星霜の紡ぎ歌〜目覚めの言霊2〜

 

 

 

 

 

『・・・そなたは力が欲しいかえ?』

「あんた・・・。」

 ふと、春樹は目を開けると、目の前には着物を着た女性がいた。色鮮やかな衣を重ね、唇には艶やかな紅を引いた美しい女性。その髪は結い上げ、[かんざし]を飾っている。

「さっきからの声、あんただったんだ。」

『久しいな、春樹よ。』

春樹を上から覗き込んでいた女性は唇を弓状に吊り上げる。

(久しいって・・・会ったことあったっけ?)

『覚えていないのかもしれませんね。』

そこへ彼女の肩に舞い降りる形で白い鳥がやってくる。

(鳥が喋った・・・?)

ぼんやりとそんなことを思う。

「・・・て、虚は!?」

しかしすぐに我に返った春樹は慌てて上半身を起こした。しかし周囲には何もない。

「何だここ!?」

思わず春樹は驚きの声を上げていた。それもそのはず、春樹がいたのは廃病院の一室ではなく、まるで星空に囲まれているような空間だった。

「う、宇宙・・・?」

咄嗟に思い浮かんだ単語がそれだった。

『まあ、当たらずも遠からずと言うた所かもしれぬな。』

混乱しているらしい春樹に女性が告げる。

(この人、誰なんだろう・・・。でも不思議と他人という気がしないんだよな。いや、待てよ?まさか―――――――。)

「ひょっとして貴女は、オレの・・・。」

『全くの外れではおらぬよ、春樹。』

「?」

春樹の推測を意味深な言葉で、それでも肯定する女性。

「良く分からないけど、力を貸してくれるのか?」

『そなたがわらわの満足する答えを返せるならば。』

「は?」

春樹は彼女の答えに疑問を覚えつつも化身であろう相手を見つめる。

「まあ、いいや。オレもいい加減に起きないと虚に食われるかもしれないし。話、聞くよ。」

(始解に必要なのは同調と対話・・・だっけ?)

現在の状況を思い至った春樹は即座に意識を切り替えた。

 

 

 

『そなたは何故力を求める。』

 春樹と向き合う形で女性は問いかけた。春樹はその瞳をまっすぐに女性へと向けている。それはお互いを見極めようとしているような様子であった。

「そうだな。差し詰まった現状を鑑みるなら、オレは生きるために力が欲しい。」

やがて春樹はそう口を開く。

「でもオレが死んだらきっと家族は悲しむだろうし、オレのこと大切に思ってくれている人を傷つけるのは嫌だ。だからそういう人達の心を守るためにも力が欲しい。」

『生きるための力と守るための力かえ?』

扇で口元を隠している彼女からは表情が見えにくい。

「他にもあるかもしれないし、これから生きていけば理由は変わってくるかもしれない。オレはそれが永遠と断言はできない。ただ、言えるのは、オレはオレのために力が欲しいってことだよ。」

『ほう。』

「傷つけたくない人がいるのはオレがその人のことが好きだからだ。守りたいのはその人が苦しむのはオレが嫌だからなんだ。だからオレは自分のために力が欲しい!」

春樹はそう言い切った。

『・・・その[いさぎよ]さ、小気味好し!』

女性はパチンと音を立てて扇を閉じた。その口元に浮かんでいたのは紛れもない笑み。

『わらわは琴姫。謡い、そして奏でる者。そなたの力の一つじゃ。』

「琴姫・・・。」

『幼き者よ、強うなれ。わらわはそなたを見守っておる。』

「琴姫・・・達?」

春樹が聞きとがめるものの、彼女はそれに答えず、気がつけば琴姫も白い鳥も宇宙のような空間も遠ざかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ううう・・・。」

 どれだけ意識を失っていたのだろうか。春樹は頭を振って、ムクリと起き上がった。周囲にはまだ怒号と悲鳴、戦いの喧騒が聞こえている。まだ虚との戦闘は片付いていないらしい。

