叫んだ言葉があの人に本当の意味で届いたことはなかったけれど・・・
『パパは何でネオンのことを見てくれないの?何でお話してくれないの?どうしてすぐ帰っちゃうの?
何で?何で?』
まだ何も知らない子供だった頃に周囲の大人に聞いた。
でも返ってくるのはいつも同じ答えばかり。
それは私の欲しい答えじゃないの。
『ネオン様のお父様は忙しいんですよ。』
そんなの嘘。
だってパパは家にいる時も会いに来てはくれない。
『心配しなくてもお父様はネオン様を愛しておいでですよ。』
じゃあ何でパパは寂しい時に側にいてくれないの?
顔を見ただけですぐ帰っちゃうの?
どうして誰もいない・・・離れに置いていくの?
行かないで。
一人にしないで。
ちゃんと愛して。
ううん、本当は、愛さなくてもいいから、ちゃんと私を見て欲しかった。
でもどんなに願ってもパパはそうしてくれなかった。
だから私は、願いを胸の奥に押し込めた。
代わりに、自分を満たすモノを捜し始めて・・・
そして、出逢ったのだ。
「でもね、その人といるのは楽しかったの。」
しばらく黙っていたネオンがまた語り始める。少しだけ穏やかさのある声音だった。彼女は語る。そ
の女性のことを。
「作ってくれる料理はおいしかったよ。簡単な料理から凝ったのまで。お菓子も作れたし、何か変なの
も作ってたけど。雑草にしか見えないのが、意外と美味しかったりして。あの頃はしょっちゅう退屈し
てたから、そんなことも面白かった。」
「うん。」
クロロはただ相槌を打って彼女の話を聞く。
「初めは玉子焼きとかそういうの教えてもらって、まず卵を割るのが上手くできなくて、そのせいでし
ばらく卵料理ばっかりだったこともあったんだよ〜。包丁使った時なんか、凄く怒られたし。でも、そ
うやって叱ってくれる人って今までいなかったから、何か嬉しかったの。」
一人ぼっちの親に忘れられた少女に初めて向き合った他人。それは安全の為の注意といったものだった
けれど、ネオンにとっては新鮮な経験だった。その故に鮮烈な印象を彼女に残す。
「何か・・・普通にお友達いたらこんな感じかな〜とか思ったよ。失敗すると馬鹿にされたし、でも、
上手くできた時は頭撫でて凄く褒めてくれた。だから、お姉さんと一緒に料理作るのは楽しかったの。
本当にちょっとしたことが楽しかったの・・・。」
そこでネオンがクスリと笑った。
「あのね、クロロさん。私、今はやってないけど、結構料理作れたんだよ。普通の家庭料理だけじゃな
くて、民族料理もちょこっとだけど、教えてもらったし。アウトドア・・・というよりサバイバル?な
食べ物のやり方とかも教えてもらったの。パパは知らないけどね。実はお魚も
「へえ、それは凄いね。」
単なるお金持ちのお嬢様はそこまではできないだろう。彼女の意外な経験にクロロは少し感心した。と
いうか、教える方も教える方だがやる方もやる方である。やはりネオンは少しずれた感性の持ち主かも
しれない。
「勝気・・・ていうのかな?そんな感じの性格でね、初めは雇い主側ってことで気を使ってたみたいな
んだけど、その内遠慮がなくなって、時々キッチン以外でも遊ぶようになったの。かくれんぼとか鬼ご
っことか、そういうの。カードゲームとかも教えてもらったし・・・あ、トランプ占いなんてのもした
よ。多分、それがきっかけだったのかもしれないな〜。占いとかに興味持ったの。」
例えばテレビでやっている占いコーナー、雑誌に載っている星座占い、そういうものに関心を持って見
るようになったのは。直接的なきっかけはまた別なものであろうけれど。
「その人はネオンちゃんと仲が良かったんだね。」
「うん、仲良しだったよ・・・。もう死んじゃったけど。」
「え・・・?」
