これも一つの日常奇談〜いつでも災難日和〜

 

 

 

 

 

 彼らの日常はいつだって災難で溢れている。

 

 

 その日、ウィッチの研究室(と書いて『ラボ』と読む)には四人の人物が居た。一人は、もちろん家主である見習い魔女ウィッチ。二人目は彼女のクラスメイトの魔導師の卵アルル・ナジャ。三人目はアルルの親友でやはりクラスメイトの格闘女王ルルー。そして最後の一人がアルルとルルーに引きずられてきた闇の魔導師シェゾ・ウィグィィである。彼女達三人は魔導学校の課題で魔法薬の調合をする事になり、ウィッチの研究設備を借りてこうして作業に取り掛かっているのである。因みにシェゾは彼女達のアシスタントだ。シェゾはこれでも魔導学校の先生に負けないだけの知識と技術を持ち合わせているのである。ただし、性格は教師に向いていないので多分就職しても長続きはしないだろう。

「う〜、シェゾ分かんないよぉ・・・。」

 調合法のメモと試験管の液体と睨めっこしていたアルルが後ろに控えていたシェゾに振り返る。シェゾは丁度乳鉢で何かを磨り潰している最中であった。理由は簡単、暇だから。・・・というのは半分冗談で、ウィッチに調合を頼まれたからである。それはとても今のウィッチの腕では作れないレベルの薬であった。シェゾは暇である事と完成したら半分は自分の取り分になるという条件(彼女が出したものとしては破格)でウィッチの頼みを承諾した。しかしそんなものをササッと作れてしまう辺りが奴の怖い所である。

「分らんと言われてもどこが分からんのかそれこそ分からん。」

 何だか早口言葉のような響きでサラリと言われてしまった為、アルルの頭が一瞬パニックを起こす。最近のアルルは頭脳労働がほとんど駄目であった。この実験の為に脳味噌・・・もとい、脳内スペースを使い切ってしまったらしい。

「・・・そ、そんなこと言わないで何とかしてよぉ〜。」

実験道具を一先ず置いてシェゾに縋り付くアルル。

「そこ、課題を進めるかイチャつくのかどちらかにしなさい。」

ルルーが不機嫌にそう言った。本人達(特にシェゾ)に自覚はないのだが、アルルとシェゾの言動は時々バカップルと言っていい程の様子を見せるのである。正確には馬鹿で甘えたな娘と馬鹿な子ほど可愛いと甘やかす父親のような感じだ。

「い、イチャついてないもん!」

「どこをどう見たらそう見えるか分からんな。お前の目は節穴か、ルルー。」

真っ赤になって否定するアルルに顔色を変えずに否定するシェゾ。正直シェゾの言葉には腹が立つ。一瞬試験管を握りつぶしそうになった。しかしそんな事をすればウィッチが相当な剣幕で怒ることだろう。機材の弁償くらいならできるかもしれないが、ヘソを曲げられ研究室を貸さないと言い出されては困る。ルルーは脅威的な忍耐力(普段との比較)をもって、シェゾへの怒りを受け流した。

