事の起こりは今から数時間前。シェゾは自宅で闇の剣の手入れをしていた。別に錆びたり
「わははははは!こんな所に居たか、シェゾ・ウィグィィ!!」
いきなり高笑いを浮かべてサタンが彼の前に姿を現す。ノイズも何も無い見事な空間転移による出現だ。ハゲとかツノとかロリとか言われているが、腐っても鯛、馬鹿でも魔王である。しかしシェゾはサタンに目を向けることなく剣の手入れを続けていた。素敵な位にシカトぶちかましてくれている。
「おい!シェゾ!!」
「・・・。」
シェゾは無言で闇の剣を磨いていた。
「シェゾ!?」
シェゾは剣を磨いている。
「シェゾ?」
シェゾは剣を磨いている。
「シェゾ・・・さん?」
シェゾは剣を磨いている。
「もしもーし。」
シェゾは剣を磨いている。
「お願いだから無視しないで下さい切実に・・・。」
シェゾに無視り倒されて何だか切なくなってしまうサタン。彼はこう見えて結構寂しがり屋なのだ。お祭り好きで騒ぐのは大好きだが無視されるのは嫌いである。そんな子供みたいな性格があるのだ。
「・・・俺に何か用か、サタン。」
お義理とお情けでシェゾは哀れな魔王に聞いてやる。
「フッ、こんな所に隠れているとは探したぞ、シェゾ。」
「こんな所も何もここは俺の家だが。」
気取って笑みを浮かべるサタンにシェゾは冷静なツッコミを返してくれた。
「う・・・。」
そして早速言葉を詰まらせるサタン。シェゾはそれに構わず、自分の磨いた闇の剣を眺めていた。ひょっとしたら何か会話をしているのかもしれない。この剣は意思を持った世にも珍しい武器なのである。シェゾと闇の剣は精神的に同調し、意思の疎通からお互いの力を高めることまで可能な大事な相棒なのだ。
「それで何をしに来たんだ。」
何故か体育座りをして“の”の字を書きいじけ出すサタンにシェゾは声を掛ける。正直鬱陶しかったので、さっさと用事を済ませて出て行って欲しかった。
「フッ、知れたことよ!」
嬉しそうに勢い良く立ち上がるサタン。シェゾに相手をしてもらえて嬉しいのか、自分の目的が達成できそうで嬉しいのか、それは分からなかったが。
「貴様を二度とカーバンクルちゃんと我が妃に近づけなくするためだ!」
「・・・はぁ?」
シェゾが“何コイツ脳みそふやけた事言い出してるんだ?”とでも続きそうな顔でサタンに聞き返す。
「とぼけるな!私は知っているのだぞ。昨日カーバンクルちゃんとアルルがこの家に来て一緒に夕飯を食べたことを!!」
「あ〜、昨日はカレーだったからな。全くどこで嗅ぎ付けてきたんだか、カーバンクルが襲撃してきたんだよ。アルルが謝罪代わりに食材分けてくれなかったら、俺はこれから一週間飢えに苦しむ所だったぜ。」
実はカーバンクルは町で食材を買い込むシェゾを見つけ、その材料から夕飯はカレーであることを推測し、食事時を見計らって殴り込みをかけてきたのである。シェゾの料理はどうしてかは知らないが、カレー一つ採ってみても、その日に作ったものが二日間くらい煮込んだものに匹敵するほどの味に仕上がっている。とにかく美味なのだ。闇の魔導師を止めて料理人になってもきっと生活していけるだろう。そんなカレーを食欲魔神カーバンクルが見逃すはずがない。哀れシェゾはカレー以外の食材(約一週間分の買出し)もろとも食べつくされてしまった。アルルが食事時になっても家に戻ってこないカーバンクルに気づき、もしやと思い、シェゾの家に向かった時にはもう手遅れであった。つまり、カーバンクルは前科者なのである。気づいたアルルがまずシェゾの家に向かうくらいにはカーバンクルはシェゾの食事を襲撃しているのだ。
「一週間前なんぞ、貴様、アルルの家に泊まり込んでいただろう!?」
