「い、いきなり何するのさ!シェゾの馬鹿〜!!」
しばらくしてショックのあまり放心していたアルルだったが、やがて我に返る。そしてまず心に浮かんだのは怒り。アルルは感情に任せて魔法を放とうとする。
(あれ・・・?)
しかし
「な、何で何で何で〜?えいえいえい!」
しかしどんなに騒いでも気合を込めてみても魔法は発動しなかった。
「ふむ。姿こそ完全に変化しなかったが、魔法を封じるのは予想通りできたようだな。」
「何だって!?」
シェゾの言葉にアルルが青ざめる。
(ど、どうしよう・・・!このままじゃ負けちゃう!!)
そうしてアルルがワタワタしている隙にシェゾは剣先をアルルの喉元に突きつけた。
「俺の勝ち・・・だな。」
シェゾが己の勝利を宣告する。
「・・・。」
対してアルルは無言だ。悔しそうに涙を浮かべてシェゾを睨みすえる。しかしシェゾそれを強い瞳で受け止めた。
「いいな、アルル・・・。」
アルルは唇を噛み締めると、コクリと頷いた。本来魔法薬の精製やそれに対して耐性を身につけるのも優秀な魔物であるために必要なことだ。今までシェゾがそれを用いたことがなかったから、アルルが魔法と剣、そして体術のみの勝負だと思い込んでいただけの話で、本来魔物達の戦いは弱肉強食、勝てば官軍、卑怯も何もあったものではないのだ。即ちどんな手を使われても勝ちは勝ち、負けは負けなのである。アルルはシェゾに敗北した。
戦いが終わり、シェゾは剣をしまった。アルルの耳は残念ながら丸一日はこのままであるらしい。当然魔法も使えない。本来ただの兎にしてしまう薬だったから仕方がないといえば仕方が無かった。シェゾは亜空間から何やら様々な道具を取り出している。アルルの魔力を吸収する準備だろうか。アルルは現場に放置された状態で月を眺めていた。
(ボク、負けちゃったんだな・・・。)
アルルは思う。シェゾが好きだからずっと側にいて欲しかった。自分を愛して欲しかった。でもアルルは負けてしまった。シェゾはアルルの魔力を吸収し、彼は自由の身になる。そして二人が再び出会うことはないだろう。
「アルル、覚悟はいいか。」
「あ、うん・・・。」
(ボクはもうすぐ死ぬんだよね・・・。)
アルルが知っている知識では魔力を全て吸収されることは死とイコールであった。
(でも、ある意味ずっとシェゾと一緒にいられるのかな・・・?)
シェゾが差し伸べた手を握るアルル。
(キミの一部となってボクは生き続けるんだね・・・。)
アルルは魔法陣の中で横にさせられた。シェゾが短剣でアルルの両手の甲と額に十字の傷をつける。そしてシェゾもまた自分の同じ箇所に同じ傷をつけた。
「シェゾ・・・?」
アルルの問いかけにシェゾは答えず、静かに呪文を唱え始めた。魔法陣が輝きを発する。アルルには何が起こっているのかほとんどわからなかった。そしてシェゾがアルルに近づき、彼女の右手の傷口に彼の左手のそれを重ねる。
「・・・あ、あああああああああああ!!」
体の中心を何かが駆け抜けていくような感覚がして、アルルの意識は弾けた。
アルルが気を失った後もシェゾは呪を唱え続けた。今度は彼女の左手のそれに彼の右手を添える。そしてその次は額の傷口を重ねた。さらにシェゾの詠唱が続く中、アルルの三つの十字傷から何か霧のような物質が抜け出す。キラキラと輝くそれはシェゾの傷口へと流れ込んでいった。恐らくこれがアルルの魔力なのだろう。月光に照らされたそれは場違いなくらい美しい光景だった。
「・・・ん、あれ・・・?生きて・・・る?」
アルルが目を覚ますとそこは自分の寝室だった。しかし彼女には自分が何故こうしてベッドで横になっているのかわからなかった。
