さけとはなとそのめでかた

酒と華とその愛で方

 

 

 

 

 

 季節は春だ。桜も咲いた。桜は綺麗だ。俺も嫌いじゃない。夜桜を肴に独り酒を楽しむのは粋だと、昔、そう言って俺の旧友は笑った。その時は俺もそうだと思った。

 

・・・が、今それは関係ない。何故なら現在俺は「独り」なんてものとは程遠い状況に陥っているからだ。何だってこんなことになっちまったんだろうなあ。

 

 

 

 

 

 事の起こりは例によって例の如く、ツノはげロリコン変態親父ことサタンだった。『春だ!桜だ!宴会だ!今夜は騒ぎ倒せ ザ・花見大会』なるものを企画・実行に移したのである。俺は初め参加する気はなかったんだが、アルルに誘われたのと、サタンの奴に幻の大吟醸『霧氷月天[むひょうげってん]』があると言われて、それにつられて花見会場[ここ]まで来ちまった。そこに居たのはやっぱりいつも通りの連中だった。ルルーにミノタウロス、ウィッチにラグナス、ドラコにキキーモラにインキュバスまでいやがった。ああ、いつもの面子ながら騒がしいし、鬱陶しい。まだ酒も入っていないというのに、だ。こいつらには静かに花を愛でるという発想はないのか?

 そんな俺の思いとは裏腹に宴会は始まった。初めは『なあなあ』で始まり、最終的には無礼講である。カーバンクルが料理を食い荒らし、サタンがアルルに迫って呪文をくらい、さらにルルーに締め上げられるといういつも通りの展開が繰り広げられる中、俺はチビチビと酒を味わっていた。もちろん例の酒『霧氷月天』だ。香り好し、口当たり好し、毎年の生産量が極端に少なく、価格もその分張る。この希少価値の酒をこれだけ用意するとは・・・サタンの奴も伊達に魔界の貴公子を名乗っていないわけだ。それにしても、旨い酒だ。一気に[あお]っちまうのがもったいないぜ。これ、何瓶か持って帰れねえかなあ・・・。

「闇の魔導師殿、何を飲んでいらっしゃるのですか。」

そんなことを考えていると俺に一人の女が離しかけてきた。ウィッチの祖母のウィッシュだった。一見若い女のように見えるが、こう見えてこいつは結構歳がいっている。魔女の一族は何かと油断がならん。ウィッシュは以前あることがきっかけで知り合ったんだが、今ではいい研究仲間になっている。俺の周りの連中はアルルにしろ何にしろ高度な魔導理論を交わせるだけの相手がまずいない。サタンは魔族だから論外だ。それ以前にあいつと語り合う気にならん。そんな訳だから、ウィッシュのような俺と張り合えるくらいの知識を持っているやつは貴重なんだ。

「霧氷月天だ。お前もどうだ?」

「なかなか渋い趣味なんですね。では、私も一献戴きましょう。」

俺がウィッシュの杯に酒を注いでやると、ウィッシュは一気にそれを呷った。フン、なかなかいい飲みっぷりじゃねえか。

「では、闇の魔導師殿もどうぞ。」

「おう、悪いな。」

今度はウィッシュが俺の杯に酒を注ぎ、俺も一気に呷った。くぁ〜、五臓六腑に染み渡るとはこのことだな。流石は霧氷月天、いい具合だぜ。そのまましばらく俺たちは酒を酌み交わしていた。どうも、俺はこの酒のおかげで機嫌がいいみたいだな。普段なら誰かに酒を注いでやるなんてことは考えられん。

