そう、クロロにとって死は身近で、ネオンにとっても遠いものではなくて。だからこそネオンはあん
なに軽い調子で言ったのかもしれない。けれども・・・。
(この感情はなんだ?)
何かがクロロの心をざわめかせている。先程のネオンの言葉には、彼女自身の死が匂わされていた。も
ちろん彼女は今、実際クロロの目の前にいるから、彼女が死んだ訳ではない。本当に死んでいたら、目
の前にいるネオンは幽霊ということになってしまう。霊魂の存在を信じることと実際に幽霊が見えるこ
とはイコールではない。そもそも彼自身霊能者ではないし、霊感があるという自覚もない。
(俺は何を動揺している・・・?)
ネオンの言葉に含まれた“死”のニュアンスをクロロの中の何かが拒絶していた。それは何故か。
(俺は彼女の死を望んでいないとでもいうのか?)
手間を掛けて奪った能力を失うのは勿体ないと感じているのだろうか。しかしどこかの感覚がそうでは
ないと告げている。身が竦むような、凍り付くような、ずっと昔に感じた恐怖にも近い何か。
「わ、悪いけど、もう少し具体的に・・・前後関係についてもちゃんと説明してもらえない
かな?」
考える頭のどこかで警鐘が鳴っている気がする。“それに気付くな”と何かが訴えている。クロロは珍
しく混乱している思考の気を逸らすかのように、ネオンへ話の続きを促した。
「あ、えっとね〜、とりあえずそこら辺にいた人に駅の方向を聞いて・・・。」
ネオンはクロロの動揺を大して気にもしない様子で話し始める。では、ここからはまた彼女の回想形式
を取り混ぜて、彼女の身に起きた出来事を述べていこう。
「ふ〜ん、駅はこっちなんだ〜。」
運良く下心のない人間に道を聞けたおかげで、ネオンは駅までの正しい道順を知ることができた。聞
いた相手は夜に女の子一人で出歩くのは心配だと言ったりするお人よしなタイプではなかったので、彼
女は一人で向かうことになったのだが、追っ手に見つかるのかもしれないのだ、同行者がいない方が、
かえって余計な人を巻き込む心配がないので、結果としては良かったのだろう。
(えっと、横断歩道のいっぱいある交差点を右に曲がるんだよね。)
トコトコと歩き、ネオンは横断歩道が縦・横・斜めに通ったスクランブル交差点に差し掛かる。
「あ、ここかな。ここを右・・・と。」
そして説明を受けた記憶に従い右に曲がる。彼女は素直に言われた通りに駅を目指していた。今の所、
記憶違いはないらしく、正しい道順を進んでいたりする。
「ねえねえ、そこの君。どこ行くの〜?」
「暇なら俺達と一緒に飲まない?」
駅に向かう途中でネオンはドレッドヘアとボサボサな茶髪の男に話しかけられた。ニヤニヤとした笑
みを浮かべて、いかにも下心がありそうな感じである。流石にネオンもそう思ったので、すぐに顔を背
け、先を急いだ。即ち、無視決定である。
「キミ、可愛いね。どこ行くの?」
「僕達と遊ばない?」
「今、急いでるから!」
また別の相手に話しかけられたが、即断った。
「うへへへへへ・・・おねえちゃん、俺と一緒に飲まないか〜?」
「きゃ!?おじさん、何、人の手掴んでるのよ!離しなさいよ!!」
腕を大きく振り、いきなり彼女の手を掴んできた中年男の手を弾く。男の顔を見れば、随分と赤ら顔で
酒臭い臭いがプンプン漂っていた。どう見ても酔っ払いである。
「今、私は急いでるんだから、邪魔しないでよね!」
そう言い放ち、ネオンは走り出した。そして人込みに中に入って、ずんずん前へと進む。まさか人込み
を掻き分けてまであの泥酔している男が追ってくるとは考えられなかった。適当に相手を撒くには丁度
良いだろう。
しかし、彼女はその後もまた、ナンパ男に絡まれたり、酔っ払いのおっさんに抱きつかれたり、同じ
く酔っ払ったお姉さんに尻を撫でられたり(セクハラ?)と、トラブルに合い、なかなか駅に辿り着け
なかった。女の一人歩きということもあるだろうが、変な人を引き寄せすぎである。
「もう、本当ナンパされたり酔っ払いのオジサンに絡まれたりして、結構大変だったんだよ!こっちは
急いでるのに、人の話聞いてないし、馴れ馴れしく肩抱いてくるし!抱きつかれたり、お尻触られたり
したし〜。」
クロロに訴えるネオンはすっかり話に熱が入っているらしく、体を起こし、ベッドのマットレスを手
でパシパシ叩き、憤りを感じているらしいことを示している。ネオン自身他人の話をあまり聞かないこ
とがあるということは棚に挙げて、随分と不満な様子だ。
(何だ?何か・・・何だろう、面白くない気がする・・・。)
その一方で、クロロは何故かネオンの肩を抱いたり抱きついたりしたという相手に言い様のない不快な
印象を覚えていた。
(何でこんなにムカつくんだろう?)
