春、樹上に星は瞬きて
天帝は少年に三星の守護を与えん
星霜の紡ぎ歌
〜目覚めの言霊〜
日番谷春樹は真央霊術院において彼の父親以来の天才と言われていた。彼の父は最年少で護廷十三番隊における十番隊隊長に上り詰めた人物で学院でもトップクラスの成績を叩き出していた。母である桃(旧姓雛森)も鬼道の達人と評される人物で、優秀な死神である二人の子供ならさぞ優れた資質を持っているのだろうと期待されていた。
『流石、あの日番谷冬獅郎の息子だな。』
教師に褒められる時の言葉はいつもそれだった。
『雛森の子供のくせにこんな鬼道もできねーのかよ。』
貶される時もそんな言葉だった。
『あの二人の子供だからって調子に乗ってるんじゃねぇよ!』
同じ学生にそう投げかけられることもあった。
(親子だからって何でもかんでも同じだったらおかしいだろ。)
春樹は何を言われても基本的に沈黙を守ってきた。春樹は一つの事に飛びぬけているというよりは、バランスの取れた万能型だった。それも一つの才能と言えるのかもしれないが、なかなか頭角を現さない春樹に教師陣がイラついているのは気付いていた。
「オレは目立ちたくないんだよな〜。」
人気のない裏庭でゴロリと寝そべり春樹はぼやいている。有名人の息子として注目されるのは好きではない。親の七光りと思われるのも嫌だ。両親のことは自信を持って好きだと言えるし、誇りに思っている。でも比べられたりするのは嫌だった。
「オレはオレだ・・・。」
他の誰でもない。
「いいじゃないか、普通だって。」
勉強は嫌いじゃないからペーパーテストは常に上位をキープしている。実技だってちゃんとペース配分をしている。勝ちすぎず、でも負けるのは癪に障るから引き分け狙いで自分なりに考えていた。
「恋次さんが聞いたら怒りそうだけどさ。」
常に全力投球していないどこか冷めた自分。両親を中心に席官クラスの知り合いが多いから、元々の価値基準が高いのかもしれない。
(別に他の奴らを馬鹿にしてるつもりはないんだけどさ〜。)
彼らとは目指している先が違うのかもしれない。ただ死神になりたいのではなく、春樹が目指しているのは大虚とも渡り合える強さだ。隊長になりたいと考えたことはない。ただ死神になったら何があるか分からないから、どんなことがあっても誰かを守り抜けるような強さがほしいと思っていた。春樹は自覚していないが、この考え方こそ彼が冬獅郎と桃の息子である証の一つであるといえた。
「やっぱり日番谷って苗字珍しいし、この顔じゃ身元偽るのは無理なんだよな。」
春樹が隠したくても珍しい苗字と母親似の容貌では彼らをよく知る教師にはばれてしまうだろう。
(実際ばれたし・・・。)
自分で公言したことは一度もなかったが、彼の身元は瞬く間に広がってしまった。そのせいで春樹には友人ができにくくなってしまった。遠慮がちに接される友人も取り巻きのような連中も春樹は御免だった。物怖じせず、春樹そのものを見てくれる人は教師・生徒も含めて数えるほどしかいない。
「だから嫌だったんだよ。」
飛びぬけて優秀な生徒はやっかみを受けることは両親に聞いて知っていた。実際冬獅郎も学院でしばしば絡まれていたのだから。
「オレは天才じゃなくて秀才でいいんだよ。」
目立ちたくない。目立つ気もない。少なくとも学生時代くらい静かに過ごしたい。春樹はそう思っていた。しかし、春樹の願いは、ある日を境に崩れ落ちることになる。
それは現世へと魂葬実習に行った時の出来事だった。他の一回生が遠足気分で、現世の風景をキョロキョロと眺めているのとは対照的に、春樹は冷めた顔つきで、ただ前を見つめていた。そんな春樹を引率である六回生が横目で観察していた。一人だけ、他と目線が違うからかえって目立つのだ。
「おい、あのガキ・・・。」
「ああ、噂の日番谷隊長の息子って奴だろ?」
「何か、顔に似合わず眼が生意気そうじゃねえか?」
「言えてる。」
彼らは春樹を盗み見て、ヒソヒソと話をしていた。
「結構強いんだって?」
「でも、万年首席とかじゃないんだろ。」
「じゃあ、大したことないか。」
「けどさ、俺、先生に聞いたことあるんだ。あいつ、実力を誤魔化してるのかもしれないって。」
「はあ?何だよ、それ。」
「稽古の時とか、強い奴には勝つくせに、明らかに弱い奴と引き分けだったりするんだってさ。そのくせ、対戦成績に負けはなし。普通、おかしいだろ。そういうの。」
「つまり、ワザと勝たないようにしているってことか?」
「何だよそれ!?生意気すぎるぞ!!」
「馬鹿!小林、声がでかいって・・・。」
思わず声を上げた小林という男に同級生の細身の男が注意する。
