ネオン=ノストラードは家出中の元お嬢様である。人体収集という世間一般の人々からすれば特殊な
カテゴリーに入る趣味を持ち、思考回路も若干ズレ気味な彼女は少し前までかなりの的中率を誇る占い
師でもあった。ところが、ある時を境にネオンは占いの能力を失ってしまう。彼女の力を利用して裏社
会で伸し上がりつつあったネオンの父ライトは、焦りの為か占いができないなら身体を売れと娘に強要
する暴挙に出た。それを拒絶し父の下から逃げ出したネオンは、気がつけばあるホテルに辿り着いてい
た。そこで偶然か必然か、彼女はクロロ=ルシルフルと再会する。
「え?クロロさん、本当にいいの!?」
ネオンはクロロの言ったことが信じられなかったのか、驚きを浮かべていた。彼はその明らかな様子
に思わず苦笑する。自分の提案はそれ程意外なものであったのだろうかと。そう、彼は行く当てのない
ネオンの面倒を見ることを言い出したのだ。何の見返りもないというのに。いや、正確にはネオンから
すれば見返りが何もないように見えるだけで、クロロには彼なりに思う所があっての言葉であったりす
るのだろう。
「そんなに驚くこと?」
「そんなにって・・・普通はそうなんじゃないの?」
「普通・・・ねぇ?」
クロロはどこか意味深な様子でネオンを見つめる。そんな彼の態度にムッとするネオン。
(可愛いな〜。)
まさか彼女の反応が彼から微笑ましく思われているなど、彼女は露程に思っていないだろう。つい頭を
撫でたくなるような、ペットの飼い主のような感覚。もちろんそれ以外の感情もあるけれど、今現在の
心情としてはそれが一番近かった。
「クロロさん、今更聞くのも変かもしれないけど、ホントの本気?」
「本気だよ。それともやっぱり迷惑だったかな?」
「ううん!そんなことない。そんなことないよ。凄く助かるし、嬉しいけど・・・。」
ネオンは首を横に振って口ごもる。彼の言葉は彼女にとってはありがたいものだった。けれどもそれを
当然と受け入れるには抵抗があった。それこそ“今更”なことなのかもしれないけれど。
「だって言ったはずだよ?事情話してくれたら助けてあげるって。」
「・・・あれ、冗談じゃなかったんだ。」
「本気でそう思ってたのかい?」
「う〜ん、八分の五くらい?」
「うわ〜、それは微妙な値だね・・・。」
ネオンの回答にクロロの笑顔が引きつった。
「だって、私、クロロさんに何もしてあげられないんだもん。占いはもうできないし、パパに見つかっ
たら今度こそ射殺されちゃうかもだし。一緒にいても良いことないよ?」
「そうでもないよ。」
「え?」
「俺はこう見えて結構強いからね。それにいろいろとコネもあるし簡単に殺されたりしないよ。」
「で、でも・・・!」
「だからネオンちゃんが心配しなくても大丈夫、ね?」
「クロロさん・・・。」
さも自信があるといった様子のクロロをネオンは心配そうに見つめた。
「それにね、君は何もできないと言うけど、人間というのは案外いろんなことができたりするものだ
よ。本人が気付いてないだけで意外な才能があったりね。だからきっと大丈夫だよ。焦らずゆっくり自
分にできることを探したら良い。」
「良いの?本当にそれで・・・良いの?」
「良いよ。」
「クロロ・・・さん。」
何かを確かめるように尋ねてくるネオンにクロロは優しく微笑んだ。
「大丈夫。そんな顔しなくても、俺は平気だから。それにこれから一週間俺も暇だったし。じっくりや
ってこうよ。」
「え?暇ってどういう・・・。」
「ああ、丁度ね、スケジュールが急に空いたんだ。それも一週間丸々。何せ急なことだから予定もない
し、することも思い付かなくて逆に困ってたんだよ。だから君を助けるのに特に支障はないんだ。むし
ろ有意義に時間が潰せそうで大歓迎だよ。」
「クロロさん、そういう問題じゃない気がするんだけど・・・。」
「いいのいいの。遠慮しなくて。俺がやりたくてやってるわけだから。」
なおもためらいを見せるネオンをクロロが説き伏せる。
「・・・本当に迷惑かけちゃっても後悔しない?」
「しないしない。」
「一応頑張ってみるけど、役に立たないままかもしれないよ?」
「そうかもしれないけど、まずは努力してみる姿勢は必要でしょ。」
「うん・・・。」
「じゃあ一週間はお試し期間ってことでいろいろやってみようよ。」
「・・・私も何かできるようになるかな。」
