「なんだかな〜・・・。」
ユニットバスではない浴室で、湯船に浸かっていたクロロはポツリと呟いた。風呂場という所は何故
か音が反響するもので、ちょっとした呟きも室内で響いてしまう。見上げる天井はアイボリー・ホワイ
ト。窓ガラスは曇りガラスで水滴がついている。妙に
(あの
クロロがネオンに近づいたのは彼女の念能力を盗み、利用する為だった。それなのに彼女の言葉に心を
動かされ、気がつけば好意を抱いて彼女の言動に振り回されてまで彼女にとって善い人を演じている。
けれども、疲れることはあっても不思議と嫌悪を感じたことはなかった。
「安らぐ・・・とでもいうのか?この俺が・・・。」
再会した後もクロロは自分に言い訳をしている部分があった。例えば、ネオンが死んでしまってはせっ
かく奪った能力が使えなくなってしまうから保護をする。ウヴォーギンが死んだ時、彼女の言葉が慰め
になったこともあるから、その感謝の意も込めてあしながおじさんを気取ってみる。彼女の発想が独創
的であることを見込み、興味深く自分がまた奪って利用できるような念能力を生み出さないかと考え、
先行投資。
「人間相手じゃアニマルセラピーなんて言い訳はできないよなぁ・・・。」
ネオンの反応が小動物のように可愛いと思ったことがあるのは事実だが、人間をペット扱いというのも
無理があるような気がしなくも無い。いや、クロロがこう考えること自体彼女への好意の賜物であった
りするのだが、そこら辺の部分は男とか犯罪者としてもプライドが禍して自覚が足りない模様。
(それに本来なら経済援助だけして後は放っておいても良かったはずなんだよな。あの一週間で意外と
生活力が備わっていたのも分かったことだし。いくら様子を見に行くからってたった二週間でしかも泊
まりなんてしなくても・・・。)
素直にネオンが心配だったと認められないクロロである。好きだと自覚があるのに別の部分では認識が
甘いのもいかがなものか。とはいえ、こんな悩みという苦痛(?)も恋のエッセンスであることには違
いない。
「結局スケジュール調整してこうして会いに来てる訳だし・・・。」
仕事中で気を張っている時はいいのだが、ふとした瞬間にネオンがどうしているか心配になって、落ち
着かなくて、結果として会いにやってきた。
「なんだかな〜・・・。」
溜息とともに吐き出された呟きは、堂々巡りの思考に陥っている彼の様子を象徴するかのような響であ
った。
「あ、もう寝てる。」
クロロが風呂上りにリビングに立ち寄れば、ソファーで丸くなっているネオンを発見した。クロロが
訪問するということで、はりきって料理を作り疲れたのだろうか。とりあえずキッチンの片付けが済ん
でいることは、冷蔵庫のミネラルウォーターに用があった彼は確認している。
「お〜い、ネオンちゃん?そんな所で寝てると風邪引くよ?」
とりあえず優しく声をかけてみる。さらに揺り起こしてみる。けれども彼女は寝言とも呻き声ともつか
ぬ言葉を返すばかりである。
「本当、よく寝ているなぁ・・・。」
何故か感心してしまいたくなるくらい、ネオンは気持ち良さそうな寝顔を彼の前に晒していた。無防備
な寝顔は彼にとっては惚れた欲目もあり、見ていて飽きない愛らしさを演出していた。
(可愛い・・・。)
幻影旅団の皆様、貴方達の敬愛する団長様は煩悩塗れです。
「君は何の夢を見ているんだろうね。」
眠りの深さ次第では何の夢も見ていない可能性もあるけれど。
「んー・・・。」
少しだけ眠っているネオンの表情が変化する。それを見つめるクロロの眼は驚くほど優しい。そして肌
寒さでも感じ始めたのか、ネオンは己の体を抱くようにしてますます縮こまった。
「・・・仕方ないな。」
クロロは苦笑を浮かべてネオンへと手を伸ばした。眠っている彼女を起こさないようにそっと抱き上げ
る。そしてできるだけ静かに運び始めた。このマンションで借りている部屋は実質住んでいるのがネオ
ン一人であるとは言え、ワンルームタイプではない。キッチン・ダイニング・リビングに、バス・トイ
レは別室。さらに寝室兼客間が二つに物置部屋一つという具合だ。一人で住むには十二分に広い住居で
ある。
「確か彼女の寝室は・・・。」
ネオンを抱き上げながら初めてこの部屋に来た時のことを思い出す。彼女がかつて住んでいた屋敷とは
雲泥の差だろうけれど、一般人にとっては広い部屋。物珍しいのかキョロキョロと室内を見て回る彼女