「・・・それにしても、闇の魔導師殿はいちいち飲み方が年寄り臭いですね。」

「ほっとけ。」

いいんだよ、この酒は旨いんだから。これの前では、んなことは些細な事だ。気にならん。

「しぇ〜ぞ〜v何してるのぉ〜?」

「! アルルか。」

 そこへ妙に間延びした口調と緩みまくった表情で俺にしなだれかかってきたのはアルルだった。何気なくあいつの顔を見遣る。

――――――――――う!こ、これは・・・・・・。

頬は朱色に染まり、潤んだ瞳が妙に艶っぽい。酒の影響かほってった体から伝わる体温。そして酒の香りに混じってほのかに漂うアルルの甘い匂い・・・。

 まずいまずいまずい、何か知らんが非常にまずいことになった気がするぞ。というか、何で心拍数が上がっている、俺!?こ、これは酒のせいだ!俺は酔っているんだ。きっとそうに違いない!この俺がこんなちんちくりんのアルル相手に反応するなんざ、あってたまるか!!でなければ、この夜桜が見せた幻覚か何かだ。決してアルルの体が柔らかそうとか、思ったより胸あるなとか思っちゃいないぞ!

「シェゾ、ウィッシュさんと何話してたの・・・?」

「い、いや、別に大した事は・・・。」

アルルがこちらににじり寄ってくる。結果的に上目遣いで見つめられた。・・・お、落ち着け、落ち着くんだ、シェゾ・ウィグィィ。動揺したら負けだぞ。そもそも俺は何も疚[やま]しい事はしていないはずだ。闇の魔導師という職業(?)自体が疚しい事だらけだという点はこの際保留だ。それ以前に自分が疚しいと感じなければ何事もそうであるはずだ。この程度のことでうろたえてどうする。俺は闇魔導師なんだぞ?俺は闇の魔導師俺は闇の魔導師俺は闇の魔導師・・・(以下略、自己暗示中)・・・よし。改めてアルルを見遣る。

「!?」

 気がつけばアルルの顔がすぐ目の前にあった。ななななななななな・・・、何をしているんだ、アルルの奴は!?

「ボクもシェゾとお話したいなあ・・・?」

俺は胡坐をかいて座っている状態だった。アルルは俺の脚の上に膝を乗せて俺を見上げている。うっかり動けばぶつかってしまいそうなくらいにお互いの顔が近い。

「・・・駄目?」

子猫が甘えるような仕草で聞いてくるアルル。ど、どどど、どうする俺!?こんなときに限ってサタンも誰も来やしねえし!!そ、そうだ。

「お、おい、アルル。ウィッシュの奴はどうした・・・?」

あいつはさっきまで近くにいたはずだ。

「・・・ウィッシュさんならぁ、お二人の邪魔をしたら悪いからお先に失礼しますって。でも、シェゾぉ。せっかくボクと話してるのにぃ、他の人のこと気にしちゃ・・・やだ・・・よ?」

アルルが眉尻を下げてどこか悲しそうな目つきで言う。ウィッシュの件に関してはいろいろ問い詰めたい点があったのは事実だ。だが、この悲しそうなアルルを見ていると何か悪いことをした気になるのは何故なんだ・・・?

「・・・わかった。今夜は好きなだけお前に付き合ってやる。」

どうせ酒の上での戯言だ。どうせ酔うならとことん付き合ってやろうじゃねえか。

「・・・ほんとぉ?えへへへ、ありがとぉ・・・・・・。」

アルルはニヘラという感じの笑みを浮かべた。そして俺の首の後ろに手を回しそのままダラリともたれかかってきた。そして胸元に頬を摺り寄せる。何か本当猫みたいだな、アルルの奴。いつもこうなら結構可愛いんだがな。・・・も、もちろん他意はないぞ。そ、そう!ホラ、俺は動物結構好きだし。てのりぞうとか飼ってるし!

