7、雪

 

 

 

 その年の冬は例年稀に見る大雪の年だった。身も凍えるような寒さが続き、環境の悪い流魂街の区画では凍死者も出たという話も伝わっている。比較的治安の良いここ西流魂街でも、裕福でない層の住民は、長屋の隙間風に苛まれ、身を寄せ合い震えていた。

「ううう〜、寒いよ〜。」

「桃、もっとこっちへお寄り。冬獅郎も。」

「俺はいいよ。」

「駄目!シロちゃんもこっち!。」

老女と桃と呼ばれた少女、そして冬獅郎と呼ばれた少年が、囲炉裏の側で布に包まり、身を寄せ合っている。特に少女は余程寒いのか震えていた。

「全く、馬鹿じゃねえのか。そんな寒いなら外にずっといるなよ。」

「・・・だって、雪が降るかもしれないと思ったんだもん。」

「それで凍えてたら意味ないだろ、馬鹿桃、阿呆桃。」

「シロちゃんの意地悪!」

冬獅郎の容赦のない言葉に桃は涙目になりつつも反論する。まだ幼い桃には冬獅郎が彼女を心配する余りにそういう文句を言うことを気付けない。一方心配性で照れ屋で意地っ張りな冬獅郎は素直に心配していると言うことができないのである。つまりどっちもどっちということだ。

「もう少ししたらお鍋が煮えるから、そうしたら御飯にしようかね。温まるよ。」

「は〜い。」

「わかった。」

老女の言葉に二人が返事をする。タイミングも揃っていた。結局の所、冬獅郎と桃は気が合っているのかもしれない。

 その日の夜、寒いからという理由で一緒の布団に入って寝ることになった桃と冬獅郎は、掛け布団を被ったまま話をしていた。

「シロちゃんは明日雪降ると思う?」

桃が冬獅郎に話しかける。

「知らねえよ。」

どこかワクワクした様子の桃とは対照的に冬獅郎の言動はそっけない。

「え〜、そんなこと言わないで教えてよ〜。ね〜。」

「だから、何で俺に聞くんだよ。」

「だって、シロちゃんのお天気予想外れたことほとんどないもの。」

「何だそりゃ・・・。」

「だから教えてよ〜。明日降るの?それとも明後日?雪はいつ降るの〜?」

どうやら桃にとって近い内に雪が降るのは決定事項らしい。

「別にいつだっていいだろ、もう寝ろよ。」

「やだ。シロちゃんが教えてくれるまで寝ないもん。」

「オイ。」

脅しとしてあまり意味がなさそうだが、桃の声音はどうやら不機嫌そうである。しかし不機嫌具合なら冬獅郎だって負けていない。元々常に機嫌の悪そうな態度だが、ことさらに眠い時の態度の凶悪さといったら、死神も裸足で逃げ出すともっぱらの評判である。

「駄々こねてないでさっさと寝ろよ。明日が辛いぞ。」

「い〜や〜!」

「五月蝿い。ばあちゃんが起きる。」

「あ、ごめ・・・。」

冬獅郎の指摘に桃が口篭る。

「とにかく、今日はもう寝ろ。いいな?」

「う〜。」

冬獅郎がそう畳み掛けるのだが、桃はまだ納得できていないようである。

「心配しなくてもこの寒さなら近い内に降るだろ。積もるかどうかまでは知らないけどな。」

「う、うん・・・!」

とうとう冬獅郎が仕方がないといった様子で雪の降る可能性を肯定した。その途端、桃の顔が嬉しげに輝く。

「も、もういいだろ・・・お休み。」

「お休み〜。」

冬獅郎はぶっきらぼうな仕草で桃に背をむけ、そのまま寝に入ってしまった。しかし顔が赤いので照れ隠しなのだということを物語っている。桃も安心した様子で眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

「シロちゃん、シロちゃん、雪、雪、雪〜♪」

 数日後の朝、目に映る範囲全てを覆い尽くさんばかりの雪に桃は歓声を上げる。真っ白でキラキラと輝く銀世界。桃は瞳を輝かせて雪の中へと駆け出した。

 