「離れが火事になってね。出火場所がキッチンで、その責任取らされて、銃で頭撃たれたの。本当はパ
パの仕事で仲が良くない人が業者?の振りして、放火したんだって。人ってね、あっけなく死んじゃう
の。血が赤くてね、骨が白くてね。眼が濁っててね、不思議な感じがしたよ。お姉さんの血が広がって
ね、鏡みたいにキラキラしててね、離れの燃えてる火とか、空の月とかが映って、揺れてて、凄く綺麗
に思えた。」
ネオンが言う。
「あの時のお姉さんの体、欲しかったなぁ・・・。」
淡々とした響きを持っている彼女の言葉。彼女は人体収集家ではあるけれど、これがコレクターとして
の本心であるかは分からない。ただ、言葉を紡ぎ続ける。
「それで、離れが燃えちゃたから、しばらくパパと一緒に住むことになったの。パパは相変わらずだっ
たけど、それでも接する機会が増えたの。多分、この頃からパパの仕事関係の人を招待してパーティー
するようになってね。親子が仲の良い風にしてた方が評判が良くなるみたいで、おもちゃとかも買って
くれるようになったの。」
恐らく、ネオンに物を与えて機嫌を取ろうとする彼の父親のやり方はこの頃からあったのだろう。それ
が本当に娘の望んでいたモノなのかどうか考えもせずに。
「それから大分経ってね、本当に何となくなんだけど、占い、私もやってみようかな?って思ったの。
ほら、タロットとかダウジングとか、人間の潜在能力で誰でもできますって感じの占いマニュアルとか
流行ってたし。それで実際やってみたら結構はまっちゃって、いろいろやってたら何か占い当たってる
ってみんなから言われるようになったの。」
ネオンは語る。感情を押し殺した声で。
「みんなが占って、て頼んできたよ。私もよく知らないんだけど、いつの間にかよく当たるって広まっ
てたみたい・・・ああいうのって、誰が広めるんだろうね。」
彼女の占いの評判は
「そしたらね、パパやそのお友達が噂を聞いて、占いしてみろって言われたの。」
「そうなんだ・・・。」
「その占いもね・・・当たったみたい。どういう内容かは知らないけど。でも当たったから凄いって、
またやってみてくれって言ってた。」
ネオンが自嘲するように笑った。口元の歪みが痛々しい。
「それからだったと思う。パパに頼まれてよく占いするようになったのは。・・・でもね、嬉しかった
よ。例えお金を稼ぐのに役立つって思ったからだったとしても。だってね、パパが私の所によく来てく
れるようになったの。いっぱいお話もできるようになったの。パパが初めて私を必要だって言ってくれ
たんだよ?」
訴えるように告げる彼女の表情はきっと泣き笑い。クロロは何も言わずただ彼女の話を聞く。
「嬉しかったの・・・パパが私に対して笑いかけてくれたのが。」
そう、ずっと親に見捨てられていた子供が、望んでも望んでも与えられることのなかった父親からの愛
情を、初めて触れることができたのだ。理屈なんて関係ない。きっと本能のようなもの。ただ感情で心
が嬉しいと叫ぶのだ。だから、嬉しかった。ネオンは嬉しかったのだ。それがどんなことだったとして
も。
「これがきっかけで、もっとパパと仲良くなれたらいいなって思ってたの。今度こそ一人ぼっちになら
なくていいって思ったの。でも、でもね・・・やっぱり駄目だった。」
そして彼女は繰り返す。父は彼女を見てくれなかったのだと。捨てられたのだと。
「占い・・・何でかできなくなっちゃったから。」
告白する彼女の声は震えていた。クロロはやはり何も言えなかった。
「そしたらね、偉い人と寝ろって言われた。」
「え?」
「体で相手の機嫌を取ってこいってちょっとおかしいよね、素人に。」
(いや、素人の方がかえってそそるって趣味の人もいるから・・・て、そうじゃなくて!)