 その後しばらくアルルの相手をしつつ酒を口に運んでいたのだが、やがてルルーたちに引っ張られて宴会の輪の中に戻っていった。俺は少し離れた所から何となくアルルの様子を眺めていた。本当にコロコロとよく表情が変わる奴だと思う。すぐ笑って泣いて怒って、また笑って。ああ、まるで華みたいだな。あいつの笑った顔は。そうやってこれからも多くの者を惹きつけていくんだろう。かつて、俺の旧友は『女は華そのものだ』と評した。あの頃はあいつの言っていることがよく分からなかったが、今はわかる気がする。アルルもこの桜のように咲き誇る時がくるのだろうか。

 

 

 季節は春だ。桜も咲いた。桜は綺麗だ。俺も嫌いじゃない。夜桜を肴に独り酒を楽しむのは粋だと、昔、そう言って俺の旧友は笑った。その時は俺もそうだと思った。だが、この華は独りで愛でても、ここまで美しく咲けるものなのだろうか。皆に愛されてこその華ではないのか。桜の樹は傷に弱い。枝を手折ることが木を枯らすことに繋がる可能性もある。そうまでして華を手に入れる意味があるのだろうか。

 俺は過去と現在、そして未来に思いをはせながら、桜を眺め続けた。ああ、こんなにも世界は綺麗なんだ。闇の中に淡く煙るような優しい色合い。・・・フッ、天下の闇の魔導師が桜に惑わされるとはな。聞いて呆れるぜ。俺は自嘲した。

 

 

 

 

 

「いっちばーん★アルル・ナジャ、脱ぎま〜す!」

「・・・て、ちょっと待てぇえええええい!!」

 桜なんか見てる場合じゃない!・・・というか現実逃避をしている場合じゃねえ!![ひと]がちょっと桜に意識飛ばしている内に宴会の方が何かとんでもない展開になってやがるじゃねえか。

「おおお!ありゅりゅ、どんといけえ〜。」

「脱ぐならガバッといきなさい!ガバッと!」

サタン!ルルー!止めろよ!?・・・チッ、こいつら本気で酔っ払ってるな。

「アルル!美少女コンテストでは大胆な脱ぎが勝負を支配することだってあるんだからね!!」

「いっそ下着も脱いでしまいなさいな。どうせ今夜は無礼講ですわ。」

ドラコ!ウィッチ!こいつらもかよ!?そうしている間にもアルルが上着を脱ごうとする。

「アルル!い、いい歳した娘が、人前で脱ごうとするんじゃない。」

「シェゾぉ・・・?いいじゃないかあ、減るもんじゃないんだしぃ・・・。」

「そうだぞぉ、シェゾ。邪魔をするな。」

「サタン様の言う通りですわ。」

見事に俺の忠告は無視された。というか、アルル。減るもんじゃない・・・て、それが嫁入り前の娘の言うセリフか?

「そんなこと言ってさあ、本当はシェゾも見たいんじゃないのぉ?」

「んな!いきなり何言い出しやがる!?」

「・・・ひょっとしてボクの裸、独り占めしたいの?やだぁ、シェゾってばヘンタイさんなんだからぁ。だったらボクちょっと嬉しいかも〜v」

畜生、どうしたらいい。誰も話を聞いてやがらねえな・・・。そうだ、ラグナス。あのお堅い光の勇者様とやらならこの状況を何とかできるかもしれねえ。何せ奴はこの世界の最後の良心(?)だ。そう判断した俺はラグナスの奴に声を掛けた。

「ら、ラグナス!お前、アルルの奴を止め・・・。」

「ふにゃ〜、もう飲めないよぉ〜。」

・・・て、寝てやがるし。しかも子供[ガキ]の姿に変わってるし!うわ、役に立たねえ。

『あと一枚、あっと一枚!』

げ!?「あと一枚」コールに慌てて振り返ったら、アルルの奴スカートの上がタンクトップ一枚になってるじゃねえか!!

「うふふふふふ・・・脱いじゃおっかなあ、どうしよっかなあ〜?」

「おー、脱げ脱げー!」

「スカートは脱がないなんて邪道ですわ!」

「一気にいきなさい、一気に。」

「それでは、アルル・ナジャ、いっきまーす!」

「・・・い、いい加減にしやがれ!この酔っ払いどもがー!!」

 俺は気がつけばそう叫んでいた。その叫んだ勢いのままにアルルを掻っ攫うと空間転移を発動させた。無意識の内に飛んだので、転移先は自宅の寝室だった。お、俺は今何をしたんだ・・・?

