1、はじめての・・・
アルル・ナジャ(四歳)は森で道に迷っていた。親に内緒でこっそり遊びに来たのだが、それで迷子になっているのだから笑うしかない。しかもかなり奥の方に入り込んでしまったらしく、最早道なき道を歩いているような状態だった。
「ううう・・・。」
鬱蒼と茂る森は日差しを遮り薄暗く、時折獣達の咆哮も聞こえる。いつモンスターが出てくるのかも分からない。
(こ、こわいよ〜。おとうさん、おかあさん・・・!)
今にも泣き出しそうだった。しかも道に迷い歩き回って足は疲れている。それでも立ち止まってしまったらいけないと感じ、歩き続けた。きっと一度足を止めてしまったらもう動けなくなるような、森から出られなくなってしまうような気がしていたのだろう。無意識の内に。
「ここ、どこ・・・?おうち、かえりたいよ・・・ふ、ふえ・・・。」
怖くて寂しくて、アルルはすでに涙を浮かべていた。
ガサガサガサガサ・・・
そこへ突如聞こえてきた大きな物音。恐らく木々の茂みを掻き分けていると思われる音だが、幼いアルルにはそんなことは分からない。
「な、なに・・・?」
怯えたアルルが後ずさる。徐々に大きくなっていく音。否、音源である何かが近づいてきている証拠だった。
「う、うわ!?」
足元を疎かにしたままだったアルルは木の根に躓いて転んでしまう。そしてアルルはこれにタカが外れてしまったのか、火が付いたように泣き始めた。
「うわあああん!おとうさ〜ん、おかあさ〜ん!こわいよ〜!こわいよ〜!」
この場にいない両親に助けを求めるアルル。しかし、彼女を守ってくれる人は叫んでもこの場に現れてはくれない。
「うえええん!うわあああん!ひっく、えぐぐ、こわいよぉおお・・・!」
尻餅をついた体勢でアルルは泣きじゃくっていた。その間にも茂みを掻き分ける音は近づいてくる。そして・・・
「子供・・・?」
森の中から姿を現したのは一人の青年だった。
「人の気配がすると思ったら・・・こいつだったわけか。」
青年は泣き続けるアルルをしげしげと眺める。彼の名はシェゾ・ウィグィィ。世間一般様から見たら世にも恐ろしい闇の魔導師様だが、傍目には銀髪碧眼の顔の良い兄ちゃんである。実は彼も迷子だった。遭難者と言った方がいいかもしれない。
「おい、お前・・・。」
「!?」
シェゾが話しかけると、亜麻色の髪と金茶の瞳を持つ幼女(笑)と目があった。涙に濡れた大きな瞳が彼の姿を映しこむ。突然話しかけられたことに驚いたのか、アルルはいつの間にか泣き止んでいた。そしてまじまじと自分に話しかけてきた人物を見つめる。先程も述べたが、このシェゾという男、顔だけは抜群に良い。たとえ黒尽くめの魔導スーツ姿でも怪しいより先にエライ美形な兄ちゃんやな〜と思われるくらいには美人な男だったりする。
「・・・。」
実際アルルも幼いながら、彼に見惚れてしまっていた。少なくとも涙が引っ込むくらいには衝撃的な出会いであったらしい。もしかしたら、単に人がいて安心したのかもしれないが。ひょっとしたらアルルにはシェゾがこの状況から助けてくれる救世主に見えていたのかもしれない。
「お前はこの辺の集落の奴か?悪いがそこまで案内し・・・て、出やがったか。」
シェゾが言葉を途中で切って、忌々しげに舌打ちした。そんな彼の態度が怖かったのか、アルルの肩がビクリと震える。しかし彼はアルルの方を見ていなかった。
「・・・お、おにいちゃん?」
恐る恐るアルルがシェゾの様子を伺うと、彼はすでに剣を手にしていた。鞘がある訳でもないのに、どこから取り出したのか。アルルは不思議に思う。普通の子供なら刃物を恐れるかもしれないが、生憎アルルはただのお子様というわけではない。何より透き通るような綺麗な刃が芸術品の類・・・要は危険物ではなく“綺麗な物”として認識したのである。
グルルルルル・・・
ガサガサガサガサ・・・
「な、なに・・・!?」
「チッ!」
獣と唸り声と思われるものと、また何か茂みを掻き分けていくような物音。今度は一体何が近づいてきているのか。アルルの瞳に一度は治まったはずの涙がまた浮かび上がる。
「ひぁ!?」
そして木々の間から飛び出してきたのは、数匹の獣だった。見た目は犬に似ている。大型の野犬といった風情だ。しかし剥き出しの犬歯はありえないくらい鋭く長い上、長い毛並みから突き出るようにして牡山羊のような角が生えている。その背後にもまだ十匹近く獣がいるのが見て取れた。
