3、ダンジョン
アルル・ナジャ、十六歳。性別、女。職業、魔導学校の学生・・・つまりは見習い魔導師。人類皆兄弟・・・じゃなくて、会う人皆友達(やや語弊あり)な方針の、そんな少女である。
「よし!カー君、行くよ。」
「グッググー!」
ミニスカートタイプの青いワンピース、胸と肩を守る魔導アーマー、魔導師の必需品(?)である杖。そんないでたちの彼女の隣には黄色い魔導生物カーバンクル。長い舌と額の赤の秘宝石ルベルクラクが特徴である。現在この一人と一匹はある遺跡を攻略していた。彼女の趣味は魔導師の間では割とポピュラーな遺跡探索なのである。暇さえあればアルルは相棒のカーバンクルと一緒に様々なダンジョンに突撃していた。魔導師への依頼なども取り扱っているギルドで目ぼしい情報を手に入れては、時折友人・知人を誘って遺跡に潜る。大抵は一人で動くことの方が多いけれど、仲間がいる時は一人で探索するのとはまた違った楽しみがあった。
「ライト!」
暗くて視界が悪かったため、アルルは魔導で生み出した明かりを杖に灯す。別に火で作った
「あそこの角を曲がっただけでこんなに暗くなっちゃうんだね〜。」
「グー。」
カツカツと石畳を歩く音が響く。アルルはカーバンクルと一緒に道を歩く。通風孔でもあるのか、空気は悪くない。壁にはアルルにはよく分からない幾何学紋様。もしかしたら何らかの意味があるのかもしれない。
「う〜ん、全然分かんないや。やっぱりシェゾ引っ張ってくれば良かったかな〜。」
シェゾ・ウィグィィ、年齢不詳。性別、男。職業(?)、闇の魔導師・・・でも剣士としての才もある。古代魔導にも造詣の深い、発言にいろいろと問題のある顔は良いのに人付き合いの悪い人物である。アルルとシェゾは出会いからしていろいろあったものの、現在は喧嘩友達という感じの関係に落ち着いている。アルルとしては彼の顔が大変好みなので、彼が勝負を仕掛けてきさえしなければ、もっと仲良くなりたいなどと思っていたりする。
(いや、ああ見えて結構優しい所あるし、魔導師としても剣士としてもかなり優秀だし、でも天然なのかたまに変だし、運が悪いみたいだけど・・・うん、悪い奴じゃないもんね。ちゃんと仲良くなりたいんだけどなあ・・・。)
最近はアルルの努力の成果なのか、彼の態度が大分軟化しているように思われる。それでも意地っ張りなのか、素直ではない反応をシェゾは示していた。
「もうちょっと愛想良くして親切になれば、きっとモテるのにね〜。」
「グー?」
「本当、顔は良いのに・・・もったいないな〜。」
そんなことをブツブツ呟きながらアルルは遺跡内の通路を進んでいく。
「グー!」
その間、固ぷよをカーバンクルがお馴染みのビームでぶっ飛ばしたことをアルルは気づかない。
「・・・あ!そうするとシェゾの良い所知ってるのボクだけだったりするのかも。それって何か特別って感じ?うん、いいかも。」
何やらアルルは“特別”ということにこだわりというか思い入れがある様子である。それともシェゾに対して何か思うところがあるのか。
「ルルーとかとも相性悪いし、ドラコはサタン派みたいだし、問題はウィッチとセリリちゃん辺りかな〜・・・。」
こうしてアルルが何やら考えている間にカーバンクルは赤ぷよを三匹丸呑みにした。しかしそれにも彼女は気づいていなかったりする。
「まあ、付き合いが長いから悪い所も知ってるんだけど、それはそれで・・・。」
ここでどういう発想に行き当たったのか、アルルの頬がポポポッという感じで赤くなっていく。
「うわ!?もう、ボク、何考えてるんだろ!こんなこと考えるなんて、シェゾの変態が移ったんじゃあるまいし・・・。」
「グー?」
