魔導学園物語2

 

 

 

 魔導学園高等部北校舎数学教官室にシェゾ・ウィグィィは居た。窓の外では蝉の声と木々の緑が今の季節を物語っている。暦の上で言えば七月、立派な夏であった。教官室ではクーラーが効いているが、シェゾは暑さが苦手な為、若干だれていた。

「あー、面倒くせえ・・・。」

そうぼやいてシェゾは手にしていたペンを置いた。机に積み上げられた紙の山。赤で記された○と×が目に眩しい。もうこの際わかりやすく言ってしまおう。シェゾは今、先日行われた期末テストの答案の採点の真っ最中であった。

「だー!こいつこんな問題も解けねえのかよ!?」

文句を言いつつも採点作業を再開する。簡単そうに見えて意外と面倒な仕事なのだ。

「シェゾいるー?わあ、涼しいー。シェゾ、いいなあ、ていうかずるいよね。教室はあんなに暑いのに。」

 ノックもしないでいきなり教官室に入ってきたのはアルル・ナジャだった。彼女は一応シェゾの幼馴染に当たる。ついでに言えばシェゾはアルルのクラスの担任教師だった。

「アルル・・・入る時はノックをしろといつも言ってるだろ。」

「あ、そうだっけ。ボク、忘れてた?ゴメンゴメン。」

「あのなー・・・。」

「で、シェゾ何してるの?」

「駄目だ!アルル、こっちに来るんじゃない。」

トコトコとシェゾの座っている机に近づこうとするアルルを彼は制止した。

「えー、何でさ?」

「今はテストの採点中だ。という訳でお前の相手をしている暇は無い。用がないならさっさと出て行け。」

シェゾはそう言ってアルルを追い出そうとした。アルルは特に用も無いのによくこの教官室を訪れているのである。アルルとしては好きな人と一緒にいたいといういじらしい乙女心の賜物であるが、シェゾにとっては少々鬱陶しい時もあるのである。現に今も仕事の邪魔になっている訳であった。

「用ならあるよ。二十二日にボクとD・アルルのお誕生日会するんだ。だからシェゾも来てよね。」

「誕生日・・・?そういえばお前ら姉妹は七月生まれだったな。」

「そうだよ。絶対来てね。来なきゃ怒るからね。」

「いきなり無茶を言うな。人の予定も聞かないで。」

アルルからのお誘いにシェゾは冷淡にもそう言った。その途端アルルはいかにもショックを受けたという顔付きになった。わかりやすい娘である。

「生憎俺はお前ら学生と違って暇じゃないんだ。プレゼントくらいならやってもかまわんがそれ以上は期待するな。」

「えー!何で何で何で何でぇええええええええ!?」

アルルは大いに不満だった。何と言っても去年まではシェゾはアメリカに居てもう何年も彼から誕生日を祝ってもらえたことがなかったのである。ようやく彼が帰国したというのに忙しくてなかなか相手をしてもらえなかったから、アルルは夏休みをとても楽しみにしていたのだ。あわよくば幼馴染から一歩進んだ関係になりたいなんて野望も密かに持っていたりする。

「煩い。たかが誕生日如きでガタガタぬかすな。俺は忙しいんだ。採点が終わったら追試用の原稿も作らなければいけないしな。その後論文仕上げて実験の続きやって学会行かなきゃいけないんだよ。ほら、さっさと行った行った。休み時間終わっちまうぞ。」

「うううううううう・・・。」

アルルは悔しそうに唸ったが、仕方がないので教官室を後にした。

「やれやれ・・・。」

シェゾは溜息をつくと再び答案に向き直るのだった。

 

 

 

 放課後、テストの採点を終えたシェゾは図書室へと向かっていた。魔導学園の図書館は大学敷地内にあるのだが、高等部等の図書室は分室扱いになっており、大学図書館の本を取り寄せて借りることが出来るのである。廊下を黙々と歩いていると背後から声を掛けられた。