「なれるよ。だって教えてもらったら料理作れるようになったんだろう。他のことだって練習すれば何
とかなるさ。」
「・・・そっか。そうだよね。クロロさん、私頑張ってみるよ!」
「そのいきそのいき。」
やる気が出てきたのか、元気を取り戻したネオンにクロロもまた笑顔を見せた。
「じゃあ、今日はもう遅いし、そろそろ寝ようか。」
ネオンの状態が良くなってきた所で、クロロがネオンにそう提案する。この堕天使讃歌のシリーズを
通して読んでいる方はすでにお気づきかもしれないが、現在の時刻は所謂深夜帯に入る部類である。元
を
「へ?何で??」
「いや、何でって・・・もう、夜遅いし。」
キョトンとした顔で上半身を起こしているネオンに彼は言った。もちろんクロロ自身は二、三日徹夜し
た所でフラフラになるほど柔ではない。もしかしたらネオンも夜更かしに慣れた生活を送っているのか
もしれないが。
「それに、さっきまで君も眠そうにしてたじゃないか。」
ネオンは父親の元から逃げ出した後、単なるナンパからノストラードファミリーに属する追っ手まで、
追いかけてくる面々から逃げ延び続けていた。何回か全力疾走を繰り返していたりもする。クロロに会
ってからは、優しい言葉を掛けられたことで気が緩んだのか、事情を打ち明けるまでにかなり泣き続け
ていた。肉体的にも精神的にも大分疲れていることだろう。実際クロロから見て、ネオンは泣き疲れて
いるように見受けられた。
「そ、それはそうだけど・・・。でも、何か急に目が覚めちゃったっていうか、だって眠くないんだも
ん!」
濡れタオルで目元を冷やした結果もあり、泣き続けた割に瞼の腫れは酷くないけれど、目が赤くなって
いるのは事実である。ネオンは眠くないと主張しているが、寝ようとすればきっと疲れているから程な
く眠りに落ちることができるだろうと推測された。
「ちゃんと寝ないと明日起きれなくなるよ?」
「ううう・・・。」
クロロの的を得た指摘にネオンがひるむ。ネオンは実家がマフィアン・コミュニティに属しているとは
いえ、彼女自身は一般人並みの生活を送っている。睡眠はしっかり取るし、食事だって普通に三食出る
のだから。
「でもでもでも眠くないの!眠れないの!」
「そうは言ってもね〜。」
「じゃあクロロさんが眠らせてよ!」
「え゛?」
彼女の反論に思わずクロロは固まった。一体どういった意図で彼女はこの言葉を発したのだろう。深読
みすると何だか危険な予感もする発言である。
(えーと、この子はどういったつもりで・・・まさか、俺に子守唄でも歌えと?いや、この子なら有り
得る・・・!)
表情は未だ固まっていたものの、クロロの頭脳は徐々に回転を始める。
「え、えーと、とりあえず、オーソドックスに羊でも数えてみる・・・かい?」
「いーやー!」
その場しのぎで彼のした提案は首をブンブンと横に振った彼女に却下された。
「じゃあ、君はどうしたいんだい?」
答えを聞くのは空恐ろしいような気もするが、このまま時間が経っていくのも耐え難いものがあり、ク
ロロはネオンにその真意を尋ねることにした。
「・・・考えてなかった。エヘ★」
ペロッと舌を出したネオンにノリでズッコケそうになるクロロ。
「あ、あのねぇ・・・。」
「う〜んと、じゃあ、遊ぼうよ!」
「へ?」
流石に文句を言おうとした所で、彼女はさらなる提案をする。
「えっと・・・何がいいかな。やっぱり定番はカードゲームかな。でもトランプはあるかどうか分かん
ないし、まずは“しりとり”しよ!」
「しりとり!?」
「え?クロロさん“しりとり”知らないの!?」
「いや、知っているけど・・・。」
「じゃあ、眠くなるまで耐久しりとりイってみよ〜!まずはしりとりの“り”・・・てことで、クロロ
さん“り”〜。」
「り?えーと・・・り、り・・・リストカット?」
戸惑いを覚えつつというか彼女の発言に不安を覚えつつもネオンの勢いに釣られてしりとりに応じてし
まうクロロ。
「じゃあ、私は“と”ね。と、とんがり帽子!」
「し・・・し・・・シーラカンス。」
「す・・・水道料金未納請求〜。」
「え!そんなのもありなの!?」
やはりネオンの思考回路は予測不可能な部分があるらしい。こうしてツッコミ所満載な眠気誘発耐久し
りとりなるものは始まったのだった。
一時間後、二人のしりとりは未だに延々と続いていたりする。ツッコミ疲れとでもいうのだろうか。