サクッ サクサクサクッ

 

新しい雪を踏みしめる音。何だか嬉しくて桃はさらに駆け回る。

「えい!」

「桃!?」

いきなり雪にダイブした桃に冬獅郎はギョッとした。

「えへへ、冷た〜い。」

「何やってるんだよ・・・。」

そのままはしゃいで雪の上を転がりまわる桃に冬獅郎は呆れ顔だ。

「だって楽しいんだも〜ん!」

満面の笑みで桃が答える。

「そんなことやってると風邪引くぞ。さっさと起きろ。」

「え〜、シロちゃんもやろうよ。」

「嫌だ。」

「楽しいよ?」

「寒いだろうが。」

「それはそうかもしれないけど〜。」

唇を尖らせて桃が上半身を起こす。

「ほら、頭に雪乗っけてんぞ。」

そう言って冬獅郎が桃の頭や肩についた雪を払い落とす。

「じゃあさ、一緒に雪だるま作ろう!」

「何でだよ。」

「シロちゃんはカマクラの方がいい?」

「だから何でだよ。」

「雪兎も作ろうね!」

「だからどうしてそうなるんだよ!」

 桃と冬獅郎の会話は噛み合っていない。不機嫌そうな顔(いつものことだが)の冬獅郎に桃も拗ねた顔になる。冬獅郎の付き合いの悪さに膨れているのだ。

「何で楽しくないの?・・・ふゆシロちゃんのくせに。」

ボソリと桃が呟く。どうやら獅郎だから冬や雪が好きという方程式らしい。

「そりゃどういう意味だ!?」

桃の呟きがしっかり届いていた地獄耳の冬獅郎は、桃に制裁を加えようと手を伸ばす。しかし桃は跳ね起きて寸前で冬獅郎の手をかわす。

「待ちやがれ桃!」

「や〜だよ〜!」

追いかける冬獅郎、逃げ回る桃。走り回る二人はいつの間にか笑顔で生き生きとしたものになっている。

 それからしばらく二人の追いかけっこが続き、その後小休憩を入れて呼吸を整えていた桃と冬獅郎。そんな冬獅郎の後頭部に突然冷たい感触。反射的に手を当てると雪の欠片が手についた。

「シロちゃんのバ〜カ。」

声に振り返れば、桃が笑いながら舌を出している。その手には雪玉。どうやら彼女がそれと同じものを冬獅郎に投げつけたようだ。

「やりやがったな・・・このクソ桃!」

お返しとばかりに冬獅郎も雪を手に取り、固めて桃へと投げつける。

「ひゃ!?」

冬獅郎が投げた玉は見事桃の額を直撃した。

「や、やったな〜。」

「先に手を出したのはそっちだろ。」

涙目で冬獅郎を睨みつける桃と腕を組んで桃を見下すような態度を取る冬獅郎。彼らの背景の効果として龍と虎が対決している様子が見えてきそうな雰囲気だった。そして二人の瞳に好戦的な光が宿る。

「シロちゃん負かす!」

「ケッ、やれるもんならやってみな!」

こうして仁義なき雪合戦が開始された。

 

 

 

 

 

「桃姉、何してるの?」

「オレ、冬獅郎軍に入る〜。」

 数十分後、騒ぎを聞きつけた近所の子供達が集まり、本格的バトルが勃発するのだった。余談になるが、この後桃と冬獅郎が揃って風邪を引き寝込む光景が見られたとか見られなかったとか。冬の風物詩、雪合戦。熱の入れようは程々に。

 

 

 

 

 

 

 

<後書き>

 お子様シロちゃんと桃のお話です。まだ恋愛じゃなくて姉弟という感じの二人をイメージして書きました。

 雪合戦は入れ込みすぎると後で後悔します。指は悴むし、筋肉痛になるし・・・。多分脳内麻薬とか出てるんでしょうね。やってる最中。時間を忘れますから。もっとも自分が今住んでいる地域は雪がほとんど降らないので、雪合戦なんて久しくしてませんけど。

 

 

2006/02/20 UP