魔導学園物語6

 

 

 

「そこまでだ。」

 聞き間違えるはずのない声にアルルが目を開くと、振り上げた男の手を誰かが掴んで止めていた。それが誰かわかり、アルルは笑顔を浮かべる。

「シェゾ!」

「大丈夫か、アルル。」

「は、離せ!」

「お、悪いな。」

シェゾに腕を掴まれていた男が顔を歪ませて言う。シェゾが手を離すと男は体をよろめかせた。仲間が男の周囲に集まる。その隙にアルルはシェゾの元に駆け寄った。

「全く、一体何をしでかしたんだ。」

「ボク、何にもしてないよ。そりゃ、ちょっとぶつかったりはしたけど、ちゃんと謝ったし。なのにあの人たちがイチャモンつけてきたんだよ。」

お説教される前にアルルがシェゾに事情を説明する。

「てめえら、俺らを無視すんじゃねえ!」

「カッコ付けてんじゃねえぞ、コラ!」

「痛い目みたくなけりゃ、その女置いてけや、オラ!」

「断る。」

今度はシェゾに突っかかってきた三人組に、シェゾはきっぱりと答えた。

「それにあまり揉め事は起こさないほうがいい。」

「その通りだ、シェゾの坊主。」

「坊主はやめろ。ともあれ、後はまかせた。」

突如乱入したスキンヘッドの男性にその場を託し、シェゾはアルルの手を引くと人ごみの中へ消えた。そして後方では悲鳴が上がっていた。

 

「ねえ、シェゾ。さっきのおじさん誰?知り合いなの??」

「ああ、あいつはこの辺仕切っている組の若頭でな。ついでに言えばここの神社の神主の嫁があいつの妹だそうだ。それで祭の際には他の組の喧嘩に堅気の連中が巻き込まれないよう目を光らせている。あと、揉め事の解決もたまにな。」

「何でシェゾがそんなこと知ってるのさ・・・。」

「D・アルルも知ってるはずだぞ。というか分かりやすく言うとだな、チコ知ってるだろ。あいつが組長の孫娘なんだよ。」

「ええええええええええ!?」

 アルルは小声で告げたシェゾの言葉に驚愕した。チコという少女はこの花火大会の根拠となる縁日を主催している神社の子供で巫女もしている少女である。子供の頃は病弱で学校に通えなかったらしく、アルルと知り合ったのは中学生になってからだ。なお今はアルル同様魔導学園に通う生徒である。というか何故そんなことをシェゾは知っているのか。アルルは気づいていないが疑問は残るばかりである。

(まさかD・アルルと一緒に他の組との勢力争いに一役買ったとは言えないな・・・。)

い、いつの話ですかシェゾさん・・・。もし他の誰かが知ったら激しくツッコミを入れられそうな回想をシェゾはしていた。簡単に言うと立ちくらみを起こしたチコをシェゾが見つけて、当時チコが世話になっていた祖父の家に連絡を入れてやった所、何故かそのまま拉致された。本当はお礼をするつもりだったらしいが、結果的にはお礼参りになってしまった。冗談でも核兵器が欲しいなんて言ってみるものではない。しかも何故か屋敷に入ったらD・アルルがいた。何でも下っ端の組員とトラブルを起こし、口で言い負かされた相手が逆切れして連れてこられたそうだ。幼児に口喧嘩で負ける大人ってどうなんだろう。その後チコの遊び相手になってくれるよう組長に頼まれて、時々訪れるようになった。この時覚えた拳銃と麻薬の知識が渡米した後、意外な形でシェゾの役にたったのだがそれはあくまで余談である。

 

 

 

「シェゾ!アルル見つかった!?」

「D・アルル!」

 神社の鳥居の前まで来るとD・アルルたちがいた。アルルはD・アルルに抱きしめられてホッとする。本当はシェゾと手を繋げてドキドキしたりもしたのだが、思ったよりも姉を心配させたようなので、内心反省した。