「あ・・・う・・・あ・・・。」
驚きのあまり未だ呆然としているアルル。そんな彼女にチラリと視線を向けるシェゾ。
「おい、そこのガキ。」
「うえ?」
「いつまでそこに座っている気だ。食われたいのか?」
アルルではなく獣に鋭い視線を向けたままシェゾが言う。
「死にたくないならとりあえず立て。」
「は、はい!」
まるで親か幼稚園の先生に叱られた時のようにアルルは慌てて立ち上がった。怖くて仕方がない気持ちがあるのは確かだったが、立たなくてはいけないような気がしたのである。それでも縋るように目の前にいたシェゾのマントを握ってしまったのはいささか仕方がないことだろう。
「グァウッ!」
「うわ!?」
獣の内一匹が吠えたのを合図に前にいた二匹がシェゾとアルルのいる方へと飛び出してくる。元々疲れていた体に襲い掛かられる恐怖が加わり、足が竦んで動かないアルル。そんな中で、シェゾは咄嗟に彼女の体を脇に抱えると、剣を振るって走り出した。
「おい!街道は!?どっちだ!!」
「○×▲▽×□●○!?」
獣達の追撃をかわしつつアルルに怒鳴るようにして尋ねるシェゾ。しかしアルルはパニックを起こしてしまい、何も答えられない。
「おい!街道はどっちだと聞いている!」
「×◆○▼△××□!?」
そんなこんなでドタバタしていたら、獣の一匹が彼らの元へと突っ込んできた。
「・・・チッ、アイスストーム!」
シェゾが牽制にアイスストームを放つ。その冷気は獣の前足を凍りつかせ、獣は悲痛の鳴き声を上げて、引き下がった。その隙にシェゾはアルルを抱えたまま森の中を走り抜けていく。その後を他の十数匹が執拗なまでに追いかけてきた。
「お、おにいちゃん!まだついてくるよ・・・!」
シェゾに小脇に抱えられたままの体勢で、アルルが後方を覗き込めば、殺気立った獣達が自分達を追跡してくるのが分かる。その内一匹とアルルの目が合った・・・ような気がした。そうアルルが認識する間もなく、獣が飛び掛ってくるのが彼女の視界に映った。
「ガウッ!」
「!? ふぁ、ファイヤー!!」
ゴゥウッ
獣の行動に驚いたアルルは思わず魔導を放っていた。アルルの生み出した火炎が、獣の顔面部分を直撃する。ついでに空中できりもみして地面に叩きつけられたりしたのだが、その辺はシェゾの足が止まらずに進んでしまったのでアルルからは確認できなかった。
「お前・・・。」
この時になってようやくシェゾはアルルに魔導力があることに気づいた。何せ前述してあったと思うが、シェゾは遭難者である。空腹や森から抜け出すことや獣や魔物への注意で頭が一杯で、それどころではなかったからである。現在もこの状況では力に気づいた所で吸収とか言ってる場合ではない。
「・・・よし、お前!」
「ふ、ふえ?ボク・・・?」
シェゾが少し思案をした後、アルルに話しかける。アルルはしばしキョトンとした後、自分のことを呼んだのだろうかと考えた。
「そう、お前だ。お前は魔導が使えるんだな。」
「え、えと、でも・・・。」
「少なくともファイヤーは使えるな。」
「う、うん・・・。」
それほどたくさんの呪文を使いこなせるわけではないが、全く使えないわけではない。
「俺は逃げるのに専念するから、お前は後ろの連中しっかり見てろ。それで追いつかれそうになったらぶちかましてやれ。」
「へ?」
「こいつらは呪文に耐性があるから時間がかかるが、森から外に出られない習性がある。だから街道とか集落に出れば追ってこられないんだよ。」
「え、えと、でも、おにいちゃん・・・は?」
先程シェゾがアイスストームを使っているので、彼が魔導を扱えることはアルルにも分かっている。彼が追い払ってはくれないのだろうか。子供独自の短絡さで彼女は疑問をそのまま口にする。実際、彼一人ならどうにでもなったであろう。そう、彼一人ならば。
「あ〜、俺はちょっと・・・な。」
しかし、咄嗟にアルルを掴んで逃げようとしてしまったため、彼は現在片手が塞がった状態である。そのため、剣を振るうにしろ魔導で応戦するにしろ、いろいろ面倒臭かったのである。悪く言えばアルルが彼のお荷物だった。さらに逃げるために敵から背を向けたままでいるのである。もっともシェゾの場合、本当に間合いに入ってきたら気配で分かるのだが、アルルにはそんなことは分からない。
(それにしても何でだ?)