「一週間前・・・?ああ、アルルが勉強見てくれとか言ってきたあれか。次の日実力テストがあって、ここでしくじると長期休みに補習になるから何とかしてくれと泣きついてきてな。仕方ないから一夜漬けで詰め込めるだけ詰め込ませたんだが・・・あいつ大丈夫だったのか、マスクド・サタン校長よ。」
因みにテストはシェゾのかけてくれたヤマがばっちり当たったのでアルルは無事乗り切ることが出来たという。
「五月蝿い五月蝿い!カーバンクルちゃんと我が妃を年がら年中連れ込みおって!!」
「いや、年がら年中って、そんなには来ていないはずだぞ。しかも連れ込むというかむしろ向こうから勝手に飛び込んでくるんだが・・・。」
「黙れ!サタンブレード!!」
「な!?」
カキィィン
サタンの一撃を闇の剣で凌ぐシェゾ。
「いきなりどうしたんだ、サタン。それに人の家に来ていきなり暴れ出すな!」
「喧しい!貴様なんぞ二度とカーバンクルちゃんと我が妃に近づけない体にしてくれるわ!!」
「ぐわ!?」
サタンの放った魔力の衝撃波が防御してなお、シェゾの体を壁に叩きつける。
「これでも食らうがいい!」
サタンの手から放たれた光線がシェゾの肉体を貫いた。するとどうしたことか、シェゾの体には傷一つ無い。光線で貫かれた部分も出血所か服に穴さえ開いていなかった。ショックで気絶はしていたが。やがてシェゾの体が月のような淡い蒼白い光に包まれる。そしてシェゾの体はだんだん小さくなり姿もだんだんだんだん変化していった。その様子になす術も無かった闇の剣は声なき声で悲鳴を上げ必死に主であるシェゾに呼びかけたという。
カランッ
そんな音ともにシェゾの手からは闇の剣が落ち、シェゾの姿は自らの着ていた服の中に埋もれてしまった。そんなシェゾにサタンは足早に近づくと無造作にシェゾの服の中に手を突っ込んだ。そしてサタンが引っ張り出してきたのは、一匹の銀の毛皮をした兎であった。なお、この時闇の剣は自分が本当の人間だったら意識が遠ざかっていたかもしれないと後に語ったという。
「ほう。これはまた可愛らしい姿になったものだな、シェゾ・ウィグィィ。」
サタンは嘲笑ともとれる笑みを浮かべて兎を床に置く。流石に壁に叩きつけるとかいう真似はしなかったらしい。なお、動物虐待は犯罪です。動物愛護団体相手でなくても大顰蹙を買う可能性があります。というか逮捕されます。
「しばらくその姿で反省するといい。気が向いたら元に戻してやろう。」
そうしてサタンは立ち去ろうとし、床に転がった闇の剣に気づいた。
「ふむ、これ位のサービスはしてやるか。私の優しさに感謝することだな。」
そんな言葉を口にしてからサタンは指をパチンと鳴らす。すると・・・
ポンッ
というやたらコミカルな音共に闇の剣の居た場所に一人の人間が座り込んでいた。白い髪に褐色の肌、貫頭衣とズボンで構成された衣装。
「わ、我は・・・。」
呆然とする青年。
「人の姿はどうだ、闇の剣よ。」
「・・・魔王!」
青年はその黒い瞳でサタンを睨みつける。
「その姿でしばらくお前の主の世話でもしてやれ。因みに衣装はサービスだ。」
そういい残してサタンは空間転移で姿を消したのだった。
「・・・というようなことがあったのだ。」
『・・・。』
ダーク・・・もとい、闇の剣が事情の説明を終えた。そしてサタンを非難の目で見つめる外一同。
「不幸中の幸いに、この姿になっても我と主は意思の疎通が可能だから、何とか我を媒体に魔導を発動させることが出来た。だが、あまりいい方法ではないようだな。お互いの消耗が激しい。」
「本当に大変そうだね。シェゾ、大丈夫?」
