「はぁ、これからどうしよ・・・。」
父親に付けられた監視兼ボディーガードの面々の目を誤魔化して、ホテルから抜け出したネオン。そ
こまでは、まあ、良かったのだが、その後のことをあまり考えてなかった。もし占いの能力が消えてい
なかったらそれを元手に生活できたかもしれないが、今のネオンは本当に無力な少女である。
「でも、身売りするのは嫌だし・・・。」
働かなければ生きていけなくなることくらいはネオンにも分かっていたが、働き口が見つかるかどうか
は分からない。例え見つけても夜の仕事の類では意味がない。
「料理屋さん・・・とか、かなぁ?」
食材の調理法ならかつてネオンの面倒を見てくれた女性にあれこれ教えられた。彼女が死んでからは、
まず作らなくなったが、それでも作り方を全部忘れたわけではない。
「でも料理屋さんのアルバイトなんて、どうやって見つけるんだろう?」
ネオンはどうしていいのか分からず途方に暮れていた。
「・・・とにかく、ホテルからもう少し遠くに行こうかな。」
人込みに紛れて、夜の繁華街を一人ネオンは進んでいく。彼女にとって幸運だったのは、ホテルを出て
進行方向に選んだ方面が比較的平和で治安の良いエリアだったことである。裏通りまで入り込めば話は
別だが、表通りを歩いている限りはゴロツキも少なく、まだ安全だったからだ。
そんな感じでフラフラと街を彷徨っていたネオンは、歩き疲れたこともあり、とりあえず目に付いた
小さな店に足を踏み入れた。ガラス張りの壁が通りに面している庶民の味方、二十四時間チェーン店。
要はコンビニエンスストアである。
(えと、とりあえず・・・。)
ネオンは何か飲み物でも物色しようかと、飲料コーナーへと足を運んだ。
(コーヒー、紅茶、緑茶、オレンジジュース、レモンスカッシュ、スポーツ飲料・・・。)
ネオンは冷蔵庫の外側に見える商品を順番に眺めながら、体を横へとスライドさせていく。チラリと視
線を動かせば、冷蔵庫の隣にあるのは冷凍庫。並んでいるのは冷凍食品、氷、アイスクリーム。
「う〜ん、アイスもいいかな〜・・・。」
ジュースにするかアイスにするか、金持ちのお嬢様とは思えない程、何だか庶民的な悩み方をネオンは
している。
「あ、漫画発見☆」
さらに視線を動かせば雑誌等の置いてあるスペースが目に入った。途端に彼女の興味の対象はジュース
でもアイスでもなく、漫画本へと移行する。
(どれ見ようかな〜?)
そんなことを思いつつ、ネオンはラックに置かれていた一冊に手を取った。
道を照らす街灯と広告塔のネオンサイン。目が痛くなるような光をチカチカ撒き散らし、街を不夜城
へと変える一端を担う。
(今、何時かな〜。)
ネオンはコンビニで立ち読みと言う行為を続行しながら、ふとそんなことを思った。店内の照明は真夜
中でも明るい。ガラス窓の向こうの世界も明るい。治安の良い地域でも、夜が深まれば安全性は低くな
る。それでも外を歩く人々はまだ多く、通りは賑やかで楽しそうな様子が見て取れた。
(何か・・・結構真面目に読み込んじゃってた気がするのよね。)
気がつけばネオンは時間の感覚が分からなくなっていた。確かに、どこに感銘を受けたか定かではない
が、傍目に見てもかなり真剣に漫画やら週刊誌に集中していた。
「はぁ・・・。そろそろジュースでも買って出ようかな。」
そしてぼんやりと呟いた様子で、ネオンは視線をガラス窓へと戻した。外の通りでは人々の流れが忙し
ない。金髪を逆立てた男、茶髪をポニーテールにした女、いろいろな頭部がネオンの視界を横切ってい
く。
「あ・・・!」
その時、ネオンは見覚えのある顔を通りで見た気がした。咄嗟に身を隠すようにして、彼女はその場に
しゃがみ込む。
(い、今の・・・。)
余程驚かされたのか、心拍数が跳ね上がってる気がする。バクバクと音を立てる心臓を押さえ付けるか
のように、ネオンは自らの手を胸の辺りに押し当てた。皮膚を通して手に鼓動の動きが伝わってきそう
だった。
「まさか・・・。」
気のせいかもしれない。見間違いかもしれない。勘違いかもしれない。ただ、黒い髪とバンダナと耳の
飾りが似ていた、それだけかもしれない。でも何故か気になって、ネオンは手にしていた雑誌を戻し、
コンビニから急いで飛び出した。
「クロロさん!?」
人込みの中、ネオンは先程見掛けた気がする顔をキョロキョロと探す。しかし目当てのそれは見つか
らない。やはり見間違いだったのだろうか。彼女は自ら人込みの中に入って、あちこちに視線を走らせ
る。正直身長が足りなくて探しにくい。人の流れに逆行しているせいか進みにくい。それでもネオンは
足を動かす。
(私、何やってるんだろう・・・。)
走りながら彼女自身も考えていた。家出をしてやっぱり不安になっているのだろうか。一人きりになる
のが本当は寂しかったのだろうか。それとも父親とボディガード以外の知り合いに会えて嬉しかったの
だろうか。ネオンはやはり自分でも分からなかった。
「クロロさん・・・。」
自分が見たのは本当に彼なのか。もし彼だとしたら会ってどうしたいのか。父親のことを相談したいの
か。それとも愚痴だけでも聞いて欲しいと思ったのか。
(私はどうしたいの・・・?)