「実験は続けるよ。課題提出、来週だもん。だから、シェゾ教えて?」

「だから、どこをだよ。最初からというのは無しだぞ。それだと勉強にならん。」

「チェ〜。」

意外とマメな男である。アルルは唇を尖らせてブツブツ言っていたが、再びメモと試験管を持ってシェゾの元へやってきた。

「あのさ〜、ここ。メモでは赤くなるって書いてあるんだけど、ボクがやったら紫になっちゃったんだ。どうしてだか分かる?」

「・・・ちょっと他の材料も見せてみろ。」

シェゾがアルルの使った素材を確認する。

「本当、何でだろう。ボク、ちゃんと本で調べた通りにやったよ?それなのに上手くいかないなんて・・・。」

「アルル・・・。」

「なぁに、シェゾ?」

「これは目ン玉草じゃなくて目ン玉モドキ草だ。」

「へ・・・?」

「しかもここで使うのはガリガリ蝙蝠じゃなくてザリザリ蝙蝠の羽だぞ。」

「え゛・・・?」

「全く・・・どこが本の通りなんだ?」

「あう・・・。」

シェゾの指摘にアルルは真っ赤になって俯いた。

「ほら、落ち込んでいる暇があったら最初から作り直せ。」

シェゾはアルルを慰めるようにポンポンと軽くアルルの頭を叩く。アルルが再び材料の確認に向かうのをシェゾは苦笑して見送った。

「アルルさんにはお優しいんですね・・・。」

 背後からしたのはウィッチの声。少し残念そうな、苦笑混じりの声だった。シェゾは振り返りもせず言う。

「どういう意味だ、ウィッチ。」

「どういう?そのままの意味ですわ。」

ウィッチの言葉にシェゾが彼女を見遣る。それはどこか面白がっているようにも呆れているようにも見えた。シェゾは無言のままだが視線で説明を促す。

「だってシェゾさんは仮に私が魔法薬の調合を教えて欲しいと言ってもただでは教えてくださいませんでしょう?」

「・・・それは貴様が何かと変な薬を飲ませようとするからだろ。」

「あら、それだけが理由でして?」

「・・・・・・。」

ウィッチの言葉にシェゾは沈黙した。そう、シェゾという男は本来自分の利にならない事や興味のない事は基本的にはしない主義なのである。今回アルルのジュゲムとルルーの鉄拳に脅されたとはいえ、こうして大人しく魔法薬作りをレクチャーするなど通常では考えられないことだ。しかも教える立場であることを嵩[かさ]にスパルタ教育と称して日頃の鬱憤晴らしを敢行する事だってできたはずである。それをしなかったのはひとえにアルルがシェゾにとって特別な存在であるからではないだろうか。ウィッチにはそう思えて仕方がないのである。もっともウィッチやルルーもある意味シェゾにとっては特別な存在なのだが・・・。何と言っても魔王も粉砕する格闘女王に研究の為なら人体実験も辞さないマッドサイエンティスト魔女だし。こんな奴他にいないと言ったような意味で。

 若干沈黙で気まずくなりかけた時(ルルーは課題に集中していて聞いてない)、カランコローンと鐘の音がした。

「あら?店の方に来客があったようですわね。私、少し見てきますわ。」

そう言ってウィッチはそそくさと研究室を後にした。シェゾは忌々しげに舌打ちすると再び魔法薬の調合に取り掛かった。少々手つきが乱暴になっていたが、それが彼のイラつきを証明しているとも言えた。因みにこの時来た客はセリリとすけとうだらであったという。

 

 

 

「全く、まだ終わりませんの?」

「五月蝿いわね!少し黙ってなさいよ!!」

「五月蝿いなあ、ちょっと黙っててよ。」

 魔法薬の調合を始めて数時間。ウィッチは普段趣味と仕事で慣れているだけあり、三人の中では一番に課題を完成させていた。しかしアルルとルルーはシェゾの指導やウィッチにアドバイスも虚しくなかなか薬が完成しなかった。努力が報われずいつまでたっても課題が片付かない状況に、次第に二人はムキになりとうとうシェゾ達の言葉を聞かなくなってしまったのである。因みにシェゾの方も暇つぶしの魔法薬作りを終了させていた。因ってする事が無くなったシェゾとウィッチの二人は暇であった。

「せっかくだからシェゾさん奥でお茶でも飲まれます?魔法薬作っていただけましたし、ちゃんと普通のお茶を淹れて差し上げましてよ。」

「そうだな、どうせ暇だしな。」

 仕方がないのでウィッチはシェゾをお茶に誘う。実はウィッチの研究室は彼女の店とも居住区とも繋がっていたのだ。暇を持て余していたシェゾはあっさりと了承した。しかしそれに動揺したのはこっそり聞き耳を立てていたアルルである。

「えええ!そんなちょっと待ってよ!?ずるい!!」

誰の何に対してどうずるいのかをぜひとも小一時間程問い詰めてみたい気もするが、そんなことをしていたらいつまでたっても話が進まないので、このまま強制的に進行する。とにかくシェゾとウィッチの行動にアルルが声を上げて振り返った。

「きゃあ!」

その途端アルルの肘がルルーの体に当たり彼女の手元が狂ってしまう。それと同時に試験管立てを倒してしまった。その結果、ルルーの調合していた薬と、失敗してとりあえず試験管立てに置いてあった薬が混ざり合ってしまう。そしておかしな具合におかしな薬が混じり合うという事態が発生した。つまるところ、薬が混じった瞬間妙な化学反応が起こり大爆発したのである。少女達が悲鳴を上げ、試験管やフラスコが割れる音が響く中、冷静に防護魔導を発動させる男が一人。もちろんシェゾである。爆発共に周囲を包んだ煙が少しずつ換気扇により吸い出されていく。やがて煙が晴れるとシェゾの周囲のあったものは爆発の衝撃でばたんきゅ〜したらしきルルーと爆風に飛ばされてひっくり返っているウィッチだった。

「ん?アルルがいない・・・?」

急に姿が見えなくなったアルルを不審に思い、もう一度用心深く研究室内を観察するシェゾ。その中でアルルの髪と同じ色を発見した。

「あんな所にいたのか。」

しかしシェゾがよくよく近づいて見てみると、それはアルルと同じ髪をしていたし、服装のデザインもアルルのそれであったが、明らかにサイズが違っていた。そう、それはどう考えても幼児サイズであった。いくら普段シェゾやルルーがちんちくりんだのお子様だの幼児体型だの言っているからといってこれはどうかと思う。しかも極めつけは頭に生えた白くてそこそこに細長い物体。どことなくカーバンクルやうさぎのそれと似ている形である。

(これ、本当にアルルか?)

