ある死神による護廷十三隊観察記録
皆様初めまして、ご機嫌如何でございましょうか。ソウル・ソサエティは本日も快晴であります。さて、皆様もご存知の通り、死神は主に十三の部隊+αと言う形で組織されております。え?私目でございますか。私は一応五番隊に籍を置く一死神でございます。そうですね、名を仮に、ナナシ・ハツ、とでもしておきましょう。本日は私も所属する五番隊を中心にお話を致したいと思います。
五番隊の隊長は藍染殿であります。黒縁眼鏡が特徴的な、とても穏やかで優しいお方です。十一番隊の更木隊長のように一見して強者と判別できるお方ではありませんが、解放された霊圧を感じ取ったことがある者には、その強さは一目両全でございます。何やら言葉の使い方を誤っているような気もいたしますが、まあいいでしょう。次に副隊長は雛森殿であります。彼女は小柄でとても可愛らしいお方です。やはり隊長同様お優しく、真面目な方でもあります。その上、鬼道の達人でもいらっしゃいます。実はここだけの話、雛森桃ファンクラブなるものが護廷内に存在しているのですよ。女性で隊長・副隊長格まで昇進できる方はなかなかおりません。それだけであこがれを抱く者も多いのですが、雛森副隊長はその人柄もあり、人気が高いのです。
おっと、そこを行くのは雛森副隊長ではないですか。山のように書類の入ったファイルを抱えています。というか、頭を越す高さに積み上げてますね。あれでは前が見えないのではないでしょうか。重さに耐えられないのか足元が覚束なくフラフラしていらっしゃいますね。このままだとファイルの山が崩れて書類もろとも周囲にばら撒いてしまいそうな予感がします・・・て、言っている側からばら撒いてしまわれましたか。仕方がありません。このナナシ、五番隊の一員として副隊長をお助けに参りましょう。
「ああ、またやっちゃった・・・。日番谷君が聞いたらまた呆れられちゃうよ〜。」
雛森桃は顔を真っ赤にしてしかも涙目になっていた。よりによっていつ人が通るか知れない廊下で派手に転び、その上書類をばら撒くとは。恥ずかしさと情けなさで泣きたい気分だ。非力ながらも五番隊副隊長として、尊敬する藍染隊長の為にも、日々努力しているつもりだったが、最近どうもやる気が空回っている気がして仕方がない。書類を運べば大抵どこかで転んでしまうし、コーヒーの砂糖と塩を間違えたこともあった。因みにそれは五番隊でお茶会休憩なるものをした時の話であり、藍染に指摘されるまで桃はそれに気づかなかった。何故なら桃を含む一部の者は紅茶か緑茶だったからである。下位席次の者は上官がわざわざ入れてくれたものについて過ちを指摘するというのに抵抗があったのであろう。その事実が発覚したとき桃は五番隊メンバーにひたすら謝り倒すしかなかった。
「雛森副隊長。」
「きゃあああああ!?」
半泣きで書類ファイルをかき集めている所に、背後から突然声を掛けられ桃は悲鳴を上げた。慌てて振り返ると面食らった顔をした見覚えのある者が一人。
「ナナシ・・・さん?」
それは桃と同じ五番隊の死神だった。
正直、驚きました。声をかけたら雛森副隊長がいきなり悲鳴を上げられたので。ちょっと霊圧をゼロ近くまで抑えて声をかけただけだったのですが・・・。六番隊の朽木白哉隊長のような冗談の解らない方に対して実行したら、問答無用で斬られそうですがね。
「大丈夫ですか?」
雛森副隊長に名前を呼ばれたのでとりあえずそう答えておきました。
「拾うの、お手伝いいたしますね。」
「あ、ありがとう。」
私の申し出に雛森副隊長は嬉しそうにやんわりとした微笑みを浮かべられました。私が男性であったならば、きっとドキドキしてしまったでしょうね。手前味噌かもしれませんが雛森副隊長の笑顔はとても素敵だと思います。所謂癒し系というやつですね。私も副隊長に笑顔で返して書類ファイルを拾い始めました。よくも、まあ、こんなに一度に一人で運ぼうとしたものです。
