『水無月劇場』WEB拍手連載シリーズ
A Girl Of Stranger
第一話:未来から来た少女
シェゾ・ウィグィィの住居はある山の中にある。洞窟を改装したしたそれは、意外と過ごしやすい空間だ。何やらいろいろと魔導の力が働いているらしい。今日も今日とて『打倒!アルル・ナジャ!!』を目指し、新しく手に入れた魔導書を読み込んでいると、
「!?」
(何だ、今の波動は・・・。)
シェゾは強い、だがこれまでに感じたことがあるようで無い気がする、変わった魔導力の波動を感じ取った。彼は魔導書を閉じ、素早く身支度を整えると、洞窟の外へ飛び出す。どうやら突然出現した謎の魔導力の波動は彼の興味を大いに引く所があったらしい。
シェゾが外にでると、森から細く煙が上がっていた。一瞬山火事かと思ったが、炎が燃え盛っているという気配が感じられない。とにかく煙の出ている方向を目指して、彼は進んでいった。現場に辿り着くと、やはり周囲の木の一部が焼け焦げ、ちょっとした空間が形成されている。恐らく己が見た煙の出所はここだろうとシェゾは見当を付けた。
「はらひれはらほれ〜@」
その時、何だか某ハの付く鳥乙女を連想しそうな奇声をシェゾは耳にする。某鳥・・・もとい、ハーピーが近くにいるのかと思い、何となく彼は声をした方に目を向けた。この行動はハーピーの出現を恐れてのものではもちろん無い。彼くらい実力のある魔導師ならばハーピーなど楽に倒せる敵だ。ただ彼女の音波攻撃が非常に厄介で不快な為、できれば事構えたくないだけである。いざとなったらさっさとこの場を離れようという思考が彼の脳裏を過ぎった。
「な・・・!?」
そこにいた者を視界に収めたシェゾが思わず驚きの声を上げる。彼の視線の先には何故か目を回して倒れている12,3歳程の少女。どうやら先程の奇声は彼女のウワ言であったらしい。だが、彼が驚いていたのは少女が倒れていた為ではなかった。その理由は少女の顔。シェゾは彼女の顔を見た途端、ギョッとしてしまったのである。
「アルル!?」
そう、何故ならその少女は彼の知人によく似ていたのだ。正確にはその知人、アルルを少し幼くして、髪の色を銀に変えたらこのような感じになると言える顔立ちを少女はしていたのである。
(いや、違うな。こいつはアルルじゃない。だが、似ている・・・。)
シェゾはそう思いながら少女の状態を観察した。アルルによく似た銀髪の少女は、ベージュのキュロットに黒のTシャツ、そして煤けてボロボロになった白衣という格好をしている。さらに両手には底が砕けた試験管と丸底フラスコと思しき残骸。はっきりいって怪しい。敢えて言うなら不審者大爆発と評したくなるくらいに怪しかった。いや、もっともこの世界もとい現場周辺の街では某ツノな魔王様とか、異世界トリッパーで体が伸び縮みする某光の勇者様とか、胃袋底なしのビーム搭載型な某黄色い軟体生物といった非常に個性豊かな面々が、何だかんだで普通に生活できている為、世間様一般で言う怪しいはこの辺りでは通用しないのかもしれない。だから少女のことも一概にそうだとは言えないだろう。
(しかし、一体何だ、この娘は・・・。強い魔導力を秘めているようだが、属性が感じられん。それに微かにだが時空魔法の感覚がする・・・。)
シェゾがしばらく少女を観察していると、少女の瞼がピクリと動いた。そしてゆっくりと目を開ける。そこから現れたのは、深い海のような碧[あお]い瞳。それは彼女の銀の髪によく映えた。
「・・・ん、ここは――――――――――。」
握っていた試験管類を離し、少女はムクリと起き上がる。ボーっとした霞がかった頭で、ぼんやりと周囲を眺めた。そして、その場にいたシェゾと目が合う。同じような銀の髪と碧の瞳。
「シェゾ・・・様?」
少女がポツリと漏らした言葉に、シェゾは咄嗟に距離をとり、剣を構えた。警戒心も露に睨み据える彼に気づいていないのか、少女は未だにぼんやりとした・・・いわゆる寝惚けた表情でシェゾを見つめている。
「お前は、誰だ・・・何故、俺の名前を知っている。」
慎重に言葉を選びながら、探るようにシェゾは少女へと問いかけた。彼の反応に少女はパチクリと瞬きをする。それからようやく彼女の表情に驚きのようなものが浮かんだ。
どうやら一気に覚醒状態に至ったらしい。キョロキョロと自分の姿を確認し、さらに周囲をキョトキョトと見回す。そしてザッと青ざめた。
「えーと、そこの綺麗なお兄さんは、闇の魔導士であるシェゾ・ウィグィィさんに間違いないですよね。」
「・・・そうだ。」
「あのー、つかぬ事をお伺いしますが、今日って何年何月何日です・・・か?」
恐る恐るという感じで聞いてくる少女に警戒態勢を維持したまま、それでもシェゾは律儀に答えてやる。何故日付のことを尋ねてくるのか不思議に思いながら。
「○年×月△日だが・・・。」
「!!」
するとどういう訳か、シェゾの答えに少女は今にも『ジーザス!』とか叫び出しそうな勢いで頭を抱えたのだ。その反応は隙だらけで、少なくとも少女は闇の魔導師である己を狙っている敵には思えない。少しだけ彼の警戒心が薄れた。因みにその時、当の少女はといえば・・・
(洒落にならん、本気でシャレにならん・・・帰ったら父様に絞め殺される・・・!)