「秀才の振りした天才ってやつか・・・何とかと天才は紙一重っていうし、天才の考えることなんざ、俺達みたいな格下には分からないってことかもな。」
「何言っているんだよ、山本。ムカつくじゃん、そういう態度って。手抜きされてるってことだろ?」
眼鏡を掛けた山本という人物の言葉に小林が意見を唱える。
「もちろん、俺だって、生意気とは思うぜ?だからって、持って生まれた霊圧の強さとかは本人にはどうにもならないだろう。何だかんだいってこの世界って実力主義だしさ。強いやつは強い、そんなもんだろ。」
「だけどよ〜。」
「駄目駄目、小林。山本は十一番隊ファンだから。」
「べ、別にファンって訳じゃないぞ。まあ、強さに憧れる感情がないことはないけどさ。」
細身の男に指摘に山本は明後日の方向を向く。
春樹の先輩達は決して彼に好意的ではなかった。彼のクラスメイトもそうだった。それでも、彼は彼らを憎んでいるわけでも疎んでいるわけでもない。ただ、心を預けてもいいと思える相手がいないことは哀しかった。
(早く実習始めないのか、この人達・・・。)
それでも春樹は冷静さを感じさせる態度で、彼らを見つめていた。言葉には何も出さず、ただ見つめ続ける。
(一応、母さん達からも話は聞いてるし、教本で予習もしてある。大丈夫だよな、きっと。)
春樹とて初めての魂葬実習は緊張するのだ。ただ父親に似て顔に出にくいというだけで。それがより一層春樹への誤解を生むのだと、本人も薄々気づいていたが、それが理由で生き方を変えるような性格ではない。自分の生きる道には頑固なのは両親揃ってそうなのだから、そんな二人の間に生まれた春樹はそれこそ筋金入りだろう。
「それじゃあ、俺達が手本を見せてやるから、お前らちゃんと見てろよ。」
引率者である六回生の言葉がかかる。春樹ははっとして顔を上げた。
(いけない、集中しないと・・・。)
春樹は意識を切り替えて、実習へと望んだ。
「きゃああ!」
突然、絹を裂くような女の声がした。聞き覚えがないようである、クラスメイトの悲鳴だった。春樹は魂葬を終えたばかりの斬魄刀を握り締める。一体何が起こったというのだろうか。春樹は嫌な予感がして、自分のいた病院の廃墟から飛び出した。そして屋上の辺りを見上げる。そこには大人が二人掛かりで手を繋ぎ、ようやく一周できそうな太さの蛇がいた。いや、蛇のような存在があった。
「ほ・・・ろぅ・・・・・・?」
話には聞いたこともあるし、両親の友人にこっそり技術開発局の映像を見せてもらったこともあったが、実物を見るのは初めてだった。初めて目にした虚に春樹は呆然とする。
「何で、気配なんかなかったのに・・・。」
本当にその虚の霊圧は突然現れた。もしかしたら、実習現場と偶然出現ポイントと重なってしまったのだろうか。
(そうだ。他の人達は・・・。)
春樹は同じく実習に来ている者の霊圧を探ろうとする。もちろん屋上にいる虚には注意を払ったままで。
「!?」
他の仲間の霊圧を掴む前に、春樹は酷い悪寒に襲われた。物凄く嫌な気配だった。
(後ろに・・・いる!)
気圧されているわけではないが、霊的な相性が悪いのか、単に狙われているだけなのか、春樹は何とも言えない、だが気色悪い感じを覚えていた。
「おい、日番谷・・・うわあ!?」
そこへ新たにやってきたクラスメイトの悲鳴。
「逃げろ!」
振り返った春樹は虚の体越しに叫んだ。しかしそんな彼にしなった動きで虚の腕(?)が襲い掛かる。無造作に振り回されたそれを、春樹はその場に飛び上がることで何とかかわした。しかしその分逃げ場のなくなった彼に、別の腕が襲い掛かる。
「くっ!」
しかし春樹は抜き身の刀を盾にし、逆に虚の腕を切り落とした。さらに虚を踏み台にして跳び、距離をとる。彼が降りた先には腰を抜かして座り込んでしまっているクラスメイトの姿。初めて見る虚の攻撃的な霊圧と姿に怯えてしまっていた。
「おい!何してるんだよ、逃げろよ!先輩の所にでも行ってろ!!」
「ひ、ひぃい!?」
春樹に激を飛ばされ、ようやく少年は駆け出した。春樹は刀を抱えたまま虚から目を離さない。
「まったく母さんといいオレといい・・・呪われてるのかよ?」
何はなくともとりあえず天を仰いで嘆きたい気分になる春樹。自分の霊力が死神になれない程低いとは思わないが、例え鬼道を放った所で目の前にある虚に効果があるとは限らない。
(昔母さんが赤火砲放った時は巨大虚に効いてなかったって話だし・・・。)
春樹はきつく柄を握り締める。この刀で虚を切ったことなどない。恐怖を覚えていないといったら大嘘だ。
(だけど・・・恐怖に呑まれたらそれこそ終わりだ。絶対に臆するな。刀を手放すな。)