「シェゾ!」

「ラグナスか。」

声の主はラグナス・ビシャシ、やはりシェゾの幼馴染でこの学校の生徒であった。

「今から部活か?」

ラグナスが肩にかけた竹刀を見てシェゾが尋ねる。

「うん。シェゾは何してるの?」

「俺は図書室に用があってな。」

「そういえばシェゾって昔から本好きだったよね。何か借りるの?」

「最新の科学雑誌をいくつかな。ちょっと気になる研究が発表されたと聞いたんでな。内容は・・・お前に言ってもわかるわけないか。」

「酷ッ!」

自分に目を向けた後呆れたように目を逸らすシェゾにちょっぴり傷心のラグナスであった。

「二年の担当の奴に聞いたぞ。お前先月の模試理数系ボロボロだったらしいな。期末大丈夫だったのか?補習になったら部活出れなくなるぞ。」

「う・・・。」

ラグナスは自分の成績の悪さをシェゾに知られたのは恥ずかしかったが、心配してくれているらしき物言いに内心感動していた。

「あんまりD・シェゾに迷惑掛けるんじゃねえぞ。あいつの愚痴にまず付き合わされるのは俺なんだからな。」

進行方向が同じなため一緒に歩いていた二人であったが、シェゾの言葉にラグナスは足を止める。

「ラグナス?」

数歩分の間を空けてシェゾは振り返った。そしてその表情が引き攣った。何故ならラグナスが瞳をウルウルさせ妙に乙女チックに泣きそうだったからである。

「ひ、酷いやシェゾ!俺のことよりD・シェゾの方が大切だって言うんだね。」

「はあ?」

いきなり何を言い出すんだろうこの男は、とでも言いたげな顔をするシェゾ。ラグナスとしてはせっかく自分のことを心配してくれると思ったのに実はぬか喜びだったと知ってショックを受けているらしい。ある意味被害妄想だった。

「俺はこんなにシェゾのことが大好きなのにぃいいいいい!」

ラグナスはそう叫ぶと逆方向に走り去った。

「何だったんだ?」

後に残されたシェゾにはラグナスの行動が理解できなかった。

「まあ、あいつが変なのはいつものことか・・・。」

そう判断するとシェゾは再び歩き出した。

 

 

 

 シェゾが図書館に着くとカウンターにいたのはまた知り合いだった。今日は良く知人に会う日だと密かに感嘆しながらもそこにいる少女に声を掛ける。

「D・アルル、例の本入ってるか。」

「あ、シェゾ。もちろん入ってるよ。言われたから一応取っておいてあるけどさ、心配しなくてもこんなの読むの君だけだと思うよ。」

「そうか?」

「全くこの自覚無しの天才児君は・・・。」

D・アルルはシェゾにいくつかの雑誌を手渡す。もちろん中身は英語で全て書かれた物だ。シェゾはこれを辞書の助け無しですらすらと読むことが出来る。帰国子女の名は伊達でない。

「お前は今日が当番か。」

「うん、そうだよ。定期的に仕事があるのは面倒だけどクーラー効いてるのはありがたいね。」

D・アルルは図書委員だった。本は好きだが拘束されるのは好きでない。それに部活動の時間も減る。しかしこの暑さでは冷房の効いた図書室にいる方がましであった。

「今頃D・シェゾは部活か、ご苦労なことだな。」

「剣道場風通り悪いからね・・・。」

そう言ってD・アルルは窓の方へ視線を向けた。D・アルルとアルル、そしてシェゾと彼らの話に出たD・シェゾ、そしてシェゾが図書室に向かう途中であったラグナスは皆幼馴染同士である。シェゾが家庭の事情により海外で育つことになったことを除けば、彼らは大抵一緒に育っていた。ついでにいえば小学校からずっと同じ学校に通っている。

「それで、他に何か借りる物ある?」

「ん、これ読んでから考える。」

それからシェゾは椅子に座り雑誌を広げ始めた。D・アルルも暇つぶしに用意した本に目を通し始める。二人しかいない図書室はひどく静かだった。

 

 

 

 数時間後、図書室閉館時刻まで粘ったシェゾはD・アルルに急かされてようやく部屋を後にした。数冊の本を片手に教官室まで戻ってくる。

「あー、そういや日誌チェックすんの忘れてたな。」

図書室に出かける直前日直に渡されたのだが後で見れば良いと思いすっかり忘れていた。

「チッ、仕方がねえ。先にやるか。」

シェゾは舌打ちすると机に放置してあった日誌に手を伸ばすのだった。

 その一時間後、シェゾの携帯電話が鳴った。着信を見るとD・シェゾからであった。何の用だと思い、とりあえず電話に出る。

「もしもし。」

『シェゾか?』

「俺の携帯に俺以外の奴が出るか。何の用だ。」

『今日は帰って来れそうか?』

「無理だな。研究所に泊まる。」

『またなのか・・・。』

「親父には適当に言っておいてくれ。」

『ああ、わかっている。余り無理はするな。』

「・・・ところでD・シェゾ。」

『ん、何だ?』

「最近お前から来るメール変じゃないか?何かの暗号みたいで偉く解読に苦労したぞ。」

『いや、この間D・アルルにギャル文字を習ってな。面白そうだから試してみた。』

「今度から普通のにしろ。ウザイ。」

シェゾの冷酷な一言に電話の向こうではD・シェゾが息を呑んだ。

『そ、そこまで言われると兄としては悲しいのだが・・・。』

「泣け、喚け、そのまま血反吐を吐いて死ね。」

電話の向こうで泣き真似(多分)をするD・シェゾにシェゾは毒を吐くと電話を切った。さらに電源まで切ってしまう。

「いい歳した男があんな泣き方するか、阿呆。」

それからシェゾは荷物をまとめるとさっさと校舎を後にした。

 

 

 

 

 

<後書き>

 パラレル物ですね。1が設定物だったので実質お話としてはこれが第一弾ということになります。幼馴染五人のアレコレを中心に書いていくつもりですが、私がシェゾ好きなので彼関係のエピソードが多くなると思います。次は夏休みかな。みんなでお祭り行ったりとか。

 

2005/07/01 UP