よく分からない感情で胸の辺りがモヤモヤする。それと同時にムカムカしていた。とにかく気に入らな
いと感じている。
(俺、ひょっとしてこの子の話に感情移入してる・・・とか?)
それでネオンの不快感に同調して自分も嫌な気分になっているのだろうか。
「もしかしたら・・・だけどパパからの追っ手が近付いて来てるかもしれないのに。みんなして私が駅
に行こうとするのを邪魔するのよ!これはもう私に対する挑戦だわ・・・。でも逆に負けるもんか〜!
って思えたから、今度邪魔する人が来たらやり返してやるって思ったもの。だってどんどんしつこい人
ばっかりやってくるんだもん。」
ネオンはぷっくりと頬を膨らませてそう言う。クロロはそんな彼女に場違いにも可愛いと思ってしま
った。何だか、頬袋を膨らませているリスかハムスターのように見えたのだ。
「ちょっとクロロさん?何で笑ってるの?」
「いや、別に・・・というか、俺、笑ってた?」
「何よ、クロロさんってば自分で気づいてなかったの?そんな風で、ちゃんと私の話聞いてるの?話し
てって言ったのクロロさんなんだからね。聞いてなかった怒るよ?」
「ごめんごめん。大丈夫、ちゃんと聞いてるから。」
「本当に?」
「ホントホント。」
腫れの引いてきた瞼でジロリとネオンがクロロを睨む。それに苦笑しつつも弁解するクロロ。それでも
しばらく疑うような視線を向けていたネオンだったが、最終的には彼に追求することを諦めて話を再開
させた。
「離してよ!」
ネオンは何度抗議して腕を振り払っても性懲りもなく彼女を引きとめようとする男に怒鳴った。緑色
の髪に灰色の瞳をした男を不機嫌さも
「別にいいじゃんよー。取って食おうって訳じゃないんだし。だからさー、いいだろ?」
「何がよ!全然良くない!」
けれども少女に絡む男を止めようとする者はいない。時に心配そうに時に淡白に視線を投げかける者も
いるが、ただそれだけだ。
「んもう!しつこい!邪魔しないでよぉ!!」
ドン
「うわ!?」
しつこい男にいい加減鬱陶しくなったネオンは、思わず相手を両手で突き飛ばしていた。男はバランス
を崩しタタラを踏むが、堪え切れずとうとう人込みの中に突っ込んでしまう。そして男がぶつかったの
は、一人の男。緑の髪の男よりも背が高く、体格も良さそうだ。さらに黒のスーツに黒いネクタイ、つ
いでに黒のサングラス。例えるならば、某映画の宇宙人対策機関エージェントだ。しかもこの黒スーツ
男の髪型はオールバックだったりする。
「ひい!?」
ネオンに絡んでいた緑の髪の男は自分の背中がぶつかった後ろの男を見た途端、情けないまでの悲鳴
を上げた。ネオンもスーツの男の様子を見て、胸の内に焦りが生まれる。
(やっば・・・!)
一応ネオンもマフィアの娘なので、ただの一般市民とそうでない人くらいの違いは、あくまで何となく
だが分かる。まあ、雰囲気で悟るというか、一種の勘のようなものだが、その勘からするとスーツの人
物は、平凡で平和な生活を送る一市民ではないように思えた。もしかしたら、父親からの追っ手かもし
れない。そうでなくとも危険なことには変わりない。
(逃げなきゃ!)