普段ならこんな子供放置して自分だけ逃げてもおかしくないというのに、自分は彼女を助けてしまった。シェゾは自分の行動が分からず困惑する。この子がいないと道が分からないからだろうか。それにしたって名前も知らない行きずりの子供を助けるなど、何だか妙な感じがした。
「おにいちゃん?」
「とにかくお前が何とかしろよ。」
「うにゃ!?」
そしてシェゾはいつの間に手にした剣を消したのか、今度は両手で抱き上げるようにしてアルルを持ち上げた。丁度アルルの頭が彼の肩に載り、後ろが見える体勢になる。一方アルルは急に変わった視界に目を白黒させながらも、どうにかシェゾにしがみついた。
「ほら、頑張れよ。」
背中をトントンと叩かれ、アルルは目の前に過ぎ去っていく景色とシェゾの顔を交互に見比べる。
「・・・うん、わかった。」
実際はあまりよく理解していなかったのだが、とにかくこの場は自分が頑張らなければいけないということだけは、何故かアルルもストンと理解できてしまっていた。
「ボクがあのこたちをあっちいけすればいいんだね。」
アルルはシェゾが走っている故に伝わる振動に我慢しながらも、後方でこちらの様子を伺いつつ追いかけている獣達をじっと見つめていた。
「ファイヤー!」
「ギャウ!?」
「おお、その調子だぜ。」
獣達に追いかけられつつも、アルルは何とか襲い掛かってくる相手を呪文で牽制していた。一方、シェゾも走りながらようやく獣道というかある程度踏み固められている地面に気づいていた。この調子なら、森を抜けるのも不可能ではないだろうと、おぼろげながらに判断する。それと同時に腕の中の子供にも感心した。ギャーギャー泣き叫ぶだけの役立たずならいつ放り捨ててもおかしくないが、彼女は怖がりつつも追っ手にきちんと攻撃をしている。
(子供ながら大した度胸だぜ。)
それでも呪文を放った後は泣くのをこらえるように彼の肩口に顔を埋めていた。時折、変な鳴き声も漏らしていたが。耳障りな泣き声が響かないだけマシだろうと、シェゾはそう判断する。
「・・・ふぅ。おにいちゃん、まだもりからでられないの?」
アルルは何度も魔導力を使って疲れたのか、若干呼吸を乱しながらシェゾへと尋ねる。泣かないように頑張ってはいたが、正直アルルは不安で一杯だった。今のアルルには自分を抱いているシェゾしか頼れる相手がいない。もし彼の答えが悪いものであったらどうしようかと考えるだけで怖かった。
「いや、何とか目星はついてきたぞ。」
「めぼし?」
「もう少ししたら森から出られそうってことだ。」
「ほんとう!?」
シェゾの言葉にアルルの表情が明るくなる。
「ボク、ちゃんとおうちにかえれる?」
「・・・まあ、多分な。」
尋ねるアルルにそうシェゾは答えたものの、シェゾはアルルの家がどこにあるかなんて知るわけがないので、安請け合いも言い所である。どうもこの頃から彼は自分の言葉に対する責任感に欠けていたようだ。まあ、そのおかげで後に付けを払わされることになるのだが。
「む・・・。」
「おにいちゃん?・・・あ!」
シェゾの前方(アルルから見ると後方)に何か見えた。進行方向を遮るようにして、のそのそと獣道を横切ろうとしている物体がある。
「ぷよだな。」
そう、そこにいたのはぷよぷよとした軟体生物(注:中には固いモノある)である。色合いも豊かなら性格も豊かで、ある程度の実力者にとっては雑魚扱いされる、そんな生き物である。一般人にとっては凶暴化しているぷよでも十分脅威だったりするが。
「ど、どうする・・・の?」
「これくらいなら呪文一発で逃げるだろ。いいから、お前は後ろ見張ってろ。」
「おにいちゃんがやっつけるの?」
「そうなるな。」
「がんばってね!」
「はいはい・・・。」
そんな会話をしている内にアルルとシェゾはぷよに接近していた。