顔を赤くして杖をブンブン振るアルルをカーバンクルが不思議そうに見つめている。本当に一体何を考えたのかこの娘は。
「・・・独り占めしたいなんて、本当重症だよ。」
何となく天井を見上げてポツリとアルルが呟いた。
「アアイスストーム!」
ダイアキュートにより威力の増幅されたアイスストームが進行方向を立ちふさがる敵を凍てつかせる。
「えい!」
さらには残った敵を杖で殴り飛ばし、戦闘はアルルの勝利で終了した。
「う〜ん、結構モンスターとか多いのかな、ここ・・・。」
ギルドで手に入れた情報ではそれほど大変そうに思えなかったが、やはり短期間で攻略するのは無理そうである。
「それにちょっと疲れた・・・かな。カー君は平気?」
「グ!」
「そっか。まだ元気なんだね。」
隣で踊っているカーバンクルに尋ねると元気の良い返事が返ってきた。
「じゃあ、もうちょっと進もうか。」
「グー!」
そして一人と一匹はまた歩き出す。ところが・・・
カチッ
『!?』
ゴゴゴゴゴ・・・
カーバンクルが躓いて転んだ時、何かのスイッチが入るような音がした。そして重音的な物音も。
「こ、これはまさか・・・。」
「ググー・・・。」
段々と騒がしくなってきている気がする音が背後から聞こえてきて、アルルは嫌な予感を覚えつつも後ろを振り返った。
「げげ!?」
振り返った先にあったのは、巨大な大玉。通路一杯ギリギリのそれが間違いなくこちらに転がってくる。古典的ではあるが極めてオーソドックスな罠の定番だった。
「カー君、走るよ!」
「グー!」
そして逃亡。全力疾走。転がってくる大玉に踏み潰されないように、アルルとカーバンクルは逃げる。
「もう!何でこんなベタ過ぎる罠が〜!?」
それは多分の書き手の趣味です(水無月はレ●ダースとか好きだし)
「あ!カー君、ここ右に曲がるよ!!」
「ググ!」
十字路に差し掛かり、アルルは右の道へと方向転換。そしてさらに通路を駆け抜ける。万が一追尾機能が付いているトラップだと途中で道に曲がったくらいでは振り切れない。アルルはとにかく走った。逃げる最中、魔物が出現していないことがせめてもの救いである。
ゴロゴロゴロゴロ・・・
アルル達の逃亡の甲斐なく石の大玉は迫ってくる。
(もう嫌だ〜!)
アルルはちょっと嘆きたくなってきた。この状態では立ち止まって回復アイテムを使用することさえできやしない。
「こ、こういう時にシェゾみたいに空間転移できたら楽なのに・・・!」
そんなことを考えているアルルだが、自分がワープといった魔導を使うことには思いあたらないらしい。それだけ走ることで頭が占められているともいえた。
「カー君!次左だからね!」
「グッググー!」
そしてアルル達は辿り着いた丁字路。道の突き当たりにある二つの別れ道。アルルは左を選んだ。そして左の道に飛び込んですぐ、彼女の視界に飛び込んできたのは行き止まり。
「嘘!?」
正解の道は左ではなく右だったのか。このままもし追いつかれた大玉が左に転がってきたら間違いなくアルルは潰されてしまうだろう。
「ど、どうしよう・・・。」
パニックを起こしつつもアルルの顔色はみるみる青くなっていく。
「こ、こうなったら・・・大玉がこっちに来たところをジュゲムで・・・!」
大玉を逆に砕く迎撃方法しかないのかもしれない。アルルはそう考えた。そして行き止まりである壁を支えにジュゲムを放つ体勢を取ろうとする。
ガコンッ
「え・・・?」
ところが、体重を預けた途端、壁が抜けた。
「あ、ちょ・・・冗談でしょ〜!?」
「グー!?」
そしてアルルの体はそのまま崩れた煉瓦と一緒に奥の暗闇へと吸い込まれていく。
(誰か・・・!)