きっとぶつかった男は何かしらの因縁をつけられ、酷い目に合わされるだろう。射殺される可能性もあ
る。自分がそれに巻き込まれるのは御免だった。案の定、緑の髪の男はスーツの男に胸倉を掴まれ、凄
まれていた。その隙にネオンは人込みに紛れて逃げ出すことを決行した。
「はあ、はあ、はぁ、はぁ・・・。こ、ここまで来れば、大丈夫・・・かな?」
立ち止まり、荒くなってしまった息を整えながら、ネオンは後ろ・・・つまり自分が走ってきた方向
を見遣った。そこに特に後をついてくるような人物は見つからない。緑の髪の男も黒スーツの男も彼女
を追ってきてはいなかった。
「ふぅ・・・あ〜、全力疾走したから疲れちゃったよ。でも、良かった〜。」
ネオンはホッとして胸を撫で下ろした。ついでとばかりに大きく深呼吸を繰り返す。呼吸が落ち着いて
くると、肩や手足の辺りが何だか重たい・・・要は疲れを感じさせる状態になったのだが、それでもネ
オンの表情は無事逃げ切れたという達成感からか、晴れ晴れとしたものであった。
「でもあのスーツの人、何か堅気の人じゃなさそうだったし・・・ナンパのお兄さんにやっぱり悪いこ
としちゃったかな〜?」
顎の辺りに人差し指を当てて、小首を傾げて考えるポーズ。そんな可愛い女の子がするには絵になる
格好で、ネオンがあっけらかんと言う。喉元過ぎれば熱さ忘れるということわざではないが、しつこく
邪魔して気に入らなかったナンパ男も、後になってみればその扱いらしい。
「いや、全然気にしなくていいと思うな。悪いなんて思わなくていいよ、絶対。」
「本当?」
「うん、俺はそう思うな。」
しかもこの時に限ってクロロが即答断言。
「むしろざまあみろとかそういう感じだな・・・。」
そしてボソリと何だか私怨が入っていそうなコメントを呟く。幸いネオンには聞こえたなかったようだ
が。とにかくクロロはネオンにしつこく迫ったナンパ男が気に食わなかったらしい。
「それで〜、その後、駅にはね、何とか着けたの。切符も適当にちゃんと買ったし。あんまりお金がな
かったからそんなに遠くの駅まで買えなかったけどね!」
そんなクロロに構わず彼女も話の続きを始める。どうやらネオンは前に述べたように現金の持ち合わ
せがなかったので、遠距離切符は無理だったらしい。北の海峡への連絡船の船代どころか、港の最寄り
駅までも無理だろう。
「でもさ、駅にいたんだよね。」
「何が?」
「さっきの人みたいな黒スーツ軍団。」
「はい?」
反射的にネオンに聞き返すクロロ。本当に彼にとって彼女は意外性の塊だ。返す言葉の予想がつかない
のである。それがまた面白いと言えば面白くあるのだが。
「普通駅にこういう人がいっぱいいたらおかしいよね〜。というか、怪しい?」
そう言ってネオンはクスリと笑う。冗談を口にしている、そういった表情。しかしクロロは一緒になっ
て笑えなかった。何故なら彼が頭を務める盗賊団幻影旅団も、メンバーが個性派揃いで傍目には色モノ
集団と言われてもある意味では仕方ないことを、彼もまた知っていたからである。別に大した問題では
ないし、当事者達も普段は気にしていないのだが、他人からツッコミを入れられた経験も確かにあった
のだ。
「でも中に見覚えのある人が混じってたのよね・・・。だからこの人達、パパの命令で私のこと捕まえ
に来たのかと思って、凄く焦っちゃったよ。それから見つからないようにコソコソ移動して〜、ホーム
の方に行ったの。何か、こう・・・チャッチャチャチャチャチャ・チャッチャチャチャチャチャラ♪
〜ていう感じかな☆」
「えっと・・・今のメロディからすると『スパイ大作戦』?」
「そう!もういつ見つかるんじゃないかって、ドキドキしちゃった☆ スリル満点♪」
「へぇ、よく見つからなかったね。」
「焦り過ぎて乗り場間違えちゃったけどね。」
エヘヘとネオンは照れたように笑う。そんな彼女からクロロは目が離せない。そして彼女の話にもいつ
の間にか引き込まれている。不思議な感情が胸に渦巻いているのを感じた。
「やった〜、ミッション成功〜♪」
どうにか父親の部下に見つからず駅のホームまでやってきたネオン。ちょっとした達成感にガッツ
ポーズなんかも取ってみたり。とりあえず機嫌は悪くなかった。それからホームにも備え付けられてい
る電光掲示板に目を遣る。そこには次にホームに入ってくる予定の電車の時刻が表示されているはず
だった。
「あれ?」
その内容を確認したネオンは首を傾げる。そこには彼女が見た時刻表とは違う時刻が示されていた。そ
の時刻はネオンが記憶していた時間と一時間以上も離れている。
(何でだろう?)
