明るい露天風呂有効利用計画

 

 

 

 

 

「シェゾ、温泉に行くぞ。」

「は?」

 突然言われたその一言に、シェゾは珍しく彼の前でキョトンとした表情を浮かべた。目の前に居るのは緑色の長髪で、黄金の角を生やし、怪しげな仮面を付けた、瞳の赤い男である。因みにここは魔導学校の図書室だ。生徒はいない。居るのは司書のアルバイトをしている(最近はパートタイマーっぽい)シェゾと彼の目の前の仮面男のみである。

「・・・ついにボケたか、サタン。」

「サタンではない。私はマスクド校長だ。」

「いつも言っていることだが、その変装に意味はあるのか?」

「現にアルルやルルーにはバレていないぞ。」

「というか、これで気づかないあいつらがどうかしている。」

「何だと!貴様、我の妃とルルーを侮辱する気か!?」

「あいつらはある意味では尊敬に値するがそういった意味では限りなく駄目だ。大体こんなに分かりやすいのになぜ分からん。視覚神経に異常でもあるんじゃないのか?」

シェゾは仮面男・・・もとい、サタンに対し、不機嫌そうな顔をする。

「まあ、冗談はこれくらいにしておいて・・・だ。一体何の用だ、サタン。」

「冗談だったのか・・・?」

「貴様のそのふざけた仮面姿を見ていると何故か毒を吐きたくなる。本気でなくてもな。どうせ、他に誰もいないんだ。その仮面を外せ。」

「・・・ふむ、よかろう。」

そう言ってサタンはマスクを外した。その瞬間、何かの気配が彼を中心に広がっていくのがシェゾには分かった。単なる魔導師では感じ取ることもできないような些細な違和感である。

「結界を張ったか。」

「流石に鋭いな。これでも私は校長だからな。いろいろと立場を隠さねばならんのだ。」

「貴様の事情に興味は無い。それで話は?」

シェゾがサタンに続きを促す。

「うむ、それでだな・・・温泉に行こうという話なのだ。」

「話が全く見えないぞ。」

「だから、それはこれから説明してやる。」

一言話す毎にツッコミを入れられては一向に話が進まない。

「まずはこの雑誌を見るが良い。」

 サタンは得意げに一冊の雑誌を取り出した。シェゾはそれを受け取るとまず表紙を見た。因みに表紙は例の黄色い軟体生物だった。そして雑誌名を読み上げる。

「“週刊ポンポコピー”。」

「なかなか良い名前であろう。」

「どこがだ!」

スパコーン

シェゾは目にも留まらぬ早業で手にした雑誌を丸めるとそのままサタンの頭に振り下ろした。ナイスツッコミである。

「いきなり何をする、シェゾ!」

「喧しい!何だこのふざけた雑誌は!?」

頭を押さえて痛そうに抗議する(でも実際は大したダメージではないと推測される)サタンに、シェゾは負けじと言い返した。

「何だと!この雑誌はな・・・この雑誌はな・・・人間界で唯一カーバンクルちゃんの特集を設けている雑誌なんだぞ!?」

「知るか!」

「因みに私のお勧めはジョルジュ・サタン先生著の“カーバンクルちゃん観察日誌”だ。」

サタンはどこからともなくもう一冊雑誌を取り出し、シェゾにそのページを見せる。一緒に掲載された写真にはカーバンクル以外の人物は顔の一部にモザイクが掛けてあった。そこにカーバンクルと一緒に写っている少女は青のミニスカートにブーツ、白のタンクトップ、そして魔導アーマーを身につけている。そして何より写真のカーバンクルには額部分に赤い宝石。

「・・・て、貴様のことだろうが!」

スコーン

今度は丸めた雑誌を棍のような形で持ち突きを放つシェゾ。その一撃は見事サタンの額に直撃した。

「大体この写真は何だ!?せめて白黒写真にしろよ!」

「むう、何を言い出すかと思えば・・・フッ、愚かだな、シェゾ・ウィグィィ。カーバンクルちゃんの愛らしさを表現するにはカラーが一番なのだ!」

サタンの言葉にまたもやシェゾが雑誌を振り下ろす。それを真剣白刃取りよろしく受け止めるサタン。

「そう何度も同じ手を食らうとぉハゴ!?」

強烈な衝撃がサタンの顎を襲う。そこにはシェゾの膝がメリ込んでいた。哀れその場に崩れ落ちるサタン。

「しかも、何だよ。このアングルは・・・。出版コード引っ掛かるぞ?」

「み、見えそで見えないチラリズム・・・ふが!?」

シェゾは後頭部を踏みつけることで強制的にサタンを黙らせることに成功した。

「全く、こんな写真が撮られているなんて知ったらアルルが怒り狂うぞ。」

写真はカーバンクルを中心に取られていたので一緒にいたアルルのスカートの中が今にも見えそうな仕上がりになっていたのだ。

「ほい、いひはへんびほほあひほほへぼ。」(注:おい、いい加減にその足をどけろ。)