闇に落ちる最中、アルルの脳裏に過ぎったのは銀色の髪をした男の横顔だった。
「グーグー!ググ!ググググー!」
「ん・・・。」
アルルが気がつくと、カーバンクルが心配そうに顔を覗き込んでいた。どれくらいの高さから落ちたのかは分からないが、どうやら落下した際のショックで気絶してしまったらしい。
「あれ?ボク・・・痛っ。」
起きようとしたら頭が酷く痛む。もしかしたら気絶した原因は落下のショックというより頭をぶつけたせいだろうか。まとまらない思考でアルルはそんなことを思う。
「グー・・・。」
「ううん、大丈夫だよ・・・ちょっとまだ動けないけど・・・。」
心配そうにアルルを呼ぶカーバンクルに何とかそう答えた。けれども背中が痛い。体がジンジンする。後頭部がズキズキしている。手のひらがヒリヒリする。生理的な涙が浮かんでいた。
「・・・ごめん、カー君。もうちょっと待って。」
(そしたら、ちゃんと――――――――――。)
アルルは目を閉じる。どこかでトクトクとした脈動を感じる。手首だろうか首だろうかそれとも心臓だろうか。いや、場所などはどうでもいいのだ。肝心なのは自分が生きていること、そして動けるかどうか。さらには戦えるかどうか。体力は・・・多分その内回復する。空腹感は特にない。
(というか、今食べたら多分吐くし・・・。)
自己分析という名のセルフツッコミ。アルルは自分の状態を判断していく。魔導力に関しては、呪文を連発したわけでもないので、恐らく大丈夫だろう。起きたらまずヒーリングでも唱えておこう。出血をするような傷はないと思いたい。捻挫や骨折はあるのだろうか。とりあえず打撲や擦り傷くらいは確実にありそうな気がする。
(あ、体の痺れは治まってきた感じ。)
ジンジンと体全体に及んでいた痺れと痛みが引いてきた。手のひらや肘などは多少痛いが我慢できない痛みではない。相変わらず頭はズキズキするが。それでも今度は何とか起き上がることができそうである。
「うっし!充電完了。」
改めて気合を入れ直したアルルは、勢いをつけて身を起こした。その反動で眩暈を起こし、十数秒へたり込むことになったのは、仕方がないといえば仕方がない現象だ。
「グー!」
「うん、カー君、ちょっと待ってね。一応、ヒーリングかけるから・・・。」
カーバンクルの呼びかけに返事をしつつ、アルルは回復に努めることにした。少し頭の痛みのせいで集中できるか不安だったが、その痛みを何とかするための治療でもあるのだから、それもまた仕方がないといえばその通りだろう。
「ライト。」
回復が終わると、今度は視界を確保するため、アルルはライトを唱えた。アルルの手から生み出された光の玉がフワリと宙に浮き、辺りを照らす。周囲に他のモノがいる気配はない。落ちる前に持っていた杖はパッと周囲を見渡したけれど、見つからなかった。カーバンクルがそのつぶらな瞳でアルルを見つめている。
「カー君、杖、どこだか知らない?」
「グー。」
尋ねてみるものの、カーバンクルはあるのかどうか分からない首を横に振り、否定的な答えを返した。
「そっか。安物じゃなかったからちょっともったいないけど、ないなら仕方ないよね。」
アルルはカーバンクルを抱き上げて立ち上がる。
「上から、落ちちゃったし・・・ここ、遺跡のどの辺りなんだろう?」
老朽化していたのか、元々隠し扉のつもりだったのか、単なる罠の一環か、壁が崩れた理由を確認する術はない。アルルはとにかく意識を切り替えて、この場から移動することにした。
ライトの明かりを頼りにアルルとカーバンクルはトコトコと歩く。空気が何だか湿っていて、それでいて鼻にツンとくる臭いがした。アルルは不快感を覚えつつも、カーバンクルの小さな体を抱きこみ、前進する。ところどころ老朽化しているのか、崩れ落ちた瓦礫のようなものに躓きそうになりつつも、アルルは足を進め、ようやく小部屋のようなものを見つけた。
「これは・・・。」
崩れかけた本棚に引っかかっている本が数冊。そっと手に取ってみれば、意外としっかりした手触りの表紙。恐らく防腐効果のある魔導が付与されているのだろう。割とよくあることだった。本棚にそういう効果を付与しておき、それを反映して本の劣化を防ぐ。もっとも、この場合は本棚自体が先に壊れてしまったようだが。降り積もった埃を適当に払い落として、本を開く。
「よ、読めない・・・。」
本の中身はアルルにはとてもではないが読めない言語で書かれていた。別の本を開いてみる。
「こっちは・・・ミミズののたくったような文字にしか見えない・・・けど、多分筆記体とか繋げ文字とかそういうの・・・なんだよねえ・・・?」
やっぱり駄目だった。
(こういう時シェゾがいたらブツブツ言いながら解説とかしてくれるのに・・・。)