不思議に思い少し離れた位置に立てられていた時刻表・・・こちらは一日の発着時刻が記されたものな
のだが、そちらを見て、時間の再確認をすることにする。するとどうやらネオンが乗るつもりだった列
車は別のホームから出るらしいということが分かった。
「じゃあ、五番線に行けばいいんだよね。」
誰に言うでもなくそう呟き、ネオンは時刻表の前を立ち去ろうとする。
「あ!」
その時、ネオンは驚きに目を見開いた。彼女の視線の先、向かい側のホーム。そこのベンチに座って
いる人物に彼女の目が釘付けとなる。黒い髪にバンダナ、目線が下を向いているのは手元に文庫本でも
持っているのか。
(クロロさん!?)
至近距離から見たわけではので確信は持てないが、その人物はクロロに似ているような気がした。もし
かしたらあの人物が少し前にネオンがコンビニ前で見かけた人物なのだろうか。実際の所、その人物は
クロロ本人ではなかったりするのだが、少なくともその時のネオンはそこにいるのがクロロだと思って
しまっていた。
「クロロさ〜・・・あ!」
そのままホームの向こうにいるクロロ(実際にはクロロ本人ではないが便宜上そう表現することにす
る)に声をかけようとして、慌てて自分の手で口を塞いだ。大声を出したら駅をうろついているらしき
父親の部下に自分の存在が気づかれるかもしれない。それは少々遠慮願いたい事態だった。つまり不用
意に目立つわけにはいかない。
(う〜ん、どうしよう?)
ネオンはどうしたらいいか考えた。
「あ、そうだ!」
そして何か考え付いたらしい。何だかウキウキとした、それでいて悪戯っ子のような笑顔を浮かべ、各
ホームへの連絡通路へと続く階段を駆け下りた。
(えへへ・・・こっそり近づいて脅かしちゃおうっとv クロロさん、どんな反応するかな〜?)
つまりは、そんなことを企んでいたわけである。そして急いでクロロがいたと思われるホームへとやっ
てきた。ところが・・・。
「あっれ〜?クロロさん、どこ行っちゃったんだろ。またいなくなっちゃった・・・。」
いつの間に移動したのか、彼女が来た時には彼の姿はどこにもなかった。キョロキョロと周囲を見渡す
が、それでもやはり見つからない。
(今度こそ会えると思ったのに・・・。)
ネオンは残念に思えてならなかった。
「ネオンお嬢様!?」
クロロを見つけることに注意がいっていたネオンは注意力散漫になっていたらしい。近くではないが
それ程遠くもない所に見覚えのある黒服の男がいた。彼女の記憶違いでなければ、紛れもなく父親の部
下だ。いや、ネオンの名前を呼んだのだから記憶違いでなくとも彼の雇った人間だろう。
(やだ!見つかっちゃった・・・!ど、どうしよう!?)
ネオンは慌てた。そして焦った。さらにどうすればいいのか考えた。かなり混乱もしていたが。
「ネオンお嬢様・・・ですよね?」
そうこうしている内にも男はネオンに近づいてくる。そして彼女は弾かれたようにその場から逃げ出し
た。しかし男はすぐ彼女の後を追い、あっという間に追いつかれる。
「お嬢様!」
「嫌!離して!!」
ネオンは抵抗するが、男の力は思った以上に強く、そう簡単に振り払うことができない。
「こんな所にいたんですね。お父様が心配しておられますよ。さあ、戻りましょう。」
「嫌!嫌だってば!離してよ!!」
それでもネオンは暴れて拒否した。
「こ・・・!大人しくしてください!これはお父様からの命令ですよ!?」
「嫌ー!絶対に嫌!!」
ここで連れ戻されては父親の為にどこの誰とも知らない相手に体と媚を売る生活を一生送る羽目になり
かねない。だから本気で抵抗した。必死で暴れた。火事場の馬鹿力でも何でもいいから、彼女を拘束し
ようとする男を振り払いたかった。
「ぎゃ!?」
そしてネオンは自分の手首を掴んでいた男の腕に噛み付いた。決してスマートな抵抗ではない。まし
てや、いい歳した女性がする行動でもない。まるで狂犬だ。後から思えば、いろいろと考えさせられる
行動である。それでもその時のネオンは男を振り払うことしか頭になかったのだ。その直後、相手の男
の手の力が痛みのせいか驚きのせいか緩む。その隙にネオンは彼の拘束を解き、走り出していた。
「ま、待て!」
ネオンの耳には男の声も流れ始め貨物列車が通過するというアナウンスも聞こえていなかった。ただ逃