春樹はかつて戦いの心得を語ってくれた両親の友人の言葉を思い返す。
「真央霊術院一回生特進クラス、日番谷春樹、参る!」
勝機が見えずとも生き残るためには引き下がれない戦いが始まった。
気がつけば、魂葬実習場所であった廃病院は十数匹の虚に囲まれていた。春樹の母親である桃の時は巨大虚が五十体近くいたというからそれに比べればマシである。しかし、魂葬も初めて、現世も初めてという者がほとんどの集団は容易にパニックを起こし、ほぼ烏合の衆と化していた。
「うわああ!」
「ぎゃああ!」
「く、来るなぁあああ!!」
何人かはがむしゃらに刀を振り回していた。
「い、いやああ!」
「助けて!」
多くの者は病院を逃げ惑っていた。その中にはどこか隠れ場所を探している者もいたようだ。
「ここから離れられる奴はさっさと逃げろ!」
「固まるな!狙われるぞ!」
「うかつに虚に向かうな!」
一応虚退治の経験のある六回生が声を上げる。すでに何人かの一回生が犠牲になっていた。もしかしたら数人くらいは虚の包囲網を掻い潜って逃げることができたのかもしれない。そんな中で春樹は何とか表面上は冷静さを保っていた。
「はぁ・・・はぁ・・・。」
しかしその息は荒い。それもそのはずである。春樹は虚達に集中的に狙われていた。
「主が一番美味そうじゃの
「よ・・・けいな、お世話だ!」
虚にとっては極上の霊力の持ち主である春樹に複数の虚が襲い掛かっている。何とか致命傷を回避していたがそろそろ体力が限界だった。
(死にたくない・・・。)
春樹は思う。
「・・・死んでたまるか!」
そして目の前の虚を睨みつけた。そこには決して諦めることのない強い意志の光が浮かんでいた。
「気に食わんの〜、童。わしは主のその綺麗な緑の
「生憎、オレは両親譲りの頑固者でね。あんたみたいな悪趣味な奴に食われてやるほど自分を安売りしてないのさ。」
春樹は虚を見てニヤリと笑う。その姿は顔が桃に似ているはずなのに、漂う雰囲気は冬獅郎そっくりであった。
「わ、童ぃいいい!!」
襲い掛かる虚を後ろへ飛び避ける。
(さて、一応ハッタリかましてみたけどどうする・・・。)
正直言って余裕はなかった。隙を突いて数体は撃退した。間合いが上手く取れなくて、ほとんど懐に踏み込めない。無理やり隙を作るために鬼道を多発した。
(霊力的にやばい。)
それなのに決定打がない。春樹は無意識の内に唇を噛んでいた。
『力が欲しいかえ?』
(何だ!?)
突如耳元で聞こえた声に春樹は反射的に振り返った。しかし後ろには誰もいない。今、彼の周囲にいるのは前方にいるライオンのような
『生きたいかえ?』
(また聞こえた!)
それは柔らかい声質であったが、声音は厳しさを滲ませたものである。しかし声はすれども姿は見えない。気配を探ろうにも、目の前の虚がいるから集中できない。そして焦った春樹は失態を犯す。
「おい!逃げろ!!」
「え・・・。」
頭上から聞こえた声に、春樹は上を見上げた。そこには渡り廊下の屋根からこちらを見ている六回生の一人と、彼と戦っていたのか飛び降りてきた虚。
(まずい!)
このままでは下敷きになる可能性もあると察知した春樹はそこから飛びのき・・・
「童ぃいいいいい!!」
「しま・・・!?」
先程まで対峙していた虚に横殴りされた。咄嗟に頭部は庇ったものの、春樹は廃屋の窓を突き破る形で叩きつけられた。
(ちく・・・しょ・・・。)
真っ暗になっていく視界に、春樹は自分が意識を失いかけていることを感じた。
<後書き>
この物語は『日雛伍題』にある「迷路」というお題で作成したお話のサイドストーリーに当たる作品です。基本的に冬獅郎と桃の息子である春樹が主人公になります。オリジナルキャラクターてんこ盛り状態になっていますので、ご注意ください。
とりあえず、「迷路」に張ってある伏線を回収できるように進めていきたいと思います。その内原作キャラの出番もあると思いますが、どれくらい活躍できるかは微妙・・・。元々お題の話を含めて一つの話にしようかと思っていたのですが、春樹のエピソードがとても多くなってしまったので、春樹の話は春樹でまとめることにした経緯があります。そうしないと余りにも日雛要素が薄くなってしまいそうで・・・。当初、迷路というか思考の迷宮という感じで、いろいろと悩んでいる春樹の話がメインでした(笑) だから、春樹もいろいろと悩んでいるわけですよ。
今回は春樹大ピンチ!という場面に次回で続くわけですが、多忙な年末年始が来る前には続きの話を出せたらいいと思います。他のバランスもありますし・・・ね(苦笑)
2006/11/07 UP