「ブリザード!」
シェゾの呪文一閃。逃げ惑うぷよを冷気が襲う。その隙にシェゾはぷよの脇を擦り抜けるようにして走っていった。もしかしたら後から迫ってきている獣とぷよで何か起こるかもしれないが、そんなことはシェゾの知ったことではないし、アルルもそこまで頭が回らないので問題ないだろう。
やがて二人は森が拓けた場所・・・即ち街道へと足を踏み入れた。木々の中から飛び出せば、道の向こうにある川原は茜色で、いつの間にか空は夕焼けに染まっていた。
「ここまでくれば、大丈夫だろう。」
そう言ってシェゾは抱き上げていたアルルを下に降ろした。
「あ・・・。」
アルルは少し足をふらつかせたものの、しっかりと地面に足を踏みしめる。
「・・・それで、この辺に見覚えはあるか?」
「え、えっと・・・あ!あのね、あそこのたかいところ、ボクのむらのなの。」
「あれは火の見
街道の続く先にある分かれ道。その一方は川に渡された橋があり、さらにその向こうには村と思しき建物と人の生活している証拠である煙が立ち昇っている。
「それじゃあ、行くとするか。」
間もなく日も暮れる。このまま旅を続けるよりは一度集落に入り、この辺りの地理についての情報を手に入れるのもいいだろう。そう判断して、シェゾはアルルと一緒に村に向かって歩き出した。
「おにいちゃんもむらにいくの?」
「一応・・・な。」
「じゃあ・・・て!」
「は?」
シェゾがアルルの言葉を怪訝に思っていると、彼女はその小さな手を目一杯伸ばして、シェゾの空いている手をキュッと握った。
「いっしょにいくなら、て、つなごう!」
ニッコリと無邪気な笑顔でアルルが告げる。前から述べているが、普段のシェゾならこんな子供の言うことなど、あっさり無視しているのだが、先程まで一応協力して敵から逃げていた状況だからか、何となく無下にするという選択肢も憚[はばか]られる。
(まあ、たまには・・・こういうのも構わんか。)
旅は道ずれ世は情け。時には子供に対して優しく振舞っても罰は当たらないだろう。
「仕方ないから、ついでに村まで送ってやるよ。」
「いっしょ〜いっしょ〜らんらんら〜ん♪」
シェゾは珍しく特に嫌がりもせずにアルルと手を繋ぎ、アルルはアルルで、森で迷子になっていた時の元気のなさはどこへやら、ご機嫌に鼻歌混じりに歌い始めた。
「そういえば、お前の村って宿屋はあるのか?」
「やどやって?」
「村人以外の奴を泊めてくれる家でもいいが・・・。」
「・・・ボク、よくわかんない。」
「そうか。」
時折話をしながら、二人は街道を下り、橋へと差し掛かる。ここを渡ればもう村の入り口だった。夕日が川の水面に反射し、キラキラと眩しい。どこからともなく夕餉の香りが漂ってくる。この先に続くのは人々が平和な営みを続けている村だろう。
「あ、そうだ!おにいちゃん、たすけてくれてありがとう!」
「・・・お前もよく頑張ったな。」
丁度橋を渡り終えた所で、アルルは思い出したように言った。やはり無邪気な笑顔を浮かべ、少しだけ手に力を込めて。そんな彼女にシェゾは柔らかい表情を浮かべ苦労をねぎらう発言をする。夕方独特の長く伸びた影が寄り添うように、二人の後ろにあった。
<後書き>
捻りがないかもしれませんが、『初めての“出会い”』という形でお題を使用してみました。実は昔シェゾとアルルは会ったことがあるんだという設定。別に深い意味はないですけど。
お子様アルルと朴念仁シェゾの遣り取りが主ですが、単なるシェゾ+アルルの話という感じですね。だってこの状態で手を出したらビジュアル的にはロリコンになっちゃいますから。シェゾが(笑) そして十二年後、彼らはお互いのことなどさっぱり忘れて、例の邂逅を果たすわけです。
2006/08/17 UP