アルルが心配そうに兎・・・もといシェゾを覗き込む。しかしシェゾは目をあわせようとしない。
「主よ、皆に知られたくなかった気持ちは分からないでもないがばれてしまったものは仕方なかろう。しかもカーバンクルは一発で我らの正体を見抜いたしな。いずれ誰かにはわかってしまう運命だったのだろう。」
闇の剣があまり慰めにならないことを言う。
「へ〜、カー君はすぐ分かっちゃったの?凄いね〜、サタンは分からなかったんでしょ。」
「グ!」
「う!?」
アルルの言葉に元気良く返事をするカーバンクルに思い切り経込まされるサタン。
「グッグググググ、グーグググ、ググ!」
「え?前に見たことあるから当然・・・て、ダークさん、というか闇の剣、前も人間になったことあるの!?」
「ああ、昔な。何代か前の我の主が変化に関わる魔導を研究していてな。魔導師というよりは錬金術師としての才があったらしく、無機物を生物に変える実験もやっていたな。あと、我のような意思のある武器を作ることに挑戦してみたりもしていた。」
「グ〜。」
「そ奴のことは私も覚えている。いつまでたっても子供のような夢を追いかけている娘だったな。自分が世界征服をした暁には戦争の無い社会福祉が充実した税金の軽い国を作るなんて言っていたぞ。」
「な、何だか凄い思想の方ですのね・・・。」
闇の剣とサタンのコメントに感心していいのか呆れていいのか迷うウィッチ。
「ある時、そのかつての主がな、ルベルクラクとカーバンクルの研究をしたいと言い出して、こともあろうか、魔王の城から攫って来てしまったのだ。いくら魔王が留守とはいえ無茶をしたものだと我も思う。」
「グッググ〜。」
「ねえ、ひょっとして、その人美人だった・・・?」
アルルが恐る恐る尋ねる。
「我の判断では確証は持てぬが・・・醜い容姿ではなかったと思うぞ。本人は童顔だと悩んでいたがな。」
「やっぱり・・・。」
アルルがガクリと肩を落とす。カーバンクルは可愛い女の子が大好きだ。恐らくそのかつての闇の剣の所有者に懐いてしまったのだろう。
「私がカーバンクルちゃんを迎えに来た時には悔しいがその娘とカーバンクルちゃんはすっかり仲良しになってしまったのだ。」
「・・・あのさ〜、ひょっとして、その人も妃候補とか言って追い掛け回したりしてたの?」
「お?アルル、気になるのか。」
「ううん、サタンのことは全然。でもそうだったらその人迷惑じゃないかな〜って。」
サタンの淡い期待をザックリ切り捨てるアルル。
「ううう・・・。そ、その娘は元々ある魔界貴族の嫁候補に挙がっていたんでな。私が手を出すわけにはいかなかったのだ。」
「まあ、その者に追い掛け回され今のお前のように迷惑していたと思ってくれればいい。」
「何だと!闇の剣よ、アルルのどこが私に迷惑してると・・・。」
「充分してるよ。それで?」
さらにサタンを経込ませて、闇の剣に続きを話すよう促す。
「簡単に言えば、かつての我の主とこの魔王は知己になった。」
「チキ?」
「友人・知人の類だ。」
「ふ〜ん。」
「アルルさん、そんなことも知りませんでしたの?」
「う、うるさいなぁ、ウィッチ!」
ウィッチの指摘に顔を赤くするアルル。
「それでカーバンクルがその主の元に居た時、何を思ったか我とカーバンクルの姿を人間にする実験をしてな、その時もこの姿になった。」
「えええ!それじゃあカー君も!?」
「いや、カーバンクルは変化しなかった。」
「・・・そうなんだ。あ〜、びっくりした。」
「おまけにしばらくこの姿のまま戻れず、元主殿に到っては研究にのめり込んでしまって、結局我が主とカーバンクルの世話をすることになってしまった。あと、何故かは知らぬがこの姿になるとカーバンクルの言葉が理解できるようになっていたのだ。」