「おっと。」

 サタンのぐもった声にようやく踏んでいた足を退けるシェゾ。まるで漫才コンビのような二人である。

「さっきから何をするのだ、シェゾ。貴様のせいでちっとも話が進まないではないか。」

「それは俺のセリフだ!」

バキッ

シェゾの回し蹴りがサタンの首に炸裂した。確かに話が進まない。

「そろそろ真面目に会話しようとする努力ができんのか、貴様は・・・。」

「貴様が大人しく私の話を聞いていればすぐ終わると言うのに・・・。」

「今度は地獄突きを食らいたいのか・・・?」

「いや、今から真面目に話そうと思っていたのだ。」

シェゾの剣呑な視線を受けて、サタンは顔を引き締める。

「とりあえず、このページを見て欲しい。」

そう言ってサタンがシェゾに示した記事は・・・。

「“今夜はこれで決まり★素敵な温泉宿!混浴露天特集”・・・?」

「そう!ここに載っている宿はみんな露天風呂が混浴なのだ!!」

「で?」

得意気に言うサタンにシェゾはさして興味もなさそうに問いかける。

「で、“で?”って・・・貴様本当に男か?」

「貴様の目こそ節穴か。この俺のどこが女に見えるというんだ。そこまで耄碌[もうろく]していたのか?」

「それは貴様の方だろう・・・。温泉だぞ?混浴なんだぞ!?これで燃えないのは男じゃない!!」

「あっそ。」

「反応が薄〜い!」

今度はサタンが繰り出した拳をあっさり避けるシェゾ。

「ううう・・・避けるなんてずるいぞ!」

「誰も当たるなんて言ってない。」

シェゾの発言ももっともである。随分と経込まされて体育座りをしながら床に『の』の字を書くサタン。体格のいい男のこういった様は正直言って鬱陶しい。シェゾは闇一閃を放ちたい衝動に駆られるがここが学校の図書室であることを思い出し寸前の所で我慢する。万が一貴重書を駄目にして損害賠償請求をされたら堪らない。

「それで?温泉がどうかしたのか。」

仕方がないのでシェゾから話を切り出してやる。

「そう、温泉だ。だから温泉旅行へ行くのだ!」

何が『そう』で何が『だから』なのか皆目不明であるが、サタンは堂々とそう宣言した。

「・・・貴様に思考回路は相変わらず理解に苦しむ所だが、要はこの雑誌を見て温泉に興味を抱いたということか?」

「その通り!」

シェゾの言葉に馬鹿馬鹿しいくらい輝いた笑顔でサタンが答える。これでもシェゾは何だかんだでサタンと付き合いが長い人間だ。少しは彼のぶっ飛んだ思考パターンを推測することが出来るようである。彼曰くサタンの頭は『単純すぎて逆に分かりにくい』らしい。

「本来なら旅行はカーバンクルちゃんとアルルの二人きりで行きたい所だが・・・。」

「それ、二人きりと言わないんじゃねえのか?」

「いちいち上げ足を取るな!・・・と、とにかくだな。最近はルルーにカレーをご馳走してもらったこともあるし、キキーモラはいつも真面目に働いてくれているし、Bキキーモラは有給休暇を寄越せと訴えてきているし、ウィッチには校長室を魔法薬の失敗作で破壊されたし、いろいろと世話になっているからな。太っ腹なサタン様としては日頃の労いも兼ねて皆を旅行に連れて行ってやろうと思ったのだ。」