シェゾは知識に関してアルルの遥か上をいくので、この場にいれば何か分かるかもしれないが、生憎彼はここにはいないので仕方がない。
「でも、一応持って帰ろうかな。貴重な本だったりしたら、シェゾ喜ぶかもしれないし。」
アルルには読めないので価値が分からないが、読める人には価値ある代物かもしれない。そう考えて、先程より丁寧に埃を払うと空間圧縮袋(荷物入れ)に本を入れた。
「それにしてもどうしよっか、カー君。」
「グー・・・。」
どうやらこの小部屋でこの辺りは行き止まりらしい。どこかに埋もれた通路や階段があるのかもしれないが、この部屋にくるまで歩いた限りでは見つからなかった。
「グ!ググ!」
「え?何・・・あ、魔法陣!?」
何を見つけたのか、カーバンクルが部屋の端へと近づきアルルを呼ぶ。そしてアルルがそこへ目をやれば、ボロボロの恐らくは絨毯か何かの成れの果ての下に、幾何学模様と文字の羅列が形成されていた。アルルはライトの光を強め、無造作に布を横にずらす。
「転送用の魔法陣・・・だよね。ちょっとよく分かんない記述もあるけど。」
現れたのはダンジョンでも時々見かける、各階に飛んだりするのに使われる魔法陣らしきもの。
「あれ?“θΩθ”て、どこかで・・・あ!思い出した。シェゾに勉強教えてもらった時の解説でそういう記号の話してもらったのの一つだ!」
(確か特定のキーワードで術式を作動させるタイプの魔術記号だって言ってたよね。)
それは『開けゴマ』といった言葉なのかもしれないし、何か好きな食べ物かもしれないし、もしかしたら格言やことわざといったものであるかもしれない。
「確かシェゾはキーワードも大抵魔法陣の中に書いてあるって言ってたけど・・・どれのことかな。」
アルルには良く分からない記号と文字の羅列のように見えても、魔導的には何らかの意味があるはずである。仕組みを分かっている人間には解読可能なそれがあるはずなのだ。
「ううう・・・分かんないよ〜。カー君は分かる?」
「グー?」
「・・・わけないよね。はあ、どうしよ。」
キーワードが分からなければ魔法陣は作動しない。そして魔法陣の転送機能が働かなければここから出られない。八方塞だった。まだ魔導力に余裕はあるが、このままずっとここにいるわけにもいかない。食料だっていつかは尽きる。何もしなければ待っているのは飢え死にか、そういった末路だろう。
「ううん、冗談じゃないよ!」
アルルは慌てて首を振り、床の魔法陣に向き直った。
(何とか頑張って解読するんだ!)
珍しく真剣に、彼女は床に書かれた記号を凝視する。学校で習った知識、もしくはシェゾが時折披露した雑学を、頭を振り絞って思い出す。
「う〜ん、う〜ん・・・。」
「グー・・・。」
カーバンクルが見守る中、アルルは頭を悩ませつつも魔法陣の解読に努めた。しかし・・・
「あー!やっぱり全然さっぱり分からないぃいいいいい!?」
およそ十四分で挫折した。あと一分我慢すれば十五分でキリが良かったのに、何とも惜しい結果である。
「グー・・・。」
「ボク、こういう魔法陣開発した人尊敬するよ・・・。」
先人の成果は偉大である。アルルは遠い目をして溜息をついた。
「・・・もうこなったら、イチかバチか!るいぱんこー!!」
自棄になったアルルは起死回生を掛けて、“るいぱんこ”を唱えた。この呪文は何が起こるか分からない博打的要素を兼ね備えた魔導で、ド●ゴンクエストでいうところのパルプ●テ(ジャンル違いにつき一応伏字)と同等の代物である。もしかしたら、魔法陣を作動させるヒントが見つかるかもしれないし、解読できる人を呼び出せるかもしれない。果たしてアルルは賭けに勝てるのか。その結果は・・・
ダンッ
「うだ!?」
なんと、何もない天井から人が降ってくるというものだった。
アルルの生み出したライトの光に、床に落ちた人物の姿が浮き上がる。ついでに尻餅を突いた形の落下のせいで、一緒に埃とかも舞い上がっていたが。そのせいで咳き込んでしまうアルルとカーバンクルと恐らくるいぱんこの効果で召喚された男。その黒尽くめで銀髪の人物は、何故か右手にスプーンを握っていた。
「な、何だぁ・・・?」
空気の動きも落ち着いた所で、座り込んでいた男が立ち上がる。左手で大雑把に服に付いた埃を落とし、周囲に視線を向けた。そして、彼を凝視しているアルルと目が合う。
「あ、アルル!?」
驚いて声を上げる男。
「や・・・。」
「や?」
「やったー!成功だー!シェゾだー!!」
「は!?」
万歳のポーズを取るアルルに銀髪の男・・・つまりシェゾは目を見開くのだった。
「やったね、カー君!」
「グッググー!」
何が何だか分からないといった態のシェゾに対し、アルル達は大した喜びようである。アルルはシェゾなら魔法陣を解読して、ここから脱出する方法を見つけられると信じて疑わなかったからだ。