「起きたか・・・。」
「シェゾ!?」
アルルは心底驚いた。何故なら二度と生きて彼と会うことはないと思っていたからである。
「どう・・・して?」
声が震えるのを止めることが出来ない。ベッドの隣に椅子を置いて腰掛けていたシェゾがアルルの額に手を置く。そこにはすでに何の傷も残っていなかった。
「気分はどうだ。」
シェゾが問う。
「・・・少し、だるい。」
考えた末、とりあえずアルルは答えた。
「多少、魔力を抜いた影響だ。すぐ元に戻る。魔力の方もその内取り戻せるレベルだ。」
「え・・・?」
シェゾの言葉にアルルは眉を顰める。自分の聞いていた話と違っていた。だから尋ねた。
「どうしてボクの命を取らないの・・・?」
「別に命を奪わんでも契約解除くらいできる。」
その言葉が信じられなくて、アルルは体の不調も無視して飛び起きた。
「嘘!だってボクの魔力を吸収するにはボクを食べちゃうんでしょ!?」
「まあ、血肉を食むのが一番手っ取り早くはあるがな。」
「だから・・・!」
「だが、それ以外の方法で魔力吸収をすることは可能だ。大体食うなんて手段は時間も知識もない連中が好んでやる方法だ。そんな奴らと俺を一緒にするな。」
「じゃあ、何で・・・。」
アルルにはシェゾの意図が分からなかった。
「命が懸かっていると思っていた方が本気をだしやすいだろう?」
「え?」
「お前は書物で学習するよりは実戦で鍛えた方が向いているみたいだからな。」
「シェゾ・・・。」
「魔法、大分使えるようになっただろう。」
「じゃ、じゃあキミはもしかして・・・。」
(全部ボクの為に・・・?)
シェゾの答えはアルルにとってあまりにも衝撃的だった。
「いや、自分の為だ。」
「でも・・・。」
嘘だとアルルは反射的にそう思った。
(だってキミの瞳は昔みたいに優しい・・・。ううん、本当はいつだって優しかったのに、ボクがそれに気づこうとしなかったんだ。ボクはキミに対してあんなに酷いことばかりしてたのに・・・。)
「シェゾ・・・。ボクは・・・ボクは・・・・・・。」
アルルの瞳が涙で潤む。視界が霞み、目頭が熱くなった。
「それにな、仮契約の解除には本当はそれ程魔力を必要としないんだよ。もちろん下っ端連中にはでかいが、お前みたいに魔力がある奴にとっては微々たる量だ。命に支障があったり、魔法が使えなくなるような事態は発生しない。だから安心しろ。」
シェゾがアルルの頭を撫でる。彼女が子供の時にしてやったように。アルルにとってシェゾの優しさはあまりに切なく痛かった。
「・・・じゃあ、俺はもう行くぜ。お前は厄介者がいなくなってせいせいするかもしれないがな。ちゃんと魔法の勉強は続けろよ。」
シェゾはそう言って微笑むと椅子から立ち上がった。
(厄介者・・・?ボクはそんなこと思ってないよ、シェゾ!)
「・・・ま、待ってシェゾ!行かないで!!」
アルルは必死になって叫んだ。今、言わなければいけない。自分の本当の気持ちを伝えなければならない気がしたのだ。アルルの懸命な叫びが届いたのか、立ち去りかけたシェゾがアルルの方を振り返る。
「お願い、シェゾ・・・。」
ボロボロと涙が溢れてくる。しかしアルルはそれに構っている余裕はなかった。
「お、お願いだよ。シェゾ・・・、ボクを独りにしないでぇ・・・・・・。」
「アルル・・・?」
シェゾは泣きながら訴えてくるアルルの意図を理解しかねていた。
「お前、俺のこと嫌っていたんじゃなかったのか?」
「ち、違うよ!」
(シェゾを嫌うはずなんてない・・・!)