「心配かけて、ごめんね。」

「何にせよ無事で良かったよ。」

ラグナスの言葉にD・シェゾも頷く。

「これからどうする?」

「ボク、林檎飴食べたい。」

「また食い物かよ。」

「いいじゃないかあ。」

アルルの提案で再び食い倒れ(?)が再開する。屋台に並んでいるとD・アルルが言った。

「僕は林檎飴いらないからさ、ちょっと別の物見てきていいかな。」

「逸れたりしないか?」

「大丈夫だよ。」

ラグナスが言うとD・アルルが笑顔で手を振る。

「D・シェゾ、お前が付いていけ。」

「わかった。」

そのまま人ごみに紛れそうになるD・アルルをシェゾに促されたD・シェゾが追った。その後ガラス細工の店でイチャついている二人をルルーとそれに引っ張られてきたサタンが見たとか見なかったとか。

 

「あ、あのぬいぐるみ可愛い。」

林檎飴屋の隣の店は射的だった。飴を片手にしたアルルの眼を引いたのは店の棚に置かれたウサギのぬいぐるみだった。色は黄色で額の部分には赤のカラーストーンが縫い付けられている。

「お譲ちゃん、これは一等の商品なんだよ。」

アルルに話しかけてきたごま塩の髭を生やした男性がこの屋台の主らしい。

「アルル、欲しいのかい?」

ラグナスが尋ねるとアルルが頷いた。

「でも、あんなに的小さいし、多分無理だよ・・・。」

「いや、やるだけやってみるよ。一回いいかな。」

「へい、毎度あり。」

しかしラグナスはぬいぐるみを当てることができなかった。この射的、弾は六発なのだが、的の一部が賞品そのものではなく「一等」といった文字が書かれたプレートなのだ。当然的も小さくなる。ラグナスが当てたのは初め練習も兼ねて試しうちにしたお菓子であった。

「ごめん、駄目だった。」

「いいって。仕方ないよ。はい、ラグナスの当てたビスケットだよ。」

アルルは預かっていた箱を手渡す。

(本当は欲しかったけど、仕方ないよね。ボクじゃ絶対無理だろうし。)

アルルとラグナスが残念そうにぬいぐるみを見遣ると時を同じくして、シェゾが店主に声を掛けた。

「今思い出したんだが、ひょっとして・・・銀か?」

「お、おめえはまさかシェゾの坊主か!?」

「坊主は止めろ。」

どうやら知り合いらしい。

「まだ生きてたんだな。」

「へっ、そう簡単に死んでたまるかっての。」

言ってることは大分変だが。もちろん周囲に聞こえない程度の声である。

「再会記念に一つ買ってやるよ。」

「お、腕は錆び付いてないだろうな。毎度あり。」

「・・・トカレフとかじゃないんだな。」

「当たり前だろうが!縁日の射的にそんなもん使うかっての。」

「そりゃそうだ。」

シェゾは口の端を上げると、銃を構えた。そして一発試し撃ち。クッキーの箱がパタリと倒れた。

「なるほど。こんなもんか。」

そして再び目を細め照準を合わすと引き金を引いた。

「シェゾ、格好いい・・・。」

シェゾが射的に挑戦していることに気づいたアルルとラグナス。アルルは真剣なシェゾの横顔に見とれていた。

「本当だよな。」

ラグナスも同意する。

「本当、美人だし格好良いし頭良いしでいうことないよな。ちょっと天然なところがまた可愛いし。」

「さすがラグナスわかってるね。・・・でもシェゾはボクのだから。」

「まだ決まってないだろうが。」

「ボク、負けないもん。」

アルルはラグナスがシェゾを好きなことを知っていた。今では笑い話だが、初めて会った時シェゾを女の子と勘違いしたのだ。彼の初恋は一日で終わった。その後、シェゾはラグナスにとって憧れの人という形で定着したのだが、ミーハーというより崇拝に近い憧れの仕方だったのだ。アルルとラグナスはシェゾの一番になりたいという意味ではライバルなのである。特にラグナスはシェゾと長年会えなかったせいか、慕情が変な方向に走りつつあるのだ。その結果立派なシェゾ馬鹿振りを発揮している。

