉っぱが大きいのだもん!!」

「それはハウチワカエデだ!」

二人の掛け合いは止まらない。

「意外に植物に詳しかったのね、隊長・・・。」

「そうだね。大きく区分すればカエデ科だけど、俗称としてモミジと呼ばれることはあるね。」

「そうなんですか、藍染隊長。」

「盆栽なんかだと、葉の切れ込み具合で、モミジだったりカエデだったりするみたいだね。それからカエデの内、紅葉が綺麗な種類のものをモミジと呼ぶ場合もあるよ。」

「お詳しいんですね。」

「いや、それほどでもないよ。」

 一方のんびりと会話を続ける藍染と乱菊。

「例えば、雛森君が最初にモミジと言った木なら学術的にはカエデ科カエデ属イロハカエデ節イロハモミジと呼ぶのが正しいのかな。とにかく種類が多いからね。」

「じゃあ、結局どちらが正しいんですか?隊長と雛森。」

「さあ?一概には言えないけど、どちらも正解なんじゃないかな。」

「なるほど。それもそうですね。綺麗なことには変わりないですし。」

「確かにそうだね、松本君。」

乱菊達は勝手に二人で納得しあっていた。その傍ら、日番谷と雛森の喧嘩はいつの間にか話題がそれ始めている。

「もう!どうして日番谷君ってばそんな意地悪言うの!?」

「意地悪って何だよ!?」

「いつもいつも私のこと馬鹿にしてぇ〜・・・こうなったら自棄酒してやる!」

「はい!?」

目を丸くする日番谷を余所に雛森は盆を持って通りかかった三番隊副隊長吉良イズルに声を掛けた。どうやら隊長である市丸ギンが所望した品らしい。

「吉良君!私にもお銚子ちょうだい!!」

「ひ、雛森君!?」

驚く吉良。そしてトラブルの臭いでも嗅ぎ付けたのか市丸がそれに便乗する。

「お〜、雛森ちゃん豪気やな。いっそ枡でいかへん?」

「市丸!」

「日番谷君は黙ってて!」

雛森は市丸から日本酒で満たされた枡を受け取り、一気に呷る。そしてそれをさらに囃し立てる、すでにできあがった酔っ払いたち。

「この場合、僕は止めなくていいのかな。」

「ちょっと隊長だと荷が重そうですよね。」

 少し離れた所で様子を見ていた藍染と乱菊が顔を見合わせる。

「まあまあ、藍染。今夜は無礼講なんだし、そう堅いことを言わなくてもいいんじゃないか?」

「そうだよ、乱菊ちゃん。」

そんな彼らに話しかけるのは十三番態隊長浮竹十四郎と八番隊隊長の京楽春水。そして二人もまた宴会の中へと引きずり込まれていった。もはや日番谷は四面楚歌状態である。

「雛森!飲むなとは言わないが一気飲みは止めろ!!」

日番谷の制止を無視して勧められるままに酒をガブ飲みした雛森はすぐに顔を真っ赤にして、いかにもな酔っ払いへと変化した。

「五月蝿〜い!シロちゃんも飲むのだ〜!!」

「だからシロちゃんは止せと・・・んんんー!?」

さらに雛森は酒を口に含み日番谷と唇を重ねる。

「いきなり口移しかいな。意外にやるで、雛森ちゃんは。なあ、イズル。」

「ひ、雛森君が・・・。」

彼女の大胆な行動に感心して隣の吉良に話しかける市丸だったが、吉良の方は密かに想いを寄せていた雛森のキスシーンに愕然としていた。

「・・・あかん、めっちゃショック受けとる。エライこっちゃ、重症や。」

吉良の余りの沈みっぷりに失敗したかもしれないという思いが脳裏を過ぎる市丸。

「ひ・・・な森・・・止め・・・。」

「シロちゃん、顔赤いよ。もう酔っちゃった?」

「馬鹿野郎、そんな訳ないだ・・・。」

「じゃあ、もっと飲ませてあげる♪」

「だぁあああ!止め止め止め・・・んぐ!?」

再び口移しで日番谷に酒を飲ませる雛森。傍目には雛森が日番谷を押し倒したように見える体勢だ。飲みきれなかった酒が合わさった唇から溢れ、顎を伝い落ちていく。

「雛・・・も・・・んん・・・もう止め・・・・。」

「シロちゃ・・・んあ・・・もっと・・・。」

まるで濡れ場のような遣り取りにも突っ込む者は出てこない。紅葉茶会はいつの間にやら無法地帯になっていた。

 

 

 

 

 

 この後、どのような経緯があり、翌朝どこで、そしてどのような格好で日番谷と雛森が目覚めたかは、二人の名誉のためにも秘密にしておいた方が無難であろう。ただ、目撃者の証言によれば、早朝・・・

『日番谷君のエッチぃいいいいい・・・!!』

という悲鳴が十番隊区画で耳にされており、廊下を歩いていた日番谷の頬には綺麗なカエデ模様があったとか。

 

 

 

 

 

 

 

<後書き>

 似非植物講座も散りばめた今回のお題であります。“紅葉”という漢字は『コウヨウ』とも『モミジ』とも読めるので便宜上『モミジ』は片仮名で表記しました。それに合わせてセリフの“楓”は『カエデ』とやはり片仮名で表記しました。

 そして雛森さんの酒癖が悪いです。彼女は日番谷君限定で絡み酒になるのだと思います。恋次とかが愚痴を聞かされる可能性はありますが、犠牲者は基本的に日番谷君です(笑)

 

 

2005/11/11 UP