クロロも次第と眠くなってきたのに、ネオンはまだまだ元気だった。
「あ、あー・・・アインシュタインの脳ミソホルマリン漬け!」
「ま、また長い物を・・・。えーと、次は俺の番だよね。」
「そうだよ、クロロさんの番☆」
しかも彼女の発言は一般人のそれとはやっぱりずれている。先程の発想も人体収集家ならではのものと
言える。もっともクロロの思いつくしりとり文句もネオン程ではないにしろ若干一般ズレしていたりす
るのだが。もう少し無邪気で誰の目から見ても毒のない言葉の遣り取りをしてもらいたいような気もす
るが、この二人では無理だろう(諦念)
「け・・・ケ・・・ケイ素?」
「ケイ素〜?」
「原子番号14、原子記号はSi・・・シリコンのことだね。分類としては半金属で、地球に最も多く
含まれる元素の一つなんだよ。常温、常圧で安定な結晶構造は、ダイヤモンド構造。比重は2.33、
融点は1410℃、沸点は確か2600℃だったかな。他にも実験値の関係で温度が違うという説もあ
るらしいね。それから・・・。」
「クロロさん、ストップ!ストップー!!」
「何だい、ネオンちゃん?」
「そんな化学的なこと言われても分かんないよ〜!」
眉を吊り上げてネオンがクロロに抗議する。確かに興味も素養もない人間には半金属やら比重やら
言われても分かりにくいかもしれない。実際書いている本人も正直理解しているか自信がないの
だから。
「もっと分かりやすい説明はないの?」
「もっと分かりやすい・・・そうだな、半導体の主な原料って所かな?コンピュータの部品
だよ。」
「ふ〜ん、聞いたことがあるような気がする・・・。」
完全に彼女が理解しているか定かではないが、とりあえずこの場は納得してくれた模様である。
「それじゃあ次は“そ”だね。ソクラテスの頭蓋骨。」
「ね、ネオンちゃん、それもまさか・・・。」
「うん、もし残ってたら私が欲しいかなって♪」
古すぎていい加減土に返っていそうな代物だが、現物が残っていれば確かに貴重だろう。ネオンの輝か
んばかりの笑顔にクロロは目を逸らして遠い所を見たい気持ちに駆られた。
(もういい加減に俺も寝たいんだけどな〜。)
彼らのなかなかシュールなしりとりはそれでもまだ続けられている。ネオンのテンションに段々とク
ロロが着いていけなくなっていた。やはり仕事中ならまだしも日常生活では徹夜を迎えるにあたりの心
構えも違うのだろう。
「次は“ほ”〜。“ほ”だから、ホモサピエンス・ネアンデルターレンシス。」
「そっち!?」
ホモサピエンスで区切られると思っていたのにネアンデルタール人ときたのでクロロは反射的なツッコ
ミを入れていた。
(やっぱり彼女は予想外だな・・・。)
しりとり一つとってみても展開が読めない。
「ほら、クロロさん。次は“す”だよ!」
「う、うん・・・“す”だね、す・・・ストロベリー?」
「えええ!?何それー!何でそんなベタなのー!?」
急かされて答えを口にすれば駄目出しをされる始末である。
「でも一応これも“す”から始まる言葉だし・・・。」
「何言ってるの、クロロさん。そんな面白みのない言葉を持ってくるなんて芸人失格だよ!」
「いや、俺はいつから芸人に?」
ネオンの無茶苦茶な言葉に怒ることもできずクロロは苦笑いを浮かべた。
「それよりネオンちゃん、そろそろ切り上げて休まないかい?」
「え〜!まだまだだよー。」
いい加減にしりとりを止めようとしてもなかなか聞いてくれない彼女。
(頼むからそろそろ眠らせてくれよ・・・。)
睡眠不足はならないに越したことはないだろう。そうは思っても強く出られないのは、結局クロロがネ
オンを悪からず思っているからなのかもしれない。
<後書き>
どこら辺が「恋の痛み」なのか、書いている本人にも分からない「04:眠らせてくれよ」のお題で
あります。強いて言うなら睡眠不足故の頭痛・・・?設定としては『堕天使讃歌』というクロロ×ネオ
ンのシリーズを引き継いだ形になります。一応便宜上「6」となっていますが、話の区切りとしては
1〜5で一段落している感じです。今回は所謂後日談的なエピソードを書いた形になります。という
か、直後?
とにかくこのお題でもいくつかクロネオに使えそうなものがあるので、堕天使讃歌の続編的エピソー
ドを書き連ねてみたいと思います。もちろん10全部クロネオじゃないですよ?他のもやります。