4、天体観測

 

 

 

 世の中に『かかあ天下』という言葉もあるが、母親が家庭の中心であると最初に言ったのは誰だったのだろうか。日番谷冬獅郎は目の前で満面の笑みを浮かべている妻の桃を見ながら、ふとそんなことを思った。

「ねえ、いいでしょ?」

子供の頃は冬獅郎の方が低かった身長も今ではすっかり逆転し、今では何がなくとも上目遣いで桃から見られることも多い。大分慣れたとはいえ、男としてはいろいろと心臓に悪い。

「いや、その・・・な?」

「だって、今日は七夕なんだよ!星、見に行こうよ。ね?」

その上目遣いでおねだりをされては天下の十番隊隊長といえども、劣勢は必至である。何せ相手は愛する妻。それも惚れて惚れ抜いて努力と忍耐の末にようやく結婚まで漕ぎ着けた幼馴染である。すでに息子もいたりするが、傍目には未だに蜜月などと揶揄される二人だった。

「ねえ、いいでしょう?シロちゃん、お願い!」

 頼み込んでくる桃に冬獅郎は内心困惑する。彼自身としては七夕なんて興味に欠片もないのだが、そんなことを素直に口にすれば桃がどのような反応をするか目に見えている。怒られるのも悲しまれるのも避けたいところだ。

「シロちゃんが定刻に上がれば大丈夫なんだから、お弁当持って行こうよ〜。」

「ピクニックかよ・・・。」

のん気な桃の主張に冬獅郎は脱力感を覚える。

「父さん、しょう油〜。」

「ああ。」

そこへ一人息子の春樹の声が上がる。食卓上で手を伸ばしているのだが、醤油の位置まで手が届かなかったらしい。

「ほら、春樹。」

「ありがとう、父さん。」

醤油の位置に一番近かった冬獅郎が彼に醤油差しを手渡してやる。それを受け取り礼を述べる春樹。この辺りはそこそこに躾の行き届いている家庭の証拠だろう。

 そう、桃が天体観測をしようと言い出したのは今朝方の出来事である。隊長である日番谷が忙しい時はそれこそ鬼のように忙しいということを副隊長経験者である桃は知っている。それでも、できるだけ家族団欒の機会を・・・という夫婦共通の意向の下、春樹と一緒に朝食を取っている最中のことだった。

「今日、曇ってるぞ。それに仕事・・・。」

「晴れるもん。」

どうせ桃の思いつきであろうと、彼女の行動を嗜めようとする冬獅郎。それを遮って桃はキッパリと断言した。仕事は暇ではないが、緊急事態でも起こらない限り徹夜で残業というほど忙しくない時期であることを桃は知っている。そして冬獅郎の処理能力を以ってすれば、定刻に上がることは不可能ではないということも。だから、仕事という言い訳は今の彼女にはあまり通じない。

「夜には晴れるって、春君が言ってたもん!」

「・・・。」

 息子の名前を出されて、冬獅郎はますます対応に困った。冬獅郎も斬魄刀の能力故にか、昔から天気の変化に敏感である。特に冬の天気予報に関してはかなりの的中率を誇っていた(別に確率を正確に計算したわけではないが)。しかし春樹も何故か春から夏にかけての天気に関しては天気予報の的中率が高い。特に『夜』の天気に関しては、冬獅郎の知る限り百発百中だった。

「・・・本当なのか、春樹。」

「んぐ?」

丁度物を咀嚼している最中だったのか、冬獅郎が尋ねると、春樹からグモった返事が返ってきた。よく見ればやっぱり口をモグモグさせている。

「あ〜、口のモン無くなったらでいいから・・・。」

少々苦笑しつつも冬獅郎は春樹に告げる。春樹もまた素直に頷いた。

(やっぱりシロちゃんもお父さんなんだな〜・・・。)

そんな二人の様子がいかにも父子のように思えて、桃は微笑ましく感じる。弟のように思っていた少年がいつしか大人になり、自分の愛する夫となり、二人の間の子供の前で父として振舞えるようにまでなる。そう考えると桃の感慨もひとしおだ。

「うん、あのね、天気はね、雨は降らないと思うよ。」

 口の中の物がなくなった後、春樹はマイペースな様子で春樹は言った。この時期、現世の某東の島国の天候を反映してか、ソウル・ソサエティでも雨が多い。朝は曇り空でも昼から夜にかけて降り出すということもしばしばだ。

「本当だな?」

「多分夜はね!」

確かめるように冬獅郎が再度聞くと、春樹からは肯定の返事が返ってきた。そして春樹は言うことだけ言うと、今度は味噌汁のお碗に手を伸ばす。食欲があって何よりだ。

「だから行こうよシロちゃん!ねえねえねえ〜!」

そしてまたもや桃のおねだり攻撃。結局の所、冬獅郎が桃のお願いを無碍にすることはいつだってできなかったりするのだ。例え甘いと言われようとも、根本的に彼は桃に弱い。必要があれば厳しいことも言えるはずなのに、そうでない時はどうしても甘やかしてしまう。これも惚れた弱みというやつなのだろうか。