「・・・ん、しぇぞぉ?」

「うお!?」

腕に中にいたアルルに自分でやらかしたことながらビビっちまったぜ。ん?いや、待てよ。というのか、いいのか、それで。ここ俺の家だぞ。しかも寝室だ。つまり結果として、俺がアルルを連れ込んだということに・・・?

「いいわけないだろうがぁあああああああああああ!!」

「シェ、シェゾ・・・?」

サタンやルルーやカーバンクルやラグナスが知ったらどうする!?あまつさえ、妙な誤解をされたりしたら!!?流石の俺もあの三人+一匹を相手にするのはまずいぞ。一度に襲撃されたらリバイアぐらいじゃ対抗できん。イクリプスはこっちの魔導力がつきたらアウトだし。無敵草のストックあったか・・・?それと魔導酒をいくつか用意して・・・て、高飛びの算段つけてどうするよ、俺。

「だ、大丈夫?」

頭を抱えてしゃがみこんでしまった俺にアルルが心配そうに声を掛けてくる。そうだ、今からこいつを家に送り返そう。うん、それがいい。

「アルル、行くぞ。」

「・・・どこへ?」

「お前の家だ。帰るんだよ。」

まあ、俺が連れて来ちまったんだがな。

「・・・やだ。」

「は?」

せっかくこの俺が家まで送ってやろうというのに、アルルの奴は首を横に振った。

「まだ飲むの!」

「・・・て、お前まだ酔っ払ってたんだな。」

言動が大人しくなっていたしこちらに絡んでもこないから酔いが覚めてきたのかと思ったんだが。アルルが何やらブツブツいいつつ空間圧縮袋(ダンジョン探索の時にも使う荷物入れ)を取り出すと、次々に酒瓶を取り出した。清酒にワインに、古今東西様々な酒が出てくる。どうやら花見会場にあったものを密かに隠しておいたらしい。中には例の霧氷月天もあった。

「・・・シェゾも一緒に飲もうよぉ。」

アルルがこちらの服の裾を掴んで見上げてくる。頼むから潤んだ瞳で上目遣いをするのはやめてくれ。何か知らんがこっちの動悸が激しくなるから。

「・・・まあ、たまにはいいだろう。」

てのりぞうに酒のつまみを用意するよう頼んで、俺はアルルを連れて寝室を出た。ベッドに酒をこぼされたら堪らんからな。家の中を突っ切りテラスに続く窓を開ける。桜はないが、月が綺麗だった。ふむ、月見酒というのも悪くないな・・・。

「それじゃあ、改めましてー、かんぱーい!」

「乾杯。」

アルルが音頭を取り、俺達はグラスを合わせた。二人きりの宴が今始まる。

 

 

 

 

 

<後書き>

 投稿した場所が場所なのですが、キスも何もしちゃいないので、普通にこんな所に置いてあります。でもさり気なくアルルさんとか問題発言してますね。いや〜、シェアルは書いてて楽しいです。ちょっとメインジャンルに追加しようか検討したくなってきます。というか初めの部分でウィッシュがちょっと出張りすぎました。そしてシェゾ、鈍すぎです!素直にアルルを好きだって認めちゃえばいいのに・・・。いちいち否定するんだもん。水無月的にはもっと積極的な展開になっても大いに構わなかったのですが、肝心のシェゾさんが動いてくれませんでした。残念!

 あとここでいうシェゾの旧友は水無月の中ではザード(うちのサイトのオリキャラ)さんをイメージしているのですが、皆様の好きに想像していただいて結構です。シェゾだって180年も生きていれば一人や二人気の合う人も出てくるってものですよ。ザードさんの出てくる話書けるかなぁ〜。だってまだセレリタやシェルの話だって完結させてないのに・・・。メインでは無理だけど脇役でなら可能性があるかもです。

それから今回、シェゾの家は山の中にあるけどちゃんとした家に住んでいる設定です。洞窟暮らしじゃないですよ、念の為。

 

 

 

2005/04/11 UP