「ついでですから、運ぶのもお手伝いしますよ。」
「え?そんな、いいよ。これ私の仕事だし。」
雛森副隊長は遠慮なさってそうおっしゃられましたが、先程の様子を見る限りではまたばら撒く羽目になるでしょう。その方が却って二度手間になる気がいたします。そもそも前が見えない程の書類を持ち歩くこと自体、副隊長のようなおっとりした方には無理だと思います。ただし十番隊隊長の日番谷殿は、雛森副隊長同様隊長・副隊長においては背の低い方ですが、眼を瞑っていても気配で相手の位置が判るそうなので、書類の山で前が見えなくても誰かにぶつかると言うことはまずないそうです。マツ・・・これはもちろん仮名ですが、私の知人に十番隊の者がおりまして、その者に聞いた話ではそういうことなのだそうです。
「いいえ、お手伝いいたします。」
そう言って私は書類を抱えて立ち上がりました。
「それで、これはどちらに運ばれるのですか?」
「本当に、いいんだよ?ナナシさん。」
「副隊長はお気になさらず。私にはこんな事くらいしかできませんから。」
本当は書類を運ぶのではなく処理そのものをお手伝いした方が楽になるのでしょうが、私は生憎上位席次の者ではありませんし、立場上なるわけにもまいりません。そういったことでは常々心苦しく思っていましたから、ぜひともお手伝いさせていただきたいものですね。偽善かもしれませんけれども。
「そう?じゃあ、五番隊の詰め所まで一緒に運んでくれるかな。本当、ごめんね。ありがとう。」
「いえいえ。」
そうして私は雛森副隊長と詰め所に向かいました。副隊長は私のような下の死神にまで気に掛けてくださる優しい方です。藍染隊長もやはり隊員一人一人にとまではいかなくとも細やかな心遣いをされる方であります。そういった隊長・副隊長の下にいるせいか、五番隊自体が穏やかな雰囲気の流れる隊です。他の隊に比べたらとても居心地の良い隊だと常々思っておりますよ。例えば一番隊は重ジ・・・もとい、山本総隊長殿の隊ですから特に規律だなんだと煩いですし、三番隊は市丸隊長がすぐ仕事をおさぼりになられて逃走ばかりされるので、吉良副隊長が胃に穴を開けられる日も近いと常々噂になっております。副隊長以下に隊長の皺寄せがずいぶんときていらっしゃるようです。四番隊は他の隊の方々の治療から日々の雑用まで押し付けられて、卯の花隊長以下いつも多忙でいらっしゃいます。切れて毒を盛る四番隊員が出ないのが不思議なくらいです。いつか四番隊の待遇改善に関する報告書でも提出しておきましょう。六番隊は朽木隊長を筆頭に堅苦しい方ばかりで、どうもとっつきにくい隊になってしまいました。昔はまだマシだったのですが・・・。コメントに困るのは八番隊ですが、ここはまあ、あの京楽殿が隊長ですから。副隊長の伊勢殿はセクハラだなんだと常々苦労しておられるようで、実際普段では私もそうだと思います。でもあの方は特定のお酒で面白い酔い方をされるのですよ。知っている方は少ないですがね。十番隊は・・・。
「あ、乱菊さん。」
「あら、雛森じゃない。」
雛森副隊長の声に前を向くと・・・ああ、先程まで、少々考え事をしていたせいか、庭ばかり眺めておりました・・・そこにいらっしゃったのは十番隊副隊長の松本乱菊殿でした。ウェーブがかかったブロンドと抜群のスタイルを誇る護廷でも有数の美女といってさしつかえないでしょう。私はお世辞にもスタイルが良いとは言えませんので、時々羨ましく思ってしまいます。何を食べたらあのような体になるのでしょうか。私がこのようなことを考えている間に雛森副隊長と松本副隊長は世間話なるものを済ませてしまわれたようです。女三人寄れば姦しいとはよく言ったものですが、私は口を挟んでいない場合は当てはまるのでしょうか。
「この子は確か・・・。」
おや、松本副隊長は私に気づかれたようですね。ふむ、いろいろ突っ込まれると困りますが、やはりあの子のこともありますし、ここは一つ挨拶でもしておきましょうか。