というようなことを思いつつ葛藤しまくっていたのである。
「―――――――には、あれとこれとそれと・・・ああ、ていうか、それ以前に機材とか持ってないし・・・。」
ようやく頭を抱えた状態から抜け出したかと思えば、少女は何やらブツブツと呟き出した。シェゾの問いかけに関しては最初の名前を何故知っていたのかというものからして総無視状態である。シェゾを闇の魔導師であると知っていながらここまで見事にシカトをかますとはある意味いい度胸だ。まあ、アルルを筆頭にこの街周辺に住まう彼の知人達もしばしばやらかす仕打ちなのだが。
「おい、大丈夫か・・・?」
(こいつ、どっかで頭でもぶつけたのか?)
等と思いながらも、少女に声を掛けるシェゾ。闇の魔導師という肩書きとは裏腹に、結構優しい彼である。
「・・・こうなったら、背に腹は替えられないわ。シェゾ・・・さん!」
「な、何だ・・・。」
「あなたを闇の魔導師と見込んで頼みがあります。」
そしていつの間にか自己完結を済ませたらしい少女は、突然シェゾに声を掛けてきた。
「私が帰るのに協力してください!」
「は?」
間に挟むべき説明をすっ飛ばして述べられた発言に、シェゾは眉を顰めるのだった。
「すみません。申し遅れましたが、私の名前は・・・シェア・・・じゃなくて、シェルといいます。」
頼み事云々の前にまず名を名乗れとシェゾに指摘され、銀髪の少女シェルは自己紹介をした。きちんと頭を下げて挨拶をするその様子からは彼女がきちんとした教育を受けているだろうことが窺えた。
「ちょっと事情があって詳しく説明することは出来ませんが、私は本来ここの者ではないんです。」
「その、事情というのは時間軸に関わることか?」
「・・・!」
間髪入れずシェゾから告げられた言葉は問いかけのようでいて断定のそれ。一瞬息を呑んだ後、彼女は肯定を示した。
「そうです・・・。正確な年月を言うことは許されませんが、私が居たのは・・・今から2,3年後の世界です。ある実験の最中に・・・どうやら配合に失敗して、それと多分いろいろな偶然が重なってだと思うのですが、結果としてこの世界に飛ばされてしまったみたいなんです。」
シェルは真っ直ぐにシェゾを見つめて語り始める。
「元の世界に戻る方法はある程度見当がついているのですが、何分、道具とかが足りません。そこで、それらを集めるのに協力して戴きたいのです。」
「ほう。」
「もちろん、タダでとは言いません。」
そこでシェルは言葉を区切り、キュロットのポケットを漁った。そして彼女が取り出したのは、高さ3cm程の小瓶。中にはブルートパーズを思わせる色をした液体が入っている。
「ルナルナ草の抽出液を濃縮したものです。これを差し上げましょう。」
ルナルナ草とは月の魔力が宿っているとされる植物であり、この草からある特殊な方法で取り出した成分には魔導力を回復させる効果があるのだ。
「一滴で、魔導酒十本分の効果があります。人によっては刺激が強すぎる場合もあるので、薄めて使用することをお勧めします。」
「お前・・・魔女の一族か?」
「残念ながら違います。親は魔導師ですけど。これ以上はタイムパラドックスを引き起こす可能性があるのでノーコメントでお願いします。」
ルナルナ草は野生の物は珍しく、滅多に手に入らない。かといって栽培は意外と難しく、魔女の一族といった一部の者しかその手法は知られていない。それを取引の材料としてシェルは持ち出したのだ。
「それで、協力して戴けますか?」
シェルはにっこり笑ってシェゾに問いかける。その表情は『断る訳ないよね〜、断ったらジュゲムだからね〜☆』と笑顔で脅してくるアルルのそれを思わせた。なまじ顔が似ているだけに、条件反射で恐怖倍増。まあ、そういったことを抜きにしても、シェゾにとってルナルナ草抽出液は魅力的な条件だった。
「どれくらい掛かるんだ。」
「そうですね〜、材料の都合にもよりますが、合成自体は一週間も掛かりませんよ。」
シェゾの問いにカラッとした調子で答えるシェル。
「何でしたら家事とか引き受けますし、食費とかも出来る限り自力で稼ぎますが?」
「・・・役に立たなかったら、二、三日で追い出すからな。」
「はい、わかりました!」
かくして商談成立。こうしてシェゾと未来から来た少女シェルとの奇妙な同居生活が始まったのだった。
<後書き>
シェアル前提オリジナルキャラクター贔屓の長編シリーズの開幕です。この第一話は第一期のWEB拍手に掲載しました。再録にあたり、誤字・脱字や文章表現がおかしかった部分に関してはいくらか加筆修正してあります。フォントいじりもしているので、案外拍手でご覧になられた方には当時と違った印象を受けるかもしれません。
2010/01/30 UP