「二等当たり〜。」

「凄い凄いシェゾ!ね、ラグナス!・・・ラグナス?」

「う・・・。」

ラグナスに同意を求めようとして彼を見遣ると様子がおかしかった。固まったまま赤面しているのだ。アルルが彼の視線を辿るとその先にはシェゾの姿。それだけなら問題ないのだが・・・。

「う!?」

その瞬間、アルルも顔を赤くした。射的の構えで少し浴衣が乱れたのか、胸元と足の露出度が上がっていた。ついでに色気率もアップした。

【だ、抱きつきたい襲いたい押し倒したい・・・!】

夏の暑さのせいか、思考回路がおかしくなる二人。シェゾ、狙われてます。

『わああああ!そんなこと駄目だあああああああ!!』

ラグナスは頭を抱えてしゃがみこみ、アルルは耳をふさいで顔を振り絶叫。二人が世間様の注目を集める中、シェゾは特賞のプレートを打ち落とした。集中していてアルルたちの叫びすら聞こえてなかったらしい。

「流石にやるねえ、シェゾの坊主は。どうだい、今からでも遅くねえからうちの組に入らんか?」

「断る。俺は今の仕事がそれなりに気に入ってるんでね。」

「そうか。で、あの二人はおめえさんの連れじゃなかったのか?」

「は?・・・何してんだあいつら。」

手に入れた賞品を紙袋に入れてもらいながらシェゾが後方を見遣ると、アルルたちが変な動きをしていた。シェゾは一瞬このままこっそり帰ってしまおうかと思った。

「何してるのさ、二人とも・・・。」

心底呆れたような物言いでアルルたちに話しかけた勇者はD・アルルだった。我に返ったアルルたちの間にきまずい沈黙が流れる。

「アルル、これさっき射的でとったから、お前らで好きなように分けろ。」

溜息をついてシェゾはアルルに紙袋を渡した。

『射的?』

事情のわからないD・アルルとD・シェゾにアルルとラグナスが説明をする。

「それでシェゾ凄く格好よかったんだよぉ。」

「・・・4,5,6、てことは全部当てたのか。」

「本当、的を見据える真剣な顔が素敵でさ。さすが俺のシェゾって感じ?何より浴衣の隙間から見える肌がたまらな・・・。」

D・シェゾはラグナスに蹴りを入れるとさっさとシェゾの浴衣の乱れをチェックしにかかった。

「ラグナスも懲りないね・・・。」

注意一秒怪我一生。口は災いの元である。D・アルルはアルルの「いかにシェゾが素晴らしかったトーク」を適当に聞き流しつつ、ラグナスを見遣りこっそりと溜息をついた。

「それでシェゾは何を取ったの?」

「えっとね、ウサギのぬいぐるみと、お財布と、バックと、スポーツタオルと、クッキーと置物だよ。」

「大漁だね。」

D・アルルはシェゾの射撃の腕に感心した。

 

 

 

「そろそろ花火が本格的になるし、見やすいところに移動した方がいいんじゃないか。」

「そうだね。」

騒動が一段落して、五人は花火を見るために移動を開始した。それは少し屋台からは離れているものの他の見物客の居ない穴場である。

「お、また上がった。」

「綺麗だよね。」

シェゾを除く四人が数年前に見つけて以来毎年行っている絶好の花火見学スポットに、今年は五人で花火を眺めていた。

「日本の花火も結構派手なんだな。」

何やら感心したように言うシェゾ。

「じゃあアメリカの花火は派手なの?」

「まあそれなりに。」

アルルの疑問にシェゾは答えた。あまり興味のなさそうな物言いだったが。

「あ、柳だ。」

「しかも連発。」

「凄いね。」

「上げすぎて煙で見えなくなるぞ。」

「そういうツッコミはしないの。」

軽口を叩き、笑いあいながらも五人は夜空における光の競演を楽しんだ。

 

「もうそろそろ終わりだね・・・。」

「来年もまた来たいな。」

 花火大会も終わりの時間に近づいて、アルルとD・アルルはうっとりと目を細めた。アルルはさり気なくシェゾの隣に陣取り、D・アルルはD・シェゾの胸に背中を預ける形で空を眺めている。二人っきりではないが恋する少女達としては好きな人と一緒にいられて幸せなのである。