ネオンは自問する。結局彼は見つからない。勘違いかどうかも分からなかった。
(何でクロロさんだったの・・・?)
何故自分は、反射的に、衝動的に、彼と思われる人物を追いかけてしまったのか。どうして彼を見て咄
嗟に行動を起こしてしまったのか。
「はぁ・・・。」
ネオンはひとまず人の流れの外に出た。上がってしまった呼吸をガードレールに寄り掛かり整える。目
に映るネオンサインは眩しくて、彼女はそこにある景色に目を細めた。赤、白、青、黄、緑、橙、紫。
チカチカする光。幻想的で、退廃的で、即物的で、どこか現実感のない光景だった。
(これからどうしようかなぁ、本当・・・。)
結局考えることは堂々巡りで、今後の身の振り方が課題となる。
「電車、まだあるかな〜。」
とりあえずどこか遠くに行こうという発想に到ったらしい。
「やっぱり親から逃げる定番は北よね!」
そう言ってネオンが口ずさんでいるのは某東の島国で拳を入れた歌い方をされる名曲。
「凍えそうなカモメ見つめ泣いていました〜♪」
もしかしたら彼女は家出を駆け落ちか何か勘違いしているのかもしれない。そして何故この歌を選んだ
かもかなりの謎である。いや、確かに孤独感を思わせる歌詞だけれども。
「さてと、行きますか。」
サビの部分も歌い終わった所で、ネオンはガードレールから身を離し、人の流れの中に体を滑り込ませ
る。駅がどこにあるかなんて当てもないけれど、目的もなくただ彷徨うよりはマシだろう。人込みの中
でネオンはチラリと後ろに目をやる。視界を過ぎったのは高層ビル群。そこにネオンや父が滞在してい
たホテルが混じっているかどうかは分からないけれど。
「・・・さようなら。」
誰に対して告げたかった言葉なのかは彼女自身も分からない。呟きは人々のざわめきに溶けて消える。
小さな決別の言葉は誰に聞き咎められることはない。人が聞こえた気がする幻聴よりも価値の埋もれた
言葉と化したものだった。
「・・・と、いう訳です。」
「いや、何が。そして何でいきなり敬語?」
いきなり話を締めくくったネオンにクロロは即座にツッコミを入れていた。いくら自分が“スキル・
ハンター”という名の念能力を持っているからといって、こんなツッコミの
「う〜ん、ノリ?」
「ノリって・・・話を途中で止めたこと?それとも敬語を使ったことかい?」
「え〜と、両方・・・かな?」
クロロの質問に首を傾げつつもネオンは答える。
「だってね、それから後のことって、私にもよく分かんないんだもん。」
「君に分からなくても俺だったら何か分かるかもしれないよ。」
そもそもネオンの話を聞いているのは、彼女が何故突然クロロのいるホテルに現れたのかを知るためで
ある。そのためには彼女の話を聞いて判断材料とするしかない。
「それで君はコンビニから出た後、駅に向かったってことでいいの?」
「うん。」
「それから君はどうしたの?」
「えっと・・・人生の舞台からさようならしかけちゃった・・・かな?」
「え゛・・・。」
随分と可愛らしい笑顔でエヘッと笑うネオン。しかしその内容は一般常識からすれば笑い事ではなかっ
たりする。
(今、この子、笑顔でとんでもないこと言ったような・・・。)
その一方クロロは二の句のつけない状態で固まってしまっていた。
「あれ?クロロさん、どうしたの。クロロさ〜ん?」
彼の目の前でネオンが手をヒラヒラと動かしてみるものの反応がない。
「クロロさん、目を開けたまま寝られる人だったの?というかお休み三秒の人!?」
もちろんクロロは起きているし、眠くもないのだが、いかんせん、ネオンの言動にツッコミを入れる気
力がなかった。
(俺、何やってるんだろう・・・。)
先程のネオンの回想ではないが、クロロも自分で自分が分からなくなった。