何となくそんなことを思うシェゾ。でも顔は確かにアルルの面影があるのである。しかもアルルは童顔だからあまり変化していないようであるし。シェゾは随分と幼い様子になってしまったアルルを見遣った。ルルーとウィッチはまだ気絶している。試しに頭に生えている物体を引っ張ってみた。

「・・・ん。」

アルルがその幼い眉根を寄せて身じろぎする。しかしアルルは目を覚まさない。

(本当に兎の耳みたいな感触だな・・・。)

よくできているものだと、どこかずれた感想を抱くシェゾ。今度は先程より強く引っ張ってみる。

「・・・ううう〜ん。」

しかしアルルはまだ目覚めない。それをいい事にしばし耳を弄ぶシェゾ。その度にアルルの反応があってちょっと面白かったようである。

「これ、本当に頭から生えてるのか?」

興味を覚えたシェゾは彼女の頭を覗き込む。そしていろいろと他の部分も見分する事にしたのだった。ところで、アルルが小さくなったり兎風の耳が生えていても驚かない辺り、彼は大物なのだろうか。否、確かに彼はある意味大物だがある意味では小物である。彼が驚かない原因は、これがひとえにウィッチの研究室で起こった出来事だからである。ウィッチが新薬の研究と称して行う人体実験により、結構いろいろな事態が発生しているので多少なりとも耐性がついたのだ。特にシェゾはしょっちゅうその騒動に巻き込まれているので(主に当事者として)、ウィッチ関係で起こった出来事にはそうそう驚かないよう覚悟ができてしまったようである(嫌な覚悟だ)

「ううむ、まさかあんな所に尾が生えているとは・・・。」

そう言ってアルルの見分を終えたシェゾが唸っている。一体どこまで見たんだろうか、この男は・・・。

「・・・あれぇ?ボク一体・・・。」

 シェゾが何やら一人感心している所に、アルルが目を覚ました。寝ぼけ眼[まなこ]を擦り擦り起き上がる姿はとても可愛らしい。

「アルル、気づいたのか。」

するとアルルが起きたことに気づいたシェゾが声を掛ける。

「・・・・・・。」

掛けられた声にアルルがシェゾを見遣る。しかしそれからの動きがない。彼女は呆けたように彼を見るのみだ。

「おい、アルル?」

アルルの様子を不審に感じたシェゾが彼女に顔を近づける。その途端、アルルの顔が朱に染まった。

「き・・・。」

「き?」

「きゃああああああああああああああ!?」

アルルがシェゾを力いっぱい突き飛ばす。その破壊力たるやルルーもびっくりである。シェゾは声を上げる暇すらなく吹っ飛ばされた。そして魔法薬やら何やらが置いてあった棚に激突する。棚の中身はあっという間にシェゾに降り注いだ。ついでに棚自体も転倒する。

どんがらがっしゃん

物凄い騒音が研究室に響き渡る。あまりの凄さに気絶していたルルーとウィッチが飛び起きてしまったくらいだ。そして騒音の原因を作った張本人と言えば・・・

「あ〜、びっくりした。あんまり綺麗なお兄さんが顔近づけてくるんだもの。ボク、ドキドキしちゃったよ〜。」

顔を赤くしたまま座り込んでいた。

「きゃあああ!?何ですのこれは〜!!」

「ちょっとアルル!あんたのせいよ!?」

さらに研究室の惨状を見たウィッチとルルーが声を上げる。その声にアルルが振り返った。

「・・・お姉さん達、誰?何でボクのお名前知ってるの??」

キョトンとした表情のアルル。しかしウィッチとルルーの反応は違った。

「な、何ですのこれ〜!?」

「何なのよこれは!?」

二人の叫びが同時に響く中、アルルは首を傾げるばかりである。そしてさらに現場を混乱に陥れる声が上がった。

「痛たたた・・・。何だよ、一体。」

そう言って倒れた戸棚の下から這い出してきたのは、一人の少年。銀髪碧眼で素晴らしく美形。とくればこの場にはシェゾしかいないはずなのだが、やはりサイズが小さくなっていた。服まで縮んでいるのはこの世の神秘としか言いようがない。