「本当、不思議ですわね〜。」
闇の剣がカーバンクルを頭に乗せ、兎となったシェゾを抱いているせいか、アルルとウィッチの目の前には妙に微笑ましい光景が展開されていた。サタンはアルルの経込まされたこともあり、向こうで小さくなっている。
(和んじゃいけないと思うんだけど・・・。)
(和んでしまいますわ〜。)
アルルとウィッチの様子に居心地の悪くなるシェゾと闇の剣。因みにカーバンクルは闇の剣の頭上で鼻提灯を早くも膨らませていた。一応読者の方の為に補足説明させてもらうと、人間の姿になってしまった闇の剣はその間にカーバンクルといろいろあったらしく、それによりめでたく(?)友人同士になれたようだ。
「・・・うむ、悪いがそろそろ勘弁してもらえぬか。我が主がいい加減不機嫌になってきている。」
二人の少女にあれこれ興味本位で質問され、ただでさえ辟易していたというのに、シェゾが不機嫌数値を高めてきては、闇の剣としては大いに困る。しかしそんな闇の剣の気持ちなんぞ露知らずアルルがとんでもないお願いをしてきた。
「ねえねえねえねえ、闇の剣。シェゾ、抱っこさせて?」
「アルルさんずるいですわ!私にも抱かしてくださいな。」
「え〜、ボクが先に抱っこするの〜。」
「・・・まあ、抱かしてくだされば順番は拘りませんですわ。」
「そんな訳で、シェゾちょーだい★」
アルルが笑顔で腕を伸ばす。しかしそんな彼女達に面食らったのはシェゾと闇の剣である。アルルたちには聞こえないがシェゾは闇の剣の精神に懸命に訴えていた。抱かれるなんて冗談じゃないと。
「いや、その・・・主が嫌がっているので、我としては・・・。」
「え〜、そんな〜。抱っこさせてよ〜。こんなにシェゾ可愛いのに〜。」
「そうですわ。兎なシェゾさんを抱けるなんて滅多に無い経験でしてよ。」
「余計なお世話だ・・・と主は言っているのだが。」
「照れなくてもいいのに。ね、ウィッチ?」
「そうですわね、アルルさん。」
シェゾ・ウィグィィ、ある意味人生最大のピンチかもしれなかった。ジリジリと歩み寄ろうとするアルルとウィッチにやはりジリジリと後退する闇の剣。
「ま、魔王!早く主を元に戻してやってくれ!!」
「駄目〜!ボクが抱っこしてからなのー!」
「私もですわ!」
「一体、どうなったのだ?」
途中で話から抜けていたため展開が呑み込めないサタン。
「抱っこして頬擦りして一杯あちこち撫でてチューしてあげるんだから!」
「まあ!アルルさん、何て破廉恥な!!いくらシェゾさんが兎さんだからって・・・。」
「ふふふふ、だ〜か〜ら〜、そのシェゾはボクがゲットするのだ♪」
アルルが悦に入った笑みを浮かべる。
「そしたらた〜っぷり可愛がってあげるからねえ〜。」
この時のアルルはまるで獲物を狙う狼のように見えた・・・後にシェゾはそう述懐したという。
「・・・わかった。逃げるぞ、主。」
シェゾの逃げるという提案に闇の剣が小声で合意した。
「アルル・ナジャ、いっきま〜す!」
「その前にカーバンクルを返すぞ。」
アルルが突撃しようとする直前に闇の剣は頭上で寝ていたカーバンクルをアルルに投げつけた。カーバンクルは見事アルルに顔面ストライクする。
「うわ!?」
「グ!?」
「すまない、カーバンクル!」
「き、貴様!カーバンクルちゃんに何てことを!?」
アルルが勢い余って引っ繰り返る。そして後ろにいたサタンにぶつかる。サタンはアルルを支えようとして瓦礫の山(元ウィッチの店)につまずき、頭から突っ込む。
「あ、お待ちなさいですわ!」