思わず心の中で一人ノリツッコミをしてしまった位である。
「それで嫌だって言ったらぶたれたの。流石に手を上げられたのは初めてだったらびっくりした。完全
に見捨てられちゃったんだな・・・て、その時思ったの。」
「ネオンちゃん・・・。」
「パパがね、普通じゃないっていうか、結構悪いことしてお金儲けしてるのは知ってるの。クロロさん
もあの場所にいたってことは“やってる”か“やってなくても知っている”人なんだよね?」
闇オークションに関わるのなら、それなりに裏業界を知っていなければならない。本人、もしくは関係
者にコネがなければ、簡単には近づけないものだ。
「別にね、それが悪いとか犯罪だからとか文句があるわけじゃないの。私には関係ないって前はちょっ
と思ってたし。殴られたり殺されたりするのは確かに痛いし嫌だけど、そうなったらなったでその時は
仕方ないんだろうな〜って自分で思ってる気がするのよね。」
やや早口で言うネオンは、嫌なことを考えたくないのか、話すことでやり過ごそうとしている、そんな
印象をクロロは受けた。
「
「ううん、死ぬ直前まではそういう気持ちもあると思う。だって人間だもん。嫌なことは嫌だし、ムカ
つく時はムカつくし。でも末代まで祟ってやる〜とか、そういうのはないと思うの。」
「・・・そういえば、君は霊魂とかは信じてなかったんだっけね。」
「でもクロロさんは信じてるんだよね。」
「そうだよ。俺は信じてる・・・。」
「じゃあ、クロロさんがもし誰かに殺されたりしたら、その人取り殺しちゃったり?」
「う〜ん、それはちょっと違うかな。」
「じゃあ、クロロさんの代わりにしてくれる友達がいるの?」
何やら一般常識から照らし合わせるとピントのずれた会話をしていたクロロとネオンだったが、彼女
のこの発言に彼は答えに窮してしまった。何故か無難な回答が思いつけない。
(俺を殺した相手を殺す友達って・・・例えば旅団の奴らが?でも、真面目な話、俺が殺されるような
相手じゃ返り討ちになる可能性も高いよな〜・・・。)
戦い方にもよるだろうが、メンバー全員が戦闘に向いているわけではない。多分前に戦ったゾルディッ
ク家辺りが相手なら、かなり厳しい展開が見込める。
「だって、クロロさんのしたかったことを代わりに誰かがしてあげるんでしょ?」
「ああ・・・よく覚えてたね。」
ネオンの言葉にクロロは感心したようにそう述べた。彼女が言ったことは以前彼が言っていたことであ
る。死んだウヴォーギンの代わりにあいつのしたかったであろうことをする。そのための意味も込めた
オークションの襲撃だった。そして彼女の言葉の意図は復讐・仇討ち云々ではなくて、彼が前に言った
ことを受けてのものであったようである。
「でもね、ネオンちゃん。例え俺が死んだとしても、俺がその相手を殺したいと思っていない場合もあ
るんだよ。」
「え?そうなの!?」
クロロの言葉にネオンがガバリと飛び起きる。その反動で目を覆っていた濡れタオルがベシャリと落ち
た。
「あ、ごめんなさい!クロロさん・・・その、落としちゃった。」
「ああ、別に洗って乾かせばいいんだから、そんな気にしなくて良いし。それより、少しは落ち着いて
きたかな・・・。」
「・・・うん、大丈夫。多分・・・だけど。」
「そっか・・・。」
先程大泣きしていた時に比べれば、傍目には大分落ち着いて見える。
「少し・・・目の腫れも引いたかな。」
「うん、あのね・・・。」
「でももう少し当てておこうか。あと、水も少し飲むかい?喋り通しだったろう?」
「・・・ありがとう、クロロさん。」
「いいから、いいから。ちょっと休憩。」
そう言ってクロロが落ちたタオルを持って立ち上がると、それに合わせたようにネオンの頭が動く。ま
だ腫れの引ききっていない瞼から覗く瞳が、まるで行くなと縋るようにクロロを見つめていた。
「大丈夫だよ、俺は遠くには行かないから。」
(少なくとも今は・・・ね。)
本当のことは言えないけれど、今だけは彼女の心が安らぐように。