「来年もまた五人で来れたらいいよね。」

アルルが言う。

「いや、来年は二人と三人じゃないか?」

ラグナスがどこか面白そうな感じで言った。

「え、何で?」

「いや、だからさ・・・。」

疑問と抗議の混じった声を上げるアルルにラグナスは目で促した。その先にはD・アルルとD・シェゾ。

「あ、そっか。」

「今年はシェゾが帰ってきたから特別だけど、来年は二人っきりにさせてあげなきゃね。」

「うん。」

ラグナスの提案をアルルはあっさりと受け入れる。実はアルルは去年までD・アルルとD・シェゾが付き合っているとは知らなかったのだ。もちろん仲が良いとは思っていたし、お互いが何となく特別な存在として扱っているような感じはしたのだが。アルルとラグナスが話し合っている間に、シェゾがD・アルルとD・シェゾに近づく。聞き耳を立てると花火の種類と火薬についての話だったので、アルルはあっさりと理解することを放棄した。

(そうすると今までみんなでしてきたことも一緒にやらなくなっちゃうのかな・・・。)

少し寂しい気もするが、いつまでも五人でいられるわけでないことは、アルルだって気づいている。未来に思いをはせ、アルルは言った。

「・・・でもそれなら来年はボク、シェゾと二人っきりで行くよ。」

「は?」

「ラグナスは誰か他の友達と行ってね。」

笑顔で渡された宣言はもしかしなくても宣戦布告だった。大好きな彼はちょっとどころじゃなく鈍感で、そこがまた愛しくもあるのだけれど。

(可愛さ余って憎さ百倍?)

アルルは思う。どこか言葉の使い方が違うような気はしたけれど。受身で待ってるだけじゃ絶対手に入らない。何せライバルは多いのだ。大事に思ってくれているのには気づいている。でもそれが自分の欲しい好きかはどうかわからない。愛されるよりも愛したいという言葉はあるが、愛した分だけ愛して欲しいというのも本音。恋する者は基本的にわがままなのだ。だからアルルは負ける訳にはいかないのだ。とりあえずは、この、今、目の前にいるライバルに。一方ラグナスもアルルから視線をそらさずきっぱりと告げた。

「絶対嫌だ。」

アルルとラグナスの間に見えない火花が散る。ラグナスとてこの勝負は譲れない。例え相手が大事な幼馴染であろうと。欲しいものは一つしかないから。正々堂々闘って勝ち取るのみである。

「おい、あいつら何してるんだ。」

アルルとラグナスの様子を変に思ったシェゾが小声でD・アルルたちに尋ねる。子供のときならいざ知らず、一人離れた土地で成長した彼には幼馴染達の行動は今ひとつ理解しきれていない。というか原因の八割ほどは彼が鈍いせいなのだが。

「何か企んでるでしょ。」

「いつものことだ、シェゾは気にするな。」

「そういうもんか?・・・あ、また上がった。」

D・アルルとD・シェゾがあっさり流したので、やや憮然としながらもシェゾは花火に視線を戻す。

「たっまや〜」

「かっぎや〜」

人々の歓声と、光の洪水と、煙の臭いと。夏はまだまだ続いていく。

 

 

 

 

 

<コメント>

 花火話後編です。今回の見所はシェゾの浴衣姿です!(て、そこかよ!?)肌蹴やすいし、さり気なく露出度あるし、チラリズムそそるしで、悩殺しまくってます。書いていてラグナスの煩悩が乗り移った気がしました。その割には前編で萌えてたのがアルルばかりな気がしましたけど。詳しい描写が面倒になってきて・・・すみません・・・・・・。

 組員の人達は一回限りの脇役のつもりで出したのであんまりちゃんと考えてません。組長がチコの祖父で若頭は伯父に当たります。銀はシェゾがかなりお気に入りで拳銃の知識の手解きをしたのも奴です。でもD・アルルにはあまり関わっていません。そんな裏設定があったりします。

 

 

2006/10/10 UP