魔導学園物語5
七月三十一日、天気は晴れ。夕暮れが近づくにつれてアルルはそわそわし始めていた。自分の部屋の勉強机で夏休みの宿題をしていたのだが、どんどん効率が悪くなっている気がする。何故なら今日は楽しみにしていた花火大会の日なのだ。
(ああ、集中できないよ〜。)
せめてあと一段落は英語を訳しておきたいのだ。ページの限がよくなるし、何より苦手科目をさっさと片付けてしまいたかった。宿題が片付かない限りは好きな人をデートに誘うこともできない。アルルが好きなのは幼馴染のシェゾ。帰国子女の天才君で、どこか天然な人物だ。色恋沙汰にはとことん鈍く、アルルの恋心に欠片も気づかない。彼は男女問わずとにかくもてるので、アルルはライバルが大勢いた。不幸中の幸いは、シェゾの鈍さは他の人々に対しても発揮され、彼らの好意に全く気づいていないことである。否、好意の有無には気づいているかもしれないが、それが恋愛感情だとは思っていないだけなのかもしれない。とにかく、鈍感な上、仕事熱心なシェゾは女の子をデートに誘うなんて器用なことはできない。従ってアルルが努力するしかないのである。
「アルル、入るよ。」
ノックの後に扉から顔を見せたのは双子の姉のD・アルルだった。彼女はアルルと違って頭がよくアルルにとっては憧れの存在でもあった。因みに彼女はシェゾの兄、D・シェゾと付き合っている。
「何?D・アルル。」
「母さんが今夜浴衣着るか・・・だってさ。」
D・アルルの言葉にアルルは少し迷った。いつもなら浴衣を着るし、去年の花火大会もそうしたのだが、アルルはネックレスを外したくなかった。それは先日アルルの誕生日にシェゾがくれたもので、ほぼ毎日身につけていた。しかし浴衣にはこのアクセサリーは似合わない。アルルが悩んでいるとD・アルルが思い出したようにこう言った。
「シェゾは多分浴衣で来ると思うよ。」
「シェゾが!?」
「何かD・シェゾが着せるって張り切ってたから。」
「じゃあボクも浴衣にする!」
アルルは即答した。シェゾが浴衣で自分が洋服では釣り合わなくなる。
「オーケー。母さんに伝えてくるよ。」
誘導がうまくいったことと妹の単純さ(でもそこがまた可愛いらしい)に微笑みつつ、D・アルルはアルルの部屋をあとにした。
シェゾたちとの待ち合わせの時間。アルルとD・アルルが約束の場所にいくとすでにシェゾとD・シェゾがいた。二人は黒の浴衣姿だった。帯の色はシェゾが紫でD・シェゾがダークグリーンだ。アルルたちは二人の姿にしばし見とれていた。月光と外灯が照らす銀の髪、対になる宝石のような青と赤の瞳。白い肌に黒の布地が映えて、どこか扇情的な雰囲気を醸し出している。
(お、男の人って男の人って・・・こんなに色っぽいものなの!?)
アルルは驚愕した。下手したら、いや、間違いなく絶対、自分より魅力的だと。
(ボク、負けてる・・・。)
女の子としてはなかなかショックな話だ。シェゾが自分よりも美人なのは知ってはいたが、恋する乙女としては複雑なのである。
「見るがいい、この会心の出来を。」
「へぇ〜、シェゾ似合ってるじゃない。」
自信満々にシェゾを紹介するD・シェゾ。物凄く久し振りにみるシェゾの和服姿にD・アルルも感心していた。
「こいつが無理やり・・・。」
シェゾは少し不満のようだ。確かに着物と下駄は慣れない内は動き辛い。
「いいだろう。俺とお揃いだ。」
D・シェゾはニヤリと笑った。
(ひょっとして最初からそれが狙いだったの・・・?)
自分の彼氏といえどもそのブラコン具合に何だか切なくなるD・アルル。
「親父にいたっては嬉々として写真を撮っていたぞ。」
「お、おじさん・・・。」
デジカメ片手に浮かれまくる彼らの父親の姿を想像し、D・アルルは頭痛を覚えた。彼らの父親は子煩悩なのだ。特にシェゾを引き取ってからは彼に甘甘なのである。一見そうは見えないのだが、D・アルルはシェゾたち一家と付き合いが長いのでそれが分かった。例えば、シェゾが帰宅する日は彼の好物が食卓に並ぶし、休みの日にはかなり濃い家族サービスが展開される。シェゾは家族の愛を一身に浴びていた。まさに濃縮還元100%な愛情表現であった。
「アルルはどう思う?」
「え!?」
いきなり話題を振られ、シェゾに見とれていたアルルは驚いて声を上げた。シェゾたちの視線がアルルに集まる。
「な、ななななな、何が?」
どもりまくりなアルルにD・シェゾは言う。
「シェゾの格好だ。似合っているだろう。」
「D・シェゾ。さっきから・・・。」
「まあまあ。」
褒め殺しにあって居心地が悪いのか、D・シェゾに抗議しようとするシェゾをD・アルルがなだめる。アルルはシェゾの姿を改めて観察する。その瞬間、シェゾと眼があった。
「!?」
ボフンッと爆発音が聞こえたような気がする。アルルはトマトのように顔を真っ赤にした。心拍数が跳ね上がり、耳の辺りが酷く熱い。
(ボク、ボク・・・もう沸騰しちゃうよぉ!)