「初めまして、松本副隊長。ナナシ・ハツと申します。」
「ナナシ・・・?」
「マツがいつもお世話になっております。」
「・・・て、ことはやっぱりマツの?」
「はい。」
「?」
雛森副隊長にはやはり話が通じていらっしゃらないようですね。これで通じていても困りますが。・・・あ。
「日番谷隊長。」
『え!?』
私がふと庭の方に視線を向けると十番隊隊長殿が挟んで向かいの廊下を歩いていらっしゃった。私の言葉に両副隊長が反応をされた。一人は嫌な、もう一人は嬉しい驚きを込めて。
「ちょっと、隊長!何勝手に出歩いてるんですか!?私が戻ってくるまで部屋に居て下さいって言ったじゃないですか!!」
「げ!松本・・・。」
松本副隊長が声を掛けると日番谷隊長はしまったという顔つきをし、そのまま立ち去ろうとなされた。あれは仕事をさぼって逃げる気ですね。
「日番谷君!」
「・・・雛森。」
今度は雛森副隊長が声を掛けられた。すると日番谷隊長の動きがピタッと停止しました。うーん、マツに話は聞いていたけど、実際に見るとなかなか面白いかもしれませんね。
「仕事さぼっちゃだめだよ。じゃないと一緒にご飯食べにいけないよ?」
「何、あんた達、これからデートな訳?」
『ち、違・・・。』
松本副隊長の言葉に雛森副隊長は真っ赤になって、日番谷隊長は若干動揺した風に否定なさっていました。本当にこの二人は微笑ましくて可愛らしいカップルです。十番隊に小さな恋のメロディを応援する会があるって話、本当かもしれません。今度マツに確かめてみましょう。こんなほんわかした光景が見れるなら、私、十番隊でも良かったかもしれません。
「と、とにかく!行くぞ、松本。」
「はいはい。」
「い、行こう、ナナシさん。」
「はい。」
半ば強引に話を打ち切る形で私達はこの場を後にし、それぞれの詰め所に向かいました。
「本当、デートとかじゃないんだからね。ナナシさんも誤解しないでよ。」
そのように真っ赤な顔でおっしゃられても全く以って説得力ないですよ、雛森副隊長。これはぜひとも日番谷隊長側の話も聞き出さねばなりませんね。仲良きことは美しきかな、です。そうそう、仲が良いといえば、十一番隊も皆さん仲がよろしいみたいですね。体育馬鹿タイプが多いせいかもしれませんが、一見デコボコに見えてしっくりはまっている、ある意味バランスの取れた隊でもあります。更木隊長と草鹿副隊長はその最たる例と言えます。十二隊は・・・隊長がロボだしなあ・・・マッドサイエンティストで正直お近づきになりたくないタイプなのですが、全く付き合わないという訳にはいかない隊ですので、正直困っております。十三番隊は浮竹隊長が病床に伏されており、通常の死神常務に加え隊長のお世話をしなければならないのは大変なことだと思います。浮竹隊長は藍染隊長に負けず劣らず穏やかな優しいお方なのですが、肝心な所で吐血癖が出るという噂をチラホラ耳にします。血液は落ちにくいですから、布団に付くと洗って落とすのも一苦労ですよ。隊員の皆様の苦労が偲ばれてなりません。残りの隊もやはり堅苦しい雰囲気を持っているのですよね。
さあ、五番隊の詰め所に着きました。隊の仲間が暖かく迎えてくれます。本当に笑顔の多い隊だと思います。良い隊です。やはり、私はこの五番隊の隊員になれて幸せ者なのかもしれませんね。
きっと明日も快晴でしょう。
<あとがき>
第三者視点から見た日桃・・・ということで、ある五番隊員の視点で始めた話です。ナナシ・ハツ(仮名)さんは一応オリキャラさんということになってしまいますが、丁寧かつ毒舌っぽい性格なようです。これ、シリーズのつもりで始めたのですが、日桃に全然なってないです。ほんのり微ラブ・・・みたいな?
ナナシさんは伏線貼りまくりですね。彼女は一体何者なのでしょう。その内明らかになります。多分。