「・・・桃が行きたいという気持ちは分かった。」

「じゃあ・・・!」

 渋々という感じではあるが、そう言った冬獅郎に桃の表情がパアッと明るくなる。しかし冬獅郎の次の言葉にシュンとしてしまった。彼が承諾してくれたわけではないと分かったからである。

「だけど、春樹はどう思っているんだ。遠出したいのか?」

「え?僕??」

もう自分は関係ないと思っていた春樹は冬獅郎から話題を振られキョトンとする。

「僕も行くの?」

「は、春君!?何言ってるの、春君も行くに決まってるじゃない!」

「まあ、俺も桃のことだから、こういうことは家族で出かける前提だと思っていたぞ。」

どうやら息子は両親二人で出かけるものだと思っていたらしい。この歳で夫婦水入らずを意識していたのか、それとも冬獅郎同様面倒臭がりなだけなのか、どちらにしろ一般的な歳相応の子供とはちょっとずれている。

「ふ〜ん、僕も行くんだ〜。」

「行くに決まってるよ!お母さん達、春君を置いてったりしないよ〜。」

「春樹、お前、行くつもりはなかったのか?」

 そう尋ねる冬獅郎は、息子を気遣う気持ちもあったが、その一方で、自分の都合による打算的な部分も動いていた。何故なら、冬獅郎としては、できれば天体観測をしたくなかったからである。七夕だからという理由なら、自宅に笹でも飾ればいいだろうし、態々遠出をするのは面倒臭いと考えていたのである。物臭と言うなかれ。隊長格というのはいろいろ疲れるものなのだ。

(春樹が行きたくないと言えば、桃を上手く丸め込めるんだけどな・・・。)

そうすれば行かなくて済む――――――――――というか、それって父親としてどうなんだとかツッコミがきそうな考え方である(爆)

「・・・う〜ん、父さんの仕事がちゃんと終わったら行ってもいいよ!」

『え゛・・・。』

そして笑顔で子供らしからぬ答えを返されて、困惑のあまり固まる親二名。

「母さん、いくら父さんに早く帰ってきてほしいからって、仕事急がせたら“め!”だよ?」

普段桃が春樹に物事を言い聞かせる時のような口調で、彼は母親に告げる。息子は母親に似るというが、顔の造作が良く似ているため、春樹のそれは桃の言い方とそっくりに見えた。

「それから父さんも、母さんはいつも父さんがいなくて寂しいの我慢してるんだから、面倒でも付き合ってあげなきゃ、め!」

さらに春樹は、今度は冬獅郎の方を向くとこんなことを言ってのける。息子は母のことも父のこともそれなりにお見通しだったらしい。

『・・・。』

我が子に図星を指されて叱られて、複雑な気分になりながらも、冬獅郎と桃は顔を見合わせる。

「え、えっと・・・じゃあ、シロちゃん、無理はしないで、でも、できたら早く帰ってきてくれると嬉しいな。」

「ああ、この時期の仕事の量は普通だから、そんなに遅くはならないと思う・・・。」

そして二人が互いに言った言葉に、春樹は一人合格とでも告げるかのように頷いていた。

 

 

 

 

 

「ふぁあ!綺麗〜!」

 開放的な眺めの広がる丘の上。夜空を見上げた桃が歓声を上げる。午前中の湿気を含んだ空気が嘘のように、空気がさっぱりとしている。風は涼しく、緑の匂いがした。そして天上には満天の星。白く霞がかった天の川も確認できる。

「本当に・・・晴れたな。」

「ね?晴れたでしょ。」

同じく空を見上げてしみじみと述べる冬獅郎。そしてその隣でニッコリ笑って告げる春樹。彼の予告通り、今夜の天気はすっきり晴れていた。

「シロちゃ〜ん!春く〜ん!何してるの〜?早くこっちおいでよ〜!」

「ああ、今行く。」

「は〜い。」

一番に丘に走っていった桃が冬獅郎と春樹に手を振った。彼らはそれに答えて彼女の後を追う。冬獅郎は桃の嬉しそうな顔に表情を緩めた。それをこっそり見ていた春樹は彼と繋いだ手を少しだけ力を込めて握る。これから始まるであろう家族で過ごす時間に期待を込めて。

 そう、日番谷一家の天体観測という名の団欒は始まったばかりなのだから・・・。

 

 

 

 

 

 

 

<後書き>

 相変わらず夫婦な日雛なんですが、春樹の出番が初期設定より増殖中。というか親子エピソード(笑) でもお題が「天体観測」なのに親子で星を見に行く話というより見に行こうと夫婦で攻防を繰り広げるのがメインの話でした(爆)

 

 

2006/08/11 UP