第二十六話:懲りない彼らのパワーバランス
春の夜中の月の下。照明の落とされた病院の一室につく明かり。診察室の中にいるのは大人二名に子供一名。内二名は人間ではないけれど。PM医院は今夜、平和と言いがたい状況にあるらしい。正確には一人が物凄く不機嫌で怒りを撒き散らしている。当の怒りの矛先である院長先生はあっさりと受け流しているようだが。流水の動きならぬ流水の精神といったところか。言い方を変えればのれんに腕押し、馬の耳に念仏。
「だ・い・た・い、貴様が初めに薬を間違えねばこんな面倒臭いことにはならなかったんだ!」
「失礼な。間違えていませんよ。あれは正真正銘妖怪の方や魔物の方に投与できる薬品です。」
ユーリとD・Dの攻防戦。睨みあっている訳ではないのだが、火花散る雰囲気ではある。
「じゃあ何で私の犬が子供になるんだ!?」
「別にいいじゃないですか、可愛いですし。」
「確かに愛らしいが・・・て、そうじゃない!話を逸らすな!?」
「だから、副作用だって言ってるじゃないですか。市販の解熱剤だって服用すると後で眠くなったりするでしょう?命に別状はないですし、そこまでカリカリしなくてもいいのでは・・・。」
「黙れ、D・D!アッシュの奴が子供になったせいで、この私が・・・この私が・・・掃除をするなどという屈辱を・・・。」
ワナワナと震えるユーリ。というか、清掃活動は貴方にとって屈辱行為なんですかい、ユーリさん?
「妖怪や魔物の方って薬の効き目、物凄く良いか悪いか両極端な場合が結構あるんですよね〜。だからこそ調合が難しくて面白かったりするんですが・・・。」
のほほんとした口調でD・Dが問題発言をしていたりするが、ユーリは強制掃除参加という屈辱に対する怨嗟を唱えることに意識がいっていた為、聞いていなかった。というか、やっぱりこの先生確信犯ですよね?
「全く・・・掃除くらいでいつまでも愚痴らないでくださいよ。アッシュ君が日頃どれだけ頑張っているか分かったと思えばいいじゃないですか。お互いを知ることは仲を深める為の手段の一つですよ?」
「・・・何が言いたい。」
「いいえ、今回は特に含んだつもりはないですが?」
今回は・・・ということはいつもは違うのだろうか。第三者が見たらそんなツッコミが出そうなセリフである。けれどもユーリはD・Dに向ける視線を強くしたが黙っているし、仔アッシュは相変わらずボケーっと窓のから月を眺めていた。音声ツッコミ人員無しの状態である。
「・・・ユーリさん。」
しばし沈黙してお互いを探り合っていた様子・・・もとい、一方的にユーリがD・Dを睨みつけている状態だったのだが、急にD・Dが困ったような微笑から全開の笑顔へと表情を変えた。その変化にギクリと顔を強張らせるユーリ。魔物としての勘ともいうべき何かが、嫌な予感を彼に与えたのだ。
「な、何だ・・・。」
内心人間に気圧されていることを表に出さぬよう努めながらユーリは返事をする。
「あんまり我が儘ばかりおっしゃって保護者として相応しくない醜態を晒すなら、本当に僕がアッシュ君引き取っちゃいますよ?というか、いっそ盛ってあげましょうか。」
「!?」
マッドサイエンティストな風格を漂わせてニッコリと問題発言をするD・D。ある意味そこには究極の脅し文句が含まれている。相手は人外生命体の治療も平然とこなす男。吸血鬼を一発で行動不能にする薬とか、普通に白衣に仕込んでそうな奴である。
(こいつはやると決めたら本気でやる・・・!)