「アルル、顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃ・・・。」
「きゃあああああああああ!?」
『アルル!?』
シェゾがアルルの額に手を伸ばそうとした途端、アルルは悲鳴を上げてシェゾを突き飛ばすと浴衣であるにも拘らずそのまま走り出した。シェゾは幸い少しよろけただけだったがアルルはそれ所ではなかった。
(シェゾがシェゾがあんな・・・恥ずかしいよボク!ああ、でも、もう・・・。て、ボク今何考えたのさ!キャー!イヤー!ボクってやつはー!?ああ、もうギャグ漫画とかだったら鼻血噴きそうだよ!何であんなにシェゾは色っぽいのさあああ!!)
走っていなければ頭を抱えて絶叫したい気分だった。因みにアルルは盲目フィルターが働いているのでより誇張して見えるらしい。とにかく葛藤するあまり前後不注意になっていたアルルは角から出てきた人とぶつかってしまった。
『うわ!?』
そのまま転びそうになったアルルを相手が腰に手を伸ばして何とか支える。
「すまない、急いでて・・・大丈夫か・・・て、アルル!」
「ラグナス!」
アルルとぶつかった人物はラグナスであった。
「ちょっと、アルル大丈夫?」
「お、ラグナス。遅かったな。」
「結局五人とも浴衣なのか・・・。」
アルルの後を追ってきた三人が合流する。かくして幼馴染五人は集合した。
シェゾとD・シェゾの格好については触れたので、他の三人の姿についても触れておこう。アルルは白地に桔梗の柄と青の帯の浴衣、D・アルルはやはり白地だが柄は秋桜で赤の帯、そしてラグナス藍色の浴衣に朱色の帯というものだった。シェゾ達兄弟は間違いなく美形だし、ラグナスも上・中・下でランク付けしたら上に入る部類だ。アルル達姉妹は綺麗よりは可愛いに属される容姿だが、美少女といって差し支えないはずである。そんな五人が集まっていたら間違いなく目立つ。事実、花火大会の会場でも周囲の注目を浴びていた。
「シェゾ、何か食べたいものある?カキ氷?焼きそば?たこ焼きとか平気?」
「広島焼きとか結構美味いぞ。お前も食べてみろよ。」
アルルとラグナスがシェゾを囲み、アレコレ言う。D・シェゾとD・アルルは会場についてすぐ食べ物に目を奪われている二人に少し苦笑。
「あのな〜、縁日に来てまずすることは参拝だろうが。」
シェゾも呆れていた。
「どうしても腹減ってると言うならこの辺で食っとけ。俺は先に神社に行く。」
「あ、シェゾ待ってよ。」
「俺たちも行くって。」
人込み消えそうになるシェゾをアルルたちは慌てて追いかけた。
お参りが終わると、五人は屋台へと足を伸ばした。まだ花火は本格的に撃ち上がっていない試し打ちの状況である。手始めに皆で買ったのはかき氷だった。アルルはイチゴ、D・アルルはレモン、ラグナスがメロンでD・シェゾはブルーハワイ。シェゾは何を選べばいいか分からなかったので店の人の勧めに従い宇治金時にした。見た目的にも豪華だった。
「何で五十円の違いでここまで違うの?」
「知らん。・・・ふむ、こういう味なのか。」
アルルたちの疑問とは裏腹にマイペースにカキ氷を口にするシェゾ。そしてシェゾの器に味見と称して手を出したラグナスはアルルとD・シェゾにより制裁をうけた。
「あ、ヨーヨー釣りやらない?」
「アルルがやりたいなら構わないけど・・・。」
アルルがD・アルルの袖を引っ張る。シェゾは後ろでお好み焼きと格闘していた。
「・・・美味いな。」
「だろう?こっちも食べてみるか。」
「あ、このたこ焼き、タコ入ってない!」
どうやら男子諸君は食べ物に夢中のようである。というかシェゾが屋台を見てはアレコレ珍しがっているようなので、D・シェゾとラグナスが調子付いていろいろ買ってきたのだ。
「アルル、いっきまーす。」
アルルはピンクのヨーヨーに目をつけて釣り上げようとしたが、なかなか上手くいかず失敗してしまった。D・アルルは赤いヨーヨーを一つ取れた。
「ひーん、一個も取れなかったよ〜。」
「ボクが取ろうか?アルルはどれがいいの。」
「ピンクの・・・。」
ヨーヨー釣りは釣具が無事なら何度でも挑戦できるのでD・アルルはアルルの欲しいヨーヨーを取ってやることにした。しかし・・・
『あ。』
ボチャンッという音と共にD・アルルの紐が切れ、ヨーヨーは再び水の中に落ちた。
「ぼ、ボクもう一回やる・・・!」
「やめておきなよ。」
ムキになって再挑戦しようとするアルルをD・アルルは止めようとした。アルルははっきりいってこういった才能がなかった。不器用というわけではないのだろうが、不思議と金魚掬いやスーパーボール掬いも成功した例がほとんどない。このままではお金の無駄になるだけだ。
