2、光と闇

 

 

 

 

 

 太陽の光の下、少女は笑う。亜麻色の髪と金茶の瞳が、陽光に照らされて柔らかな色彩を周囲に投げかけている。少女はいつも笑顔だった。明るく優しい光の申し子、それを象徴するかのように少女は光属性の魔導力を持っていた。そして少女の周囲は、彼女に影響されたかのように、笑顔が多く溢れていた。

 

 

 

「でも、魔導力が“光”だからって心も“光”だなんて、誰が決めたの?」

 

かつて少女のドッペルゲンガーは言った。

 

 

「人の本質は混沌だ。心に光と闇を内包している。」

 

ある青年のドッペルゲンガーはそう言った。

 

 

 

 では、少女の心はどうなのか。光なのか、闇なのか、どちらでもないのか、それとも両方を含んでいるのか。少女は子供故に自分が白だと思っていた。彼女の周囲の者もそうだと信じていた。彼女の心は白く清らかな光。それを疑う者はまずいなかった。しかし、少女の心にはすでに“闇”が芽生えていた。本人も気づかない間に、そうとは気づかない形でそれは確かに芽吹いていた。

「止めておけ。お前まで闇の染まる気か。」

それに最初に気づいたのはある青年だった。恐ろしく顔の整った銀の髪と深い青の瞳を持つ青年は、不快も露に顔をしかめる。

「何の話?闇だなんて、キミじゃないし、ボクには関係ないよ。」

青年の言葉に彼女はそう答える。そしてまた少女は笑顔を振り撒いた。青年は不機嫌そうな顔で彼女を見ていた。少女は笑っていた。ずっと笑っていた。青年の瞳に彼女を案じる色が浮かんでいたことを無視して、少女は笑顔を絶やさないでいた。

 

 

 

 

 

 そして、月日は流れていった――――――――――・・・。

 

 

 

 

 

「やあ、久し振り。」

 闇の堕ちた少女はかつて彼女に忠告を与えた青年に対し笑顔で手を振る。かつて光の中にいた頃と変わらない笑顔で。

「キミってばすぐどっかに行っちゃうんだもん。捜しちゃったよ。」

青年はそんな少女に冷たい眼差しを向けたまま、その場に佇んでいた。彼女に何か言うでもなく、懐かしい顔に対する感慨を浮かべるでもなく、ただ彼女を見ていた。

「でも、ようやく見つけた・・・。」

クスクスと少女は笑う。無邪気な笑顔を浮かべ、彼女は青年へと近づいた。青年は無言のままである。

「会いたかったよ。」

少女は青年の前までやってくると、彼の背に手を回した。そして彼の胸に自らの頬を押し付け、彼女は恍惚とした表情を浮かべる。

 

 

 

「・・・いい格好になったな。」

 どれくらい時間がたっただろうか。先に口を開いたのは青年の方だった。その声音にはどこか侮蔑する響きが込められている。しかし少女は平然と彼の言葉を受け流していた。かつて彼の忠告を無視した時のように。

「そう?一応キミに合わせたつもりだったんだけど。」

少女が顔を上げると、青年と目が合った。少女のいでたちは黒地を基調としたワンピースで、かしこにレースがあしらわれているというもの。ふわりとしたスカートの丈がまるでカクテルドレスのようで、どこか場違いな印象があった。それは過去の彼女の記憶とのギャップもあったのかもしれない。かつての彼女は青と白を基調とした衣装を好んで身につけていた。黒を好んだのはかつての青年だった。

「でも、キレイでしょ?」

少女は笑う。無邪気に笑う。蠱惑的なまでに、無邪気に。そう、無邪気に・・・。

「いや、醜いな。」

 そんな彼女の言葉を青年は否定した。しかし少女は彼の言葉に怒ることもせず、どこか楽しそうでさえある。そして彼女は続く言葉を紡ぎ始めた。

「そぉお?純粋な黒ってキレイだと思わない?宝石とかさ。」

「鉱物ならな。今のお前はそうじゃない。」

淡々と青年は述べる。

「・・・堕ちたものだな。」

青年の言葉に少女はさらに笑みを深くした。

「ボクは望んで今のボクになったんだよ。」

青年は何も答えない。

「種を植えたのはキミだけどね・・・。」

そして少女は青年を抱く腕に力を込める。

「キミにその気があったかどうかは知らないけどね。それをボクは望んで育てただけの話。」

少女はまたクスクスと笑った。

「キミとボクは種の育て方も違ったし、咲いたものも違うけど・・・。キミのは凄くキレイだよね。漆黒のガラス細工みたい。・・・繊細で、鋭くて、それでいてキレイなキミの心そのもの。」

「・・・フン。ならば貴様はさしずめ陰で這い[つくば]っている[ツタ]のようなものだな。」

「そうかもしれないね・・・。」

青年が浮かべるのは嘲笑。それでも少女は笑う。瞳に夢見るような色をたたえて。

 

 

 

「ボクの力、まだ欲しい?」

 唐突に少女は青年に尋ねる。しかしその問いに彼が答えることはなかった。それでも彼女はそんな彼の答えを知っているかのように話を進める。

「ボクは欲しいなぁ・・・。キミが育てた“闇”の華。」

青年は少女に射抜くような視線を向けた。彼女はうっとりとした表情で彼を見つめ、その鋭い視線を受け入れる。絡み合った視線は互いに何を伝えるというのか。

「・・・貴様にくれてやるつもりはない。だが、見たければ勝手についてこい。」

青年は少女の腕を外し、彼女に背を向けた。漆黒のマントが翻る。それを彼女は見つめていた。少女の脳裏にかつて青年が彼女の前から姿を消した時の記憶が蘇る。奇妙な既視感。あの時とはこんなにも状況が違うというのに。

「うん、勝手にする。」

そう言って少女もまた、彼の後を追った。青年の言葉は受け入れでもなく拒絶でもなく。あの頃と変わらず彼女に対して線を引くようで。少女は昔、それに気づかなかった。そして気づいてしまえば、線の内側に踏み込む方法を知らない彼女は諦めるしかなかっただろう。けれども、今は違うのだ。少女は線に気づいていて、踏み込むことを躊躇[ためら]わない。けれども蹂躙[じゅうりん]せず、優しく“華”を手折る機会を狙っている。

「・・・それとね、ボクの“華”はキミのものだよ。」

彼が種を植えた華。少女が望んで育てた華。この華は彼だけに触れる資格があるのだから。あの青年だけが少女の心を暴き、種を埋め込み、咲かせた華を狩ることができる。そして青年の華に触れ、実を結ばせることが少女の望なのだから。

 

 

 

 

 

 少女の心に宿るもの。それは闇色に咲いた“恋”の華――――――――――・・・。

 

 

 

 

 

 

 

<後書き>

 ダークなシェアルですね。大筋は結構前に作ってあったんですが、いろいろと分かりにくいかもしれないと思います。一応加筆修正してみたのですが、少しは分かりやすくなっているといいなあ・・・と思います。

 名前は出していないですけど「少女=アルル」・「青年=シェゾ」となっております。何と言うか・・・改めて読み返してみると、『光と闇』というよりは闇だらけ?(オイ)

 

 

2007/07/22 UP