「ふ〜ん、でも最後の一つは何か違わないか?」

さり気なくシェゾがツッコミを入れているがサタンは自分の語りに集中していて聞いていない。

「そこで温泉旅行だ!海と山に囲まれた絶景、そして選り取りみどりの自然の幸。湯煙漂う情緒溢れた光景の影に密かに発生する連続殺人事件・・・!」

「貴様はサスペンスドラマの見過ぎだ!」

「のは!?」

ドカッ

シェゾの踵落としがサタンの脳天に決まった。

「大体殺人事件なんて起きたら慰安旅行じゃなくなるだろ。」

溜息混じりにシェゾが述べる。それにしてもおちゃらけ魔王にここまで付き合ってやる彼は結構律儀だ。そしてサタンはシェゾの踵落としが決まった際、うっかり舌を噛んでしまったらしく、涙目になって痛みに耐えていた。

 

 

 

 さて、サタンの状態が回復して何とか口を開けるようになった所で、現在の状況を整理してみよう。サタンはある雑誌の特集記事により温泉に興味を持った(どちらかというと混浴にか)、そして温泉旅行を計画した。自称優しく心の広い魔王様は皆を誘って出かけようと考えた。・・・何だか整理するほどのことでもなかったようだ。

「・・・そういう訳で、心優しいサタン様は貴様も誘ってやろうというのだ。」

“エッヘン”とでも擬音語が付きそうな態度でサタンが言う。

「断る。俺は忙しい。」

しかしシェゾの返事はつれないものだった。

「何故だ!温泉だぞ?混浴なんだぞ!?我が妃と私が二人っきりで一線越えちゃってもいいというのか!!?」

「いいじゃねえか、勝手に頑張れ。どうせジュゲム食らうだけだろ。」

自分の首を絞めているようなサタンの発言に端から無理だというように相手にしないシェゾ。サタンの妄言にいちいち付き合っていたらこっちの身が持たない。

「うぐぐぐぐ・・・、し、しかもだなあ!その言い草は何なのだ!?せっかくこの私が貴様を誘ってやったというのに!“ありがとうございます、サタン様。光栄の至りです”とか言えんのか?」

「誰が言うか!」

バシンッ

シェゾは丸めた雑誌でサタンの横っ面を叩いた。さらにサタンが持っていたもう一冊を奪い取り、バンドのドラムよろしく連打連打連打。

ボコボコバキメコッ・・・ドラララララララララララララ(効果音)

「はごふごめぎょのはまにゃみにょのひめほりょ〜!?」

目にも留まらぬバチ・・・もとい雑誌捌きに悲鳴とも奇声とも付かぬ声を上げるサタン。

ズシャーン

シェゾがフィニッシュを決めるのとサタンが床に転がるのはほぼ同時だった。

「フン、意外と使えたな。この雑誌・・・。」

「・・・。」

サタンは無言だがちょっと面白い顔になってしまっている。きっとルルーが目撃したら悲鳴所では済まないだろう。シェゾはそんなサタンをチラリと見遣ると、手の中の雑誌二つに火をつけて灰にした。換気に関しては元々窓が開いているので問題ない。

「全く・・・。」

「ど、どうしても・・・参加しないと言うのか?」

何度怒突かれても不死鳥の如く這い上がるサタン。かなりよろめいてはいたが。

「しない。」

「旅費は私が出すのだぞ?」

「それで?」

「旅館の設備はちゃんとしているのだぞ?」

「だから?」

「食事だって一級品なんだぞ?」

「それがどうした。」

「ちゃんと個室も用意するぞ?」

「・・・さっきから思っていたんだが、どうしてそんなに俺を誘いたがるんだ。」

普段のサタンならシェゾが行かないと言えばアルルとの仲を邪魔する人材が減って一石二鳥と喜びそうである。

「そ、それは・・・。」

視線をそらし言葉を詰まらせるサタン。

「だ、だから・・・だな。やはり皆を誘うのに・・・その、貴様だけ誘わんというのは気の毒だと思って・・・だな。」

「ふ〜ん、なら俺は誘われなくても気にしないから、楽しんで来い。」

そもそもシェゾは大人数で騒ぐよりは、一人もしくは気の合う数人と何かする方を好むタイプなのである。

「そ、そんな事を言わんと、ここは一つ貴様もだな・・・。」

「しつこいぞ。」

「と、とにかく・・・いいから来いと言ってるだろうが!」

「それが他人に頼むセリフか!?」

「何だと!どうしてこの私が貴様なんぞに頭を下げねばならん!?」

「だったら俺を誘わなきゃいいだろうが!」

何度断ってもしつこく食い下がってくるサタンにシェゾは辟易した。

「貴様が来んといろいろこっちだって困るのだ!」

「だから、それでどうして俺が行かなければならないことになるんだ!?」

不毛な言い争いの果てにしばし沈黙が訪れる。

「・・・いいから、正直に話してみろ。誤魔化さずに嘘偽り無くな。条件次第では考えてやる。」

 とうとうシェゾの方が折れてサタンに譲歩を提案した。シェゾとて読みたい本やギルドの情報から興味を引いた遺跡があったりとか、いろいろしたいことはあったのだが、このままでは一向に話が解決しないと考えたのである。