(とりあえずまだ死んでない・・・というか寝てる間に食われなかったのは助かったけど。)

戦況がどうなっているのか判断がつかない。彼女と対話をした時間はそう短くなかった気もするけれど、現実の時間とどう差異があるかはわからなかった。もしかしたら数分程度のことだったのかもしれないし、何十分も経過しているのかもしれない。

「他の奴らは・・・それに虚は・・・?」

「見つけたぞ、童!」

「げ!?」

ガラスのない窓から虚がこちらをのぞきこんでいた。どうやら倒れている時は部屋に残されていた備品が影になって外から見えなかったらしい。春樹が身体を起こしたことで見つかったのだろう。

「こんな所に隠れておったか・・・。」

虚が笑う。

(こいつ、あまり探査能力が優れていない虚だな。)

しつこく春樹を追いかけてはいたが、倒れていた春樹をすぐに襲わなかったのは視覚に頼っている証拠だ。

(もしくは短距離なら詳細が分かるけれど一定範囲外だと感知能力が極端に劣るタイプか・・・?もっとも、本能に従って目先の行動を取っている可能性もあるけどな。)

決して優勢とはいえない状況で、春樹は努めて冷静に頭を働かせた。

(臆するな。そして相手に恐怖を感じ取らせるな。)

春樹は両親が死神であったことに感謝する。彼らや彼らの知人が高い霊圧を持ち、そういった面々に囲まれて育ったおかげで、虚の霊圧に気圧されることだけは防げていた。だから他のクラスメイトよりもパニックを起こさず行動できた。もちろん、春樹自身の潜在霊力の高さも影響しているのだろうけれど。

「覚悟は決めたか、童よ。」

「はっ、誰が!」

相手を鼻で笑って挑発。虚に殴り飛ばされても手放さなかった自分の斬魄刀を正面に構えた。襲い掛かってくる虚。

 

 

『わらわの名を呼ぶのじゃ!』

 

 

そしてまた彼女の声が聞こえた。しかし先程違い、春樹はもう何をすればいいか分かっていた。息を吸い、自らも歌うように目覚めの言霊を紡ぐ。

[うた]え、琴姫[ことひめ]。」

刀が震える。大気が共鳴する。大人一抱えはありそうな球体状の透明な『歪み』を春樹の目は捉える。

パシュンッ

控えめな音と共に虚の頭が弾けとんだ。

「これが琴姫の・・・オレの斬魄刀の能力[ちから]・・・・・・。」

 春樹はまじまじと自分の刀を観察する。刃の長さ・形状に変化はない。色が変わっているわけでもない。

「あれ、でも[つば]の形が変わってるな。」

楕円形だった刀の鍔が五角形になっていた。そして柄にも変化が見られていた。

「何だろう、これ・・・。」

柄に埋め込まれるようにして石が一つはまり、その下に二つ穴が開いている。

(この石って金剛石・・・だよな。何でこんなものがいきなりついているんだ?)

自らの刀ながら初めて始解した春樹にはまだまだ分からないことだらけである。琴姫と対話し、これからも意思の疎通を図る必要がありそうだ。

「うわああああ!?」

「・・・て、今はそれ所じゃなかったんだ!」

聞こえた叫びに春樹は我に返る。虚との戦闘はまだ続いている。生き残るためには戦わなければならない。春樹はその場から駆け出した。

(救援はいつ来るんだ。それに何人生き残っているんだ?六回生はどうしている!?)

通信手段を一回生である春樹は持っていない。緊急連絡を取れるのは上級生である引率者達だけだ。救援部隊の遅さに春樹は苛立ちを隠せない。

(今度父さん達にあったら絶対に訴えてやる!)