「ねえ、D・シェゾ。何とかならない?」
D・アルルは後ろのD・シェゾに声を掛けた。
「ふむ・・・、おい、シェゾ。」
「何だ?」
「あれ、やってみないか。」
「・・・ヨーヨー掬い?」
D・シェゾは手前の屋台を示した。
「アルルがピンクのヨーヨーが欲しいんだってさ。」
「D・アルル!」
D・アルルの言葉に赤面するアルル。
「俺、やり方知らないぞ。」
「教えてやるから心配するな。」
そんな訳でシェゾの参戦が決定した。因みにラグナスは焼き鳥を買いにその場を離れていた。
「シェゾ、凄〜い。」
「キミ、本当器用だよね。」
「こんなに取っていいのか・・・?」
シェゾの戦果にアルルたちのみならず店のおじさんや周囲の人々も注目していた。何故ならシェゾは今六個目のヨーヨーに挑戦していたからである。アルルが欲しがったピンクに始まり、黄色、青、緑、黒を釣り上げた。そして今度は白を釣り上げようとしたその時。
「何やってんだ。」
『あ。』
背後から肩を叩かれ、糸が切れる。六個目は失敗だった。
「あ、ごめん。」
声を掛けたのはラグナスだった。周囲の雰囲気に呑まれとりあえず謝罪。ちょっぴし視線が痛かった。
「ラグナス、これ欲しいか。」
「へ?・・・ヨーヨー??」
「取りすぎたし。」
「あ。ああ・・・。」
その後、各自一個ずつヨーヨーを持ち(アルルは二個)、彼らは店を後にした。途中、偶然会ったドラコとウィッチにヨーヨーを譲るというハプニングもあったが(一個もとれなくて暴れかけてた)、大体順調に楽しめていたはずだった。ところが・・・。
「みんな、いないし・・・。」
アルルは見事に他の四人と逸れていた。ちょっとクレープの屋台に目を引かれ、そのままふらふらと買いに行った挙句、三口ほど食べた後にシェゾたちと逸れた事に気づいた。はっきり言って遅すぎだ。
「どこいっちゃったのさぁ?」
それは本来シェゾたちのセリフだろう。アルルはクレープを口に運びつつも周囲を探す。しかしアルルはあまり背が高くないので人ごみに埋もれてしまいわからない。唯一の救いはシェゾたちは背が高いから目立つということであった。探すほうとしては探しやすい。しかし迷子の鉄則はむしろ動かないことであるということをアルルは知らなかった。
「うわ!」
「てめえ、何しやがる!」
犬も歩けば棒に当たるではないが、いかにも柄が悪そうな茶髪・ピアス・サングラス姿の男にアルルはぶつかってしまった。
「あ、すみません。」
後ろから押されてぶつかってしまったのである意味不可抗力なのだが、ぶつかったことには変わりない。一応謝罪すると、男は逆に調子に乗ってきた。
「は?すみませんだ〜?それで済んだら警察はいらねえんだよ!?」
今時そういう因縁のつけ方はどうなんだろう。アルルがそう思ったかどうかは不明だが、男が顔を近づけて凄んできたので、アルルは後退する。いつの間にか男の仲間が集まり、アルルは三人の男に囲まれる状況に陥ってしまった。
(どうしよう、困ったな。)
自分はルルーやドラコと違って武道の経験はない。小学生の頃面白半分にラグナスの竹刀を振ったことはあったが、重くて疲れただけだった。
(護身術くらい習っとけば良かったかな・・・。)
ラグナスやD・シェゾは剣道の有段者だし、D・アルルはこんな状況に陥る前にトラブルの回避はできるだろう。アルルは何とか逃げだそうと考えたが、なかなかいい方法が思いつかない。
「何さっきから黙ってんだ、コラ!」
「痛!?」
アルルは腕をつかまれ小さく悲鳴を上げた。
「ちょっと!何するんだよ!?」
「んだとぉ!口答えしてんじゃねえぞ、このアマ!!」
(や、やだ・・・シェゾ!)
男が腕を振り上げる。アルルは怖くなって目を瞑ってしまった。咄嗟に心の中でシェゾに助けを求めていた。
魔導学園物語6に続く!
<コメント>
最早舞台が学校ではないシリーズ第五回。前回アルルたちが話していた花火大会です。ネタとしては別の話が先に出来ていたのですが、まあ、一応、時間軸としてはこちらが先に来るので書いてみました。
しかも今回は初の前後編という形になります。いや、単に長くなってしまっただけなのですが、むしろこの話の見所のほとんどが後編に詰め込まれておりますので、今回は物足りないという方もいらっしゃるかもしれませんね・・・。
でも、大丈夫です。後編の内容自体はすでに書き終えておりますので、今年中には出せますから!・・・え、もっと早くに出せ?いや、一応、パソコンのトラブルといった緊急事態があるかもしれないので、念の為幅広く言っておこうと・・・。
2006/09/24 UP