「じ、実は・・・だな。私も最初はアルルとカーバンクルちゃんだけを誘おうと思ったのだ。」

(やっぱりな・・・。)

サタンの告白にシェゾは内心頷いていた。

「でもアルルが皆で行った方が旅行は楽しいと言ってきてな、私も皆で騒ぐのは嫌いではないからそれでもいいと考え直したのだ。何と言っても他でもない我が妃のお願いであるしな。」

「ほう。」

適当な相槌を打ちながら司書の本来の仕事でもある蔵書整理(サタンが来るまで行っていた)を再開するシェゾ。

「だが、混浴ともなれば我が妃の・・・その・・・裸がだな・・・他の男の目に晒されるかもしれん。」

「いい歳して何赤くなってるんだ、貴様は。」

柄にも無く照れたように頬を紅潮させるサタンにシェゾは冷めた目を向ける。この魔王様はハーレムだって持っているはずなのに、童貞小僧のような反応をしてくれる。シェゾは正直気持ち悪いと感じたのだが、ここで話の腰を折ってはいけないと、じっと我慢した。

「だから招待するならルルーやウィッチといった女の子だけにしようとしたのだ。当然貴様やラグナスは無しだ。」

「なら、何故俺を誘う気になった。」

「だってだって〜、アルルが貴様も一緒で無いなら旅行行かないって言うんだもん!」

幼子が駄々を捏ねるような仕草で訴えるサタン。気色悪いことこの上ない。

ドゴッ

シェゾは無言でサタンの頭にすぐ側に有った百科事典(当然分厚い)を振り下ろしたのだった。流石のサタンも度重なるシェゾのツッコミ(一種の殺人奇拳?)により『ばたんきゅ〜』状態に追い込まれる。そしてシェゾは手にした百科事典の角が経込んでいないか確認すると、手早く片づけを済まし、速やかに図書室を後にしたのだった。こうしてサタンの『露天風呂有効利用計画』は幕を閉じたかに見えたのだが・・・。

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えばさ〜、シェゾの家にお風呂もある意味露天風呂なんだよね。温泉だし、天井から空見えるし。」

「そう言われてみればそうだな・・・。」

 薄明かりの中に少女と青年の声。時折水のはねる音。湯煙に隠れて二つの影が絡み合う。風の悪戯に、垣間見れる情景は銀の色彩、金茶の輝き。

「でも、行きたかったな〜、温泉旅行・・・。」

「温泉旅行ねえ・・・。ああ、そうだ。今度潜ろうと思ってるダンジョンの近くに秘湯があるって聞いたんだが、お前も来るか?」

「えええ!いいの!?」

少女の歓声。波紋が広がり揺れる水。

「ギルドの情報じゃ、それ程性質の悪い魔物は出ないって話だぜ。ただ、古代魔導時代の奴だから隠し部屋の一つや二つありそうだけどな。今回はお宝目当てというよりは純粋に俺の知識欲探求のためだし。それで良かったら連れてってやるよ。」

「うん!行く行く!絶対行く!!」

「じゃあ、決まりだな。」

形は違えど『露天風呂有効利用計画』・・・どっかの誰かさんはちゃっかり有効活用しているらしかった。

 

 

 

<後書き>

 一応・・・妄想テーマ『露天風呂の有効利用』でお送りしました。相変わらずコメディです。シェアル色が薄いです。むしろシェゾとサタンの漫才です。この二人アルルの事さえなければ結構仲良くできそうな気がするのは水無月の気のせいでしょうか。あとどうでもいいことかもしれませんが、この二人お互いの呼び方がどちらも『貴様』でややこしいです。

 こんなお話ですが、投稿先の同盟では割と皆様に好評をいただけたようです。

 

 

2011/05/01 UP