「わんわんのお耳!」

アルルが嬉しそうに瞳を輝かせる。

「耳?」

少年は首を傾げる。そして気づいた。自分のズボンから尻尾が飛び出していることに。

「な、何だよこれ!?」

「それはこっちのセリフですわ〜!!」

「どうなってるのよ〜!?」

「わんわん!わんわん!」

もはや収集がつきそうにない。そこに現れた一人の救世主がいた。

「ごめんください。ウィッチ居る?」

それは店でいくら待っても誰も出てこないので研究室まで覗きに来たラグナスであった。

 

 

 

「え〜と、それじゃあどうしてこういうことになったか状況を整理してみようか。」

『はい。』

 本人も最初は面食らっていたのだが、とにかく皆を落ち着かせ事態の打開を図ろうとするラグナス。ルルーとウィッチは疲れた様子で座り込み、シェゾと思われる狼の耳と尾(アルルは犬だと思っているがよく観察してみると狼だった)がついた少年は同じく兎の耳と尾がついているアルルと思われる少女を抱っこしている。何故なら少女が少年にぴったりくっついて離れようとしないからである。少女は少年の耳と尻尾に一目ぼれしてしまったようなのだ。年齢としては少年が十歳程度、少女は六歳程度といった所である。

「君はアルルなんだよね?アルル・ナジャ。」

「うん、ボクはアルルだよ〜。」

頭頂の耳をピコピコ動かし笑顔で元気良く返事をするアルル。

「そして、君がシェゾ・ウィグィィ・・・。」

「そうだ、何か文句あるか。」

少々不機嫌そうに答えるシェゾ。やはり耳がピクピク動いてる。

「ウィッチたちはみんなで魔法薬作りをしていたんだよね?」

「はい、そうですわ。」

「それで、アルルがぶつかったせいでルルーが調合に失敗して爆発が起こった・・・と。」

「・・・そうよ。」

ラグナスの言葉にウィッチとルルーが頷く。

「そして気がついたらアルルとシェゾがこうなっていたんだって・・・?」

「そうですわ。」

「そうなるわね。」

『・・・・・・。』

リアクションに困る三人。

「シェゾお兄ちゃん、おなかすいたよ〜。」

「おい、何か食べる物あるか?」

しかしすっかりお子様と化した二人には大人の事情なんてわからなかった。

 その後アルルが泣き出してしまい、シェゾが怒って魔導を放ちそうになったので、仕方なくウィッチの家に移動して、お茶にすることになった。アルルは嬉しそうにクッキーを頬張り、シェゾはアルルの口についたクッキーかすを拭いとってやる。何だか兄妹みたいだ。外見は似てないけれど。

「どうやら記憶も退行しているみたいだな。」

シェゾとアルルの様子を見つつ溜息をつくラグナス。

「私達のこと、わからないみたいだしね・・・。」

複雑な表情でルルーが言う。

「それにしてもシェゾさんて、子供の頃は面倒見が良かったんですのね。すっかりいいお兄さんぶりですわ。」

ウィッチが感心したかのように述べた。そう、シェゾは文句を言いつつも自分に懐いてくるアルルに優しくしているのである。

「でも、何でアルルとシェゾだけこんな姿になったんだろう?」

「そんなこと言われたって分かるわけないじゃない。」

ラグナスの言葉に眉根を寄せるルルー。

「シェゾお兄ちゃん、だっこ〜。」

「仕方がないな。ほら、来いよ。」

「うん。」

ラグナスたちの心配なんてそっちのけで、シェゾに甘えるアルルとアルルを甘やかすシェゾ。そういう所は前と変わっていないようだ。しかしお互い子供になり、ついでに獣耳と尾が生えているせいか、妙に可愛らしく映る。

「微笑ましいですわ〜。」

アルルとシェゾを観察して笑うウィッチ。

「アルル、またクッキーついてる。」

「うみゃ?」

シェゾがアルルの唇の横についていたカスをペロリと舐め取った。

 

 

 とりあえず、二人が元に戻る見通しは未だ立っていない。

 

 

 

 

 

<後書き>

 目指せ!ほのぼの系シェアルということで、書いてみましたが、結果は・・・(汗) 構想着火時点では「可愛らしいシェアル」というイメージしかなかったのに、そのシーンに持っていくまでに書いた部分は首を傾げたくなる出来上がりです。どこが可愛い・・・?この後の展開は皆様の想像にお任せします♪そんな投稿小説第三弾でした。え?二弾はどうしたかって??・・・聞くな!!(爆)

 それから、書いてて微妙だと思ったのがウィッチの立場。とりあえずシェゾを毛嫌いしているわけではなさそうなんですが、書いている本人もよく分からないです。シェアルの咬ませ犬でもなく、かといってシェゾを慕っているわけでもない。三角関係とかじゃない第三者って意外と難しいなあと思いました。

 

 

 

2005/05/23 UP