その隙に闇の剣は猛ダッシュでその場を逃げ出した。その速いこと速いこと、流石にルルーの追跡を振り払っただけのことはあると言える。あっという間に姿が見えなくなってしまった。
「な、なんて逃げ足の速い・・・。」
「うそ〜、逃げられちゃったの〜!?」
出遅れたアルルの悲痛な叫び。
「ボクも抱っこしたかったのに〜。闇の剣ばっかりシェゾに一杯触ってずるいよ〜!」
一歩間違えれば(というか間違えなくても)誤解を受けそうな発言だった。
数日後、闇の剣はいろいろと困っていた。元々、彼とシェゾはウィッチの店で薬の材料を購入し、シェゾの指示に従って闇の剣が一時的にでもシェゾを元に戻る薬を調合するつもりだったのだ。サタンのかけた術がそう簡単に解けるとは思えなかったが、とりあえずシェゾ自身が呪文詠唱を出来るようになればいろいろと状況が好転する可能性があったからである。しかし、ウィッチの店はサタンが壊してしまったので(でもきっちりサタンに損害賠償請求するのは守銭奴なウィッチらしいとも言える)、簡単には必要な材料が手に入らなくなってしまったのだ。それでもシェゾが長年生きた
「か、カーバンクルよ・・・。」
闇の剣が戸惑いつつも話しかける。カーバンクルは狼の背中で不思議な踊りを踊っていた。どうも手の動きからして盆踊りの類のようである。
「これは本当にアルル・ナジャなのか・・・?」
「グ!」
「そうだよ〜。ボク、アルル〜☆」
確かの闇の剣の目の前にいる狼はアルルの声で話していた。
「な、何でまた・・・。」
どうして自分と主であるシェゾがこう厄介事に巻き込まれなければならないのか。闇の剣は柄にも無く運命を嘆きたくなる。だが、不運の原因はほぼシェゾにあると言っても過言ではないだろう。シェゾは傍目に愉快なくらい不運を呼び込む体質らしい。少なくとも今回の話では。そんなシェゾを主に選んでしまったのは闇の剣の不運と言えるのか。しかしながらシェゾと闇の剣は仲が良いようなので、それに関してはそう不運に思っていないのかもしれない。まあ、とにかく、頑張れ闇の剣。いつかきっといいことあるさ。
「え〜とね、昨日魔導学校で薬学の実験があってね。」
闇の剣の悩みなどお構い無しにアルルが事情を説明し始める。
「みんなで魔法薬を作ってたんだけど・・・その、そこで、その、誰かが・・・失敗したらしくてね・・・。」
段々喋りがたどたどしくなってくる。
「・・・その失敗した誰かというのは、おぬしか?アルル・ナジャよ。」
「な、何でわかったの!?」
闇の剣の指摘に狼姿のアルルは驚いたようだ。
「いや、我ではなく主が・・・。」
「ううう、シェゾやっぱり鋭い・・・。」
アルルは闇の剣に抱かれたままのシェゾをチラリと見る。シェゾは相変わらず、ふわふわで可愛らしい兎のままだ。
(う〜、何だかおいしそうだな〜・・・。)
アルルはぼんやりとそんな事を思う。どういう意味でおいしいと思っているのか、答え次第では危険な思想と言える。
「グ〜。」
「ああ、カー君、ごめん。続きね。それで失敗して爆発が起きちゃって、実験室の半分が壊れちゃったの。」
魔導学校の実験室はかなり丈夫な造りになっているのに、それを破壊するとは余程の威力と推測される。ちょっと顔が引き攣りそうになるシェゾと闇の剣。カーバンクルはアルルの話を聞きつつもやはり背中で踊っていた。今度は阿波踊りっぽい動きになっている。
「しかも変なガスが発生してみんな倒れちゃって・・・。」
とても笑い事では済まされないような打ち明け話である。
「急いで先生とかが解毒剤を配ったんだけど、数が足りなくて、ボク、ウィッチから手持ちも解毒薬借りたんだ。でも、それ飲んだら確かに痺れは取れたんだけど、この姿になっちゃって。きっとあの子ドサクサに紛れて新しい薬の実験しようとしたんだよ〜。」