げなければと、そればかり考えていた。けれども少女の足では大人の男に敵うはずもなくて、手を伸ば
せば届きそうな位の距離に追っ手は迫っていた。
「大人しくし・・・。」
「やだぁあ!!」
相手の男がネオンの服を掴む。ネオンは悲鳴を上げて身を捩った。その瞬間、ネオンは駅のホームから
足を踏み外す。
「きゃあ!?」
ガクリと下へ落ちるネオンの体。男はそれを支えきれず、彼女から手を離す。そしてネオンは線路の上
へと転がり込んだ。
「い、痛タタタ・・・。」
それでもネオンはいきなりのことに体をフラつかせながらも起き上がろうとする。
「危ない!!」
その時、誰かが叫ぶ声がした。
「え・・・?」
顔を上げたネオンの視界に飛び込んできたのは、眩しいばかりの光。そして警笛と急ブレーキをかけて
線路と車輪が擦れる耳障りな音。列車がいつの間にかやってきていたのだ。彼女の落ちた線路上に。ヘ
ッドライトが視界を
(クロロさん・・・。)
列車に
「・・・というわけで、その後、気がついたらここにいたの。」
最後のネオンはそう話を締めくくった。クロロはマジマジと彼女を見つめたまま、どこか安堵してい
る自分に気づいていた。次第にそれはクロロの中で渦巻いていた何かを確信に変える。もう自分を誤魔
化して気づかない振りはできなかった。彼はネオンが無事生きていることに安心したのだ。
(ああ、俺は君に生きていて欲しいんだ・・・。)
再会する少し前に彼女を自分で殺しても良いと考えていたのが嘘のようだった。彼女の生を望ましいと
感じている自分がいる。生きてこうして会えたことを喜ばしく思っている己がいる。
「・・・よく、無事だった、ね。」
「本当、何でだろうね〜。あの時はもう駄目かと思ったのに、今はピンピンしてるもん。疲れてはいる
けどさ。」
クロロは自分の声が震えているような気がして、情けなかった。クモの頭である己が少女の生死にこん
なにも動揺している。己の精神的な不甲斐なさは考え物だが、それをもたらした少女を不快に思うこと
はなかった。とにかく今彼女が無事だということは、何らかの作用により転移を果たした結果らしい。
こうしてクロロの元に来たのは直前に彼のことを思い浮かべていたからだろうか。まあ、少し前まで似
た人物を目撃していたのだから、咄嗟に思い浮かんでも不自然ではないだろう。
(転送対象者が頭に浮かべた人物の元に転送する能力・・・か?一体誰が使ったんだ。ネオンを線路に
落とした男か?それとも現場を目撃したどこかのお人よしか?でもこんな変に複雑な能力だと何かしら
の条件が必要だと思うが・・・例えば対象者に必ず接触するとか、転送先の人物のことを自分も知って
いるとか。)
「クロロさん?」
ネオンに呼ばれたことも気づかずクロロは思考を巡らす。
(むしろ能力者自身が思い浮かべた場所に飛ぶことができる能力の方が発想としてまだ自然な感じがす
るし。ん?待てよ、ということは・・・。)
ふと思いついたことにクロロが顔を上げると、こちらを覗き込むようして見ているネオンと目が合っ
た。不思議そうな顔をしている彼女。この短い間に様々な表情を見せてくれた彼女。そして彼にとって
も予想外だった心に気づかせてくれた彼女。同じクモの仲間でもないのに、その存在はこんなにも気に
かかる。
「もしかしたら・・・スキ、なのかもしれないな。」
「クロロさん・・・?」
「いや、何でもないよ。ただ、君が無事で良かったなと思って。」
「ありがとう。私もちゃんとまたクロロさんに会えてお話できて良かったよ!」
微笑むクロロにネオンもまた嬉しそうに笑った。
(もしかしたら彼女自身の能力なのかもしれない・・・。)
ネオンの笑顔を見ながらクロロは転送の理由をそう考える。いくら修行経験がないとはいえ、元々念能
力者だったのだ。生死の危険に晒されたのがきっかけで何かしらの能力が形成される可能性はある。他
の系統ならまだしも特質系ならそういうことはありえそうに思えた。
(いっそ、俺がこの子を育ててみるか・・・?)
発想が突拍子もないから、何かとんでもなく面白い念能力を生み出すかもしれない。そう考えると何だ
かワクワクして気分が高揚するクロロであった。
そして、翼を奪われた天使は、堕天使の手の中へ―――――――――・・・。