シェゾの言葉を懸命に否定するアルル。
「だが、以前・・・。」
「あ・・・。」
アルルとシェゾ、二人の溝を作るきっかけになったアルルの言葉。シェゾはずっとそのことを気にしていたのだ。そしてアルルもまた・・・。
「違うよ・・・あんなこと言うつもりじゃなかったんだ。本当は・・・本当は・・・・・・。」
「アルル?」
「ずっとキミのことが好きだったんだ・・・!」
そう訴えて、アルルはとうとう泣き出してしまった。
「・・・ぼ、ボクは、ヒック、キミが好きで・・・対等になりたくて・・・。」
それでも想いを伝えたくて必死になって言葉を紡ぐ。
「でも・・・ック、ボクはキミみたいに魔法が使えないから・・・つりあわなくて・・・だけど、好きで・・・ック、諦められなくて・・・。」
シェゾはアルルの告白を静かに聞いていた。
「シェゾが好きシェゾが好きボクはキミが好きなんだ・・・。」
「アルル・・・。」
「お願い行かないで!ボクの側にいて!シェゾぉ・・・!!」
アルルは涙で前が見えない。シェゾの姿すら見えなくなっていた。それでも泣いて訴え続ける。
(シェゾ、キミが居ないとボクは胸が苦しくてきっと壊れてしまう・・・。)
「キミが居ない世界なんてボクには耐えられないんだ・・・。」
壊れてしまいそうなくらいに嘆くアルル。そんなアルルの体を優しく抱擁する温もりがあった。
「すまない、アルル。」
「シェゾ・・・。」
「俺はお前にずっと疎まれていると思っていた・・・。」
「そ、そんなことないよぉ・・・!」
シェゾの抱擁が少し強いものになる。アルルはシェゾの体に縋り付いた。
「お前の側に居ない方がお前の為になると思っていたんだ。」
アルルは首を振って否定の意を示す。
「アルル。」
「あ・・・。」
シェゾはアルルの頬に手を添えると未だ溢れ出す涙の雫を丁寧に唇で掬い取った。
「ずっと側にいてくれ・・・る?」
アルルは潤んだ瞳でシェゾの顔を見上げる。
「もう契約はないぞ。」
「ううん、それでいいよ。契約で無理やり縛り付けたシェゾはボクの一番好きなシェゾじゃないから・・・。」
アルルは儚いと思えるくらい淡い笑みを浮かべる。不安で押しつぶされそうな心を必死で支えている笑顔だった。
「・・・だから本当の自由なキミが側にいて?」
よく泣くのは子供の頃から変わらないのに、今シェゾを見つめているのはどこか知らない顔をした少女だった。それは所謂恋する者のみが持つ魅力的な表情でもあった。シェゾはそんなアルルに苦笑を浮かべる。そして額にそっと口付けた。そこは奇しくもシェゾがアルルから魔力を吸収するためにつけた十字傷のあった部分。
「シェ、シェゾ・・・?」
瞬く間に頬を紅潮させるアルル。そんなアルルの耳元でシェゾが何か囁く。その瞬間、アルルは一気に花開くような笑顔を浮かべた。本当に嬉しそうな微笑みだった。
やがてベッドの上で影が一つになるのを満月だけが見つめていた。
<後書き>
パラレルなシェアルです。吸血鬼アルルと狼男シェゾ。水無月にしては珍しくシリアスに挑戦してみました。これ『狼と兎』というテーマで書く必要があったのか少々疑問です。確かシェゾ→狼→狼男という連想をして、じゃあ兎はどうするんだ・・・という問題にぶち当たり、出来上がったのがこんな作品です。
そんな妄想小説第六弾ですが、実際の所、当時の締め切りに間に合うか正直ギリギリでした(笑) シリアスは慣れてないせいか完成に時間が掛かるのですよ、水無月は。それにしても珍しく小ネタすら思い浮かばなかった小説です。いつもシリアス書こうとしてもどうしてもネタを入れてしまってモドキになるのに・・・。
一応、続きネタとか裏設定とか続編が書けそうなエピソードがあったりなかったり・・・?
さて、問題です。この後二人はどうしたでしょう。
1=目くるめく裏の世界へ 2=普通にキスした 3=何もしないで一緒に寝た
・・・さあ、どれだ!?(爆)
*元々一つのお話でしたが、サイト掲載に当たり、少々長めのお話だったこともあり、二つに分けてみました。このシリーズはいつかまた書いてみたいと思っています。
2006/02/20 UP