ユーリはなまじ付き合いがあるだけに余計に焦りを覚えた。一見無力な人間の普通(?)の医者だが、ご先祖様からして魔物相手に平気で医者商売やらかしてる血筋なのでバイタリティは折り紙付きである。迂闊に事を構えるとロクな結果になりそうにない、そう思わせる何かが彼らにはあった。
(しかもあいつもあの笑顔を出した時は相当・・・クソ、嫌なことを思い出した。)
過去にいろいろあったことを思い出したらしく、ユーリは苦虫を噛み潰したような表情を浮べた。今度は露骨に隠す気はないようである。とりあえず、相当嫌な思い出であることは確かなようだ。そう、今ではユーリとD・Dしか知らないことだが、ユーリとD・Dの先祖は知り合いである。しかもD・Dとその先祖の顔はそっくりであるというから始末に悪い。さらに性格まで似ているからユーリに彼に対する苦手意識はダブルパンチだ。本当に彼らの間に何があったんでしょうなぁ・・・。
「ユーリさん?」
「・・・分かった!努力はする!それでいいだろうが!?」
そしてとうとうユーリが逆切れした。
「本当に貴様はあの電報といい、私の行動にいちいち先回りしおって・・・!?」
「まあまあ、医者というものは観察眼が大切ですから、これくらいは普通なんですよ。」
「絶対嘘だ!!」
D・Dの取り成すような物言いに即否定。こればかりはユーリも譲れないらしい。D・Dが医者として普通だとしたら、世の中の他の医者はどうなるというのだ。こればかりは筆者も肯定に回るわけにはいかないのである。というか、こんな医者ばかりの世の中、絶対嫌だ(断言)
「本当にユーリさんは怒りっぽいですね〜、アッシュ君も苦労する訳だ。」
「黙れ!怒らせているのは貴様だ!!」
「俺がどうかしたんスか?」
月を見ていたアッシュが振り返って不思議そうにする。けれどもユーリとD・Dの揉め事はなかなか収拾がつきそうになかった。
カツンコツンと靴音がして、けれどもそれは不揃いのもの。照明が落とされ、薄暗くなった病棟の廊下を三つの人影が歩いていく。正確には成人男性一名、成体吸血鬼一名、幼生狼男一名というメンバーなのだが。月明かりのおかげで懐中電灯がなくとも歩行に特に困難はなく、そもそも吸血鬼を狼男は夜目が利く。静かな夜に彼らの歩みを妨げるものはない。目指しているのが入院患者の病室のためか、自然と彼らは口を開くのを謹んでいるようだった。まあ、中にはそう思っていない者も混じっていそうだが。
「・・・おい、D・D。」
「何ですか、ユーリさん。」
「スマイルはどうしている。」
「おや、珍しい。ユーリさんが他人の心配をするなんて。」
「混ぜっ返すな。」
ユーリの問いかけにD・Dが返す。その飄々とした態度はやはりユーリにとっては苛立ちを覚えるものだった。いろいろ扱いは酷いが、ユーリはスマイルを嫌っている訳ではない。一応同じバンド仲間であるし、仮にも同居を許した身である。まあ、かといって、好きか愛しているかと問われれば別問題だろうが。さしずめお気に入りのサンドバック・・・いえいえ、何でもありません。その扱いは流石に書き手も良心が(今更)
「さっさと答えろ。」
「・・・生きてますよ。」
「それは知っている。命に別状はない、そう聞いた。」
「じゃあ、一種の健康体ですよ。」
「じゃあって何だ!?」
「一種類の健康?健康に種類なんてあるんスか?」
苛立ちを隠そうとしないユーリに首を傾げているアッシュ。D・Dの言葉にそれぞれが反応を示す。
「・・・強いて言えば、愉快な事態?」
「何だその言い方は・・・。」
「愉快って・・・スマイルさんはいつも楽しそうッスよ?」
D・Dの言葉に含みを感じて、眉間に皺を寄せるユーリ。アッシュは何も気づいてないらしく、ある意味的外れなコメントをしていた。
「まあ、実際に見てみれば分かりますよ。」
月明かりの中ニコニコしている彼の医師は神秘的というよりは不気味だった。
(2007/04/29完成)
第二十七話:今日もみんな元気です
そんなこんなでスマイルの病室にやってきたユーリ達。スマイルがここにいるのは、風呂掃除の最中にうっかり洗剤を混ぜ合わせて塩素ガスを発生させてしまい緊急入院となっていたからである。因みに妖怪や魔物の病室は人間用の病棟と違い、基本的に消灯時間はない。もっとも患者の病状によっては異なるが。場合によっては夜間の電気代が入院費に込められているとも噂される。だが、その真相は定かではない。
「あ!こわんこにユーリ。来てくれたんだ。」
『・・・。』
ドアを開ければベッドの上の人物が笑顔でこちらに手を振っている。けれどもユーリとアッシュは何のリアクションもできず固まってしまっていた。
「あれ?どしたの、二人とも??」
ノーリアクションな二人に首を傾げるスマイル。
「今晩は、スマイル君。」
「先生もこ〜んば〜んは!」
ユーリ達が目を点にして固まっている一方でにこやかに会話するスマイルとD・D。なかなかシュールな構図である。果たしてユーリ達が固まってしまった原因は何なのか。
「・・・随分と、血色が良さそうだな、スマイル。」
しばらくしてまず口を開いたのはユーリだった。そして彼の指摘はあながち間違ったものではなかった。スマイルもまた一般人類規格外生命体・・・もとい透明人間なせいか、見える部分の血色はお世辞にも良いとは言えない。別にスマイルもユーリも他の知り合いもそんなことを気にしてはいないようだが、普通の人間の規格と比較すればそうなのである。
「うん、お肌ツヤツヤ〜。病院食って意外とおいしいね。三食カレーならもっと嬉しいけど。」