ウィッチの薬を頼ろうとするアルルもアルルだが、事の発端が彼女であることを鑑みれば自業自得であるかもしれない。少なくともシェゾは密かにそう思っていた。
「というわけで、シェゾ、ボクを元に戻す薬を作って。」
もしシェゾが今まともに会話できる状態だったら大いに激しくツッコミを入れてくれただろう。シェゾだってまだ兎のままであるというのに、アルルを元に戻す薬まで作っている余裕はないはずだ。それを分かっているのかいないのか、ある意味マイペースでアルルらしい言動にシェゾは無言でいろいろ葛藤していたし、彼に精神的にリンクしている闇の剣もちょっとアルルから目を離してついつい遠い目をしてしまった。
「シェゾってさ〜、本当に美味しそうだよね〜。」
「は?」
アルルの呟きに聞き返す闇の剣。
「この前見た時も可愛くてふわふわでおいしそうだったけど、今は別の意味で美味しそうかもしれないね〜。」
「グ?」
「ああ、カー君は駄目だよ。シェゾはボクが戴いちゃうんだから。」
「お、おぬし・・・?」
闇の剣はシェゾを抱えたまま何となく一歩後退する。シェゾと精神が繋がっているせいか、所謂本能的に危険という感じがした。
「はむはむしたいなあ〜。本当、可愛くて、食べちゃいたいよ・・・。」
「!?」
アルルの瞳を彩るのは紛れも無い欲望だった。それを見て取ったシェゾはその瞬間悟る。“こ、このままでは食われる・・・!”と。どっちの意味でかは微妙だが。ひょっとしたら両方の意味で食べられてしまうかもしれない。本能的な恐怖に駆られたシェゾはいきなり空間転移を発動させた。
「あ、逃げた!」
またもや姿を消してしまったシェゾと闇の剣にアルルは
「ふっふっふ、でも今はボク、狼だもんね〜。シェゾの臭いもう覚えちゃたもん。捕まえちゃうよ〜。」
「ググ?」
「さあ、行くよカー君!」
アルルもまたシェゾを追って駆け出した。
「シェゾ見〜っけ!」
「こ、こんな所まで追ってきたのかアルル・ナジャ!?」
「食〜べちゃ〜うぞ〜?」
「うわあああ!我の主に何をする!?」
「グー!グー!グッグググ!」
「カーバンクル!応援していないでお前の主人を止めてくれ!!」
「グ〜?」
「ふふふふ、どんな風に食べようかな〜。」
「あああ!?本気でまずいぞ主よ!!」
「あ、ヤダ。シェゾ噛まないでよ!」
「い、今だ!逃げるぞ主・・・!」
「待ってよ!今日こそボクがシェゾをおいしく戴いちゃうんだからね!」
「グー!」
そんな不毛な鬼ごっこが二人が元の姿に戻るまで続いたとか続かなかったとか・・・。
<後書き>
悪ノリして同じテーマ『狼と兎』で書き上げた五作品目のお話がこれです。完全兎なシェゾと完全狼なアルル。これで一応コンプリート。シェアルなのに別のキャラが大活躍(死) 闇の剣の容姿は以前書いた『シェゾ・ウィグィィの割と平和な一日?』のそれと同じです。しかも今回の話ではカーバンクルと闇の剣が旧友という眩暈のしそうな設定が(爆)
他にもこんなオチの設定があったりしたのですが、結局形にはなりませんでした。参考までにどうぞ。
*アルルはウィッチの薬の効力が切れて自然に元に戻った
*元に戻った当初はそれなりにいろいろとドタバタがあったらしいが、シェゾ用に取っておいた服を追いはぎして事態は一応収拾の方向に動いた模様
*シェゾはザード(オリキャラ)とウィッシュの助力により元に戻ることができたらしい
これで何とかめでたしめでたし?
@なお、この話は投稿時は一つでしたが、サイト掲載の都合により二つに分けました。
2007/02/14 UP