を酷く微笑ましく思ったことは彼の記憶に新しい。
(わざわざ従兄妹設定にしたのに新婚夫婦に間違われた時はどうしようかと思ったよな〜。彼女なんか
驚いて固まっちゃったし。)
しみじみとその時の様子を回想するクロロ。そうこうしている内に彼はネオンの寝室へと足を踏み入れ
る。まだ二週間程度しか住んでいないはずなのに、インテリアの影響か生活感を思わせる。そう、例え
るなら彼女の“匂い”がする部屋。
(少女趣味に走るかと思ったら意外とシンプルにまとめたんだよね・・・。)
今後物が増えてくればまた印象が変わってくるだろうが、初めに彼女が選んだインテリアはシンプルで
落ち着いたデザインのものだった。因みに下手に装飾品がついている物と比べ、若干低価格だったりす
る。
「よっ・・・と。」
クロロはネオンの体を抱えなおすと、ゆっくりと彼女をベッドの上に横たえた。彼女の重みに合わせ
て、シーツが寄る。その後布団を掛けなおして眠っている彼女の様子を改めて伺った。頬にかかった髪
を落としてやり、穏やかな寝顔に安堵する。
「お休み・・・ネオン。」
何故か彼女の名前を舌に乗せると心臓が一瞬、強く音を立てた気がした。ネオンの前ではとても呼び捨
てではできないだろう彼女の名前。無機質な音が色を持ち始めたのはいつからだったのだろう。このま
ま彼女を見つめていたい気もするが、明日の朝この地を発たなければならない身の上としてはそうもい
かない。列車の時間があるのだ。出遅れるわけにはいかない。
「さて、俺も寝るか・・・て、え?」
クロロはネオンを置いて部屋から立ち去ろうとした。ところが、何かの抵抗があって、途中で体の動き
が停止する。袖の辺りを引っ張られているような感覚にひょいと目を遣れば、ネオンの手があった。握
られた小さな手に挟まるようにして彼のシャツがある。
「ネオンちゃん・・・?」
ひょっとして目を覚ましていたのだろうか。しかも呼び捨てをしたのを聞かれたりしたのだろうか。こ
の手は何か理由があって自分を引きとめようとするということか。内心焦りまくってしまったクロロの
頭の中で思考がグルグル回っている。彼は意外と本命に弱いタイプだったのだろうか。まあ、カップリ
ングの都合上本命でなくては困るのですが(オイオイ)
「―――――クロロ・・・さ・・・。」
名前を呼ばれてますますクロロは硬くなってしまう。どうやら彼女はまだ眠りの淵にあり起きてはいな
いようだが、動揺した心臓はなかなか落ち着いてくれない。とりあえず例の呼び捨てが聞かれた訳でも
なく、袖を掴んでいたのも偶然で彼を咎めたりするようなものではないということは理解できたが。そ
れにしたって心臓に悪い。
(はぁ・・・どうするかな。)
クロロは腰を下ろして楽な体勢を取ると、次にどう動くべきか悩み始めた。袖を掴んでいるネオンの指
を剥がし、このまま自分の部屋(もう一つの寝室)へ移動することは簡単である。けれども頼りなく縋
っているように思えなくもない彼女の手を離すのは何だか忍びないのだ。
(明日それなりに早いんだけどな・・・。)
とはいえ、ずっとこのままの状態ではネオンではなくクロロが風邪を引いてしまうかもしれない。彼自
身としては一晩過ごす程度で風邪を引くような
「弁当作るって言ったくせに・・・これじゃあ無理そうだし。」
実はちょっとだけ期待していたクロロである。
(まあ、起きて作ってくれたらそれはそれで驚きかな?)
彼女と過ごす時間には飽きるということがないような気がする。もしこのままクロロがこの部屋にいた
としたら、明くる朝目覚めたネオンは一体どんな反応をするのだろう。そう考えると試してみたいよう
な気もする。
「本当は明日、出遅れるわけにはいかないけど・・・。」
彼女とできるだけ長く時間を過ごせるなら余裕のある朝でなくてもいいかもしれない。ちょっぴりそん
なことを思ってしまうクロロであった。
<後書き>
痛みよりも甘さを先行させているような気がしてならない今回のクロネオです。というか、この二人
じれったいんでさっさとくっつけたくなってきたんですけど!一応ネオンの新しい念能力についても候
補が絞れてきているというのに・・・。両思いになってからなら、クロロに作品中で解説させることも
できるんですけどね。道は遠いです・・・。
どうもこのお題における一連のクロネオは惚れた弱味という苦労のようですね。苦労という名の痛み
なのです。・・・こじつけもいい所ですがね!(自棄)