「あのね、あのね、シェゾ、早速で悪いんだけど、この魔法陣解読して作動させて。あ、ついでだからこの後一緒にここのダンジョン攻略しようよ!もちろん本とかはキミにあげるし、そうじゃないアイテムは山分けでいいからさ〜。」
「い、いや・・・ちょっと待て!」
笑顔で要求と提案をしてくるアルルにシェゾは一先ず会話を止めようと試みる。
「どうかしたのさ?」
「どうかした・・・じゃないだろうが。そもそもここはどこだ。何故俺はこんな所にいる。俺はさっきまでパキスタの店でカレーを食っていたはずだぞ。」
「あ、だからスプーンなんて持ってたんだ。」
「またお前が何かやらかしたのか?」
どうもシェゾの中では自発生型のトラブルはサタン(原因)で、誘発性型のトラブルはアルル(強制巻き込み)という方程式が成り立っているらしい。何はなくとも怪しければ疑ってみるようだ。
「やらかしたって・・・別に変なことはしてないよ。るいぱんこ唱えたらシェゾが出てきただけだもん。」
シェゾの言葉に唇を尖らせて答えるアルル。
「は?」
「遺跡探索してたらさ、ちょっとトラブルあって、閉じ込められちゃったみたいで。そこにある魔法陣から何とか脱出できそうかな〜て思ったんだけど、作動のためにキーワードが分かんなくて。ほら、“θΩθ”て、前シェゾが言ってたでしょ。特定のキーワードに反応する術式に使うって。」
「ああ、そういえばそんな話もしたな・・・。」
「それがここに書いてあるんだけど、そのキーワードがボク分かんなくて。もちろん、ちゃんと陣を観察して考えたよ。でも分かんなかったんだよ。知らない記号もあったし。」
ここで実は十四分で彼女が挫折したことは彼が知らないので幸いといえるだろう。
「それでもしかしたら何かヒントが出るかもしれないし、何かひらめくかもしれないとか思って、るいぱんこ唱えてみちゃった♪ ちょっと予想してたのとは違うけど、シェゾなら解読できるでしょ?だから、一応成功だよね☆」
アルルの説明にシェゾは絶句するしかない。
「だからさ〜、シェゾ、お願い!」
パチンと両手を合わせて拝むような姿勢をとるアルル。そんな彼女にシェゾはかなりの脱力感を覚えていた。
「お前という奴は・・・少しは人の都合も考えろ!」
「え〜!?だってシェゾもよくボクの都合を無視して勝負しかけてくるじゃないか。だから、お互い様でしょ。」
「う、うぐ・・・。」
アルルの主張に言葉を詰まらせるシェゾ。
「・・・だ、だからってなぁ、俺は食事中だったんだぞ。まだ半分くらいカレーだって残って――――――――――ああ!?」
「うわ!どうしたの、シェゾ。いきなり大声出して。」
「お前がいきなりこんな所に呼び出しやがったから俺は会計済ませてないぞ!食い逃げになるじゃねえか!?どうしてくれるんだよ!これからパキスタの店に行けなくなったぞ、俺は!!」
ジリ貧生活をしている時ならまだしも、懐に余裕があるのに、食い逃げ犯の汚名を着せられ、店に出入り禁止になるなど、かなりの屈辱である。
「別に後で帰ってからお金払えばいいじゃないか・・・。」
「それでもし信じてもらえなかったらどうするんだよ。」
「・・・じゃあ、ボクも一緒に行って事情説明してあげるから!ボクとカー君は店の常連さんだからパキスタとも結構仲良いし。シェゾ一人よりは説得力あるだろうから、ね?そんなに怒んないで。」
あまり怒らせるとせっかく呼び出したのに自分を置いてシェゾが帰ってしまう危険性があったので、アルルは低姿勢だった。
「ちゃんと責任とってくれるんだろうな?」
「もちろんだよ!」
「・・・じゃあ、付き合ってやる。」
「やった!シェゾ、ありがとう!!」
「だ、だからって抱きつくな!?」
嬉しさに思わず抱きついてしまったアルルにシェゾは赤くなって慌てた。恐らく照れているのだろう。しっかり腰をホールドされてしまったシェゾは、アルルの女性独特の柔らかな体つきを意識してしまい、年甲斐もなく焦ってしまっていた。自分が何故こんなに焦っているかまでは考えが及んでいないようだったが。
その後、腰からは離れたもののシェゾの腕をしっかりキープしたアルル。彼が無事問題のキーワードを解読し小部屋から脱出した後も、それは続いていた。戦闘時はともかくとして、腕を絡ませながらダンジョンを歩く彼女の姿は、随分と楽しそうであったという。
<後書き>
水無月の書くシェアルは何故か乙女なアルルと色恋沙汰に関しては鈍い天然シェゾという構図が多い気がします。でも今回はシェゾの出番がほとんどないですよ。一応だけど、シェゾ←アルルな感じが出ているから、何とかこれで勘弁していただきたいなと思います。
2008/09/10 UP