あっさり答えるスマイル。ひょっとして彼がこれまで顔色が悪かったのは偏食だったせいではないかと考えたくなる発言である。
「スマイルさん・・・肌もそうッスけど、髪の色まで変わってるッス。」
「うん、変わってるね〜。ひょっとしてこわんこ、驚いた?染めてるのでも特殊メイクでもないんだよ〜。面白いよね〜。」
本人も最初は驚いたのかもしれないが、現在はこの状態になった自分を楽しんでいるらしい。非常に図太い奴である。だからこそユーリみたいなタイプと付き合っていけているのかもしれないが。何度殴り飛ばされても懲りていないようであるし。
「おい、D・D・・・。」
「前にも言いましたが、命に別状はないですよ。」
ジト目でD・Dを見遣ったユーリに彼はいつもの胡散臭い(ユーリにとって)笑顔で答える。とりあえず何度も言っているようだが、命に別状はないらしい。確かにスマイルは塩素ガスのダメージで大変なことになったとはとても思えない、見るからに健康そうだった。
「だからと言ってあれは何だ!?」
「スマイルさんですよ。人間としては実に健康的ですね。」
「確かに下に“人間”はつくが・・・て、そうじゃなくて!」
思わずノリツッコミをしてしまうユーリ。D・D相手だと比較的調子が狂うが、現在の状況に本当は動揺しているのかもしれない。
「あれはどう見ても普通の人間だろうが!」
「はい、そうですね。」
D・Dはあっさりかつズバッと肯定した。流石に開いた口が塞がらなくなるユーリ。そんなさも当然とばかりの態度をとられるとツッコミとしても立場がない。
「一体、どういうことだ・・・。」
「簡単に言えば薬の副作用ですね。」
「何だと・・・!?」
「こちらに運ばれてきた際、治療の為に投与した薬の中に彼には合わないものがあったようですね。恐らく偶発的なものもあるかと思われますが、結果だけ申し上げますと、スマイルさんは透明人間ではなくなり、普通の人間と同じ肉体となりました。」
D・Dから告げられた言葉にユーリが絶句している。確かに部屋に入った時から気づいてはいた。彼が変質していることに。部屋に入るまでは病院独特の薬の臭いに紛れて気づきもしなかったが、こうして間近で見れば疑いようもない。スマイルの細胞が普通の人間と同じ状態に変化していることが分かった。
「えええ!?スマイルさん、透明になれなくなっちゃったんスか!?」
固まって二の句が告げられなくなっているユーリ代わりに、驚きの声を上げたのはアッシュだった。といってもユーリの思考は停止している訳ではなかったが。
「先生・・・。」
アッシュは困惑した様子でD・Dを見遣った。まるで説明を求めるかのように。
「命には別状なかったんですよ。血液も普通の人間の数値ですし、後遺症があるわけでもない。本当にただ透明人間から普通の人間と同じ肉体になった程度で・・・。」
「じゃあ何で今も包帯巻いてるんスか?」
「う〜ん、ずっとこの格好だったら、巻いてないと何か落ち着かなくて〜。アハハー☆」
のん気に笑うスマイル。そこには事の深刻さとかそういったものは見受けられない。そんなスマイルの態度にユーリは少々怒りが込み上げてきた。それは八つ当たりと似た感情であったかもしれない。だからといって彼はそれを気にするようなタイプでもないが。
「スマイルさん、本当に大丈夫なんスか・・・?」
「平気平気〜。別にどこも痛くないし〜、身体が動かなくなったわけでもないし、背が縮んだわけでもないし。あと、ご飯を美味しく食べられるのがいいよね♪」
「結局貴様の思考パターンは飯かー!?」
そしてトドメのスマイルの一言にユーリが切れた。
「ギャー!?」
「ユーリさん!今のスマイルさんに本気出したらまずいッス〜!?」
ベッドのスマイルに掴みかかろうとしたユーリに危機を察したスマイルが悲鳴を上げる。アッシュは慌ててユーリの腰に飛びつき、彼を止めようとした。
「ゆ、ユーリ、落ち着こうよ!」
「ユーリさん、駄目ッス!」
「離せ、犬!この阿呆の息の根をこの場で止めてやる!!」
焦って蒼褪めるスマイル。肌の色が変化したせいで、その色合いはいつもより鮮やかだ。アッシュはユーリからスマイルを庇おうとし、ユーリは彼らの抵抗を潜り抜けて先に手を伸ばそうとする。ベッドの周囲に展開される攻防戦の渦中にいる彼らは何だか凄く元気だった。
「今日も皆さん、元気ですね〜。」
『先生!見てないでユーリ(さん)を止めて(くださいッス)〜!?』
一人傍観してコメントしたD・Dにアッシュとスマイルから援助要請の声が上がったのはその直後であった。
(2007/05/03完成)
<THE END>
<後書き>
お、終わった・・・単にネタが尽きたともいうけれど、とにかく終わった・・・!もう元ネタなんて記憶の彼方で初期のオチはさっぱり思い出せなかったりするんですけど、とにかくこれにて『アッシュであそぼう!』は完結です。多分ポップンキャラではもう書かないんじゃないでしょうか。少なくともこんな長い話は。
もし気が向けば以前の小話配布企画みたいな短い話の題材になる可能性もありますけど、ネタを思いつかない限りはまずないかと思われます。ユーリとD・Dの関係とか明らかになっていない部分もありますけど、その辺の伏線を回収するだけの気力はもうないです。
まあ、この際、皆様の頭で自由に想像しちゃってください。リクエストがあれば書く気になるかもしれませんが、全ては時の運次第でしょうか(苦笑) それでは皆様約二年間不定期連載にお付き合いいただきまことにありがとうございました。本当に感謝してもしきれない放置具合でしたが、この度めでたく完結です。本当に本当にありがとうございました!
2007/09/29 UP