とりあえず怒りを心の中で両親を含めた顔見知りである死神達にぶつける春樹であった。

 

 

 

 その後、春樹は他の生徒達と合流し、しばらく奮戦していると、ようやく護廷十三隊から派遣された救援者がやってきた。それは阿散井恋次・吉良イヅル・檜佐木修兵(五十音順)だった。十三隊の内でも指折りの実力者が派遣されたことに対する驚きと共に学生達が呆然とする中、三人はあっという間に虚を駆逐していった。後に春樹が聞いた話によれば、彼らは自ら望んでやってきたのだという。初めての魂葬実習で虚に襲撃された恐怖を分かってやれるのは似たような経験がある自分達しかいないと。なお、派遣されるのは三人という決定だったので、初めは春樹の母である桃も申し出たのだが、実習に参加している生徒の中に春樹がいることが分かったため、桃が動揺し冷静さを欠き任務に支障が出る可能性があるとされ、桃の派遣が認められなかった。そこで修兵が名乗り出たのである。

「災難だったな、春樹。でも生きていて良かったよ。」

「恋次さん・・・。」

地べたに座り込んでしまっている春樹に恋次が声をかける。

「怖かっただろ?」

「・・・多分。」

「多分?」

「虚はどっちかって言うと怖いより気持ち悪かった。霊圧で怖いって意味でなら剣八さんの方が凶悪だよ。」

「そりゃ更木隊長と比べたら・・・な。」

物凄い例え方をする春樹に恋次は苦笑いを浮かべる。春樹は比較的常識人だと思うのだが、時折突拍子の無い発想をすることがあるような気がする恋次であった。この辺りは流石あの雛森桃(旧姓)の息子と称するべきか。

「というか、恋次さん遅い!」

「へ?」

 突然、ムスリとした表情の春樹に話を振られ、恋次はキョトンとする。一体彼は何を不貞腐れているのだろうか。虚を突かれた形となった恋次に春樹はマシンガンの如く言葉を投げかける。その様はまるで恋次の幼馴染を思わせるようであったと、彼は後に述懐したとかしなかったとか。

「護廷十三隊は一体何やってんですか!?緊急連絡が入ってからどれくらい経ったと思ってるんですか?その間に何人やられたと思ってるんですか!一歩間違えば全滅していたのかもしれないんですよ?実際恋次さんの時にもそういったトラブルがあったでしょうに・・・それなのに管理体制とか改善されていないってどういうことですか。由々しき事態とか思わないんですか。学院も護廷も上の人達は何考えてるんですか!上に立つ以上、下の立場の人間を管理・指導する義務があるでしょう。素人に何から何までやらせたって、一つも失敗しないでなんてできるはずないんですから、経験者がそういうこと教えてやらないでどうするんですか?大体、恋次さん達だって副隊長になって結構経つんですから、そういうこと上司とか会議とかで意見しなくて良いと思ってるんですか!平和ボケするのも大概にしてください。高い給料もらってるんだからそれに見合った働きと責任を果たしてもらわないとどうしようもないですよ。それにオレ知ってるんですからね。最近、死神の整に対する態度の悪さとか問題になってるって。あと、流魂街でのトラブルも多発してるって評判なんですよ。全体的に護廷の質が落ちているって噂もあるし。オレの場合は、父さんはともかくとして母さんは真面目に頑張ってるって知っているけど、死神への偏見は酷いままだし。だけど、このままでいいはずないだろうから、やっぱり上から率先して対策を打っていくのも一つの手段だと思うけど、とりあえず改善してもらいたいのは救援要請から救援派遣までの時間差・・・というか会議はいいからとりあえず派遣しとけとか突っ込みたいっていうか・・・。」(最後まで全部読んだ人はかなり凄いです)

何故か春樹に説教(ある意味八つ当たり)される形になった恋次は一瞬脳みそがバースト状態を引き起こしそうになる。下手に隊長格の面々に(いろいろな意味で)可愛がられて育った春樹はそれなりに死神の裏事情を知っていたりして(某隊長や副隊長が面白がって教え込むから)、彼からのツッコミは恋次のみならず護廷関係者としては痛いばかりの代物であった。

「もうこの際保険金とかあっても良いとおも・・・。」

「は、春樹!」

「え?」

 春樹が学院生の事故・死亡・怪我や病気による入院といった状況に対応する複合的な保険について現世の例を挙げて語り始めようとした所で、恋次からストップが入った。何でそんなことを春樹が知っているんだということもさることながら、どちらかと言えば頭脳労働タイプではない恋次にとっては長々とした解説は辛いものがある。

「とりあえず、お前が怒っているのは分かった。でもこのままここにいても仕方がないから、とにかくソウル・ソサエティに戻ろう。怪我の治療もしないといけないだろうし。」

「怪我!?そんなの・・・て、痛い痛い痛い!恋次さん痛い!!」

なおも言い募ろうとする春樹の二の腕を恋次が握ると、春樹が悲鳴を上げた。何とか恋次の手を引き離そうとするものの、相手はびくともしない。

「さっきからおかしいと思ってたら、やっぱり怪我してるじゃねえか。子供のくせにやせ我慢してるんじゃねえよ。他はどこだ。言わないと叩いて確かめるぞ。」

「・・・い、言う言う!言うから!!まずその手を離してって!?」

春樹に懇願された恋次はようやく彼の腕を離した。

「さっきの腕と左足首。それとぶっ飛ばされた時背中打った。あと脳震盪もあったかもしれない。それから右の脇腹。もしかしたら肋骨とかかも。」

「それだけ冷静に自己分析できれば頭の方は大丈夫かもな。なら・・・。」

「うわ!?」

少し考えた後、恋次はひょいと春樹の体を抱き上げた。いや、担ぎ上げたと言った方が正しいかもしれない。

「ちょ・・・いきなり何するんだよ!恋次さん!?」

「さっきから座り込んでるってことはどうせ痛くて立てなかったんだろ。このまま運んでやるからありがたく思えよ〜。」

「だからって・・・普通副隊長がこんなことしないだろ!というか、救護の人がやるもんだろ!?」

「まあ、普通はそうだろうけどな。お前はこれから四番隊に直行。」

「は!?」

恋次の言葉に春樹は素っ頓狂な声を上げた。

「雛森とかお前のこと気にして仕事になんないだろうからな。かといって、入院して隊長格に揃って見舞いにこられても困るだろ。」

「そ、それは・・・。」

「まあ、諦めるんだな。」

「しゅ、修兵さん!?」

「きっとそうした方が早く治るよ。」

「吉良さんまで!?」

恋次の言うことに言葉を詰まらせた春樹に修兵やイヅルまでもが口を挟んでくる。

(な、何でみんなオレのこと子ども扱いするんだよ!いや、実際子供だけど。というか、周囲の視線が痛いんだけど!目立つんですけど!!勘弁してよ、もう・・・。)

結局反論できないままグルグル考え込んでいるうちに、春樹はソウル・ソサエティへと続く門を潜ることになるのだった。

 

 

 

 

 

<後書き>

 ようやく出すことができました、春樹的番外編第二弾です。そして温めてあった斬魄刀名も出てきました。ずばり、『琴姫』です。具現化した時の姿は着物をきっちり身に着けた花魁といった感じの女性です。もちろん美人ですよ?能力はいくつかあるのですが、一言で言うなら大気に干渉する能力ですね。頑張れば風や竜巻も夢じゃないかも?まあ、その辺はともかくとして、今回春樹が虚を撃退するのに使っていたのは圧力を変化させた空気の塊をぶつける技です。

 さて、春樹の両親は出てきませんが、今回は恋次・吉良・檜佐木の三名が原作キャラとして登場しました。といっても春樹と会話しているのが恋次ばかりという状態ですが。一応出ることは出たということで(笑) ちょっとだけお題にあった伏線も回収できましたし、こんな感じでのんびり進めていきたいと思います。

 

 

2006/12/05 UP